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第14話 避難所生活 後編

「パパー、あっち行きたい」


 小百合を肩にのせ、俺はモールのエントランスに進む。


「あ、小百合ちゃんじゃない?」

「お巡りさん」


 見張りを交代したばかりの竹井さんと遭遇する。


「有坂さんは?」

「子供部屋の掃除で忙しいからと追い出されました。竹井さんは何を?」

「あ、はい、授業を抜け出した子がいると聞きまして」


 竹井さんは俺達同様に屋上で警備につく傍ら、空いてる時間はお巡りさんとしてモール内を見回り、避難民の悩み相談や雑用を進んで買ってくれる。

 若いながらも彼女の行動は、こちらと避難民との信頼関係維持に大いに貢献してくれている。


「いつも見回りご苦労様です」

「いえいえ、有坂さんと比べ、私にはこれしかできないので」


 竹井さんのこの言葉には裏がある。以前、炊事班に風邪が流行り、代わりに彼女が炊事班の手伝いをしたのだが、その時に出された食事は壮絶に不味かった。限られた物資のため無駄には出来ないと皆が完食を試みたが、竹井さんに好意を持つ山中さん以外誰も完食できなかった。まあ、その山中さんも暫く体調を崩したが。

 因みに矢尻が試しにと屋上から感染者にその残飯をばら蒔いてみたら、感染者すらも苦しみのあまり倒れたらしい。

 竹井ポイズン恐るべしと避難民から恐れられ、暗黙の了解で以降彼女は調理場に立ち入り禁止となっている。


「私、警察官のころもドジで抜けてて、いつも先輩に怒られてました」

「まあ、誰にでも得意・不得意はありますからね。竹井さんは今のままで十分助かってますよ」

「ありがとうございます......あ、いた!!」

「や、やべ」

「逃げろー」


 竹井さんは植木鉢の影に隠れていた男女二人の子供を見つけ、走り出す。


「ピー!!待ちなさい!!」

「いやだあああ」

「勉強したくなーい」


 逃げる悪がき達を竹井さんは号笛を吹きながら追いかけていく。あの二人、元は俺達が保護した子供達だが、勉強嫌いでよく抜け出しているという。元々運動が大好きでサッカー部に入っており、駿足なのが自慢らしいが、一方の竹井さんは元陸上の国体選手らしく毎回逃げ切れないらしい。

 いつもの光景からか、周りの大人達も笑って見送る。


「ふん、ふん!!」


 竹井さんを見送った後、スポーツ店に併設されているジムの前を通ると、山中さんがベンチプレスに励んでいる姿を目にする。


「ふう、村田さんもやりますか?」

「相変わらず好きですねえ」

「まあ、職業柄ですし」


 俺も日課の一つとして筋トレをしてはいるが、正直言うと山中さんの鍛え上げられた肉体を見ると、こちらが恥ずかしくなる。自衛官と聞くとマッチョな筋肉を想像されることも多々あるが、実際はそんな人は少ない。俺達は基本、見せるために筋肉をつけるよりかは長期戦等に耐えれる肉体作りであり、海上自衛隊においては落水したときに生き残るための手段として、泳力も身につける必要がある。

 因みに航海中の艦艇からうっかり落ちてしまったら全力で一旦艦から離れなければならない。スクリューに巻き込まれてしまうからな。


「ふうー」


 満足したのか、山中さんは立ち上がると椅子に置いていたプロテインを飲む。彼は暇を見つけては筋トレをして、肉体維持に務めているため、引き締まった筋肉に顔もイケメン故にモテる要素が揃っている。にも関わらず、本命の竹井さんに振り向いて貰えないのが虚しいところだが。


「あとは水泳ができれば良いのですが」

「確か、元はハイパーレスキューを目指していたんですよね?」

「はい、子供の頃に東日本大震災や福島の原発での活躍を見て憧れていて、ずっと目指してきました。消防士になれて夢に近付いたんですが、実は九州に感染者が現れる一ヶ月後には試験を受ける予定だったんです」


 ここまで生き残ってきた山中さんの能力なら間違いなく合格してただろうに。あの時、無数の感染者を相手にしても俺を守るために斧片手に奮闘した山中さんの姿は頼もしかったしな。


「残念ですね」

「同僚も亡くなり、私一人になりましたが、まだ夢は諦めてませんよ。今はここの避難民を守らなければなりませんしね」


 そう微笑む山中さんの顔は輝き、歯は光っている。

 まさに爽やかイケメンだな、竹井さんもいつになったら気付くんだろうか。


「パパ~、ここに鎖鎌ないよー」

「こら、勝手にお店の商品をあさっちゃだめだって」


 目を放した隙に小百合は、スポーツ店内にある武具のコーナーをあさっていた。つうか、まだ鎖鎌を諦めて無かったんか。あれをやってる連中はどこで鎖鎌を見繕ってんだろうな。


「小百合ちゃんは鎖鎌が好きなのかな?」

「うん、ゆうみんが最強って言ってたから」

「ゆうみん?」

「投稿動画サイトの馬鹿だ。小百合、モール内に鎖鎌は無いから諦めなさい」

「プウー」


 俺は山中さんに別れを告げ、ご機嫌斜めな小百合をまた肩に乗せて店を出る。


「ゆうみん、かっこよかったのにー」

「あれは、ゆうみんしか扱えないよ」

「じゃあ、三節棍」

「あれも無理!!」


 いい加減、教育に悪いから小百合には馬鹿しかいない投稿動画は見せない方が良いな。小百合が変な武器に目覚めてしまう。


「おや村田さん、家族サービスですか?」


 再び屋上に上がると見張りについている安浦さんが声をかける。彼は物資管理の他に元自衛官で銃器を扱えることから、自ら見張りについてくれており、こちらとしては貴重な戦力として助かっている。


「そんなところです、異変はありませんか?」

「いつも通り、うめき声の他は代わりありませんよ」

「はじめの頃は嫌気が差しましたけど、人間慣れるとどうにかなりますもんね」


 屋上から見る外は相変わらず感染者のうめき声が響き、某映画のごとく囲まれている光景が広がっている。幸いにもデカイ斧や火を吹く化け物がいない方だからまだマシだが。

 

「安浦さん、なんか近付いてきます!!」

「え?」

「なに!?」


 一緒に見張りについていた片山君が双眼鏡をこちらに渡す。彼の指差す方向を覗きこんで見ると、上空からブーンとこちらに向かうドローンの姿があった。


「おいおい、嘘だろ?」


 ラジオ放送を続けてはいるが、俺達がここに来て以降、周囲が感染者に囲まれている手前、外部から接触を図る人間はいなかった。孤立している現状からして、これは大きな助け船になるかもしれない。

 俺達が見守るなか、ドローンは屋上の一角にピタリと停止し、ゆっくりと着陸した。


「何かぶら下がってますよ」


 ドローンを調べてみると簡易業務用無線機がぶら下がっていることに気付く。電源を入れて声をかけてみると、雑音が混じりつつも応答が入る。


「聞こえますか、どうぞ」

『ガガガ、良かった!!聞こえますよ、どうぞ』

「貴方は誰ですか?」

『ガガガ、僕はタカキンです、どうぞ』


 タカキン?どこかで聞いたことがあるような......


「わー、パパー、タカキンだ!!」


 タカキンと名前を聞き、小百合がはしゃいで携帯端末を見せる。そこには先程俺に見せたタカキンの配信動画が流されていた。

 なんだ、あの馬鹿か......


「タカキンさん、ふざけに来たのなら切りますよ、どうぞ」

『ちょ、ま、待って下さい、お願いがあって来たんです!!』

「なんですか?貴方はうまく生き延びてるでしょ、どうぞ」

『じ、実は困ったことがありまして』

「なんですか?こっちも苦しいので」

『うめえ棒コンソメ味で頑張ってきたんですが、流石に飽きてきたので替わりの食料を分けてほしいんです!!』

「まあ、何ヵ月もそれで生きていることに驚きましたが、ドローンで運ぶにも限度がありますよ」


 見たところ、このドローンは長距離飛行用に恐ろしいくらいに改造されてはいるが、こちらで充電したとしてもタカキンの家に返すことを考えるなら、この簡易無線機の重さと同じくらいの食料しか持っていけないな。


『ガガガ、安全面を考慮するなら500グラムが限度です』


 軽くてカロリーの高い食料かあ、タカキンならあれしか思い付かないな。


「安浦さん、確か倉庫にあれが余ってましたよね」

「あれ?」

「はい、こないだ出したけど大量に余ったあれです」

「あ~、あれね、片山君、あれを出してきてよ」

「え?まさかあれ渡すんすか!?」


 片山君が驚く例の物。俺達はドローンの充電を終えたあと、それをくくりつけて送り返すことにする。

 その日の夕方、見張りの交代を兼ねて屋上に集まった俺達は、付いてきた小百合の端末に新しい動画が配信されたことに気付く。


『タカキンチャンネル~、今日は大きな変化があったんだ...... な、なんと!!支援者の方から食料が届きました!!それもうめえ棒熟成納豆味80本!!いやあ、流石にコンソメ味ばかりで飽きてきたこら助かったよー、支援してくれたサユぽんさん、ありがとーね』


 避難民からは不味くて泥のようだと大量に返却され不人気だったが、うめえ棒大好きのタカキンはどうやら気に入ったみたいだ。


「パパ~、タカキンが私のこと誉めてくれたよ~」


 動画を見てサユぽんこと小百合は満面の笑みを見せる。


「うわあ、こいつマジで食ってるみたいっすねえ。あのくそ不味いのを食えるなんてマジでイカれてますよ」

「うめえ棒パワーで生き残って配信してる馬鹿だからな」


 片山君はタカキンがうめえ棒熟成納豆味をボリボリ食べている姿を見て引き気味であった。


「避難民の中にも彼のファンがいますのでこのまま支援していきますか」

「安浦さんの言う通り、皆にも娯楽が必要ですしね」

「パパ~、みんなも喜んでるよ~」

「みんな?」


 小百合の言葉を受け、俺達は再び端末に注目する。


『みんなの引きこもりアイドルゆうみんでーす、今日はタカキンさんからお菓子を頂きました~、うめえ棒熟成納豆味でーす。まさか、うめえ棒史上最高の失敗作が送られてくるとは思わなかったです~、タカキンさんヤバすぎです~、叔父様と二人で食べたけど吐いちゃいました~。ゲロマズです~』

『チェケラッチョ~、タカキンぱねえ~、チェケラッチョ~、うめえ棒熟成納豆くれたぜ~、飢えた人間でさえ食えねえぜいえ~い、ゾンビに食わせてやったぜいえ~い、てめえらはそれ食って死ねや、チェケラッチョ~』


 この馬鹿どももタカキンと繋がってたのか。つうか、最後のチェケラッチョ野郎はうめえ棒で感染者を倒しやがったぞ。


「タカキン良いな~、ゆうみんと友達で」

「配信チューバーは生命力高いっすね」

「......小百合のために今度はゆうみんのサインでも要求するか」


 俺達がタカキン達に注目する傍らでは、美鈴が禁煙のために舐めている棒飴をくわえながら夕日を眺めていた。どうやら彼女は以前から彼らの配信活動を知っていたようで、未だに生き残っていたことに呆れ返っていた。


「お、タカキン、ゆうみんのサイン送ってくれるってよ」

「やったー!!」

「俺、あのチェケラッチョさんのサインも欲しいです!!」

「美鈴もなんか要求してみないか?」


 ワイワイと騒ぐ俺達に対し、美鈴は舐めつくした飴の棒を投げ捨てて口を開く。


「馬鹿ばっか......」


 それ以降、たまにタカキンのドローンが来て食料を要求するようになったのは言うまでも無かった。

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