第23話 生存者
久々に投稿します。
警察署に入った私は竹井さんの案内で奥へと進む。
「どうやら感染者は外に出てしまったようね」
「はい」
獲物が無ければ用は無いのだろう。かつて多くの警察官が勤務していたであろう署内は血や荒らされた形跡はあれど、閑散としており静かで物音すらしない。それを前にして竹井さんの表情は暗い。元の職場なだけに感染者と化した同僚に会うのが辛いのかもしれない。これまでの話からよくよく考えてみると、彼女は何か思い詰めて生きている節があるし。
「どうしました?」
「し、何かいる」
私は先程まで抱いていた疑問を端に置き、会議室らしき部屋を音を立てないように扉を開き、ゆっくり覗きこむ。
「やっぱりいた」
腐敗臭を感じた室内には椅子にビニールテープで何重にも巻き付けられ、動かなくなった元警察官らしき感染者の姿があった。
頭を撃たれ、息絶えていたその身体を竹井さんは調べ名札を確認する。
「経理の田中さんです、まさか感染したまま署に残ってたなんて」
「誰かに縛られたようね。ここで籠城してた人がいたのかも」
「可愛そうに......」
「うう...」
竹井さんの気持ちは分かる。私だってこの手で元同僚を葬ってきたんだし。動けないのならソッとしておいた方が心を痛めなくて良い。
「武器は残ってそう?」
「署長が籠城を指示した際には既に大半の署員が出払ってしまい、戻ってきた署員を合わせても半数に満たなかったのと、はじめのうちは発砲を避けていたので恐らく手付かずのままなのも多いと思います」
竹井さんはそう言いながら事務室に入り、鍵箱を調べる。
「保管庫の鍵は普段この中にありますが、やはり鍵がかかってますね。戻って道具を持ってこないと......」
拳銃保管庫の鍵が入っている鍵箱にはワイヤーで鍵がかけられていた。そのワイヤーをかけている錠前も鋼鉄製で簡単に壊せそうにない。
「大丈夫、まかせて」
私は小銃から銃剣を抜き出す。実はこれ、有刺鉄線を切断できるように金属切断用の鋸刃があり、剣鞘先のピンと銃剣にあいてある穴と合わせることでワイヤーカッターとして使える。
バキリと鈍い音がしたものの、ワイヤーを切断して鍵箱を開けると保管庫と書かれた鍵をすぐに見つけることができた。
「こんなときでさえ、規則に従順なのね」
「真面目な方も多いので」
「そんな場合じゃないのに」
これまで協力して一緒に過ごしてきたけど、どうも竹井さんと私は気が合いそうにない。少々抜けているところもあるけど、クラスの優等生タイプの真面目な彼女と会話をするには苦労する。
警察官ってみんなこんな感じかしら。
「この先が保管庫になりま......」
「待って...」
異変を察知した私は咄嗟に彼女の口を塞ぎある一点を指差す。
「あれ、不味いわ」
「あそこは司令本部が置かれていた部屋です」
理由は分からないけど重厚な扉は手錠によって封鎖されているものの、中から感染者らしき唸り声が聴こえる。極め付きは扉に血文字で『あけるな』と書かれている点が恐怖を増長させてくれる。
「なぜこんなことに......」
「立て籠りにしては妙ね」
「恐らくですが、先程の田中さんのように私が脱出した際に署内にはまだ多数の警察官がおり、暫く籠城してたかもしれません。しかし、私の記憶では避難された市民のボディーチェックをする余裕も無かったために、感染したことを隠して署に避難した人もいた可能性があります」
「やれやれ、まあ、いたとしても発症していない人を殺すことは許可されていなかったからここに隔離したのかもしれないわね」
私は扉から聞こえてくる声に警戒しつつ竹井さんに保管庫に向かうよう指示し、肩に付けた無線機に手をかける。
「良平、今のところ建物内に感染者はうろついてはいないけど、かなりの数が部屋に閉じ込められているわ」
『何!?大丈夫か!?』
「大丈夫、見たところ何日も閉じ込められて出られないみたい」
『そうか、こっちは車を見つけた。鍵は片山君が車庫の隣にある事務所で見つけた。バッテリーさえ残ってたら動きそうだ』
「バッテリーは大丈夫そう?」
『持ってきたやつで試してみるさ』
「了解、気をつけて。私はこのまま竹井さんと武器を調達するわ」
『分かった、あまり時間をかけるなよ』
「うん、武器を見つけたらまた連絡する」
『了解』
無線を切った私は、竹井さんと共に再び奥へと進む。
「一つ疑問に思ったんだけど、扉を封鎖した人って、何処に行ったのかしら?」
「外に出たのでは......」
物音を感じた私は咄嗟に竹井さんの腕を掴み、正面に見据えて口を開く。
「シ、竹井さん、何か聞こえない?」
「え?」
私は竹井さんと共に経理課と書かれた扉の前でかがみ耳をすませる。
「さっき確かにこの部屋から物音がした」
「まさか感染者では?」
「いや、感染者にしては音が静かだった。まるで隠れている感じがする」
「生存者なら救助しないと」
「待って、こないだ避難してきた人達の話を信じるなら私達にとって味方とは限らないわ」
「しかし...」
竹井さんの気持ちも分かるけど、新日本国と名乗る連中が勢力を広めている手前、警戒は怠れない。奴等は反抗する人々を感染者の餌食にする非道な連中なんだから。
「私がドアを開けて中に入る、竹井さんはその後ろで隠れながら部屋を探索して」
「囮になるので!?危険です!!」
「良い?私と違って貴方は室内のレイアウトを知ってるでしょ?気付かれずに回り込むようにして」
「無線で村田さんを呼びませんか?」
「そんな時間は無いわ、もしかしたら相手も同じことを考えてるかもしれないし」
私はそう言いながら、肩に付けていた無線機の音量を最小にする。映画やドラマみたく気付かず追い詰めたところで音が響くのはゴメンだしね。
扉を開き、中に入ると室内は窓のブラインドが閉じて薄暗く、ところどころ荒らされていた形跡があった。
幸いにも、この部屋には感染者が入ってはいなかったようで、通路にまで漂っていた感染者特有の腐臭はしていない。
私は片手で合図をして竹井さんを背後に隠しつつ、周囲を警戒する。
(いるわ)
私は物音を立てぬよう静かに歩き、物陰に注意を払いつつ五感を集中させる。竹井さんを指示通り身を屈めながら奥の机を目指して部屋の隅に沿って進んでいく。
竹井さんの動きを悟られぬよう、私は口笛を吹いて対象の注意を逸らす。
(反応無し...武器は持ってないのかそれとも...)
ジリジリと進んでいくと、奥の机付近から明らかに息の荒れた音が聞こえてくるのが分かる。
ここまで近付いて動かないとなるともしや...
「出て...」
ガシャン!!
出て来なさいと声をかけようとした瞬間、私が背を向けていたロッカーが開き、何者かが襲いかかって来た。
不意を突かれた私は咄嗟に小銃を盾にすると、カキンという音とともにナイフが弾かれる。
「うあああ」
「く!?」
「有坂さん!!」
竹井さんは咄嗟に立ち上がり、持っていた拳銃の銃口を相手に向けるも、対象が私と揉み合っていたためか発砲をためらっていた。
「待って話を聞いて!!」
私はなおも興奮して再びナイフを振り上げてきた相手の腕を抑え、そのまま机の上に押し倒す。乱雑に置かれていたパソコンや資料がガシャガシャと床に散らばる中、興奮していた相手は私にお構いなしに奇声を上げる。
「うおおお!!」
「待て!!落ち着け!!」
腕を掴んでも表情を強張らせ、感染者の如く私に噛みつこうとする彼女。パニックからか私の話を全く聞こうとはしない。
「ふん!!」
争いに終止符を打ったのは竹井さんのまさかの行動だった。
「はあ、はあ、はあ...」
竹井さんの手には机の上にあったはずの電話が握りしめられ、それで頭を思いっきり殴られた相手は私にかけていた力を緩ませるとともに意識を失う。
「私はなんてことを...」
「大丈夫、そんなもので死にはしないわ。意識を失ってるだけよ」
守るべき市民とはいえ、仕方がない。
相手が至近距離でナイフを振り回していた状況で、竹井さんの行為は乱暴だけどお陰で助かったのも事実だ。
最悪の事態だけは回避できてよかった。
「出てきなさい、なにもしないから」
目の前で倒れていた女性に気を配りつつ、私は先程から息を押し殺していた存在に声をかける。
すると、奥の机の下から小百合よりも年上に見える少女が姿を表す。
「おばさんは?」
「大丈夫、気絶してるだけよ。驚かせてごめんなさい」
「婦警さん?」
「うん、私は竹井、こないだまでここのお巡りさんだったんだよ」
竹井さんの姿を見て安心したのか、少女はぬいぐるみを抱き締めたままゆっくりと近づく。
「おねーさん達は私達を追いかけてきたの?」
「え、違うよ。警察署には武器を探しに来ただけよ」
「お嬢ちゃんの名前は?」
「...明莉だよ」
「明莉ちゃん、そこにいる人はママなの?」
「違う、研究室の人」
明莉ちゃんはそう言いながら、研究員の身体に近づき手を握りしめる。
「あたし達、逃げてきたの」
「逃げてきた?何から?」
「悪い人達から」
「悪い人?」
「その人達は私のことを連れ戻そうとしてるの。私、あそこにいたときは毎日痛い注射をされていて辛かった」
「注射?明莉ちゃんは病気なの?」
「うううん、違うもん。だって私、悪い人達に連れてかれるまで病気じゃなかったもん」
一体どういうことかしら?気になった私は彼女の服の袖を上げると、そこには痛々しい無数の注射針の跡があった。
「なんてひどい」
「私、パパとママ、近所の人達と公民館に避難してたんだけど、ある日いきなり知らない人達がやってきて、それで...」
「言わなくて良いわ、可哀想に」
私はそっと明莉ちゃんを抱き締めて背中をさする。小さな身体でこんな壮絶な仕打ちをするなんて。
「他に人はいるの?」
「私とおばさんだけ。昨日まではおじさんがいたんだけど」
「おじさん?」
「ここに来る前に、怪我をしてたの。悪い人達から私とおばさんを守るために」
「今は?」
「分かんない、もう助からないから追いかけないでって言って私達が乗っていた車でどこかに...おばさんも怪我をしてたから、私達はここに隠れてたの」
「有坂さん、この方は足を怪我されてます」
竹井さんの声を受け、おばさんと呼ぶ女性の身体を見ると、ズボン越しに右足の太ももから血が滲み出ていた。竹井さんがベルトを外してズボンを下げると、そこには包帯で巻かれた生々しい傷痕があった。麻酔も無しに縫い合わせたのだろうが、不自由な足で私と争ったのが原因か糸が切れて傷口が開いていた。
「ひどい怪我です、あの子を守るためにここまで...」
「すぐに治療しましょう。杉田先生に見せないと」
私は竹井さんに担架を持ってくるように伝える。
「出血を止めないと、傷口を縫った針と糸は?」
「おばさんの鞄に」
明莉ちゃんが机の下から引き出したボストンバッグ。中を開けて探ると幾つかの書類の他に水の入ったペットボトルと救急キットが出てきた。それらを取り出すとバサバサと書類が床に落ちて散らばってしまう。
「これね」
私は書類を無視して医療キットの中から針と糸を見つけ、再び傷口を縫い合わせる。やり方は坂本2尉を治療した杉田先生から教わっている。素人ながらも私は再び傷口を縫いはじめる。
「水で血を流して」
「はい」
血が流れている光景を前にしても、明莉ちゃんは物怖じせず、私の指示に従い治療を手伝ってくれる。年のわりになかなか勇気のある子だ。
「ふう、一先ず血は止まったようね。しかし、この傷痕はまさか」
素人目ながらも傷口はナイフでは無く銃痕に見える。一計を案じたところで私は何かを踏んでいることに気づき、下を向くと足元に散らばっていた書類が目につく。おもむろにそれらの中から一枚だけ拾い上げてみると、そこには無視できないことが書かれていた。
「もしかして貴方達が逃げてきた理由とその相手って...」
私がそう聞き返そうとした矢先、外で発砲音がしたのを耳にする。少女との出会いと、この音こそが私達がこれから巻き込まれる大きな戦いの幕開けとなる。




