第15話 そして今は
「良平~、いるー?」
年の瀬のせまる年末、夕飯の時間になっても姿を見せない良平を探し、私は彼がいるであろう車庫へと向かう。
そこには煙を外に出すための排気用ファンの音が響く中、私達が移動に使用した車両があり、良平は一人溶接機を使ってバチバチとトラックの改造をしている光景があった。
「良平ー、ご飯持ってきたよー!!」
私が大声で声をかけると良平は溶接機を止め、溶接用のゴーグルを外して顔を向ける。
「悪い、忘れてた」
「もう!!一人でこもらないでよ」
ここ最近、良平は入江君達と三人で脱出に備えて車両の改造に勤しんでいる。この時間、他の二人は屋上の見張りについており、ここには良平と私しかいない。
「どう調子は?」
「まあ、50%くらいだな」
良平が手をかける73式トラックはかつての姿とは異なり、フロントガラスには金網が張られ、バンパーにはブルドーザーのような鉄板が取り付けられている。幌しか張られていなかった荷台には鉄板を張り合わせた箱のような物が載せられており、所々には銃を出せるようスライド式の引き戸も設けられており、上には銃座も付けられている。
「もとが輸送用の手前、今のペースだとあと二か月はかかるな」
「正に装甲車ね」
手先が器用だと聞いてたけど、ここまで手の込んだ物を作るのには感心する。海上自衛隊はエンジニア集団と聞いてただけのことはあるわ。
「丈夫そうだけど、さすがに全員は無理ね」
「仕方がないさ、竹井さん達がここに来るのに使ったバスは外でボロボロになってるしな。俺達にはこの2台しか移動手段がないし」
「燃料もないしね」
ここにいる避難民は私達を含め58人、移動用の車両はラブとトラックの2台しかない。当面必要な生活物資を積むことを考えると頑張って半数程度しか乗れない試算だ。
「救助が来ればいいんだが、タカキンの話だと見込みは薄いみたいだしな」
「すっかり仲良しね」
「まあ、なんだかんだ言って、小百合もファンだし外の情報を色々知ってるからな」
ドローンの一件以降、タカキンと気が合うのか、良平は見張りの時にタカキンと無線機で話すことが多くなった。私としてはあまり相手にしてほしく無いのだが、会話越しに垣間見る良平の顔を見てるとそんな気は失せてしまった。
「タカキンが改造に必要な物資や情報を送ってくれたから助かるよ。こないだお礼にうめえ棒鯛焼き味を送ってやったわ」
「だけどアテはあるの?」
「無いことも無いが、犠牲が付きまとうな」
良平の言う言葉の意味。それは半数を逃がすために残り半数を見捨てるということだ。
車庫を空けたら最後、ここに感染者が流れ込んでくる。途中のドアやバリケードで防いだとしても唯一の脱出手段を失ってしまえば最早餓死するしかない。
「まだ食料は当面もつ見込みだが、来年まで生きられる保証はない。遠からず決断に迫られるかもな」
私達の武器や物資も限られている。このまま皆で飢え死ぬのか、未来をかけて一部を逃がすのか。避難民の誰もがそのことを意識こそしていたが、誰一人、口に出すのも控えている。
そんなことを論議したら最後、あの暴徒事案のようにコミュニティの維持に影響が出ることを恐れてるからだ。
「ねえ、もしその時が来たらどうするの?」
「考えたくはないが、子供達や若者を優先するしかないな」
「良平は残るつもり?」
「それは無理だな。力のある人間が付いていかないと」
「そう、良かった」
良平がまたやけを起こすことを考えてなくてホッとした。今の彼は冷静に脱出手段を考えてくれている。
「春までに救助が来なければ脱出するしかないな」
「あと四か月ね」
私はそう答えながら良平の背後から腰に手を回す。
「良平が行かなければ私も行かないからね」
「おい、待てよ......」
「小百合にはまだ父親が必要なんだからね」
「......あの子達には生き残って貰わないとな」
私達は不意に抱き合い、お互いの気持ちを確かめ会う。
「ママ~、どこ~?」
「あ、小百合、ごめんね」
私を探しに来た小百合の声を耳にして、私は我にかえり駆け寄る。
「パパにご飯を持ってきてたのよ」
「パパ~、何してたの~?」
「お仕事してたのよ、良平、冷めないうちに食べちゃってね。あと、夜更かしはしないこと!!」
「ああ、ありがとうな」
もどかしい気持ちを振り払いつつ、私は良平を置いて小百合と共に子供部屋へと向かうことにした。
次の日
「あ?3の七か?」
『そうそう、これでいくと、はい、王手!!』
「うわ!?お前、そりゃありかよ!?」
タカキンと無線機ごしにさしていた将棋の盤面を前にして、良平は自分が負けてしまったことに気付く。
『待ったはダメだよ、男らしく正々堂々と勝負してるんだから』
「ち、分かったよ、俺の負けだ。チョコやるよ」
タカキンにそう指摘され、良平は渋々とおやつに渡されたうめえ棒チョコ味をドローンに吊るした袋に入れる。
『まいどあり~』
その言葉と同時にドローンは飛び上がり、タカキンの家がある方向に向けて飛び立ち、見えなくなる。
『いやあ、君と出会えて助かったよー。リスナーさんも日々減ってきてるしね』
「そうか、外から何か情報はあるか?」
『うーん、噂だと北海道は辛うじて無事みたいだけど、他は全く情報が入らないと言うか、誰かに妨害されてる形跡もあるんだよね』
「妨害?まさか日本政府か?」
良平の質問に対し、タカキンはしばらく口をこもらせながらも口を開く。
『あんまり言いたくないんだけど、連絡のつかなくなった一部のリスナーさんからの話で自衛隊らしき人達が妙な動きをしてるのを見たらしいんだ』
「待って!?私達以外に生き残っている自衛官がいるの!?」
『んー、なんて言っていいかなあ』
無線機に割り込んだ私の言葉に対し、タカキンは再び沈黙をして答えたがらない。私としては同じ自衛官達がまだ戦ってるのなら、この事態を打開する大きな切っ掛けになると信じている手前、是非とも教えてほしい内容だ。
「なんとか言いなさい!!」
「美鈴、どうしたんだ急に?」
私の脳裏に、あのときはぐれてしまった神永2尉の姿を思い出す。彼ならばまだ生きてるかもしれない希望があったからだ。
『世話になっている君達にこう言いたくないんだけど、一部の避難所が自衛隊に襲われたらしい。そこは地元の警察によって、厳重に守られていたらしいけど、ある日戦車によってバリケードが破壊されて感染者が雪崩れこんできたらしい。避難所にいたリスナーさんが動画を投稿したんだけど、何者かのハッキングですぐに削除されたんだ。だから僕も迂闊なことは言えないんだよ。自宅を特定されて襲われたら大変だからね。君達はそんな連中とは関係ないと信じてるけど、せめて身を守りたいのならラジオ放送はやめた方が良いよ』
「そんな......」
自衛隊が避難所を襲うなんて......
せめて間違いだと言ってほしい。
『他のリスナーさん達もそれを知ってるから迂闊なことは言わないようにしてるよ。例え彼等でも謎の武装勢力と戦うのは歩が悪いからね』
「ねえ、奴等はいまどこにいるの?教えて!!」
『......どうやら首都圏を中心に活動しているらしい。襲われたのは千葉の避難所らしいけど』
「ならまだここは安全か」
幸いにもここは首都圏から離れており、かつ地方都市で付近には拠点になりえる自衛隊基地も見当たらない。外から暴徒が侵入しようにも感染者で囲まれたこの建物に向かうなど命知らずに違いない。
『脱出するなら早めにした方が良いよ。かなり大規模な組織らしいからね。せめて連中がそこに気付く前に』
「ありがとうな、タカキン。恩に着るぜ」
『ああ、僕はリスナーさんを大事にするからね。あ、ドローンが返ってきた......』
ドローンに入っているお土産を物色しはじめたのか、しばらくタカキンの声が途切れるも、すぐに返事がくる。
『わ、これはカップ蕎麦!?しかも僕の大好きなかき揚げ付き!!』
「今夜は大晦日だからな。年越し蕎麦でも食べてくれ」
『ありがとー、流石に僕もうめえ棒で年は越したくないからね』
「礼は良い、来年もよろしくな」
『うん、これで年越しライブにも力が入るよ。サユぽんさんにも宜しくね!!』
タカキンはそう言い残し、ライブの準備があるからと通信を切る。あとは年越しライブで会うことになるか。タカキンは一人で立て籠りながらも、私達に様々な娯楽を提供してくれている。
年末カウントダウンライブは避難所のみんなも心待ちにしていた。
「避難所を襲う自衛隊か......」
良平はそう言いながら煙草に火を灯し考え込む。
「何か心当たりがあるの?」
「あ、ああ、あくまで噂で聞いたんだが、横須賀での脱出作戦の時、一部の艦が離反したらしいんだ。その艦にはある政府要人の救助が割り当てられていたらしいんだが、いきなり連絡が途切れて姿を消したらしい」
以前話に聞いていた政府移管計画か。確か、良平はそこで基地警備についていた筈だけど、幹部自衛官でもない彼が何故それを知ってるのだろうか。
「なんでそれを知ってるの?」
「横須賀にいたころ、押し寄せつきた市民の中に身なりの良い政治家らしき輩がいて、約束したのに海から救助が来なかったとわめいていたんだ。議員バッチをちらつかせてな」
「その政治家さんはどうしたの?」
「散々喚いていたが、そばにいた秘書らしき女性が感染していたらしく、すぐに噛まれて死んだよ。よくよく顔を確認してみるとテレビでよく見る野党の党首だったんだ。日頃から自衛隊を批判してた奴だから、あながち蜥蜴の尻尾切りにでもあったんだと気にもしてなかったけどな」
普通ならそう考えても無理はないな。長く与党が政権を握っている手前、脱出するなら身内を優先するのは目に見えている。だけど、あからさまに政敵を陥れるのは流石におかしい。
「政府移管計画は政府機能の中枢にいる人達を真っ先に逃がすのに、議員さんを簡単に見捨てるものかしら?」
「ああ、たとえ左派系の野党でもこの騒動ではあまり派手に動いてなかったしな。見捨てるのは議会制民主主義に反するし」
「可能性としてだけど、艦の乗員が命令を拒否したとか?」
「それはありえない。一隻につき200人もいるんだ、艦長が命令を拒否したとして乗員が黙ってないぞ」
「だけどその乗員の家族がいれば話は別じゃない?自衛隊を日頃から馬鹿にしている政治家を保護するくらいなら、自分達の家族の救助を優先したとか」
「馬鹿なことを言うな。俺達、海自は与えられた任務を全うしようとしただけだ。俺が考えたのは誰かが意図的にその政治家に嘘の情報を教えただけだ」
組織への愛着からか、良平は海上自衛隊の一部が離反したことを信じたくはないのだろう。そう言う私も、陸上自衛隊が避難所を襲っているという情報なんて信じたくはない。
「この話、他の連中には黙っておこう。確証はないからな」
「うん、避難所が混乱するからね」
タカキンの話について、私達は一切口にするまいと心に誓うのであった。




