第18話 救出
今思うと我ながら無茶をしてると思う。
良平の制止を振り切って屋上から降りたと同時に、私は一人で航空自衛官達を救おうと近づく感染者を撃ち倒しながらチヌークへと向かって走る。
「先生、早く!!」
操縦席の側では一人の航空自衛官が九ミリ拳銃片手に、感染者を撃ちながら何やら叫んでいる。
私は襲いかかろうとしていた感染者を撃ち殺すとともに、彼女の腕をつかみ口を開く。
「何をやってるの!?早く逃げなさい!!」
「ダメです、まだ先輩が!!」
「中にまだ誰かいるの!?」
彼女の言葉を受け、機内を覗き込むと不時着の衝撃からか、操縦席で頭から血を流して項垂れているパイロットの姿とともに、それをなんとか席から引き離そうとする医師の姿を目にする。
「まだ生きてるの!?」
「ああ、ベルトがからんで外せないんだ!!」
医師は恐らく操縦席のベルトの外し方が分からないのだろう。その表情からして必死さが伝わる。
刃物は無いのか、小銃に着けている銃剣を外すわけにはいかないし...... あ、あれがあった!!
「これを使って!!」
私は咄嗟にポケットにしまっていたカッターナイフを彼に渡す。
これはついさっき、小百合が折り紙をしたいとか言い、ハサミが無かったからとカッターナイフを使おうとしたのを取り上げた経緯がある。小さい子供に使わせるのは危ないからとポケットに入れたまま、忘れたままになっててたのが幸いした。
「おりゃあああ!!」
チヌークに迫り来る感染者に対し、矢尻君が屋上に置いていたMINIMIで援護してくれる。
私は横にいる航空自衛官とともに、彼の弾幕から溢れた感染者を一体ずつ始末しながら、時間を稼ぐ。
「外れた!!」
「よし、貴方は彼を手伝って」
「はい!!」
私は航空自衛官を中に押し入れ、医師とともにパイロットの身体を操縦席から引き離させ、外に運び出させる。
「急いで!!早く建物に!!」
私はパイロットを両脇に挟み、運搬する二人を守るため、殿につきながら銃弾をばら蒔くも、既に四方は感染者に囲まれており、助かる見込みは絶望的であった。
「ぐがあああ」
「ち、くそ!!」
遂には小銃の弾倉も無くなり、私は九ミリ拳銃で反撃するも、弾数に乏しくすぐに撃ち尽くしてしまう。
「早く!!」
「グワアアア!!」
「ひ!?」
「危ない!!」
二人がパイロットの身体にロープをくくりつけようとしたところで、感染者が襲いかかろうとしたため、私は咄嗟に感染者の頭に銃剣を突き刺し、外壁に押し付ける。しかし、そいつを押さえ付けている隙に、2体の感染者が私の背後から飛び掛かろうとする。
身動きの取れなかった私は咄嗟に腕でガードしようとした瞬間、目の前を大柄な男が間に割って入る。
「ぐぎゃあ!?」
「......死ね!!」
1体の感染者を下敷きにして着地し、飛び掛かってきたもう1体の感染者に対し、良平は小銃に着けていた銃剣をそのまま奴の口に突き刺す。じたばたする感染者に対し、彼は躊躇うことなくそのまま頭部に銃弾をお見舞いし、動かなくなったその身体を足で蹴り飛ばす。
「馬鹿野郎、無理しやがって」
「良平!?」
「ほらよ」
突然のことでありながらも、私は良平から新しい九ミリ弾倉を受け取り、装填する。
「二人はこれに捕まってくれ!!」
良平はそう言いながら降りるのに使ったロープを航空自衛官に渡す。
「貴方達は!?」
「良いから行け!!邪魔なんだよ!!」
良平は荒々しく答えながら、二人に引き上げを促す。
怒られた二人はロープを身体に巻き付け、そのままパイロットとともにずるずると引き上げられる。
よし、あとは良平と脱出するだけだ
「お前は馬鹿だよ」
「そっちこそ、何で降りたの!?」
「お前の馬鹿が移ったんだよ!!」
良平はそう答えながら感染者を足払いして転ばせ、その頭を銃剣で突き刺す。私達が使っている銃剣は固く、突き刺しやすい上、その側面には溝が掘られており、突き刺したときに人体の脂肪や筋肉の膠着により刃が張り付いても容易に抜けるように作られている。
「久々に戦うのもしんどいな」
「全くね」
私はそう答えながら、彼の背後から迫る感染者を撃ち殺す。
「もう仲間が死ぬとこは見たくないしな」
「ふふ、馬鹿な人」
良平はなんだかんだ言って熱い男だ。私は胸が熱くなる思いを膨らませつつ、良平と背中を預けあって感染者から身を守るべく銃弾をばら蒔く。
しかし、屋上から入江君達の援護があるとはいえ、周囲に迫る感染者は数を減らす気配すらない。
「くそ、キリがない」
チヌークから出てきた人々はまだ屋上に引き上げきれておらず、何人かはぶら下がったままだった。4階分の高さから引き上げられる長さのあるロープにも限りがあるし、引き上げることのできる人員も少ない。私達の番になるのはまだ先だろう。
正直、彼らにかわって感染者に囲まれた私達がそれまでもつのかも怪しい。
「ぐぎゃあああああ!?」
私達に近付く感染者の頭上から何かが命中し、炎が広がる。奴は炎に巻かれ、動きを鈍らせるとともに地面に倒れこむ。
何があったのか分からず見上げると先程まで入江君と一緒にいた笹倉さんと立花さんの姿があった。
「よし、計算通り!!」
笹倉さんはガッツポーズを見せるとともに、立花さんから新たな自家製火炎瓶を受け取り、私達の周囲にいる感染者に向けて投げ付けていく。
「援護いくよ、ほれほれほれ!!」
次々と火炎瓶を投げてくる彼女達。厳格な教育一家出身である笹倉さんは元は学校で物理を専攻していたらしく、夜な夜なよからぬ実験をしていたと矢尻君から聞いたことがある。子供達の良き教師でもあったため、特に咎めてはいなかったけどまさか火炎瓶を作ってたなんて。
「えい!!」
今度は立花さんが遠くにいる感染者にまで火炎瓶をぶつけてしまう。そういえば彼女、実は元女子ソフトボール選手だって入江君が話していたな。
「燃えろ、燃えろ~♪」
「えい!!」
二人の絶妙な連携により、次々と感染者が炎に巻かれ倒れていく。
「あいつらの彼女やべえな!?」
「これが本性なら二人とも尻に敷かれてんじゃないの?」
私達にまで破片が飛び、炎が周囲を包むも、それは少なからず感染者から守ってくれている。
しかし、時間がたつに連れて感染者の数は増えていく一方であり、余裕はなくなってきている。
「援護は助かるが二人同時に助かりそうにはないな......」
もう何体目かも分からない、感染者の頭を撃ち抜き、良平は苦言を漏らす。
戦い馴れた同士で協力してるとはいえ、それでも私達が救出されるまで弾がもちそうにない。
「空だ、弾を持ってきてくれ!!」
屋上で矢尻君が使っていたMINIMIも弾切れになり、援護の火線が一気に弱まる。
参ったな......予備の弾は脱出用のラブに保管してたから取りに行く時間は無いぞ。
「くそ、数が多すぎる」
「流石に不味いわね」
ついに、炎の隙間から飛び出す感染者に対し、私達は最後の弾を撃ち尽くし途方にくれる。
「良平、ごめんね」
「......しゃあないさ」
目の前に迫る新たな感染者の集団を前にして私達は銃剣を頼りに、覚悟を決める。
だが、追い詰められてきた私達のもとに不意に一本のロープがぶら下がる。
「二人でそれに捕まって下さい!!」
安浦さんの声に従い、私は最後の希望をかけて良平と一緒に捕まる。
「今です!!」
安浦さんの合図と同時に、私達の身体は一気に持ち上げられ間一髪のところで感染者共に捕まることなく屋上へと引き上げられる。
「くたばれえ、汚物は消毒じゃあ!!」
私達が引き上げられるのを見計らい、笹倉さん達が残りの火炎瓶を一気に落とす。
私達の目の前を通りすぎて落ちたそれは、襲いかかってきた感染者に命中し、纏まった炎を生み出す。
「ぐぎゃあああ!!」
「ごほ、ごほ、や、やりすぎ!?」
「イカれてるな!?」
私達は下から煙に巻かれつつも、程なくして屋上へと引き上げられる。
「ふう、今回ばかりは死ぬかと思った」
「あ、あなた達......」
驚くことに私達を引き上げた人達の中には娘の小百合を含めた子供達の姿があった。
「ママー!!」
小百合の小さな手には血が滲んでおり、幼いながらも私達を助けたい一心で協力したのが見てとれる。ロープを確認すると長さが足りないため、以前子供達に暇潰しに教えた要領で、シーツが継ぎ足されていた。そう、この子達はモール内からシーツを何枚もかき集め、繋ぎ合わせて下ろしてくれていたんだ。
「さっちゃんが僕達を呼んだんだ、美鈴さんがピンチだって」
「小百合、頑張ったんだよ.....」
「ありがとう、ありがとう......」
私は涙を潤ませながら小百合の身体を抱き締めて頭を撫でる。まさかこの子達に助けてもらえるなんて......
「引き上げることが出来たのは15人か」
良平が救助した人々を確認すると、先程救助した航空自衛官が立ち上がり、口を開く。
「ありがとうございます、私達は石川にある小松基地に所属しておりました」
「小松基地?まだ機能してたのか!?」
良平が問いただすも、先程救助したパイロットの容態を見ていた医師が声を上げる。
「すみません、今すぐ彼女の治療を!!」
「彼女?」
「坂本2尉です!!」
医師はそう言いながらパイロットのヘルメットを外すと、長く美しい髪が宙を舞い、若い女性の顔が露になる。
「出血が多い、早く彼女の治療をしないと」
「安浦さんと竹井さんはここを頼みます、他は俺についてこい!!」
このモールには医師はいなかったが、幸いにも医務室はあった。私達は医師とともに坂本2尉をそこに運び込む。
「酷いなこいつは......」
ストレッチャーに載せた彼女の身体は不時着で受けたであろう頭部の傷の他に、足には銃弾を受けていた。
「傷は深く、血管を縫い合わせる必要がありますが、輸血も必要になります。彼女を救うためにもAB型の血液が必要です!!」
よりによってAB型か......
「俺がAB型だ!!」
良平がすぐさま手を上げる。なんて偶然だ。
「助かりました、ですが一人では足りないので他の方にも」
「分かりました、入江と矢尻は今すぐ避難民の中から探しだしてくれ!!」
「了解!!」
良平の指示を受け、二人は急いで医務室から出ていく。
「私一人で手術は難しいので誰か助手を」
「私がやります、救急救命士の訓練も受けてるので」
坂本2尉を救うため、山中さんが助手をし、良平から血液をもらう形で手術が開始される。
手術の邪魔にならぬよう、私は航空自衛官とともに医務室から出て、通路にあるパイプ椅子に座る。
「ううう、先輩......」
「ふう、疲れた......」
疲れていたこともあり、私は持っていた小銃を床に乱雑に置き、未だ涙を流す航空自衛官に視線を移す。
「一体誰が彼女を撃ったの?」
「反乱です」
「え?」
「新日本国の連中に感化された連中が反乱を......」
いきなり何を言ってるの彼女は?
「新日本国?」
「詳細は分かりませんが、元皇族を新たな国家元首として専制国家の立ち上げを計画している輩だそうです。メンバーの中には少なくない数の自衛官が賛同しているようで、恥ずかしながら私達が所属していた小松基地においても小松市長に反感を持つ副司令以下、多数の自衛官が賛同し、あくまで日本政府に従うことを選択した私達司令派とで別れることになりました。私達は小松市長以下異議を唱える市民とともに空港ターミナルにいたのですが、今朝になって新日本国側の攻撃を受けました」
「何よそれ......」
小松基地は確か民間とも共用していたこともあり、避難場所に指定されていたのは知ってたけど。
「私達には生存者を飛行機で安全な地域へ送るという任務が与えられ、かなりの戦力も集められていました......ですが、ある日を境に飛行機も来ず政府からの連絡も途絶えてしまいました」
「なぜ?」
「実は新日本国は小松基地周辺に対空火器を設置し、制空権を奪い取ったのです」
その言葉を前にして私は不意に目眩を覚えてしまう。以前、タカキンが言っていた謎の武装勢力、聞くところでは元自衛官達が首謀者らしいが同じ自衛官として信じたくはなかった。
「なんでこんなことをするの?」
「彼らは日本政府に対する憎しみで、それに従う部隊を敵視しています。更には反乱によって賛同しない私達や避難民を始末するためにバリケードを破壊してきました」
「嘘......」
「反乱によって感染者までもが入り込むなか、私達は坂本2尉の下、整備中の機体に乗り込み、保護した民間人と共に最後の希望を賭けて飛び立ちました」
小松からここまで来て、私達に出会えたのは正に坂本2尉の執念の賜物だろう。
「無事にここまで民間人を連れてきてくれてありがとう。あなた、名前は?」
「夏原楓、3等空曹です。以前は音楽隊に所属していました」
「そう、私は有坂美鈴、3等陸曹よ。ここも感染者に囲まれてはいるけど一先ずは安全よ。民間人は受け入れるけど貴方達はこれからどうするの?自衛官としての任務には耐えられる?」
同じ自衛官だが、普段から銃に縁の少ない音楽隊出身の彼女にこの言葉は酷かもしれない。しかし、私の言葉に対し、夏原3曹はゆっくりと顔を上げ、こちらに身体を向ける。
「有坂3曹、私もあなた方の部隊に合流させてください」
「......良いわ、だけどここの指揮官は良平だから彼と相談してからね」
私はそう答えるとともに、立ち上がり上着を脱ぎ捨てる。
「ここに自衛官は良平......じゃなくて村田3曹含め四人しかいないから、貴方にも戦ってもらうことになるけど大丈夫かな?」
私の言葉に対し、夏原3曹は決意を新たにして口を開く。
「はい、3等空曹、夏原楓...本日からあなた方の指揮下に入ります......」
坂本2尉はまだ予断を許さない状況であったが、夏原3曹は自衛官として私達と合流することに同意してくれた。
今は一人でも戦力を確保する必要もあるしね。
新日本国、まだ正体のはっきりしない存在だけど、今後注意していかなければならないことは間違いないな。