表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/29

第2話 横須賀戦線

2話連続投稿です。

 ことの始まりは8月の頭頃に某国奥地のある村で奇妙な感染症が報告されたことに始まる。

 人が人を襲う食人病......生き残った村人が警告のためにその動画をネット上に流したが、あまりにも現実離れした現象を前にして多くの人は信じず、悪戯と受け止めていた。しかし、感染者が付近の村を襲い尽くした都市部にまで襲撃し始めたことにより、それが真実であることに気付き、遂に軍が鎮圧に乗り出すこととなった。

 しかし、某国政府はその情報を外部に漏らさないようにしてしまったのが良くなかった。

 その結果、感染者の驚異的な身体能力によって人民解放軍が壊滅してしまった時点で、感染が隣国や東南アジアにまで拡大してしまったのだ。 

 半島国家は南北で共同戦線を張り、国民総出で侵入をなんとか防ごうとしたが、海から密入国した感染者によって背後を崩されてしまい、半島は一週間で感染者に支配された政府は崩壊。避難民の流入により、なし崩し的に日本にまで感染が拡大してしまった。

 9月初頭、感染者が首都東京に迫る中、日本政府は政府機関を離島である小笠原諸島に移動することを決断。 

 海上自衛隊の関東方面の拠点である横須賀地区では、人々が先を争うが如く最後の避難船として待機していた特務艇「はしだて」に乗り込む光景があった。


「くそ、ここまで押し寄せてきやがった!!」


 埠頭でバリケードを築いていた俺の目の前には老若男女の区別もない感染者共の姿があり、その中には他で防衛していたはずの隊員の姿もあった。


「あいつ、俺に金借りたまま死にやがって!!」


 隣にいる隊員は感染者の中に顔見知りの同僚がいたことに気づき、毒気づいてしまう。


「アハハハハ!?」


 一人の隊員がとち狂ってしまい、拳銃片手に感染者の中に飛び降りてしまう。 感染者に対し、がむしゃらに発砲したところで頭を狙わない限りは倒すことができず、程なくして奴は複数に感染者に一気に噛み付かれてしまい、絶叫とともに息絶えてお仲間入りを果たしてしまう。


「あの馬鹿」

「村田3曹、もう駄目かもしれませんね」

「まだ若いのに俺より先に死にやがって」


 既に多くの自衛官が市民を守るために散っていった現状で、俺達より多くの給料をもらっている有力者の大半はコネを利用し、市民を見捨てて家族と共に真っ先に脱出していた。

 

「所詮、俺達は捨て駒だったって事ですかね?」

「違いねえな」

「先生方も今まで散々俺達に威張ってたくせに有事の時には逃げ出すなんて信じられませんね」


 そう言葉を交わしつつ俺達は門のフェンスや隙間から這い出て来る感染者を撃ち殺す。かつて岸壁を埋め尽くしていた艦船は、大小問わず全て政府の命令により避難民を乗せ次第出港しており、特務艇「はしだて」の出港をもってして横須賀における本土脱出作戦は完結とされている。しかし、感染者の驚異的な身体能力により予想よりも早く防衛戦が崩壊してしまった現状では「はしだて」出港まで時間を稼ぐのが精一杯だ。


「あの船さえ出港すれば俺達の勝ちだ」

「んで俺達は名誉の戦死で2階級特進ですかね」

「お前は2士だから士長になるな」

「......虚しいっすね」

「階級の差だな」


 基地警備について丸2日、寝る間も惜しんで避難誘導に努めてきたが半日でここまで追い詰められるとは考えたくなかったな。 上司の命令で頑張って有刺鉄線を増やしてみたものの、痛みを感じぬ走る死者が相手では効果がない事が明らかだった。


「団体さんがやってきましたね......」

「もう弾が残ってないがな」


 視線の先には門を破壊し、20人くらいの感染者集団がこちらめがけて走って来ている。


「わああああ!!」

「待て、逃げるな!!」


 静止も空しく、一人の隊員が「はしだて」に乗り込もうと持ち場を離れて逃げ出してしまう。


「あいつ!!」

「ほっとけ、弾幕を絶やすな!!」


 俺は逃げ出した奴を放置し、新しい弾倉を装填して感染者の頭を撃ち抜く。


「ふう、そろそろヤバイな」


 地面の上には普段は回収する薬莢が無数に転がり、噛まれたことに悲観して自ら死を選んだ隊員の亡骸も横たわる。


「助けてやれなくてすまない、よくやった」


 俺はそう語りかけながら亡くなった隊員の亡骸からドックタグを抜き取る。


「む、村田3曹......」

「なんだ?」


 視線を移すと、逃げ出した隊員が桟橋についた瞬間、「はしだて」の中から避難していたはずの感染者がわらわらと姿を現し、襲いかかる光景があった。くそ、やっぱり噛まれたのを隠してた輩が混じってやがったか。


「こいつはひでえな......」


 その言葉と同時に、一発の銃声が響く。視線を向けると目の前の現実に絶望したのか先程まで指揮を執っていた上官が家族の写真を手に拳銃で自殺し、その亡骸をさらしていた。そういえば彼の家族も「はしだて」に乗ってたな。


「やれやれ、そりゃないでしょ」


 俺はそう愚痴を漏らしながら死んだ元上官の身体を押し退け62式7.62ミリ機関銃の向きを変え、引き金を握り締め銃弾をばら蒔く。

 欠陥品と渾名された銃だが、最後の御奉公の如く濃密な弾幕は「はしだて」から現れた感染者の身体を粉砕し、一瞬で死体の山を築き上げる。


「ふう、これで生き残りは俺達だけか...」


 俺は亡くなった上官のドックタグをちぎり、ポケットにつっこむ。今ので最後の弾だ。まだ多くの感染者が迫るなか、こちらは九ミリ拳銃を含めて弾薬はほぼ残っていない。 

 「はしだて」からは更に感染者が姿を現し、前からも感染者が迫る。正に絶体絶命のピンチだ。


「これで貴方がここの指揮官ですね」

「弾が無く、部下はお前一人だがな」

「泳いで逃げます?」

「馬鹿言うな、どの道避難できる場所がないぞ」

「潔く自決しますか?」

「俺にそんな勇気はねえよ」


 そう言いつつも俺は最後の手段として拾った64式小銃に銃剣を取り付ける。死ぬなら一人でも多くの感染者を道連れにしてからだ。 


「お供しますよ」


 先程まで声をかけてきた矢尻2士もまた俺と同じように銃剣を装着する。

 こいつは最後まで高校生気分のチャラい男だったが男気のあるいい奴だったな。せめてこいつだけでも生き残って欲しいがそれは無理な願いだろう。


「お前は今まで会った中で最高の部下だよ」

「へへ、初めて褒めてくれましたね」


 俺達は決意を新たにしつつ彼方にいる感染者共を睨みつける。

 白く濁った瞳に青白い肌。所々に感染要因となった傷跡が見え、中には腕をちぎられてしまった奴もいて痛々しくも感じる。

 安心しな、今すぐ俺が地獄に送ってやるぜ。


「うおおおお!!」


 まさか今まで訓練で馬鹿にしてきた銃剣突撃をする羽目になろうとは。勇ましい掛け声と共に埠頭の門を乗り越え、感染者の群れへと突撃しようとする俺達であったが、不意に目の前に現れたトラックによって視界を妨げられてしまう。


「早く乗ってください!!」


 目の前に現れた73式トラック、その運転席には同じ警備隊に所属する入江士長の姿があった。荷台からは二人の隊員が降りると同時に、感染者を銃撃して俺達が乗り込むまでの時間を稼いでくれている。


「弾薬の補給要請を受けて大急ぎで駆けつけたんですが手遅れでしたね」

「司令部はどうなってる?」


 助手席に乗り込んだ俺の言葉に対し、入江は黙って首を横に振って口を開く。


「ここにいる3名以外は皆やられました」 

「そうか......」

「しっかり捕まって下さい、裏から突破します!!」

「ああ、おもいっきりやってくれ。ここにはもう生存者はいないからな」


 昨日までは避難民で溢れていたこの地も今や見るも無惨な姿となった感染者に荒らされ放題となり、どの建物も破壊し尽くされ、窓からは感染者が飛び出してくる。俺はトラックにしがみつこうとし、もう何体目かは数えるのすら面倒な一体の感染者の頭を撃ち抜く。


「もう俺達以外に生きている人はいないみたいですね」

「横須賀はもう終わりだな、せめてもの願いは脱出した連中が新たな文明を再建してくれればな」

「政府は小笠原に拠点を設置したそうです。皇室も既に避難を完了したと連絡がありました」

「だとしてもいつまでこの状況が続くか分からんがな」 


 俺はそう言いながら胸ポケットから煙草を取り出して口にくわえる。


「火あるか?俺のは落としちまってな」

「あ、でしたら司令からもらったのが」


 入江はそう言いながら、ポケットからジッポ取り出して俺に手渡す。それはかつて司令が艦長として乗艦していた護衛艦「しらね」のロゴが刻まれており、退艦記念に部下から贈られたと言って大事にしていると言っていた。

 

「......やれやれ、形見になっちまったな」


 俺は煙草の煙をふかしつつ、感染者によって陥落してしまった横須賀の市街地を眺めながらここでの生活を思い出す。思い返せば今の部隊は一癖二癖ある連中が多かったが色々と楽しい思い出もあった上、殺伐とした艦船生活と違ってきままに過ごせる良い職場だった気がする。感染者騒動の際、国からまともな命令が無い中で司令は独断で隊員に武器と弾薬を携行させ、感染者の射殺も許可してくれた。平和な時代ならクーデターと言われて騒がれただろうが、彼のその迅速な判断によって俺達は生き残ることができた。

 入江の話によると司令は最後の命令として補給物資の運搬を兼ねてまだ若いこいつらを「はしだて」に乗せるため、最後に残ったこの車を使って脱出させてくれたらしい。

 日頃は出世街道から外れた変人幹部だと思ってたが、最後は男らしいところを見せつけてくれたな。


「これからどうします?」

「そうだな......」


 現在の戦力は俺を含めて5人。幸いにも司令の配慮のおかげでトラックの中には武器弾薬が満載してあり、当面の戦闘には耐えられそうだ。


「とりあえず沿岸部は壊滅と見て間違いないから内陸部に行こう。 感染者も通り過ぎたあとだから幾分か楽になるかもしれんし」

「分かりました」  


 俺達は道路に乗り捨てられた車と感染者を避けつつ、埼玉方面へと車を走らせることにする。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ