第19話 新たな仲間
警報音が鳴り響く機内。眼下には多くの自衛官や避難民が無数の感染者に襲われ、阿鼻叫喚の地獄絵図が広がっていた。
「先輩!!10号機が!!」
「嘘......」
夏原の指差す先には市長を乗せて先に飛び立つも、対空ミサイルにより撃ち落とされてしまった僚機の姿があった。機内が騒然とする中、坂本は瞬時に次は自分達がそれに狙われてしまうことに気付く。
「くそ、みんな、揺らすから捕まって!!」
「きゃあああ!?」
坂本は意を決して操縦捍を押し倒し、機体を地面すれすれの高度に落とす。
「うりゃあああ!!」
地面から感染者の呻き声が聞こえつつも、機体はそれを振り払い障害物を避けながら市街地へと向かう。
「いけええ!!」
目の前に迫るマンションを間一髪かわしたところで、背後から追ってきた対空ミサイルが建物に命中して崩れていく。助かったものの、無理な操縦により別の警報が鳴り始め、機体から黒煙が吹き始める。
「先輩、血が!?」
「治療は後よ!!まだ脱出できてないんだから!!」
飛び立つ前に、基地内にいた反乱部隊派の人間と銃撃戦があり、その際に坂本は足を撃たれ出血していた。
最早機体もパイロットも限界に近い状態であったが、一同の危機はまだ脱していなかった。
「ガンタンク!?」
丘を飛び越えたところで目の前にその見た目からガンタンクと渾名される87式自走高射機関砲が佇み、特徴的な2門の35ミリ機関砲の砲身がこちらに向けられている。
「嘘でしょ......」
坂本は最早最後と覚悟を決め、機体を真っ直ぐ進ませていく。
しかし、いつまでたっても機関砲は火を吹かず、そのまま機体は機関砲の上空を通りすぎてしまう。
「はあ、はあ、はあ......見逃した?それとも......」
事態が飲み込めず、坂本は薄れつつある意識を必死で保ちながら機体を内陸へと進ませる。目指す宛は無かったものの、生き残った国民を守るため機体は感染者のいない地を目指して飛び去って行った。
「あーあ、隊長、いいんすか、逃がしちゃって?」
「構わんさ、あの損傷だしな。それにあの機体のパイロット、あれだけの度胸と腕があるのなら元自衛官として殺すには惜しい」
指揮通信車から双眼鏡ごしに機体を見送った隊長はそう答えながら無線機の送話ボタンを押す。
「こちらロメオ1、一機逃がしたが損傷している模様。これ以上の脅威はないと判断し、只今から小松の占拠に向かう」
そして現在
「お身体はよろしいですか?」
「はい、お陰さまで命拾いしました」
医務室のベッドに横たわり、頭や足に包帯を巻きながらも良平の言葉に答える坂本2尉の姿があった。
治療をした杉田医師によると感染症により、一週間近く意識が朦朧としていたものの、今は熱も下がり安定しているという。
彼女の側には付きっきりで看病をしていた夏原3曹の姿もあった。
「村田3曹に有坂3曹、あなた方がいなければ私達は助かりませんでした、ありがとうございます」
「礼には及びません、同じ自衛官として当然のことをしたまでです」
「あなた方の力にはお見逸れしました、外からの支援もなしにこの避難所を運営していたなんて」
「いえいえ、坂本2尉の苦労と比べるまでも無いですよ」
彼女から見れば正にここの存在は奇跡だったに違いない。
でも、私達としては撃たれて負傷しつつも、小松基地からヘリを操縦して此処までやってこれた坂本2尉の執念には脱帽だけど。
「本来なら貴方に指揮権を伺う必要がありますが、私の判断で夏原3曹をメンバーに加えさせていただきました」
「構いません、見ての通り私も負傷した身ですので、寧ろ救っていただき感謝しています。指揮についてもこの体では無理があるのでこのまま村田3曹にお願いします」
坂本2尉はそう答えながら笑顔を見せ、良平の手を握る。彼女のことは以前、雑誌やテレビで大々的に報道されているから知っている。
美しすぎるパイロットとして世間を賑わせていたから。
「夏原3曹をよろしくお願いします。あの子は高校の後輩でもあるので」
「失礼を存じますが、母校はどちらで?」
「聖フェアリー学園です」
出た、超お嬢様学校だ。三流高校の私と大違いだ。良平め、美人を前にして鼻の下を伸ばしてるのを私は見逃してないからな。
「あの名門校ですか、いやはや凄いですね」
「ふふふ、父の薦めでして本当は行きたくなかったんですよ」
「先輩はテニス部キャプテンと生徒会長も経験され、私達にとって憧れでした」
あー、駄目だ、私と全然違うわ。所詮、私は頭の悪い陸上競技馬鹿ですよーだ。
良平どころか、矢尻君や、入江君まで美女を前にしてモジモジして顔を赤くしやがって。
彼女達にチクってやろうか!!
「夏原3曹のお話の通りなら小松基地は反乱勢力に占拠されたということで?」
「はい、恐らくは。私達はなんとか市長を含め生き残った市民と避難を試みましたが、僅かに飛び立たせたヘリも次々と対空砲兵器に撃ち落とされ、小松市長の乗った機体も落とされてしまいました」
「他に脱出に成功した方は?」
「恐らくいないと思います」
そう答える坂本2尉の表情は強張り、肩に力が込められる。
「私達がもっと早く対応できてれば......」
「......ここにたどり着けただけでも奇跡です。私もここに来るまでに多くの部下を犠牲にしました。今は後悔するよりも治療を優先してください」
良平はそう言いながら坂本2尉の肩に手を置いて落ち着かせる。
「皆が命を救ってくれた貴方の回復を望んでおります」
「......ありがとうございます」
良平の言葉を受けて落ち着いたのか、坂本2尉は良平の手を握りしめて感謝を口にする。
「なあ、どうしたんだ?」
医務室を出て以降、機嫌の悪い私に対し、良平は何かと声をかけてくるけど、正直今は気にさわるだけだ。
「美人に鼻の下伸ばしちゃって!!」
「何を言ってるんだ?」
「ふん!!」
坂本2尉は悪くはないけど、やっぱり良平が他の女にデレデレするのは気分が良くない。
「待てよ、ん?なんだこの歌声は?」
「え?」
良平が私の腕を掴んだ瞬間、不意に私達の耳に綺麗な歌声が響く。それはエントランスの方から聞こえており、私達がそこに向かうとステージに立つ夏原3曹が携帯端末の曲に合わせて歌を披露していた。
その優しい歌声を前にして集まっていた避難民達の顔から笑顔が見える。その中には仲良く並んで座る山中さんと竹井さんの姿もあった。
「良い歌ですね」
「はい」
二人は肩を寄せ合いながら、目をつむり歌声に耳を傾ける。それを前にして、私は先程良平に向けていた態度が恥ずかしくなる。
「良平、なんかごめんね」
「良いさ、美鈴が許してくれれば」
今まで避難所に無かった綺麗な歌声。それは私達を含めた避難民の間に安らぎをもたらしてくれていた。
しかし、この時の私はまだ気付いていなかった。
このことを機会に良平達が良からぬことを企んでいたことに。
「いやあ、まさに空から舞い降りた女神様っすねえ」
「俺、あの人の取材記事好きだったなあ。美人でかつハキハキとしていて笑顔が素敵だよなあ」
「ははは、まさか俺もあんな美人を助けちまったとはなあ」
深夜、元飲食店の一角に集まった良平達は持ち寄った酒を片手に、口々に坂本2尉や夏原3曹の印象について語り合っている。周囲には男しかいないことを良いことに勝手なことを言ってくれる。
「坂本2尉は彼氏いるんすかね?」
「さあな、見たところ杉田医師と親しいようだが」
「かー、残念、やっぱりインテリ同士が結ばれるんかなあ」
「そりゃそうだよ、2士入隊の俺達には縁がないさ」
「そういえば、夏原3曹も凄い経歴だぞ。なんと音楽隊出身でCDも出してるからな。彼女の歌声は配信動画サイトでも話題になってたし」
「うわー、こんな有名人が空から来たなんて信じられないっす」
「俺、実はさっきショップで夏原3曹のCD見つけてきたんすよ!!」
「でかした、流石にジャケットに写る姿も綺麗だな」
「この女性自衛官写真集にも二人が並んで載ってますよ。高校の先輩と後輩で仲が良いみたいです」
「まだまだ、こっちはタカキンが送ってくれた動画もあるぞ」
人の気持ちも知れず、3人はそれぞれ持ち寄ったグッズを見せ合う。
「写真だと超可愛いっすね」
「まてまて、坂本2尉を守ろうとする夏原3曹も格好良かったぞ」
「あー、もっと早く二人のどちらかと知り合えてたらなあ」
「あん時、撮影して無かったのが残念」
「ふーん、残念なんだ...... 」
「......信じらんない」
「げ!?」
「うわ!?」
いつの間にか、入江君と矢尻君の背後に笹倉さんと立花さんが立っていた。
「うわ!?なんで美鈴まで!?」
「なんでかなあ?」
理由は簡単だ。男どもが良からぬ集まりを計画していると小百合が教えてくれたからな。
「よくこんなに集めたわね」
一同のテーブルには坂本2尉や夏原3曹の取材記事が載った幾つかの雑誌が置かれ、良平達がそれをネタに話していたことが伺える。
「あんた!!あたしがいながら浮気者お!!」
「香織ちゃんやめてえ!!」
「今すぐ隠している物を全て出しなさい」
「由香ちゃん、破かないで!!」
矢尻君は笹倉さんに頭をグリグリされ、入江君は立花さんに並べていたお宝グッズを破かれる。
「良平、どこに行くの?」
「ひ!?」
私はそろりそろりと逃げようとしていた良平の前に立ちはだかり、口を開く。
「今夜は特別に、徒手格闘を教えてあげるよ~」
「ひいいい!?」
良平には言ってなかったかな、私が徒手格闘得意だってこと。
このあと、私達はだらしがなく懲りない男どもの再教育に専念することになる。
「綺麗なお月様ですね......」
「は、はい、綺麗です」
深夜、私に再教育され、動けない良平を放って私は一人、見張りの交代に向かうと、屋上では見張りをしつつ夜空の満月を見つめる竹井さんと山中さんの姿があった。
日にちを重ねるうちに徐々に距離も近付き、今は自然に二人並んで座りお互いのことを話す余裕も見るようになったみたいだし、もう付き合ってるのかな?
興味を抱いた私はこっそりと二人の会話に聞き耳を立てる。
「た、竹井さん、実は、その、もし良かったら......」
「......」
山中さんが顔を赤くしながらもチグハグと言葉を絞りだそうとするも、竹井さんはそっと彼の手を握りしめ、口を開く。
「言いたいことは分かります」
「え?で、では......」
「だけど、まだもう少しだけ待ってて下さい、私にはまだ気持ちを整理しなければならないので」
竹井さんはそう答えながらながら立ち上がり、満月を背にして山中に笑顔を見せて口を開く。
「ふふふ、私、結構罪深いんですよ」
「......やはりまだ気にされてたんですね」
月明かりに照らされた竹井さんの表情にドキリとしつつも、山中さんは彼女の言葉に心当たりがあったようで、意味深な言葉を続ける。
「あの時のこと、貴方がどう受け止めていようとも、僕の気持ちは変わりませんよ」
山中さんの言葉に対し、竹井さんはくるりと満月の方に身体を向けて口を開く。
「山中さん、私の心の整理がつくまで待っててもらえますか?」
「はい、僕は待ちますよ、こう見えて辛抱強いのが自慢なんで」
「......ありがとうございます」
表情こそ見せなかったものの、竹井さんの目から涙らしきものがこぼれ落ちる。
彼女達がここに来るまでに何があったんだろうか?
実のところ、お互い辛い記憶があったためか、私達と竹井さん達の間で自分達に何が起こったのか話さない空気があった。変に介入する気にもなれず、私はその場を一時離れることにした。