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おっさんと最後の晩餐

 腹に響く恐ろし気な音と共に部屋が揺れる。一体外では何が起こっているのだろう。

 館には自分と当主の彼しかいなかったはずだ。もしも争いにでもなったのなら騒ぎにすらなるまい。一瞬で突き殺されて終わりだ。

 まさか、夜盗が火を放ち今まさに館が燃え落ちているのでは?


 そこまで思い至ってハッとする。

 自分は外から鍵をかけられたはずだ。なぜ外側に鍵が?

 もしも夜盗なら地下室を含め金目のものがないか調べられるはずだ。こんな鍵のかかった扉など絶対に見つかって侵入されてしまう。

 仮に夜盗が火を放って去っていったところで自分がここから出れなければ餓死が確定である。


「やばい。まずいぞこれ!」


 思いっきり扉に体当たりする。扉自体はそう頑丈な作りではなかったのだが、いかんせん自分は非力過ぎる。と、言うか2発も当たって砕けた時点で肩が痛くて限界になった。


「どうしよう…」


 絶望にひたったところでどうしようもないので部屋の隅にいって三角座りで待つしかないと思った。

 考え事すら出来ずにひたすら待つだけの時間はやたらと長く感じる。

 そんな風に神経を痺れさせていたもんだから、ガチャリと鍵を開ける音がした時は心臓が飛び出そうになった。

 そして気付く。この展開はわかっていたことだ。だとしたら自分がこれからすべきことはどんなにわずかな可能性でもそれに賭けて全力で命乞いをすることだ。

 なのに自分はなぜ何も考えず時間を無駄にしていたのだろう。

 そしてそんな思考もまた次の一瞬で何の意味もないゴミとなる。


 なんと扉の向こうから顔を覗かせたのは館の当主の彼であった。

 正直、あまりにもその展開は期待出来なかったので選択肢自体が頭の中から抜けていた。

 まさか本当に話し合いでお帰り願ったとでも言うのだろうか。

 なんて凄い人なんだろう。この人が神か。

 だがそんな思考もまた次の一瞬であっけなく吹き飛ばされる。


「っ! シルヴァリオンさ…」


 満面の笑みを浮かべて発した名前は最後まで言い切る事が出来なかった。

 彼が小脇に意識の失った全裸の少女を抱えていたからである。

 …思考が停止する。なぜ彼がそんなものを抱えているのだろう。

 そしてそんな俺に彼はなんら語る事はなく「どうぞ」とたった一言だけ発し、部屋から出るよう手で促した。


 この時「なんですか? その脇にかかえている彼女は」とも言わず黙って後をついていったと言えば。俺がこの時点ですでにどれほど彼に依存していたか伺いしれるだろう。


 彼は食堂につくと少女をテーブルの上に少女を横たえた。

 俺と彼の席にはナイフとフォークと皿が一式ずつ並べられていた。

 蝋燭の灯りに照らされた少女の体はなんとも言えず神秘的だった。


「私は」


二人が席につくと館の当主が口を開いた。


「もう随分と長い事眠ったまま研究を続けていました。あなたは当家にお越しいただいた久しぶりの客人です。そして私は……外の世界で嫌われ者でした」


そういった彼の目はどこか遠くを見ていて…なんだか少し寂しそうだった。


「あなたは私の出した食事をそれはそれは美味しそうに召し上がりました。そして…お気づきかどうかわかりませんが心から感謝を示してくれました。

 それは私のこの壊れかけの心になにかをもたらしています。

 この屋敷に誰かを連れてくる方法は如何様にもあります。ですが私は決してそれをしないでしょう。なぜなら私は人を恐れているからです。」


彼は少し泣きそうな目をして俺を見ると、言葉を続けた。


「あなたはきっと今晩ここをでていくでしょう。私はそれをとめません。

 私はあなたの感謝に敬意を表します。

 ですから今晩、どうか私と食卓を共にしていただけませんでしょうか。

 ご自由にお召し上がりください。そして、あなたが一切手をつけなかったとしても私は決してあなたに危害を加えません」


 だが、そんなそんな彼の言葉に口を挟むように声を出す者がいた。


「タス……ケテ……」


 俺は驚愕して振り返る。見れば横たえられた少女が恐怖に涙を浮かべながら俺を見ていた。


「ご心配なく。首から下は動きませんから」


 心臓が高鳴る。背筋が凍り付く。

 

 何かを選択するなら時間はないはずだった。

 だが俺は何も出来ずにふとももをギュッと握りしめてガタガタと震えているだけだった。


「では……」


 カチャリ と、ナイフが音を立てた。


 そこから先はどう表現すればいいのだろう。

 

 絶叫。絶叫。絶叫。

 

 そこから先の映像は思い出したくない。

 

 絶叫。そしてまた絶叫。

 

 そこから先の映像は思い出したくない。

 

 段階が次に進んだとだけ言っておく。


 少女が白目を向いて首から上が暴れている。

 

 絶叫。絶叫。絶叫。

 

 段階が次に進み、俺もナイフを持って叫んだ。


「やめろぉぉぉぉ!!!!!!!」


 多分そんな事を大声で叫んだと思う。でも言葉にならなかった。声も自分っぽくなかった。裏返った状態で無理やり大きい声を出すとああいう風に聞こえるんだろうか。きっと喉を傷めたに違いない。

 俺はテーブルに乗り出して彼の首にナイフをたてた。


 ザクリ

 

 首に突き立てたナイフを手前にひいて肉をかききる。何度も突き刺す。彼の上体が背もたれにかかって首がガクンと落ちた。

 一瞬の静寂。ハァハァと荒い自分の息遣い。心臓は爆発しそう。


「あぁ…これは…」


 声がした。反射的に後ろに飛びのけぞろうとして椅子から転げ落ちる。


「こんなに大きな穴を開けてしまって」


 椅子にすがりついて上体を起こすと、彼の後ろに黒い人型の影のようなものが立っていた。


「ひどいじゃぁないか…」


 黒い影が彼の首に手をあてて、シュゥーと音がする。影が手を離すと傷はもうふさがっていた。


「…おや?」


 黒い人型の影が少女の方に目を向ける。

 

「…これは…」

 

 すると突然、テーブルの上に横たわっていたはずの少女がいきなり動き出した。

 動き出したと言うにはあまりに速く激しい動き。見れば亜麻色だった彼女の髪が黒く染まっている。


「…ぅあぁ!!」

 

 少女は苦し気にうめいたあと、人型の黒い影に右手を突き刺して何か呟きだした。


 人型の影はいささか驚いたような顔をしていたが、特に何をするでもなく少女の方を見ていた。 



「無より生まれて永遠に在る。」


 少女の右手に凄まじい力が集まって磁場のようなものが形成される。


「恐怖と孤独の奔流よ。名も無き祈りに応え権限せよ。」


 人型の影はつったったまま、ゆっくりとこちらを振り返った。


「ダーク・インフェルノ」


 背筋をぞっとさせる命を刈り取られるような寒々しい風が吹く。

 何かが爆発したように感じると、黒い霧は霧散して消えた。

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