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第22話 別れ

「くそ、こいつらしぶとすぎる!!」


 バリケードの隙間から這い出てこようとする感染者。斉藤はお手製の槍と機動隊のシールドを片手にして立ち向かう。


「ぐぎゃあ!?」

「おおおおお!!」


 斉藤はシールドを前面に押しながら、感染者をバリケードに叩きつけ、その頭を槍で貫く。


「わあ!?」

「ひいいいい!?」

「う、撃て、撃て!!」


 振り返ると他の隙間から侵入してきた感染者に対し、他の警察官達が拳銃で一斉に発砲する光景が目に写る。


「馬鹿野郎!!また奴らを呼び寄せちまうぞ!!」


 発砲した警察官達に斉藤は怒鳴り付ける。昨日から続く感染者との戦い。銃声により集まってきた感染者に対し、即席のバリケードはある程度侵入こそ防いではいたが、隣町の人間を加え波のごとく押し寄せる集団を前にしては警察官達だけでは時間の問題であった。


「こっちに来るんだ、早く!!」


 感染者による襲撃を撃退しつつも、斉藤はバリケードの隙間から生存者の親子を引っ張りあげる。


「あ、ありがとうございます、もう駄目かと......」

「ここは私達が守ってますからもう大丈夫です。坊主、よく頑張ったな」


 斉藤はそう声をかけながら二人にミネラルウォーターを渡す。 


「どちらから来ましたか?」

「隣の市からです。はじめは主人とこの子を連れて車で市の指定避難所に行ったんですが、そこは既に感染者しかいない有り様でした。感染者に襲われるなか、車を乗り捨てる羽目にもなり主人が奴らを引き付けてここまで来ました......うう......」

「ご主人については私どもが必ず見つけます。今はお子さんと身体を休めてください」

「あ、ありがとうございます」


 約束はできないとはいえ、斉藤はそう言いながら親子を避難場所に案内しようとした矢先であった。


「うわあああ!!」

「なに!?」


 不意に耳に入る悲鳴。それと同時に避難民の一部を受け入れていた武道場の扉が内側から破壊され、無数の感染者が姿を現す。


「くそ、感染者が紛れ込んでいたか!!」


 斉藤達もこれまでの経緯から噛まれると体液を介して広まるという感染経緯はある程度把握していたものの、情報不足から潜伏期についてはよく分かっていなかったのが仇となった。

 避難民の中に恐らく感染を隠した又は、自身が感染したことに気付いていなかったのだろう。

 斉藤はすぐ様、同僚達とともに感染者と戦いを繰り広げるも、多勢に無勢で次々と倒れていく。更には人員を割かれたことにより、バリケードの隙間から更なる感染者も侵入していき、斉藤達はみるみるうちに追い詰められていく。

 悪いことは重なっていき、なんとか数を減らしたと感じたところで騒ぎを聞き付けたのか、今度はおびただしい数の感染者の集団が出入口に築いたバリケードを破壊して一気に雪崩れ込んできた。


「くそ、二人とも背中に隠れて!!」


 遂に斉藤の持っていた槍が感染者に突き刺さったまま折れてしまう。彼は警棒を抜き出し、親子を庇う形で新たに迫る感染者に対峙する。

 

「うらあ!!」


 元は若い男であった感染者の頭を警棒で殴り倒し、地面に倒れたタイミングで再びその手を振り上げ頭を叩き割る。


「ふん!!」


 彼は間髪を入れずに、続いてやってきた若い女の感染者の足を払うとともに、右足でその頭を踏みつけたまま、すぐ後ろから続いてきた高齢の感染者の口に警棒の先端を挿し込み、そのまま片手で警棒のお尻を叩いて弾き倒す。

 逮捕術に関しては県内屈指の腕前と言われるだけあり、斉藤は親子を庇いつつも果敢に警棒片手に無数の感染者を相手にし続けていた。


「はあ、はあ......」


 感染者に対し、一人孤軍奮闘するも流石の斉藤も体力的に厳しくなり、視野が狭まっていく。


「先輩、危ない!!」


 間一髪、斉藤の目に写ったのは、銃声とともに視界の外から襲いかかろうとしていた感染者の頭が弾き飛ばされる光景であった。


「あ、ああ......」

「竹井!?」


 斉藤の視線の先には竹井が拳銃を握りしめたまま身を震わせている姿があった。


「わ、私、人を......」

「馬鹿野郎、奴等はバケモンだ!!」


 彼はそう答えるとともに、彼女の腕をつかみ親子と一緒に警察署の入口付近にまで逃げる。最早生き残った同僚とともに立て籠るしかないと斉藤が覚悟を決めたその時、竹井が思わぬ朗報を口にする。


「先輩、さっき無線で近くのショッピングモールの警備員さんが避難所を作ったと連絡が入りました」

「なに、それは本当か!?」

「はい、ついさっきはっきりと」

「そうだ、ここに残る市民だけでも避難させるんだ!!」


 竹井の言葉に続き、署内で生き残っていた市民を引き連れた署長が姿を見せる。


「署長!?」

「斉藤巡査長、ここで立て籠るのはもう無理だ。ここは私達年寄りが引き付ける」


 署長はそう言いながら、斉藤に拳銃を手渡す。気付けば署長に付いてきた他の部長以下の年配警察官達の手にも拳銃や警棒が握られ、並々ならぬ表情を浮かべている。


「全署員に告ぐ、一人でも多くの市民をバスに乗せ避難所に向かえ!!斉藤巡査長、君が生き残りをまとめて脱出の指揮を執れ!!」

「署長!!」

「あのバスに向けて走れえ!!」


 老若男女関わらず、生き残った市民は斉藤をはじめとした僅かな警察官達に守られながら一目散にバスへと向かう。


「全力で走れ!!仲間が殺られても振り返るな!!」

「盾を構えろ!!隙間を開けるな!!」

「早く乗れ!!」

「こっちです!!」


 市民を守るため、最後尾では署長をはじめとした警察官達が横一列に盾を使ってバリケードとなり押し返しを図りつつ、隙間から銃弾をお見舞いする。しかし、必死の抵抗を見せたものの僅かな火力では感染者の勢いは衰えず次々と張り飛ばされていく。


「ぐあああ!?」

「署長!!」

「く、まだだ、まだ、乗りきれてない...一人でも市民を救うんだ!!」


 署長はそう言いながら、次々と感染者に襲いかかられつつも警棒片手に抵抗する。しかし、彼らの奮闘も虚しく、感染者の群れはついにバスに乗り込もうとした市民にまで襲いかかり、次々と餌食になっていく。その中には先程の母親とともに男の子を抱えて走る竹井の姿もあった。


「きゃあ!?」

「ガアアア......!?」


 間一髪、竹井が襲われる直前に消防車が間に入り感染者を踏み潰す。消防車はそのまま市民と感染者の間に入って停車し、運転席から消防服を身に纏う見慣れた人物が顔を出す。


「竹井さん、今のうちに!!」

「山中さん!!」


 消防車から降りた山中はそのまま車体によじ登って放水銃に着く。


「くらえ!!」


 山中は感染者に向けて防水を開始し、群がる感染者を水圧で一気に押し倒していく。山中のサポートを受け、我に返った竹井は親子をバスに乗せた後、再び市民を誘導する。有り合わせの手段を駆使して抵抗する彼等であったが騒ぎを聞き付けて集まってくる新たな感染者を前にして、一人、また一人と倒れていく。


「ぎゃああ!た、助けてくれ!?」

「ひいいい!?」

「う、うるせえ、自分で何とかしろ!?」


 混乱の中、片山が参加していた不良グループにも感染者が襲いかかり、彼らは猟銃を持ったまま市民を掻き分けて我先にとバスに向かう。


「どけ!!」

「きゃあ!?」


 リーダーは竹井の体を突き飛ばしてバスに乗り込む。不意打ちを受けた彼女は地面に転がり、倒れこんでしまう。


「痛う......」

「竹井さん!?」


 山中の声も虚しく、倒れた彼女に対し一体の感染者が襲いかかる。


「ぐぎゃあああ」

「危ない!!」

「先輩!?」


 竹井に噛みつこうとしと感染者に対し、斉藤は咄嗟に彼女を庇いその前に立ち塞がるも、押さえつけた際に不意をつかれ腕に噛みつかれてしまった。

 

「つう......」

 

 彼は咄嗟に拳銃でその感染者の頭を撃ち抜くも、噛まれた場所は変色し血を流している。


「くそお...」

「先輩、早く逃げましょう」

「ダメだ、俺も噛まれたからにはいずれ感染する」


 斉藤はそう言いながら竹井の体を起こし、そのまま彼女の目を見つめる。


「すまない......」

「先輩...」

「俺が奴等を引き付ける。お前はその隙に市民と脱出しろ」

「そんな!?」

「いいか、警察官としての使命を全うしろ!!」

「先輩!?」


 長い付き合い故に、竹井は瞬時に斉藤が何を決意したのか理解した。気が付けば二人を除く警察官達は皆力尽きて倒れており、最後まで果敢に抵抗していた署長も生気を失い、複数の感染者に群がられていた。


「もう、良いだろう、これ以上は無理だな」

「先輩......」

「もうお前しか警察官はいない......愛してる、あとのことは頼んだぞ!!」


 彼は懐から取り出した煙草に火を灯し、両手に拳銃を握りしめ、迫り来る感染者集団に向けて歩き始める。


「いや、先輩!!」

「竹井さん、早く乗って!!」

「お巡りさん、逃げましょう!!」


 動揺する彼女であったが、消防士である山中と後から来た片山に腕を捕まれ車内に引っ張られる。山中は防火斧を片手に迫り来る感染者を始末しつつ、片山は竹井を強引に引っ張ってバスに引き込む。


「先輩!!」

「山中さん、あとは頼みます。竹井、元気でな!!」


 斉藤はそう言いながら山中にドアを閉めさせる。


「先輩、先輩!!」

「あばよ......」


 別れを惜しむ竹井に対し斉藤は最後に敬礼をした後、振り返って一気に駆け出し、放置されていたパトカーの屋根の上に上がる。


「おら、獲物はここだぞ!!こいやあ!!」


 彼は大声を張り上げるとともに拳銃を発砲し感染者の注意を引き付ける。


「俺はただじゃ死なねえ、かかってきやがれ!!このくそゾンビどもがあ!!」

「グキャアアア!!」


 彼は両手の拳銃で次々と感染者の頭を撃ち抜き、群がる感染者を蹴り飛ばしていく。

 斉藤の声を受け、署内に侵入した感染者は次々と彼の方へと向かっていき、バスの周囲から離れて行く。


「嫌、先輩!!」

「お巡りさん、落ち着いて!!」


 無理矢理バスに乗せられ片山に抑えられた竹井が目にしたのは、身体にまで張り付かれながらも無数の感染者に対し、鬼神の如く孤軍奮闘する斉藤の姿であった。


「おおおおお!!」


 身体を幾度も噛みつかれ、目は白く濁り初めていたが、斉藤は必死で意識を保ちながら感染者を倒していく。

 中々倒れない斉藤を前にしても、感染者達は怯むことなく次々と群がっていき彼を中心にして一気に集まっていく。


「斉藤さん......」


 友人が奮闘する姿を目にしつつ、山中は斉藤から託された想いを胸にバスを走らせる。


「突破します、捕まってください!!」


 斉藤が引き付けている隙に、山中はバスを破壊されたバリケードに突っ込ませ強制的に外へ突破する。

 車内は大きく揺れ市民から悲鳴が上がるなか、竹井は車窓から必死に斉藤の姿を探そうとするも、バスは既に敷地の外を出て猛スピードで走り出していた。


「お巡りさん、すみません...」


 自身を無理矢理バスに引き込んだ片山の言葉に対し、竹井は何も答えることなく黙って涙を流し続ける。なんで今まで斉藤の気持ちに答えて来れなかったんだと彼女の心は荒み、力なく項垂れる。


「竹井さん、このまま避難所に向かいます」

「......」


 運転する山中の言葉にも、竹井は答えず黙ってうつむく。

 僅に生き残った市民を乗せたバスは愛する人を失った竹井の気持ちとは裏腹に、山中の運転でショッピングモールへと進んでいく。


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