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第13話 避難所生活 前編


労働なくしては、


人生はことごとく腐ってしまう。


だが、魂なき労働は、


人生を窒息死させてしまう。


アベール・カミュ(フランス小説家、ノーベル文学賞受賞)



「あーたーらーしーいー、朝が来たー、そーういーん起ーこーしー」


 避難所の朝は決まっている。電力が無いものの、朝の6時には屋上の見張りを交替したばかりの矢尻が拡声器を使い威勢の良い声で朝を告げる。


「むにゃむにゃ」

「眠いー」


 朝の合図を受け、避難民達が寝ぼけ眼を擦りながら2階のフロアーに集まる。寝床については一部の家族連れを除き、基本的には一ヶ所に集められている。


「人員確認しまーす!!」


 入江のもと、一人一人の氏名が読み上げられ、呼ばれた人は手を上げる。


「体操をはじめまーす!!」


 矢尻の号令で、避難民一同は寝ぼけ眼を見せながらも身体を動かす。体操が終わると物資班が水を配るためにキャリーを引いて現れる。


「朝の分の水でーす、洗顔が終わった方から食堂に来てくださーい」


 前日分と引き換えに一人一本の水が入ったペットボトルが渡される。避難民達は慣れ親しんだ習慣の如く、洗面所に集まり洗顔を済ませ、自分達の部屋で着替えたあと食堂に集まる。


「今日はご飯と味噌汁、甘納豆です」

「いつも悪いね」


 一人ワンプレートで炊事班がカウンターから朝食を渡す。プレートについては原色である黄色は一般食のみ、青札は警備班、赤札は物資班、緑札は内務班といった具合に使い分け、役割に応じて増加食を追加している。

 順序よく食事を済ませると、警備班は掃除を兼ねてそれぞれの受け持ち箇所の見廻りをし、物資班は安浦さんの指揮のもと、物資の確認と整理を行い、内務班は子供達の授業の準備をする。

 東日本大震災やチリの鉱山事故でもあった話だが、長い避難生活に入り、安定的に物資や娯楽が供給されるようになると、人は堕落していき他者とトラブルを起こすようになる。そうならないために、ある避難所では動ける被災者には避難所で仕事を割り当て、働く者に限り酒やツマミを支給したことで団結力を維持させた。また、チリの鉱山事故においては精神科医のアルベルト・ベナヴァイズ氏が救助を待つ作業員に対し、ゲームをはじめとした娯楽を制限し、見廻りをはじめとした指定作業をこなさないならば物資を制限すると脅し、憎まれ役を勝手出たことにより、彼らに団結力を復活させて事故から69日後の救助に繋げた。

 ここでもそれにならい、俺達自衛官をはじめとした武器を扱える大人は警備班として24時間体制で屋上から警戒に当たり、その他の大人には特技に応じて仕事を割り振り、子供達は学校と同様の授業を受けさせている。


「きりーつ」


 元は学習塾の入っていた店舗の前を通ると教師出身の避難民のもと、学年に応じた子供達の授業が始まる。


「ん?矢尻、お前何してるんだ?」

「あ、え、と、ちょっと掃除を」

「あん?お前、交代したばかりなのに寝ないのか?」


 ブティックで見かけた矢尻の態度が妙に怪しいため、俺は探りを入れようと近づくと足下にスカートが落ちていることに気づく。おかしいな、ここは男性用の店なはず。


「おい、なんでスカートが?」

「あ、な、なんでかなあ......」

「くしゅん」

「ん?なんか声が」


 俺は不意に向かいの玩具コーナーに視線を向けると、大量のぬいぐるみが入った籠が不自然な動きをしていることに気付く。


「なんだ?」

「ま、待って......」


 矢尻の制止を降りきり、俺はぬいぐるみをどかせると、中から見覚えのある顔を見つけてしまう。


「な!?」

「あ、こんにちは......」

「や、やべ」

「矢尻いいい!!」


 この馬鹿、盛りのついた猿みたいなことしやがって。


「チャラ男もいい加減にしろ!!」

「すみません、すみません!!」

「ご両親になんて言うんだ!!」


 彼女の名前は笹倉香織、この避難所に避難してきた家族の一人娘だ。お父さんは元塾の講師で今は子供達に授業をしており、お母さんは炊事を担当している。こいつら、いつの間にか付き合っていて両親がいない間に密会してやがった。


「お互い同意の上なんで......」

「付き合うならご両親に許しを得てからにしろ!!」

「すみません、うちの両親、教育一家なので大学出てない方とお付きあいしてるのは......」

「こんな世界に学歴関係あるかー!!ちゃんと話をしてから付き合いなさい!!」


 やれやれ、若いからって盛りやがって。親御さんにどう頭を下げる気だ。俺を巻き込むなよ。

 矢尻に説教をした後、俺は美鈴に会うため三階のエントランス付近を通る。そこには天窓を利用して食料を少しでも確保するために床一面にプランターが設置され、物資班の女性陣を中心に野菜を栽培している。


「あ......」

「ん?やあ、こんにちは」

「......こんにちは」


 俺と鉢合わせした女性はたどたどしく視線を反らして返事をしてから、離れていく。彼女の名前は立花由香、俺達が以前救助したモールの店員だ。幸いにも妊娠はしなかったが、男達に性の捌け口にされた経緯からか、男性とは話したがらず未だ心の傷はいえていない。


「立花さーん、これ......」

「きゃ!?」


 うっかりしたのか、彼女は柱の影から入江が新しいプランターを持ってきたところで不意に鉢合わせ、身体に抱きついてしまう。


「あ......」

「あ、ど、どうしたの?」

「あ、う、ううん、大丈夫」


 彼女にとって唯一の例外としては、実家で家庭菜園の経験があり、暇さえあれば顔を出していた入江にだけは異性として心を開いてるらしい。


「わるい、驚かせて」

「村田3曹でしたか」

「どうだ調子は?」

「ジャガイモはそろそろ収穫できそうですよ」

「そうか、彼女のことも頼むな」

「あ、え、と......」


 立花さんは入江の背中に隠れて出てこようとはしない。入江については俺の言葉に対し顔を赤くしてもじもじしている。美鈴の話だと入江とだけは気兼ね無く話しており、夜も一緒にいるらしいが、入江自身がへたれで進展しないらしい。


「今のは忘れてくれ、じゃあな!!」

「あ、はい......」


 入江め、立花さんが好きならちゃんとハッキリしろよ。向こうも満更でもないんだからよ。


「安浦さん、これどうしましょうか?」

「あー、片山君、これは期限が近いですねえ。来週の献立にしますか」


 安浦さんは片山君と呼んだ青年と倉庫から運び出した缶詰を確認する。彼は以前、俺達が暴徒を鎮圧したときに奴等に足を撃たれた青年であり、治療を終えて改心した後、手当てをしてくれた恩人である安浦さんの手伝いをするようになり、今や助手として大いに活躍している。 


「良平、手伝って貰える?」


 美鈴のいる子供部屋に顔を出すと、彼女は小百合の相手をしつつ、手伝って欲しいと言い出す。


「俺?」

「私はこの子の相手しないといけないから、ゴミを屋上に出しといてね」


 やれやれ、俺は亭主かよ。


「パパ頑張って~」


 これじゃマイホームパパだな。

 来て早々、俺はごみ袋を持って屋上へと向かう。


「村田さん、ゴミ捨てですか?」


 屋上に上がると見張りをしていた竹井さんが声をかける。


「はい、美鈴に言われて」

「ははは、まさにパパですね」


 感染者のうめき声が響く中、見張りのペアの山中さんは俺からゴミを受け取ると、焼却スペースに置く。既に発電所からの送電は止まり、既存の通信機器に反応はなく、ここは感染者に囲まれ陸の孤島と化していた。

 それ故に衛生面を意識し、排水や汚物は雨水用の排水管から外に流し、ゴミについては屋上に集め、夜間に狼煙を兼ねて燃やしている。


「何か変化は?」

「いえ、変わりないですね」

「見た感じ、感染者も増えてないです。恐らく移動してるのかも」

「一定数は居続けてるか......そういえば、竹井さんとはどうです?」


 実は山中さん、竹井さんに気があるらしく、俺達の間で話題になっていた。ただ、竹井さん自身がそういったことに疎く見張りのペアでありながら進展しないらしい。


「!?あ、あのう、僕達はまだ、そういう関係では」

「まだ、ですか。いい加減声をかけては?」

「同じ市民を守る身としてそれは......」


 ここにもヘタレがいたか。山中さんは勇敢で真面目だが、心が入江以上に純粋なところがあるからな。二人とも矢尻とまではいかないが、見習ってほしいものだ。


「パパお帰り~」


 美鈴のもとに戻ると小百合が出迎えてくれた。その奥では美鈴が布団を干したあと、床をコロコロで掃除している。


「忙しいからちょっと小百合の相手をしてね」


 ふう、次は子守りか。ちゃんと言うことを聞かないと美鈴の機嫌が悪くなるしな。


「分かった、じゃあ、小百合は何して遊ぼうかな?」

「パパ~、小百合の端末に新しい動画がアップされてるみたいなの」

「え?」


 発電所からの送電も止まったのに前後して、通信設備の機能も止まってた筈だ。動画なんてアップされないんじゃ?


『みんなのひきこもりアイドルゆうみんでーす!!今はダンディーな隣の叔父様と行動してまーす。ゆうみん引きこもりだったけど、隣の叔父様がゾンビとバトルして壁を破壊しちゃったから引きこもれなくなっちゃったのー。なんと、今は叔父様と外に出てまーす!!最初はね、足がすくんじゃったけど、ゾンビになりたくないから頑張ってます。叔父様も三節棍の使い手で守ってくれるんでこのまま配信は続けてきまーす、ゆうみん頑張る!!「があー」たあ!!実はゆうみん、鎖鎌の使い手なんだよね、みんなは無理に出ないでね、ゾンビ強いから』

『タカキンチャンネル~、いやあ、送電が止まって自家発電を活用したのは良いけど、結局通信設備が無いと配信できないんだったね。失敗、失敗、だから作ったよ、アンテナ。家にある材料でなんとかなるもんだねえ、あとで製作過程の動画もアップするよ。うめえ棒パワーで頑張ったさ。だけど流石にコンソメ味ばかりは飽きたよー、せめて明太子味も用意すべきだった。みんなも気を付けてね~』

『ヒャッハー、俺は最強ラッパー、ハンマー使い、奴らを殲滅してやったぜ~、チェケラッチョ~、終末世界、モヒカンに肩パットは必須だぜ、ヒャッハー、この地域の通信設備は~俺が守ってるぜ、チェケラッチョ~、安心して配信するが良いぜ~、ヒャッハー、皆俺に~感謝するが良いさ~、チェケラッチョー』


 なんだこいつらは?どんだけ動画配信に命を懸けてるんだ、非常識にも程があるぞ。つうか、鎖鎌と三節棍って、随分とマイナーな武器を使いやがる。うめえ棒だけ食ってアンテナ作れんのか!?最後のやつなんか完全に世紀末兄さんじゃねえか!?そろそろ北斗神拳の使い手が出てきそうだわ!!

 

「パパ~、ゆうみん可愛いね。あたし、鎖鎌ほしい」

「......こんな大人にはなるなよ」


 こんな世界にも死なない馬鹿はいるのか。こっちに来てほしくはないな。


「良平、小百合に変な動画見せてないで遊んできなさい!!」

「わ、分かったよ!!」


 美鈴に怒られ、俺は小百合を連れてモール内を移動することにした。


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