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第11話 ヒーローなんていない


 暴徒達との銃撃戦を経て、私は良平の制止を振りきり、逃げていった男のあとを追う。安浦さんから事前に人質のことを聞いてたから、奴は彼女の元へ逃げたに違いない。

 急がないと!!


「動くな!!」


 奥にある従業員用出入り口を蹴破り、倉庫らしき場所に突入すると案の定、男は人質らしき女性の頭に拳銃を押し当て、自分を守る盾にしていた。


「動くな!!この女の命がどうなっても良いか?」

「あ、あ......」

「な...お前!!」


 人質と聞いていた女性の姿を見て、私は怒りを覚える。彼女は顔に暴行を受けたあとが生々しく、服を身に纏っていなかった。そう、若い彼女はここにいる男達によって性の捌け口にされたのだ。


「なんてことを......」


 同じ女性として怒りを露にした私は男に銃口を向けるも、奴は怯むことなく口を開く。


「お前達自衛隊には犯罪者を逮捕できないはずだろ」


 この期におよんで今更、市民面して私達を非難する気か。


「離さないと撃つよ」

「はん、どのみち、人質に傷ひとつつけたら俺よりもお前達が批判されるんだろうが」

「......」


 女性を盾にしている奴の目は私の引き金を凝視しており、私が少しでも動きを見せれば彼女を撃つに違いない。


「早く銃口を下ろせ、さもなくば......」

「あ、あああ......」


 男は嫌がる彼女にお構いなしに首にまわした左腕に力を込める。


「分かった、分かったわ!!」


 彼女を救うため、私は引き金から指を離す。


「武器を床に置け、この女の命が惜しければな」

「......」


 私に選択肢はなかった。男の言葉に従い、持っていた小銃を床に置く。


「よし、そのまま後ろを向いてゆっくり下がれ、早くしろ!!」


 背中を取られることに躊躇したが、私は男の言葉に従い後ろを向いて下がる。


「止まれ!!はは、自衛隊も所詮、公務員だな」


 男は彼女を脇に抱えながら直ぐに取れないよう、床に置いた小銃を足で蹴り飛ばす。


「このまま上着を脱げ、上は裸になってもらおうか」

「ゲスめ」

「おい、逆らうな、こっちには人質がいるんだぞ」


 私は男に逆らえず上着に手をかけると目の前の扉の窓ごしに、指でカウントを見せる良平の姿を目にする。


「!?」

「早くしろ!!」

「......わ、分かったから」

「くくく、自衛隊員でも所詮は女だな」


 調子に乗ってきた男にばれないよう、私は良平のカウントに合わせて上着のボタンを外し、タイミングを見計らう。彼の指がゼロをカウントしたところで、上着を両手で大きく広げ、背後の男の視界から一瞬だけ出入り口を隠す。その瞬間、バタンという音とともに、出入り口から良平が飛び出していき、私の身体を押し倒す。


「ひ!?」


 全ては一瞬だった。九ミリ拳銃を構えたまま私を押し倒す良平の姿を見て、男が驚いて引き金を引いてしまう。しかし、慌てて撃たれた銃弾は良平の上を通りすぎ、誰もいない壁に命中する。

 映画でよく片手で拳銃を撃つシーンはあるけど、実際は銃の扱いに慣れていない人がそんなことをしたらまず当たらない。撃った際の反動で銃口が上向き、放たれた銃弾が狙い通りにいくはずがないからだ。

 素人なら両手で押さえておかないと。


「な!?」


 銃弾が当たらなかったことに驚き、男が人質の身体を離した瞬間を見逃さず、良平は押し倒された私の胸を支えに足下から発砲する。

 放たれた銃弾は狙い通り、真っ直ぐ男の眉間を撃ち抜き、奴は頭から血を吹き出して倒れてしまう。


「自衛隊を舐めるなよ」


 倒した男の姿を見つつ、良平は一人呟く。銃に馴染みのない日本の一般人と違い、銃に扱いなれた自衛官を相手にするのは歩が悪いものだ。


「流石ね......は!?」


 ピンチだった手前、私は彼がこんな大胆な手段を取るとは思いも寄らなかった。やったという気持ちとは裏腹に、私は不意に上着の下に着ていたTシャツごしに良平の体温と鼓動を直に感じ取ってしまう。


「......お、重いんだけど」

「あ、すまない」


 成り行きながら、私達はお互いの顔を間近に見つめたまま、抱き合ってしまった。私は彼の身体の重みを感じつつ、恥ずかしさからか胸が熱くなってしまい、思わず彼の頬を叩いてしまう。


「つう!?」

「胸を触ったでしょ?これでおあいこよ......」

「え?ちょ、助けただろうが?」


 しまった、勝手な行動をした挙げ句、助けてもらったにも関わらず良平を叩いてしまった。申し訳ないけど、謝りづらい......


「ご、ごめん、恐かったからつい......」

「普段からあんだけ暴れてるくせに今さらかよ」

「なによ!?私だってか弱い女だからね!!」

「お前みたいなのをか弱いと言わんわ!!」


 残念、良平には女心は理解できないみたい。良平のことを格好いいと感じた私の気持ちも一瞬で冷めてしまった。

 上着をはだけさせたまま立ち上がった私は、そのままそれを脱いで人質となっていた女性に羽織る。


「もう大丈夫よ」

「......」


 彼女は犯されたショックはからか、私の言葉にも反応はない。


「ひでえな」

「......予想はしてたけど現実は惨いわ」

「あ、あ、あ......」


 彼女の心は壊され、同じ女性である私を前にしても恐怖を見せている。


「もう大丈夫、奴等は私達、自衛隊が倒したから」

「あ、は、ははは......」


 私はそっと彼女を抱き締めて優しく頭を撫でる。私の体温を感じ安心したのか、彼女は一筋の涙をこぼしそのまま意識を失ってしまう。


「どうする?」

「しばらくそっとしておきましょう」


 私は彼女を抱き締めたまま、その身体を傍にあったマットレスの上に置き、毛布を被せる。可哀想に、私達がもっと早く来ていればここまで酷い目にあわなかったろうに。

 彼女の心を壊した連中、決して赦すものか!!


「いてえ、いてえよ!!」

「うるせえ!!」


 彼女を奥に寝かせたまま、事後処理のために食品売り場に戻ると、負傷し生き残った暴徒達を拘束する入江君と矢尻君の姿があった。


「自衛隊め!!」

「お前達には俺達を裁く権利はねえだろうが!!」

「犯罪者が口答えすんじゃねえ!!」


 矢尻君が思いきり暴徒の腹を蹴り飛ばす。

 確かに私達一般の自衛官には民間人に対する逮捕権が存在しない。

 竹井さんに引き渡すべきだろうが若い婦警である彼女の手に余るのが目に見えてる。


「確かに逮捕はできないけどまだ抵抗する気ならこっちにも手段があるよね有坂くん」

「ええ、ここは私に任せてください」

「ちょ、ま、待て、うわあああ!?」


 男の悲鳴を無視し、良平の意図を理解した私は同じ女として被害者のためにこれまでの罪の意識を実感させるためにたっぷりとお仕置きをしてあげた。 


「た、助けて......」 

「はあ?お前達はそう言う彼女に何をしたあ!!」

「この野郎!!」

「カスめ!!」


 遂には入江君や矢尻君まで混じり、散々蹴飛ばしたり、銃床で殴り倒したけどまだ赦せる気にならない。皆が助け合わなければならないなかで、自分勝手に食料を独占し、女性を犯す連中を生かしたくはない。男達の顔は完全に変形し、見る影もなくなっていた。


「ここにも感染者がいたか」

「ま、待って......」

「生憎だが、俺は感染者に容赦しない性格でな。言葉を話す新種なら尚更だ」


 男の最後の願いを無視し、最後に良平はためらうことなく二人のの頭を撃ち抜いてしまった。

 そう、あの時、警察官である竹井さんを無理矢理置いて私達だけでここに来た理由は、奴等を確実に仕留めるつもりだったからだ。外のあの地獄を生き抜いてきたから分かる、こんな世界で生き延びるには誰よりも冷徹に物事を判断しなければならない。

 子供達を抱え限られた物資の中、刑法に準じて奴等を何年も養う余裕など私達にはない。ならばとるべき手段は一つしかなかった。


「感染は怖いなあ。あの世ではママの言う通り、ちゃんと手を洗えよ」


 良平は暴徒を感染者として処分した。真実を知るのはここにいる私達だけだ。


「怖いっすね、多分悪いもんでも食ったんでしょう」

「すっきりしましたね」


 慣れた感覚で入江君と矢尻君はそう言いながら、ケースに並べてあったビール缶を手に取って私達に投げ渡す。


「久々の酒っすよ」

「アルコールは大丈夫か?」

「勿論、浴びるほどね」


 私はそう答えながら缶を開ける。


「面倒な汚物は消毒しないとね」

「いや、焼くのはめんどくさいから屋上から捨てるぞ」


 良平も相づちをうちながらビールを開けて上に掲げる。


「秋山と片桐に......」


 私達は亡くなった二人の冥福を祈り、一気に飲み干す。ふう、久々のビールってこんなに苦かったかしらねえ。

 最近見た映画ではヒーローは人を殺さないというけれど、私達はヒーローではない。名誉や名声なんて鼻から求めてなんかないし、誉めて欲しいからやったわけではない。

 私達は名も無き兵士だから......


「終わったわね」

「いや、まだこれからだ。俺達はここに立て籠るんだからな」


 法律違反の処刑となってしまったが、暴徒を殺した手前、最早私達に弁解の余地はない。やらなければやられるのがこの世界だ。だからこそ、この力は人を救う手段に行使すべきだ。

 程なくして、私達は上で待っていた安浦さん達に暴徒を鎮圧したことを伝えた。連絡役の青年を除き、奴らが皆死んでいたことに警察官である竹井さんは驚いていたけど、奴らが犯した行為を聞き被害者を見た瞬間、同じ女性として赦せず自業自得だと答えてくれた。

 その後、日が沈み真っ暗な中、私達は暴徒共の亡骸を屋上に運び、感染者がひしめく地面に投げ捨てた。亡骸が感染者によって無惨な姿に晒されるのを眺めつつ、良平は黙って煙草を口にくわえ火を灯す。


「私にも」

「ああ」


 私もまた、煙草を口にくわえ良平から火をもらう。


「フウー......あんた、これをやらせたく無かったから入江君と矢尻君を下げたんでしょ?」


 私の問いかけに対し、良平は一筋の煙を吐いた後、口を開く。


「ああ、改心の余地もない犯罪者とはいえ、あいつらに人殺しをさせたくなかったしな」

「あの青年は許すんだ」

「奴は俺達を助けようとしたからな」


 良平はそう言い残すと一人、煙草を感染者がひしめく地面に投げ捨てて建物の中へ戻っていく。

 部下を失ったばかりなのに、有無を言わず彼は人殺しという汚名を一人で背負ってくれた。 

 彼なりに悲しみや動揺を抱えているはずだが、微塵もそのような素振りを見せてこない。

 私は不意に良平のことを怖く感じ、寒気を覚えてしまった。


「ママ~」


 屋上から戻った私を小百合達が出迎えてくれる。そうだ、暴徒鎮圧の働きもあって私達は子供達と共に避難民からの反対を受けることなく安住の地を得たんだ。今はそんなことを気にする時じゃない。


「う、うう、すみません、俺、先輩が怖くて......何度も止めるべきだと言ったんですけど」

「あなたは以前、私に銃を向けた奴らを説得してくれましたよね。本心では優しい人なのは分かってますよ」


 足を撃たれ安浦さんから治療を受ける青年はしきりに謝罪の言葉を口にしていた。しかし、私としては手は出していないとはいえ、強姦された女性のことを考えると同情することができない。

 その一方では、憎むべき相手が消えたことにより避難民達は私と顔を合わせるたびに感謝の言葉を述べ、歓迎会が開かれることになった。


「またあのような暴徒が出るかもしれないのでこのまま居て下さい」

「俺達も部隊が壊滅して行くあてがなかったのでよろしくお願いします」

「さあさあ、たっぷりお食べ、空腹だったんだろ」

「ぱくぱく」

「もぐもぐ」


 賞味期限が切れることが明らかになったものをこの際消費してしまおうという方針であったためか、この日の料理は主に作り置きされていたお惣菜が中心であったが、久しぶりの温かい食事を前にして成長期の子供達は先を争うがごとく食べている。


「美味しい?」

「うん!」

 

 私の膝に座る小百合も海老フライをくわえて笑顔を見せる。隣では、良平が矢尻君達とお酒を飲みながら雑談にふけっている。


「ふう、また酒が飲めるのはいいっすね」

「ほんとほんと、横須賀以来だよ。こうして飲んだのは感染者騒動前に開いた送別会以来かな」

「あれ?矢尻、お前最近、二十歳になったばかりじゃないか?あん時は未成年だから飲ませなかったが、なんで酒の味を知ってるんだ?」


 良平の問い掛けに対し、矢尻君は視線を逸らして口を開く。


「......気のせいっす。酒は入隊前に地元の祭りで飲んでた経験あったので」


 絶対嘘だ......

 ここには警察官の竹井さんもいるから、必死で隠してるのが見え見えだ。気まずくなったのか、矢尻君は強引に話題を変える。


「そういや、お二人はさっきから仲が良いように見えますけど?」

「そりゃ、まあ、お互い意見が合うしな......」

「う、うん、」


 そういえば、当たり前のようにしてるけど、なんで良平は私の隣に座ってるんだろう。助けられて以降、常に私は彼の隣に立つようになり、彼もまた私の傍にいようとする。

 恋人でもないのに。


「おかわり!!」

「私も!!」

「僕も!!」


 初めて見た子供達の笑顔。その姿を前にして私はつい、良平の手を握り締めて口を開く。


「私達、ヒーローじゃないけど親にはなれるかもね」

「......そうだな」


 お互い、出会って二日しか経ってはいないけど、いつの間にか私は色んな感情を交えて良平のことを意識していることに気付いてしまう。

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