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第24話 追跡者

「鍵ありました!!」


 事務所を探索していた片山君が鍵の束を手に駆け寄ってきた。

 警察署内の捜索を美鈴に任せていた俺達は放置車両を移動させて敷地を封鎖しつつ、車輌整備に必要な工具を探していた。


「村田3曹、やっぱりタイヤの空気が抜けてます。コンプレッサーを用意しないと」

「なら先にそこの消防車を復旧しましょう。あれには車載型のコンプレッサーもあるので」

「お願いします」


 入江と山中さんは消防車の復旧に当たり、俺と片山君は人員輸送車の方に対応する。


「タイヤの空気とバッテリー以外はなんとかいけそうだな。レンチを取ってくれ...ん?片山君どうした?」


 さっきまでいたはずの片山君が何も答えてくれないため、振り返るとそこに彼の姿は無かった。


「おい、片山君を見なかったか?」

「いえ」

「一緒では?」


 他の二人も彼の姿を見ていない。


「あ、あれ!?」


 入江が指差す先には敷地の外に放置してあった救急車を調べる片山君の姿があった。


「何をしてるんだ!!」


 俺達は慌てて彼のもとに向かうも、時すでに遅し。後ろのトランクを開け放ってしまった。


「ウギャアアア」

「あああ!?」


 油断していた彼は中に潜んでいた元救急隊員であろう感染者に襲われ、叫び声をあげる。


「うおお!!」


 俺は咄嗟に銃剣で感染者の頭を突き刺し、その身体を蹴りとばす。


「一人で何をしてたんだ!!死にたいのか!!」


 俺の言葉に対し、片山君は身を震わせながらも口を開く。


「と、糖尿病の薬を探して...イン、インス、なんとか」

「インスリンか!?なんでそれがいるんだ!?」

「や、安浦さんのお母さんに必要なんだ!!」

「安浦さん!?本人はそんなこと言ってないぞ!!」

「な、内緒にしてたんです!!だって、村田さん達に言ったら意地でも探しに行くに決まってるじゃないですか!!」

「......それは本当なのか?」

「みんなには内緒にしてくれとお婆ちゃんに言われて...知ってるのは安浦さんと杉田先生だけ...」

「そうか」


 片山君が危険を犯してまで付いてきたのはこのためか。長い避難生活により物資は底が見えていたが、まさか安浦さんが母親の病気を隠していたとは。


「飲み薬でなんとか持たせてたんだけど、もう限界みたいで」

「なら薬局で探すしかないだろう。救急車に積んでるのはあくまで応急的なものだからな」

「でも薬局はここから離れてます」

「一緒に行けば問題ないさ」


 そう言いながら、俺は銃剣に着いた血糊を感染者の着ていた衣服で拭う。


「さあ、行こう。今ならまだ間に合うさ」

「村田さん...」

「まだ時間もあるし、皆で生き残るのが目標なんだからな」


 俺は片山君に手を貸して起き上がらせる。


「入江!!山中さんと車両を頼む、俺と片山君で薬を探しに行ってくる」

「了解です、お気をつけて」

「美鈴にも伝えておくか」


 美鈴を呼び出そうとした矢先、外に暫く聞きなれていなかった車のエンジン音を耳にする。


「まさか生存者か!?」

「見てきます!!」


 入江と山中さんが消防車の車体をよじ登り遠くに視線を移す。


「あれは陸自の車両みたいです!!やった、俺達以外に自衛隊がいたんだ!!」

「どんなやつだ!?」

「タイヤが一杯ついてる装甲車です!!」


 ドドドドと音を立てる車両、手をふる入江に気付いたのかゆっくりと此方に近付いてくる。


「救助に来たのでしょうか?」

「さあ、一先ず友好的に出迎えるしかないでしょう。念のため山中さんと片山君は隠れて下さい」


 山中さんにそう答えた後、俺は二人が消防車の裏に隠れたのを見届け、銃を背中にかけて両手を広げて敵意がない仕草をして96式装輪装甲車を出迎える。

 それは放置してあった車両を避けつつ、ゆっくりと警察署の門の前に近付いたところで停車し、中から一人の陸上自衛官らしき女が姿を表す。


「驚いた、こんなところに海上自衛官がいるなんて」


 彼女は銃を肩にかけ、車体上部から身をのりだり、続いて姿を表した部下と思わしき男を車体の上に待機させて一人で近付いてくる。


「横須賀警備隊所属の村田3曹です」

「松坂2曹よ。それはそうと、私達は人を探してるんだけど見てないかしら?」


 俺と同い年くらいで、美鈴より背は高いがほっそりとした体型の松坂2曹はそう言いながら胸ポケットから1枚の写真を見せる。そこには入院患者のような衣服を着る少女と先生らしき中年女性の姿があった。


「この近くにいると情報を得て探していたんだけど?」

「はあ...見ていませんが。こんなときに人を探すとは余程重要な方ですか?」

「極秘任務で貴方達に説明する訳にはいかないけど、二人はこの騒動を収める可能性を秘めていてね。この付近にいるはずなんだけど」

「待ってください、それはどういうことで!?」


 世界を破滅に導いたパンデミックを防ぐ手段があるのは初耳だ。俺だけでなく、隠れていた他の仲間も顔を出して松坂2曹の言葉に食い入る。


「ワクチンがあるんですか!?」


 突然の事態に後ろで隠れていた片山君が駆け寄り口を挟む。


「村田さん、ワクチンが作られるならこの人達に協力しましょう!!避難所のみんなにも知らせて!!」

「片山君、落ち着きなさい」

「やった、やっと希望が見えてきた!!」


 片山君だけでなく、入江や山中さんも好奇心を露にして近付こうとするも、俺は片手で二人に立ち止まるように指示し、片山君の肩を抑えて口を開く。


「失礼ですが、貴方達の所属は?」

「極秘なので教えられません。それよりも貴方達は避難所から来たのですか?」

「変ですね、同じ自衛官でありながら極秘扱いですか」

「......」


 松坂2曹の話ぶりはどうもおかしい。階級が上だとしても初対面の海上自衛官に対し、明らかな上から目線だ。


「パンデミック以前の所属は?WACだと武山で教育を受けたでしょう?」

「あ、はい、武山で教育を受けたあとはずっと東部方面隊に」


 違うな、武山での女性自衛官教育は海上自衛隊のWAVEだけだ。陸自のそこでの新隊員教育は野郎しかしてない。こいつらまさか...


「村田さん、何を言って」

「片山君、今すぐ離れてくれないか?」

「え、なんで?」

「今すぐ離れる?一体何を言ってるんすか?」


 片山君は言ってることが分からず、再び松坂2曹に振り返った瞬間、悲劇は起きた。


パン


「え!?」

「な!?」


 突然の銃声とともに片山君の胸から血が流れ落ちる。

 一瞬何が起こったのか、俺と松坂2曹が振り返ると装甲車の上に立っていた男が銃口を向けていた。


「ベラベラとうるせえな」


 男がその銃口を俺に向けようとすると、今度は松坂2曹が間に入り口を開く。


「お前、なぜ撃った!!」

「秘密を知る者は殺さなきゃいかんでしょう、そこをどきな!!」

「ここでは私が指揮官だ!!勝手なことをするな!!」


 松坂2曹はなおも車体によじ登り、男の銃を抑えて仲間割れをする。その一方で俺は倒れかかった片山君を支え声をかける。


「大丈夫か!?」

「な、なんで、俺、撃たれ...」

「しゃべるな、逃げないと!!」

「この野郎!!」


 入江の言葉によって止まっていた時間が再び動く。松坂2曹が部下を制止する暇もなく、入江は即座に反撃を始め俺は片山君の身体を支えて歩き始める。

 反撃を受けた松坂2曹は男に引き摺られる形で車内に戻る。


「村田さん、早くこっちへ!!」

「はあ、はあ、はあ」

「片山君、頑張れ!!」


 俺は撃たれた片山君を肩に担ぎつつ9ミリ拳銃を構え、門の扉の隙間をくぐって敷地内に入り、入江の方へと向かう。


「くそ、奴ら俺達を殺す気か!!」

「片山君、大丈夫か!!」


 入江の援護の甲斐あって俺は何とか消防車の裏にたどり着き、片山君を山中さんに託し、再び視線を戻すと装甲車がその車体を力任せに門にぶつけ、敷地内に侵入しようとしていた。


「ぐふ...」

「腹部を撃たれてます、臓器も傷付いてるのかも」


 山中さんの介抱も虚しく、片山君は口から血を吐き、苦しさを露にする。


「片山君、すまない」

「ぐふ、い、いいんです、俺も不用意に出たから...」

「くそ、奴らやっぱり新日本国か!!」


 入江が怒りに任せて装甲車に銃撃を続けるも、小銃弾程度では全く効果は見られない。幸いにも門自体は俺達が先に感染者対策として放置されていたパトカーを置いていたこともあり、破られる気配はなかった。


「く、奴ら汚い手を使いやがる」

「あの写真の二人がよっぽど隠したいことなんだな」

「やはりワクチンの話が本当なんでしょう」

「くそ、ぶっ殺してやる」


 片山君の手当てを山中さんに任せ、俺も反撃に加わろうとすると、相手もしびれを切らしたのか、車内から迷彩服姿の男達が降りてくる。 


「村田さん、奴ら仲間が降りてきました」

「確認した、計5人だな」


 武器を持った兵士が計5人、門をくぐり抜け左右に展開している。こっちは片山君を除けば3人、厳しいな。


『良平、大丈夫!?』

「ああ、片山君が撃たれた。敵は恐らく新日本国だ」

『なんですって!?彼は大丈夫なの!?』

「正直まずいな。合流できそうか?」

『待って、こっちも生存者がいて』

「おい、それはまさか中年の女性と女の子の二人か?」

『う、うん、なんでそれを?』

「連中の狙いはその二人だ、絶対に守るんだ。このパンデミックを抑える鍵らしいからな」

『え!?わ、分かったけど良平達はどうするの?』

「村田さん、俺を残して下さい」

「片山君!?」

「もう、意識も薄れそうでキツいっす。小銃を貸して下さい、引き付けますから」

「馬鹿野郎、自衛官でもない君を囮に出来るわけないだろ!!」

「有坂さんと合流さえすれば何とかなるでしょ?」

「だが、君は...」

「俺、悟ったんです。今こそ使命を果たす時なんだって主から言われて」

「何を言ってるんだ!?」

「聞いてください、俺はクリスチャンなのに何度も主たる神に背いて生きてきましたが、さっきお告げがあったんです。幻覚かもしれないけど、俺に皆さんを守る盾になり、人類を救えと」


 いきなり何を言うんだ彼は。こんなときに懺悔してどうするつもりだ。


「汝じ、人を殺すなかれ。死んだ婆ちゃんによく教会に連れてってもらいましたが、俺いつも遊んでばっかで...」


 片山君はそう言いながらズリズリと近より俺の肩を掴む。


「俺はもうダメです、だからここに残る価値がある。奴らを引き付けますから有坂さんに合流してください。どのみち助からないです」

「......」

「今まで悪いことばっかりしてきました。最後に神様に良いところを見させてください」


 彼の意思は固いようだ。クソ、俺はまた仲間を見殺しにする羽目になるのかよ!!


「すまない」

「人類を頼んます」

「ああ」


 意を決した俺は持っていた小銃を片山君に渡す。


「銃剣は外しておいてくれますか?重いんで」

「ああ、弾はここに置いてく」

「今の分だけで弾はいりません、銃剣だけ置いといて下さい」

「なぜだ?」

「頼んます、もう意識がヤバイっす」


 俺は片山君の手を握りしめ謝罪を口にする。


「主の導きがあらんことを...」

「アーメン」


 最後に片山君は胸にかけていた十字架を握りしめる。


「ああ、親愛なる神よ、私を御許しください」

「二人とも行くぞ!!」

「うおおお!!」


 片山君が最後の力を振り絞って立ち上がり、身を乗り出して兵士達と対峙し、銃撃を始める。


「走れ!!」


 俺達は時折振り返って反撃しつつ、順番に建物内へと入る。

 

「村田さん、早く!!」


 山口さんの言葉を耳にしつつ最後に振り返ると銃剣を片手に握りしめ、笑顔を見せる片山君の姿があった。


「皆さんに主のお導きがあらんことを」

「...すまない」


 俺達は片山君を一人残し、美鈴と合流すべく署内へと入って行く。

 

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