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第17話 急変

 ここは石川県小松市にある航空自衛隊小松基地、山側を航空自衛隊、海側を民間航空会社が敷地を有し、日本海側のF15のスクランブル拠点となる他、民間ではかつてボーイング747の運用実績もある2700メートルもの長さのある官民共有の長大な滑走路を有する。

 感染者が日本に上陸した今においても航空自衛隊と陸上自衛隊中部方面隊の残存戦力により守られており、自らの意思で残留した小松市長の下、本土で生き残った日本国民の一大救出拠点となっていた。


「隊長、こちらについた連中から連絡がありました、作戦実行に支障はないとのことです」


 指揮通信車に乗り高台から空港を監視する隊長に対し、無線を聞いていた部下が報告する。


「反対派は市長と海側の旅客ターミナルに立て籠ってるとのことです」

「そうか、市長についた自衛官の数は?」

「全体の三割だそうです。愚かですね」

「馬鹿者!!」


 隊長はそう言って年若き部下をしかりつけ、口を開く。


「彼らもまた、自らの信念に従ったまでだ。俺達は彼らに対し、敬意を示さなければならない」

「あんな市長を守る連中でも?話によると散々自衛隊をこき下ろして自分の手柄を高々に言ってたらしいですよ。俺達についた連中だってあの市長の体面を優先した無茶苦茶な要請のせいで、多くの同胞が亡くなったと恨んでいましたし」


 部下は自らの発言に悪びれることなく反論する。これが自衛隊であるならば、上官は部下を再教育する必要もあるのだが、彼らは既に日本政府の下を離れ、同じ志を持つ独自の勢力として活動しているため、隊長も部下を指摘することなく口を開く。


「だとしても、最後まで自衛官としてシビリアンコントロールを維持していきたいのだろう。逆に俺達はそんな連中から仲間を守り、歪んだ体制を改めるために奴等とそれを庇護する日本政府と対立することを選択した。方向性は違えど俺達は互いに強い理念のもとで行動しているのさ。彼等が自らの信念に殉じたいのならば俺達も相応の舞台を用意しないと」

「了解です」

「よし、作戦をはじめるぞ」


 隊長はそう答えるとともに、インカムを通じて麓に停車している99式自走155ミリ榴弾砲に指示を出す。


「ロメオ1、時間だ、砲撃を開始しろ。外すなよ」

『了解、一発で当ててやります』

「おう、奴等を驚かせてやれ」


 その言葉を合図に砲身が上空に持ち上がり、照準を定める。


『てえ!!』


 轟音とともに放たれた砲弾、それは小松基地に向けて放たれている。


「さあ、お前達の決意を見せてくれよ」


 隊長の理念を体現するかのごとく、放たれた砲弾は上空で円弧を描き、小松基地の正門に着弾して破壊する。その瞬間、空港内には怒濤のごとく感染者が押し寄せていくことになる。



「竹井さんにあの......」

「はい?なんでしょうか?」


 年が明けたばかりの昼下がり、山中は今度こそと竹井に愛を告白しようと試みる。彼はこれまで何度も試みてはいるのだが、いつも肝心なところで失敗している。

 その都度、後悔し、筋トレでうさばらしし、プロテインを飲んできた。そのせいで更にムキムキと筋肉をつけ、女性陣から好機の目にさらされてきたが、今日こそはと決意を固めていた。


「じ、実はあなたのことが......」

「?」


 山中が顔を赤くして何かを言おうとしているのは竹井にも分かる。しかし、悲しいことに彼女は警察官たろうとするあまり、彼の好意に気付いてはいない。


「す、す、す......」

「あ、あれは何ですか!?」


 山中が渾身の告白をしようとした瞬間、竹井は彼の背後の上空に浮かぶ奇妙な物を発見し、声をあげてしまう。


ジリリリリリ!!


 モール内に響き渡る警報。それは屋上から緊急事態を知らせる合図であった。


「警報だ!?」

「パパ!?」


 トイレに行っていた美鈴の代わりに子供部屋で小百合達の相手をしていた俺は屋上での異変に気付き、すぐさま銃を手に取る。


「村田さん、これは!?」


 子供達の中で年長者であり、纏め役である剛志が疑問を投げ掛けるも、俺は強い剣幕で口を開く。


「小百合はここにいろ、剛志は子供達を取りまとめてくれ、決して部屋から出るな!!」


 感染者が侵入したらば一大事だ。小百合の相手を剛志に任せ、俺は部屋を飛び出して走り出す。

 途中、エントランスを通ると二つの背中合わせになったベンチで恋人に癒され満悦に浸る入江達の姿を目にする。


「気持ち良い?」

「うん、由香ちゃんは上手だねえ」


 笹倉さんに膝枕をしてもらい耳掻きをしてもらい優越に浸る矢尻。


「......」

「ちゅー」


 その反対側では立花さんとキスをしようとしていた入江の姿があった。俺はそんな平和ボケしたアホ二人の頭に拳骨をお見舞いする。

 

「いてえ!?」

「な、なにを!?」

「警報だ、ボケ!!二人とも色ボケしてないで仕事を優先しろ!!感染者が侵入してたらどうするんだ!!」

 

 警報が鳴り響いていたというのにこの二人は色ボケに浸っていやがった。自衛官にあるまじき危機感の無さだ、また感染者の中に放り込んでやろうか。


「やべ!?」

「二人とも、部屋に隠れて!!」


 久しぶりの事態を前に二人はようやく我に返り、慌てて銃を片手にして俺に続く。


「ゾンビ映画じゃ、色ボケ連中から死んでいくのがお約束だろうが!!」

「こないだ見張り中に有坂3曹といちゃついてた村田3曹が言うことですか!?」


 矢尻はそう答えながら耳に差したままになっていた耳掻きを捨てる。ち、こいつそれを持ち出すか。


「村田さん、これは!?」

「分かりません、屋上で何かあったのかも」


 俺達の前に資材庫の影から銃を持った安浦さんが現れ合流する。流石元ベテラン、ちゃんと準備してたんだな。その後ろには片山君の姿もあった。


「どうした!!」


 屋上に駆けつけた俺達に対し、見張りについていた竹井さんが真っ青な顔をして口を開く。


「......こ、こちらにヘリが向かって来てます!!」

「なんですと!?」

「なんと.....識別は分かりますか?」

「一応、自衛隊のヘリには見えますが煙を吹いてまして高度が下がってるようにも見えます」


 竹井さんの指差す先には、黒い煙を出しながらフラフラと飛ぶヘリの姿があった。


「あれはなんですか!?」


 竹井さんと見張りについていた消防士である山中さんの言葉を受け、俺は矢尻に双眼鏡で目標を確認するよう指示する。


「チヌークです!!」

「不味いぞ、あんな大型機を屋上に着陸させてられねえ」


 矢尻の言葉に俺は危機感を露にして見上げる。チヌークと呼ばれるCH-47J輸送ヘリコプターは満足な整備が受けられていなかったからか、急速に高度を落として行き此方へと向かってきている。


「良平、今どんな......なんてこと!?」


 後から来た美鈴もまた即座に事態を理解して声をあらげる。


「入江、発光信号だ、向こうの駐車場に着陸するように伝えろ!!」

「了解!!」


 入江はすぐさま屋上に設置した大型ライトで発光信号を送る。気付いてくれると良いが。


「助けに行くの!?」

「いや、着陸したら自力で来てもらう。屋上から引き上げる......」

「......分かった、市民にも協力してもらいましょう」

「ああ、竹井さんは山中さんと引き上げの指揮をお願いします」

「片山君はみんなを集めて!!」


 引き上げ作業を竹井さん達に任せ、俺は美鈴達と共に着陸に備えて屋上から感染者に銃口を定める。


「ママー、パパー......」

「馬鹿、ついてくるなと言っただろうが!!」


 緊迫が走るなか、いつの間にか俺と美鈴の間に小百合がおり、ズボンを引っ張っていたため、思わず叱ってしまった。


「危ないから部屋にいろ!!」

「ううう、だってー」

「パパの言う通りよ、戻りなさい」


 項垂れる小百合を美鈴が強引に引き離し、屋上の出入り口まで下がらせる。そんな中においてもチヌークはみるみるうちに近づいてきている。


「着陸します!!」


 ローター音と共に、チヌークは駐車場にいた感染者共を巻き込みながら勢いよく火花を散らせながら着陸し、地面と機体との接触による金属音を響かせながら此方に向かう。


「ぶつかる!?」

 

 不時着したチヌークは血飛沫と共に感染者を凪ぎ払い、こちらに近付いていく。まずい、勢いが止まらないぞ!!


「来るなあ!!」

「とまれええ!!」


 俺達の願いが通じたのか、不時着したチヌークはショッピングモールの手前で止まる。一同ホッとしたのも束の間、機内から多くの民間人が這い出てきたことで我に返る。


「まずい、ロープを垂らせえ!!援護しろ!!」

「みんなを連れてきたよ!!」

「なんてこと!?みんな、早くロープを!!」


 チヌークの音に引き寄せられ、恐ろしい程の数の感染者が集まってきている。俺達はできるだけ多くの人々を救うべく銃撃始め、片山君によって集められた避難民達が次々とロープを垂らす。


「くそ、数が多い!!」

「早く逃げてくれ!!」


 入江と矢尻が頭から血を流しつつも子供を抱き抱える母親の周囲に群がる感染者を撃ち殺す。親子はその隙にこちらが垂らしたロープに捕まり、引き上げられていく。


「きゃあああ!!」

「助けてくれえ!!」

「グガアアア」

「早く上げて!!」


 他の人々も感染者に襲われながらも我先にとロープに捕まり引き上げを望む。竹井さん達が集まってきた避難民を指揮して必死で引き上げようとしているが、一本のロープに三、四人もぶら下がっているため容易に上がらない。しかし、山中さんについては一人で二人を引き上げていたりもする。日頃の筋トレとプロテインが効力を発揮してやがるな。


「数が多すぎます」

「くそ、何か手はないのか!!」

「良平、あれ!!」


 美鈴の指差す先には感染者と対峙する航空自衛官達の姿があった。彼らは機内に取り残された民間人を引き摺り出しつつ、懸命に感染者と戦っていた。


「くそ、このままじゃ彼らが」

「撃て、撃て!!」


 とにかく数が多すぎる、こっちも民間人を優先しているために彼らを援護する余裕が無い。事態はどんどん悪くなってきている、どうすれば良い......


「くそ、キリがない!!良平......私が行くわ」

「おい!?」

「やあああああ!!」


 美鈴は俺の制止を振り切り、いつの間にか銃剣を取り付けた小銃片手にロープを握りしめて屋上から飛び降りる。あの馬鹿、俺に無茶するなと言っておきながら矛盾してねえかおい!?


「馬鹿野郎!!」


 俺の言葉を無視し、美鈴は器用に壁沿いを下っていき、着地する直前で民間人に噛みつこうとした感染者の頭を間一髪のところで蹴り飛ばす。

 蹴り飛ばされた頭はサッカーボールのように体から引きちぎられ、まだ回転していたヘリのローターにまで飛ばされ、血飛沫とともに粉砕されてしまった。


「うおおお!!」


 着地した美鈴は鬼神の如く突撃し、銃弾と銃剣を器用に使い分けて周囲の感染者を仕留めつつ進んでいく。

 大海を割るかのようにして進み、チヌークのパイロット達を救おうとする美鈴の勝手な行動に対し、俺はただ彼女のために感染者を撃ち続けていくしかなかった。

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