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第21話 合流前の物語

○日本での感染発生から一週間後


「隣町で感染者を確認、救助を要請しています」


 警察無線を通じ、感染者に囲まれ助けを求める職員の声が対策室に響く。


「くそ、とうとう来てしまったか」


 報告を受け、署長は苦言を漏らす。


「自衛隊の防衛線も破られたか」

「町長を含む職員は役場を放棄して避難所に立て籠るそうですが、長くはもたないと」

「こっちはまだ市民の避難も済んでいないというのに」


 署長は声を抑えつつ拳を握りしめ身を震わせる。


「どうしましょうか?」

「救助は出せん。非情だが此方も手一杯だ」

「......分かりました」


 署長の判断に職員達は戸惑いを感じつつも、感染者の脅威を事前に知らされている手前、誰もが助けたいという思いを押し留めた。この地方都市にはSATのような特殊部隊はおらず、機動隊も他の避難所に出払っており救出に向かえる人員がいない現況としては、誰もが署長の判断は致し方ないと感じていた。


「今は日本の未来のためにも一人でも多くの市民の避難を優先してくれ。ここも最早、時間の問題だがな」


 自衛隊すらも壊滅した以上、彼らに残された手段は限られる。日本の警察官は本来、外部からの侵攻や内乱に対応できるだけの武装は許されておらず、限られた武装しかない中で今はこの悪夢から逃れることを模索するしかなかった。

 しかし、警察署内には未だに現実を受け入れられない者もおり、署長の決断に対し口を挟んで来る者もいた。


「署長、そんなことを言わず助けを出してやれんのか?」


 市民の避難を優先するために救出しないと決めていたにも関わらず、勝手に対策室に居座っていた地元出身の議員達が声を荒げる。 


「隣町とは長年肩を並べ合って共に進んできた間柄だ。来年には合併する予定だと言うのに見捨てるとは何事かね?」


 世界が破滅へと向かっている最中に、来年のことを言いだす彼らを前にして対策室の面々は苛立ちを覚える。


「満足な武器もなしに感染者の中に部下を向かわせられません」

「それを何とか考えるのが君たちだろ?ここにいる連中だけでも向かわせるとかな」

「く...」


 未だ現実を理解し得ない議員達。彼らの頭には目の前の危機よりも次の選挙のことで一杯であり、署長の決断を非人道的な行為として見下している有り様であった。


「感染者にも人権はあるわ。頑張れば治療法だって見つかるはずよ」


 平和運動を掲げる市民団体出身の市議会議員がとんでもないことを言い出す。その言葉を前にして警察官達の殺気立った視線が向けられる。


「な、何よ、その目は!!」


 署員達の鋭い視線を前にして彼女は他の議員を盾にしつつ言葉を続ける。


「あなた達は市民からの税金で給料を貰ってるのよ!!」


 市民から選ばれた議員であっても警察官と同じ公僕であることは変わらない。寧ろ、直属の指揮官でもないのにドカドカと入り、素人張りに作戦にあーだこーだと口を挟むのは正直言って現場を苛立たせるだけであった。


「まあまあ、彼らも頑張ってくれているんだから程々にしなさい」


 取り巻きの失言に対し、代表として前に出た他の議員が間に入る形で宥めようとはしたが、警察官達にとって火に油を注ぐだけであった。


「出て行ってもらえますか?」

「何かね、市民に選ばれた私達に逆らうとでも?」

「あなた方にここの指揮権はありません!!邪魔です!!」

「貴様!!私に逆らうと言うのか!!」


 今度は署長の苦言に対し、議員達が逆ギレする有り様であった。


「私達だって逃げたい気持ちを抑えてここにいるんだ!!」

「そうよ、私達も戦ってるのよ!!」

(嫌な人達......)


 訳もわからず文句を垂れ流し、好き勝手なことをわめき散らす議員達を尻目に部屋の片隅で無線に耳を傾けていた竹井は不意に、隣にいる同僚から声をかけられる。


「隣町はどんな状態?」

「うん、一部の町民と学校の体育館に立てこもってるみたいだけど周囲を囲まれて限界みたい」

「そう、ここも危ないかもね」


 同僚はそう言いながら席を立ち上がり足元に置いていたバッグを肩にかける。


「何をするの?」

「悪い、私抜けるわ」

「え!?」

「彼氏が迎えに来る予定なんだ。もう限界だしね」


 同僚はそう言い残し、職務を放棄して部屋を抜け出してしまう。


「そんな......」


 共に勤務してきた同僚の裏切りに竹井は一人唖然として取り残される。そんな姿が目についたのか一人の議員が得意気になり、署長に対し嫌みを口にする。


「見ろ、逃げ出す臆病者まで出ている始末だ。君の署長としてのキャリアも終わったな」


 議員の言葉に対し、署長はみるみるうちに顔を赤くして身を震わせる。程なくして意を決したのか議員達を睨み付けて口を開く。


「......うるさい」

「な、なにを......うわあああ!?」


 堪忍袋の尾が切れ、ついに署長は代表格の議員の腕を掴みそのまま投げ飛ばしてしまう。彼は床で目を回す議員の腕に手錠をかけさせると共に部下に他の議員達の拘束を命じる。


「貴様、何をする!!」

「痛い!?やめなさい、私を誰だと!!」

「拘置室に連れていけ!!二度とここに入れるな!!」


 署長の判断に対し、議員達に振り回されてうんざりしていた署員達は命令に従い彼らを部屋から連れ出していく。邪魔者を追い出したところで、署長は決意を改めて指示を出す。


「これより非常事態を宣言する、署員は総員拳銃を携帯せよ。避難できなかった市民の保護を優先し、ここを避難所として解放する!!感染者については各人の判断で最大限の処置をせよ!!責任は私が取るから気にするな!!」


 署員達の行動は迅速であった。すぐさま総務課勤務の竹井らにも拳銃と実弾が渡され、警察署の周囲に即席のバリケードが作られていく。


「人手が足りなければ市民から志願者をつのれ!!」

「建設会社からブルドーザーをかき集めろ!!」

「おい、そこのバスを裏門に回せ」


 感染者が迫り来るなか、署員は一丸となって市民を受け入れつつ、バリケードを築いていく。

 警察署が避難所として解放されたことにより、多くの市民が押し寄せる一方で、敷地の片隅で仕入れた武器を物色する一団もいた。


「先輩、これって......」

「ああ、ちょっくら拝借した」

「えええ!?」


 地元で名の知れた不良グループのリーダーはそう言いながら猟銃を後輩である片山に見せびらかす。


「こないだ近所のマタギの爺いがポックリ死んじまってな、どさくさに紛れて奴の家からくすねてきたんだ。お巡りが出払ってたから簡単だったぜ」

「せ、先輩、それって泥棒じゃ」

「あん?こんなときだ自分で身を守るようにしないとよう。弾も何発かあったしな」

「......」


 片山は目の前にいる先輩の行為に言葉を失う。確かに自衛隊すらも感染者を殲滅することができなかった手前、自分の身を守る必要があるのは分かるものの、目の前にいる彼らはふざけて仲間に銃口を向けたりしていることに不安を覚えていた。


「先輩、奴等を撃てるんですか?」

「あん?あんな獣みたいなのに俺がやられるかよ!!ビビってんのか!!」

「いえ、そんな......」

「まあ良い、お前は変に優しいとこがあるからな。安心しろ、俺についときゃ不自由はさせないぜ」

「ハハハ!!」

(本当に大丈夫かな...強がってるようにしか見えないけど)


 片山を含めここにいる一同はまだ感染者を見たことがない。にもかかわらず銃を振り回して勝ち気でいる一同に片山は不安が拭いきれなかった。

 

「はあ、はあ......」

「おい、無茶をするな。ここんとこ寝てないんだろ?」


 バスの隙間に土嚢を押し込む竹井に対し、一人の白バイ隊員が声をかける。


「せ、斉藤先輩!?」

「お前は昔からやせ我慢するとこがあるからな」


 先程まで白バイで付近を回り市民の避難誘導を終えたばかりというのに、彼は竹井がリヤカーで持ってきた土嚢を持ち上げて彼女のかわりに押し込んでいく。


「ここは俺がやるから暫く休んでろ」

「でも......」

「まだ戦いは始まって無いんだ、休養も仕事だぞ」


 斉藤と竹井は学生時代からの付き合いであり、同じ陸上部の先輩後輩の間柄で、かつて竹井は彼の誘いを受けて警察官になった経緯があった。


「お前、陸上部の時も怪我を隠して無理してたからな。痩せ我慢ばかりするなよ」

「......はい」


 斉藤の優しい言葉に竹井は不意に胸が暑くなる。

 付き合いは長いが、思春期において彼に恋人がいた経緯もあり、好意を抱いていたものの先輩後輩の仲からは一向に進展していなかった。


「先輩、あの......実は私......」

「......なあ、騒動が収まったら一緒に飯行かねえか?」

「え......」

「いや、その...二人でさ、静かなとこで話したいつうか......」


 突然出た斉藤の言葉に対し、竹井は心臓の高鳴りが抑えきれず顔を赤くする。斉藤もまた、馴れない言葉を口にしたためか、顔を向けようとせずに言葉を続ける。


「お互いもう良い歳だし、俺もお前が側にいるといいなって」

「はい......う、嬉しいです!!」

「そ、そうか?」

「先輩......私、待ってますから!!」


 竹井はそう答えたあと、ルンルンと署内に戻る。


「竹井さん喜んでましたね」

「聞いてたんですか!?」

「あーあ、僕も竹井さん声かけようと思ってたのになあ」


 背後から突然声をかけた山中はそう言いながら煙草の箱を斉藤に向ける。


「一本いかがです?」

「おやおや、消防士さんから煙草を進められるとはね」

「一服も大事ですよ」


 斉藤は山中から煙草をもらい火を灯す。


「ふうー、もうちと早く言うべきだったかな」

「ははは、言わなければ僕が誘いましたよ」


 この二人、市の防災イベントを通じた縁で交友があり、過去には竹井と交えて飲みに行った経緯もあった。


「山中さん達が合流してくれて助かりました。何せ人手不足なもので」

「斉藤さん、隣町はもうダメなのは本当ですか?」

「ああ、俺も近くまで見に行きましたが、地獄絵図でしたよ。一先ず町に通じるトンネルは封鎖しましたが、他から突破されたら厄介ですね」

「僕もここに来るまでに感染者を見かけ、市民を守るためにこの手で殺めてしまいました。人命救助のためとはいえ、元は人間だった人を殺さなければならないなんて......」

「やらなきゃやられる、俺達は最善の手段で市民を守らなければならないですよ。お互い公僕であるからね」


 斉藤はそう言いながら短くなった煙草を携帯灰皿に押し込む。


「あいつにはせめて生き残って平和な世界で暮らして欲しいです」

「竹井さんには貴方が必要です。無理はなさらないで下さい」


 山中もまた竹井に好意を抱いている手前、斉藤の気持ちは痛いほど分かる。しかし、彼女は斉藤のことをずっと恋い焦がれており、過去には彼女から相談を受けていたこともあった。

 こんな事態になってようやく二人が結ばれようとしていることに、山中は憤りを感じていたものの、斉藤は彼の気持ちを汲み取りつつ口を開く。


「......山中さん、生き残れたらまた飲みに行きましょうか。3人で」

「ははは、そういやまだ取り置きした酒を飲みきってなかったですね」


 お互い恋敵とも言える間柄かもしれないが、斉藤は山中との友情も大事にしたいという表れでもあった。二人が笑みを見せて談笑するも、時は彼らに残酷な運命をもたらそうとしていた。


「感染者だ!!」

「ち、もう来やがったか」


 屋上で見張りについていた警察官の声を受け、二人がバリケード越しに外に視線を向けると血相を変えてこちらに逃げてくる避難民を追うように迫る感染者の群れがあった。


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