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500年目のメンター冒険者  作者: ハヤブサ
第3章 決戦編
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決戦③

 広場。

 普段は数多くの店や屋台が、街の住民たちや他所からの観光客を活気よく迎えている、この街の顔のような場所。

 たくさんの人が物を買い、それを大切な誰かに贈り、美味いものを食べ、美味いビールを飲み…人としてあまりに当たり前の営みが、今はない。

 代わりに響くのは街を守ろうとした冒険者たちの悲鳴。慟哭。怒り、そして徐々に広がる諦めの声。俺はいてもたってもいられず踵を返す。


 「う、おおおお!」


 魔王に背を向けるなんてあまりに愚か。だがそれでも、今相手にしなければならないのは不死竜たちだ。俺は手当たり次第に身近なドラゴン目掛けて走り寄る。

 渾身の力を、残っている命の残り滓を拳に込めて殴りつける。

 死角からの一撃はどんな鈍器よりも重たく、後頭部に叩き込まれた。だが、ドラゴンは一瞬よろけただけで俺には振り向きもせず、ただただ目の前の冒険者たちへの攻撃を止めようとしない。

 1人また1人と傷つき、倒れていく。一緒に夜長、馬鹿みたいな話をして美味い酒を飲み交わした仲間たちが倒れていくのを、ただ見ていることしかできない。誰も助けられない。


「……もういいだろう!もう十分だ、俺の負けだ!」


 俺は背中越しに魔王に叫んだ。

 魔王はそれを聞くなり、肩を震わせながらくつくつと笑った。


「いやいや……、いやいやいや。まさかそんなはずありませんよ。前回私を見事仕留めたあなたが、これしきの事で敗北を認めるわけがない」


 魔王は全身を濡らす自身の血をぬぐうことなく、まるで遠い思い出を共有するかのように言葉を続ける。


「500年前のこと、私は今でも思い出せますよ。この身が朽ちて、甦ってもまだ、あの頃の記憶は鮮明に残り続けてます。ええ、こびりついて離れないんですよ。」


「やめてくれ……」


「あなたは実に効率的でしたよね?屈強な味方を肉の壁にして私の攻撃を防いでた。……確かイレヴとか言ってましたか」


「やめろ……」


「すばしっこい盗賊たちを囮に、私の攻撃が自分に集中しないようにしてもいましたねえ。スカー、リーツ、ああロック!」


 俺は耳を塞ぎ、ついには膝をついた。石レンガの床の固さが、まるで人の骨を思わせた。両手にはめた手甲は、いつの間に外れたのか力なく床に転がっていた。


「もういい……」


「そして、一番は何といっても私たちの出会いの日!あの太った男!あなたの目の前で体を引き裂かれて死んだ……あー?なんて言いましたか。そうだ、タークス!」


「やめ……!」


「リオンがやめてって言ってんでしょうがー!」


 顔を上げると、アンジュが魔王の顔面に目掛けて小さな拳を叩き込んでいた。

 非力なはずのアンジュの拳は、しかし魔王を少しだけよろめかせる。

 彼女の両手には、俺がさっきまで身に着けていた呪いの手甲がはめられていた。


「あたしの夫を、いじめんなこのサド野郎!」


 俺と魔王の間にひるまず仁王立ちするアンジュに、魔王は顔の痛みも構わず、湧き上がる笑いをこらえきれずにいる。


「……いやはや、愉快愉快!奥方までこの血みどろの戦場に担ぎ出していたなんて。あなたもまったく、本当に人が悪い」


「奥方……」


 アンジュはまんざらでもない様子で魔王の言葉の余韻に浸っている。


「奥方じゃねえ、俺はこいつのただのメンターだ」


「ちょ、ちょっと待ってよ。あたし結婚しようって言ったじゃん!」


「OKなんて出してねえだろうが」


「この期に及んで!」


「いつならいいと思ってんだよ!」


 魔王を尻目にぎゃーぎゃーと騒いでいたら、大分頭がすっきりしてきた。


「さっきは俺らしくなかったな、忘れろ」


「はいはい、で、どうするの。メンター様?」


「……決まってんだろ」


 俺はアンジュの目を見て答える。

 アンジュもその目に同じ気持ちを走らせている。どちらともなく声が重なる。



「「今はとにかく、あいつをぶっ倒す!」」



 その言葉を歓迎するかのように、魔王は両手を広げ、悠然と俺たちの前に立ちはだかる。その顔は、まるで遊び相手を見つけた子供のようだった。


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