第12話 鎮魂
「片桐、秋山、お前達のおかげで子供達は無事だぞ」
次の日、私達は安浦さんと共にエントランスに集まり、モール突入で亡くなった二人の供養をする。亡骸の周囲には子供達が花屋から持ってきた花束を並べ、たまたま避難民の中でお経を知っているという、安浦さんのお母様が車椅子に乗ったままお経を唱える。
私達はお経を黙って聞き入り、各人が焼香したあと、最後に良平が二人が好きだったビールの詮を開けて亡骸にかける。
その後、私達は二人の亡骸を屋上に運んだあと、弔いのために用意した祭壇に置いて火をつけた。
亡骸の焼ける匂いを嗅ぎつつ、私達は二人に対し敬礼をする。
「司令達に会ったら胸を張ってくれ、お前達も立派な自衛官なんだしな」
「ありがとうな」
「天国で待っててください」
「私たちを助けてくれてありがとうございます」
手を合わせ、それぞれの思いを口にする。その後、私達は遺骨を骨壷に集め、モールの中に設けた慰霊台に置いた。台の目の前には海上自衛隊の式典にならい、たまたまモール内のアクセサリーショップにあった日の丸と自衛艦旗が掲げられ、良平はそれに向かって敬礼をした後、口を開く。
「片桐、秋山、そして......」
良平はこれまで回収してきたという仲間のドックタグを一枚、一枚、名前を呼びながら慰霊台の上に並べていく。
「司令、大勢亡くなりましたが、貴方の部下である俺達三人はまだ生きています。あの時、貴方の決断により多くの隊員が家族と脱出することができ、最後の命令によって俺達は生き延び、新たな任務に着くことができました。俺は生きている限りあなたの志を引き継ぎ、横須賀警備隊の一員として任務に邁進していきます」
良平はそう言いながら、以前見せてくれた唯一の形見であるジッポを台の上に置く。
私達、多くの自衛官は今日まで感染者との戦いで数多くの仲間を失ってきた。時には昨日までともに過ごしてきた仲間も感染者となり、撃つことにもなった。
この地獄はいつまで続くか分からないけれど、私達はこうして生きてまだ戦うことができる。
「これからは避難民の代表を安浦さんとし、内部の治安を竹井さんと山中さんに、俺達自衛隊は警備を受け持ち、救助がくるまでの間、この「みちくさモール」を避難所として運営しましょう」
葬儀の後、私達は長期避難を見越した上で、モールの会議室に集まり今後の避難所の運営について話し合う。
「発電所の送電体制はいつまで続くかは分からない。自動運転とはいえ、人がいなければいつ止まってもおかしくないからな」
「そうですね、食料は先に生鮮食品を優先して出しましょう。あと、燻製をはじめとした保存できる手段を今のうちにやらないと」
安浦さんの言葉に対し、山中さんが手を上げる。
「私、趣味でキャンプをしてたのでやり方は分かります。しかし、避難民のことも考えると何分量も多いので人手を借りたいです」
「分かりました、避難民の方々にも協力してもらいましょう」
山中さんは聞くと消防士の傍ら、ボランティアで子供達にサバイバル教室も開いていたらしい。保存食だけでなく水の確保や蒸留の仕方まで知ってるというから心強い。
「竹井さんは避難民のカウンセリングもお願いします。あなたしか警察官はいないので避難民の動静にも注意してください」
「分かりました」
避難民の中に発狂して感染者を招き入れる者がいたら大変だ。竹井さんは若いながらもここまで率いた経緯と、暴徒の件から避難民からの信頼は厚く警察官という職業故に信用もされている。感染者騒動の前は総務課勤務を通じて市民からの相談をよく受けているため、聞き上手と評判らしい。
「安浦さんには物資の管理もお願いします。私達自衛隊や警察、消防の立場の者が主導するよりは避難民の方々も安心できると思いますので」
「良いですよ」
各人の特技を振り分けるというより、肝心なのは役割の明確な分業化だ。先に山中さんを保存食作りに行かせた後、安浦さんと竹井さん、私達で避難所の細かな運用ルールについて話し合い、最終的に私がパソコンでまとめていく。
「避難民の皆さんにもできうる限り役割を与えましょう」
「従わない方は?」
「配給を最低限にします。あと、子供達には義務教育に準じて学校のように集団で勉強させるようにしましょう」
「ははは、まるで小さな政府ですな」
「それだと安浦さんは市長さんになりますね」
一通りの方針をまとめ、プリントアウトした用紙が配られる。
「よし、ではお互い相違はないですね」
「はい、ですが自衛隊の皆さんは宜しいのですか?ここには貴方達のことについては、警備を受け持つこと以外明記していませんが」
「俺達は警察や消防と違い、自治体の傘下ではなく、あくまで現在国から発令されている治安出動における協力です。避難所の代表である安浦さんの依頼で動く方が法律的にも合致するので」
取りまとめられた調停書を前にしても良平と安浦さん、竹井さんの三人がサインをする。この日より、この避難所は正式に再スタートを切ることになった。
「見張りに行ってきます」
「ああ、気を付けてな」
会議のあと、私達は司令部としている警備員用事務室で簡単な打ち合わせを済ませ、程なくして入江君と矢尻君が屋上の見張りに出て行った。事務室には私と良平が二人きりで残るようになった。
「戻らないのか? 子供達が待ってるだろ」
「竹井さんに頼んだわ」
私はそう言いながら戦利品である煙草に火をつける。
「ふー、ママになるんだから煙草はこれで最後ね」
「無理しなくてもいいんだぞ」
「あんたこそ何でも一人で抱えるつもり?」
私はそう言いながら良平の傍に近寄る。
「あんた、肝心なときはいつも突っ走ってるじゃない?初めて私を助けたときだって、入江君達を置いて一人で行ったって聞いたよ!!」
「それは...俺が見つけた手前、勝手なことは......」
「いや、最初に私の姿を見掛けたのは運転していた入江君だって聞いたよ!!他のみんなが助けに行こうとしたのにあんたは一人で行った。昨日だってアンタが一番危ない目にあう位置について汚いことばかり請け負ってきたじゃない。実は死にたいんじゃないの!?」
二人きりになったのを切っ掛けに、私は意を決して思っていたことを口にした。
「二人はアンタのことを信頼してるのは分かる。だけど、アンタが死んだら誰が指揮を執るつもりなの!!」
「......」
「横須賀で何があったの!?二人に聞いても教えてくれなかったし。私だって同じ自衛官よ、何が起きたとしてもアンタを受け入れる覚悟はあるわ!!」
「......分かった」
私の言葉に対し、良平は力なく項垂れながらパイプ椅子に座る。しばらく下を向いたかと思うと、ゆっくりと顔を上げて口を開く。
「俺の手は既に多くの血で染まっている。今更その上から血塗られたところで変わらないさ」
「以前、人を殺したことがあったのね」
「ああ」
彼はそう言いながら、胸ポケットの中から一枚の写真を取り出す。そこに写るのはかつて所属していた警備隊の面々が一同に集まる姿であった。
「みんな、良いやつらだった。全員の遺品は回収できなかったけどな」
「優しいわね」
「実を言うと、俺はこの騒動のなか、市民を殺めてしまったんだ」
良平はポツリポツリと横須賀で起きたある事件を口にする。
ことの詳細は感染者が迫るなか、避難を希望する市民が基地に押し寄せてきたことにはじまる。事前の命令に従い、良平達は市民用の港に移動するよう説得を試みたが、一部の暴徒が矢尻君に暴行を働き、別の部下がパニックのあまり市民を撃ってしまったのが悲劇の幕開けであった。
良平はすぐさま誤解を解こうと動いたものの、逆に石を投げつけられ罵声を浴びせられたという。
「何度話しても理解してくれなかったよ。挙げ句のはてには車で突っ込んでくる輩が出てしまった。正門が破られ、暴走車が向かう先には暴行を受けて倒れていた矢尻いた。俺はあいつが牽かれてしまうのを避けるため、その車を撃ってしまった」
「そう、だけどそれは仕方ないんじゃ?」
「俺に撃たれた挙げ句、海に沈んだ車の中にいたのは幼い子を抱えた母親だった...彼女は子供を必死で救おうとしたが、身体が引っ掛かったのか離れることができず、一緒に沈んでしまった。そん時、俺は暴徒に襲いかかられ、助けにすら行けなかった......」
その瞬間、良平は体を俯かせて弱音を漏らす。そうか、彼はずっと親子を死なせたことを引きずってたのか。
よく私の傍にいたのも、私と小百合の姿が亡くなった親子と重なってたのかもしれない。
「俺はその後、当ててはいないが暴徒にも発砲した。そうしなければ命令を守れず、仲間や避難してきたその家族が犠牲になるからな。市民から見ると俺はただの人殺しに見えただろう。その代わり、最後の脱出船が出たら一人残って死ぬつもりだった。それが俺の贖罪だと信じてな。だけど、ついてきた矢尻や入江を死なせるわけにはいかない。そんなつもりでいたら今まで生き残ってしまったのさ」
今まで力強くリーダーシップをとっていた良平が初めて本音を明かしてくれた。
部下のために命懸けの行動をし、汚いことまで受け持ち、憎まれ役にまでなったものの、結果として多くの部下を失い、市民に銃を向けた苦しみは彼の精神を蝕んでおり、ダムのように決壊しようとしていたのだ。
「俺が死んだらあいつらのことをたのむ」
「......悪いけどそれはできない」
「何でだ?」
「あんたがいなくなれば私が悲しむからよ」
良平の精神をつなぎとめるため、私は彼の唇を強引に奪い取る。
前の彼氏と違って良平は真摯に見える反面、身体を許した私に激しい愛情を見せてくれた。
お互い流れるがままに愛し合ってしまったことに後悔はしない。
これまで無理していた分の疲れが出てしまったのか、彼は部屋に敷いた仮眠用の布団の上で、私の胸元でスヤスヤと寝息を立てている。
命を預け地獄を生き延び、こうして身体を重ね合わせた私には分かる。彼は冷静な指揮官に見えて誰よりも繊細で優しい心を持っているんだ。
だからこそ入江君や矢尻君が付いてきたわけだし、突入の時に死んだ二人だって恨んではいないはずだ。亡くなった司令もまた彼のその優しさに賭けて彼らを託したに違いない。
こんな狂った世界であっても彼と一緒なら生き抜いていけるかもしれない。
良平の体温を感じつつ、私はそう決心をする。