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第16話 新年を迎えて

「ハッピーニューイヤー!!」


 元旦、例年と違って紅白や某バラエティー番組、箱根駅伝などが放送されなかったものの、アーケードでは新年を祝う催しが繰り広げられていた。   

 獅子舞の躍りが披露された後、日頃は竹井さんによく追い回されていた悪ガキコンビが皿回しを見せつける。

 入江と矢尻は二人で仲良く餅つきを始めており、出来上がったお餅は女性陣の手によってお雑煮にされたり、きな粉や餡子がまぶせられて多くの人々に振舞われる。


「はい、あ~ん♡」

「あ~ん」


 餅つきを終えた矢尻は着物姿の笹倉さんとベンチに座って仲良くお餅を分け合っている。

 この二人、あれから御両親に断りを得て公認で付き合うようになり、今では所構わずイチャイチャ過ごすようになっている。


「お雑煮持ってきたから二人で食べよう」

「......うん」


 隣のベンチでは入江がもらってきたお餅を立花さんに食べさせている光景があった。

 相変わらず進展は遅いようだけど、最近は本格的に同棲をはじめて時間があれば二人で過ごすようになった。

 因みに、竹井さんと山中さんについては今は屋上で見張りについている。入江と違い、未だに仲は進展せずもどかしい関係が続いている。


「二人共幸せそうね」

「ああ」


 美鈴はカウントダウンの夜ふかしの影響で未だに微睡みの中にいる小百合を抱きかかえつつも、俺に作ったばかりの雑煮を渡してくれた。 


「美味いなこれ」

「私が作ったんだから当然でしょ」


 和風の出汁が効いたその雑煮は美味しいだけでなく、小さな子供やお年寄りも食べやすいように小さくちぎられた餅が入っていたことを考えると、彼女の細かな配慮が考えられる。

 食料の都合からお節料理のような大それたものがなかったが、このお雑煮だけでも十分なご馳走に違いない。


「来年もこうして皆で過ごせるかしら」

「野菜生産が軌道に乗れば良いけど電力が無い中で雨水しか水が確保できないと難しいな」

「雪が溶けたら煮沸用の燃料も手にいれないとね」


 モールの備蓄も無限ではない。既に燃料となるカセットボンベや薪の備蓄も4月までが限度という予測も出ている。


「おやおや、お二人とも三が日までは暗い話は無しにして今日は楽しみましょう!!」

「あ、すみません、気を使わせてしまって」


 俺達の気持ちを察してか、袴姿の安浦さんが一升瓶を片手に声をかけてきた。その周囲には彼を慕う子供達の姿もあった。


「こういう日にこそ、日頃の不安を忘れて新しい年に期待しませんと」

「そうですね」

「まだお酒も飲める我々はまだ恵まれてますよ」


 そう言いながら、安浦さんはトクトクとコップに日本酒を注ぎ、俺に手渡す。


「今年こそ良い年にしましょう。この子達の未来のためにも」

「はい、安浦さんも無理せず長生きしてください」

「ははは、孫の成長を見ずに死ぬつもりはないですよ」

「おじいちゃーん、お年玉ちょーだい」

「あーはいはい、ちょっと待ってね」


 奥さんとの間に子供はいなかったそうだが、元来の子供好きが幸いしてかここの子供達は総じて安浦さんのことをおじいちゃんと呼んで慕っている。子供達にせがまれ、安浦さんはいそいそと袖の中からお年玉袋を出して口を開く。


「少ないけど大事に使うんだよ」

「わーい」


 子供達はうきうきとお年玉を受け取り、中身を取り出す。

 英世さんが5枚入っていて小さな子にとっては大金に違いないが、感染者によって日本の政府機関が機能を停止した手前、日本円に再び価値が戻る気もしないが。


「今はここにある屋台でしか使えませんが気分だけでも良いでしょう」

「そうですね、平和だった頃を思い出してもらえば」


 俺と安浦さんはそう言葉を交わしながら日本酒を飲む。


「くう~、うまいですね」

「はい、秘蔵の高級酒ですからね。お料理酒にするのは勿体ないですよ」

「日本酒は何にでも合いますからね。平和な時代になったら酒蔵でも始めますか?」

「お、それは良いですねえ」


 安浦さんと笑っていると、用意されたスクリーンに見覚えのある顔が映し出される。


『タカキンチャンネル~、新年明けましておめでとう!!』


 年越しカウントダウンに続き、タカキンのライブ放送が始まる。背景はいつものタカキンの部屋だが、鏡餅やしめ縄が飾られ、タカキン自身も和服を着て挨拶をする。


『去年は皆にとって最悪な年だったけど、僕を含め皆さんとこうしてライブが出来て嬉しく感じます。今日はいつもの実験は止めて、色々と特集していくよー。まず最初はゆうみんから』


 画面には今なお引きこもりアイドルとして配信しているゆうみんの写真が映し出される。


『彼女はね、両親が鎖鎌道場の家元ゆえに幼い頃から鎖鎌の修行に明け暮れてね、小学生のころにはそれが元で虐められて中学生の頃から引きこもってたみたいなんだ。暫くはその可愛いルックスを生かして動画配信サイトのアイドルとして広告収入で生活してたみたいだけど、ある日壁どんの叔父さんと衝撃的な出会いをして、今に至るみたい。因みに、本人曰く「叔父様とは恋人ではありません。だって、ゆうみんは皆のアイドルだもん」と言ってたね』

「ゆうみーん!!」


 なんか、ゆうみんコールが響いているな。小百合も心なしか美鈴の胸元で手を上げている。


『続いてはチェケラッチョ兄さん、彼は本名を山田太郎といって以前はNNTで通信エンジニアをしてた真面目な人みたいだけど、失恋を契機にショックで退職。以降はモヒカン姿にイメチェンしてHNKの集金をしていたらしい。その見た目からお客さんから信用してもらえず、警察に通報されたりもしたみたいたね。あ、噂をしたら彼からメッセージが来た、なになに......「ヒャッハー、明けましておめでとう!!受信料はちゃんと払えよチェケラッチョ~」だって』


「兄さーん!!」


 今度は、チェケラッチョコールか。片山君が先頭に立ってるな。こんなときに受信料払う意味は無いと思うが。


「テレビが無い分、タカキンさんの放送は良い娯楽ですなあ」

「いつか、あいつと酒でも飲んでみたいですね」


 俺は皆を笑わせてくれるタカキンに敬意を抱き、グラスを高々とあげてみせる。


『いや~、お餅ありがとーね。お陰で良いお正月を過ごせたよ』

「お互い助け合うことも大切だからな」

『日本酒もありがとね、やっぱりお正月はこうでないと』


 深夜、子供達を寝かしつけるために美鈴は屋上の見張りから離れ、俺は一人、タカキンと話をしている。

 無線機ごしであったが、いつもより陽気なタカキンの声を耳にし、俺は安心感とともに口を開く。


「なあ?脱出する気はねえのか?」

『うーん、我が家の周りも感染者に囲まれてるしねえ』

「そうか」

『僕はね、この仕事をはじめる切っ掛けがさ、会社員時代に鬱を発症したからなんだよね。それ以降、目と目を会わせて人と話すのが苦手になって、やけくそな気持ちから配信した動画が評判になって今に至るんだけどね』

「今も症状はあるのか?」

『うん、多分一生ものだと思う。いつまで君と話せるか分からないけど』

「まあ、今日は飲もうや。お互いの健闘を祈ってな」


 タカキンと俺はどこか似たところがあるな。住む世界は違えど、頑固で筋を通そうとする。美鈴と同じでこんな世界でなければ決して出会うことのない関係だ。


『それはそうと、有坂さんとはどうなのかい?』

「ぶは、何を言い出すんだ!!」

『だってさあ、僕に遠慮してるのか分かんないけど、付き合ってること以外、あんまし話さないじゃない』

「まあ、今はお互い忙しいからな。あいつはあいつで子守りもあるし」

『まあ、実の子でもないのに、よく面倒を見てるのには脱帽するよ。子供達はこの世界の希望だからね』


 付近に明かりが無いため、夜空は多くの星明かりで照らされ、美しさを醸し出している。夜空を肴に俺は再び酒を口につける。


「なあ、お前もこの空を見てるか?」

『うん、綺麗な夜空だよ。正直言うと、今までこんなにゆっくりと夜空を眺めたことなんて無かったかな』

「なあ、こんなこと言うのもなんだが、怖くはないのか?」

『......怖くないと言えば嘘になるかな。時折夢でうなされているし』

「俺もそうさ、横須賀でのことがたまに頭を過るさ」


 タカキンはこれまで数々の配信動画を見ていく中で、悲惨な状況を多々目にしてきたという。更には家の周囲で阿鼻叫喚な光景を目にしつつも、自身の症状から人とうまく話すこともできず、ただ茫然と眺めているしかなかったらしい。


『助けようにも僕は非力で何もできなかったから君が羨ましいよ』

「そうか......まあ、公僕も責任ばかり追求されて楽じゃないがな」 


 タカキンからして見れば俺はヒーローにも見えるのだろうか。非情で血も涙も無いことも平気でやってはいるがな。


「暫くは世話になるよ、小百合もタカキンのことも好きだし」

『任せてよ!!僕にはこれしかできないからね』


 奇妙な男の友情だったが、俺はこの関係がずっと続いて欲しいと願っていた。


「随分仲が良いわね」

「うわ!?」


 タカキンとの会話に集中していたため、俺は背後から突然現れた美鈴に驚き、声をあげてしまう。


『あ、有坂さん戻ってきたんだね、じゃあ!!』

「お、おい」


 美鈴が来たことに遠慮し、タカキンは早々と通信を切る。


「やれやれ、せっかく一人で寂しがってる良平を励ましに来たのにね」

「いきなり脅かすなよ」

「ふふふ、最近の良平、笑うようになったね。会ったときは気難しかったけど」

「......皆のお陰さ」

「でも、まだ辛いときもあるんでしょ?」

「まあな」


 美鈴はそっと俺に抱きつき、耳元で囁く。


「みんな、良平のことを信じてるよ」

「そうか」

「どんなことがあっても私はあんたを信じてるから」


 そう言いながら、美鈴は俺の唇を奪う。しばらくその姿勢でいたあと、彼女は体を離して口を開く。


「ハッピーニューイヤー、だけど少しお酒臭いよ」

「......すまんな」

「コーヒー飲む?」

「頼む」


 美鈴はそう言いながら、水筒を取りだしカップにコーヒーを注いで渡す。


「お正月だからって、見張りをしてるんだからお酒は駄目よ」

「そうだな、ついタカキンと話し込んでしまったよ」

「仲が良いね、実際に会ってもいないのに」

「馬鹿同士、気が合うのかもな」

「ふふふ、そうかもしんないね」


 美鈴の笑顔を前にして、俺は彼女のためにもここにいる人々を皆救うべきではないか考え込む。

 現状では打開策はまだ見つかってはいないが、子供達のためにも俺達はまだ諦めてはいけない筈だ。


「美鈴、今年は良い年にしような」

「うん」


 眼下に広がる感染者の群れを前にしつつ、俺は美鈴とともにこの地獄を生き抜いてやることを誓うのであった。

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