館の主と流星旅団
館に滞在して何日経っただろうか。
突然真夜中に起こされると、隣に彼がたっていた。
「夜分にすいません。どうやらお客様のようでして…」
彼が窓の外に視線を向けたのでつられて視線を向けたところでギョッとする。
館のまわりにはいくつものたいまつの灯りがうかび、武装した男達に囲まれていた。明らかに友好的な手合いとは思えない。
すっかり動揺してしまった俺を彼は手際よく落ち着かせると地下室へ案内した。たしかここは危ないので立ち入り禁止と言われていたはずだが…
「しばらくこちらでお待ちください。」
俺を部屋に案内したところで彼は踵を返し、扉を閉めてしまった。一緒に地下で隠れてやり過ごすものだと思っていたのが慌ててしまう。
今、館には俺と彼の二人しかいないはずだ。まさか話し合いが通用するような手合いとは思えない。
「ちょっと待ってください!」
扉に駆け寄ろうとした瞬間、ガチャリとカギをかけられてしまった。なぜ外側に鍵が…と思ったがそんな事はどうでもいい。
彼は俺を隠して一人で立ち向かうつもりだろうか。ただでさえ世話になりっぱなしなのだ。そこまでしてもらう謂れはない。
「シルヴァリオンさん! シルヴァリオンさん!」
だが俺の非力な力ではどうすることもできず、
小さくなっていく足音をただ見送る事しか出来なかった。
(おっさんが隠れていた時の事。3人称視点)
館の中は既に武装した集団に占拠されていた。上の階にも人員が配置され、完全に包囲されている。
だが、館の主は彼らの姿に何も感じる事がないかのように悠然とした足取りでエントランスに姿を現した。
「ようこそおいでくださいました。当主のアーガス・シルヴァリオンと申します。」
一人の少女が前に進み出て口を開いた。武装した男達の中でひと際目立つ少女の風貌。
どこか良家のお嬢様にしか見えないまだ幼さの残る可憐な顔立ちは優雅に茶でも飲んでいればそれはそれは栄えて見えた事だろう。
だが白銀の鎧に身を固めたその姿は、決して伊達や道楽ではない歴戦の戦士を思わせる気配を醸し出していた。
「他の人達はどこに?」
館の当主が小首をかしげて答える。
「ここには私が1人で住んでおりますが。」
「1人で…? 外の霧には人除けの魔術がかけられていた。あなた何者なの?」
館の当主が両手の掌を上に向け、ふふっと笑って答える。
「何者。と、申されましても。」
「先週、この付近で私と同じくらいの歳の子が行方不明になった。
でもそれだけじゃない。この近辺ではもう随分と昔から定期的に若い女の子だけが1人ずついなくなる。もう何度も。
この屋敷に人攫いか何かが住み着いていないかと訴えがあったのだけれどあなたここで何をやっているの?」
少女の問いに、館の当主は少し驚いた顔をしたあとで苦笑いを浮かべた。
「あぁ、それでしたら上の方と話がついていたと思うのですが…もしや遠方からいらっしゃったのですか?」
「私たちが流星旅団。私が団長のリティス・フォールーンよ。」
「流星旅団?」
「…知らないの? 随分と世情に疎いようね。」
「申し訳ありません。引きこもりがちなもので…」
リティス・フォールーンはさる国の公爵家の令嬢として生まれた。
幼くして剣の才能を開花させた彼女だったが、なにより10歳にも満たない歳で魔法を発動させた事が周囲の大人達を驚かせた。
通常、魔法使いになるためには魔力回路を開いてその流れを感じるのに10年。魔法陣の構築に10年。その制御と応用には一生を費やすと言われるほど長い修業が必要となる。
教養も知識の面では問題なかったのだが、奔放な性格で度々家を飛び出し勝手にどこそこで仲間を作ってはならず者をぶちのめす始末。
彼女の人柄に惚れ込んだ者や命を救われた者たちが続々と集い、13になる頃には流星旅団を名乗って諸国を旅するようになった。
当然親元は反対したが、噂に尾ひれはひれがついて民衆の絶大な支持を味方につけた彼女を最早誰もとめられなかったのである。
知らないと言われたのはいつ以来の事だろう。少女はいささかショックを受けたがそれよりも話がついていると言う言葉が気になった。
思えば街で聞き込みをしていた際の衛兵達の様子もどこか変だった。この屋敷は何か妙だ…男達が武器を握る手に緊張を走らせる。
「悪いけど拘束させてもらうわ。屋敷を捜査して…っ!?」
少女は前に出ようとしたが慌てて飛びのいた。館の当主の足元に赤い魔法陣が浮かんでいたからである。館の当主が周囲を見渡すといくつかの火の玉が浮かんだ。
「なかなか…良い装備をお持ちみたいですね。」
それを見た少女は血相を変えて叫ぶ。
「射撃防御! 無詠唱!!」
「少し……遊んでみましょうか。」
呟くと同時、鉄の盾をも溶かすような超高温の火の玉が襲いかかる。
時間にすればほんの一瞬の出来事。だが大楯を装備した男達は訓練通りの機敏な動きで瞬時に前に出てこれを受け止める。
対魔法用にコーティングされた大楯から紋様が浮かび上がり、それは空中で火球を受け止め凄まじい閃光と火花を発生させた。
「剣兵。前へ! ゲイン。対魔術式弾を用意して!」
視界が戻るのも待たずに、4人の男が斬りかかる。前に二人、左右から一人ずつ。逃げ場はない。
「っひ、飛行魔法だと!?」
槍を持った男が驚く。膝を曲げるような予備動作すらなかった。
館の主はいくらか肩を沈めた後、自分の身長をはるかに超える高さまで飛び上がり…そして落ちてこなかった。
「アル…グレス…」
頭一つほど離して両手を向かい合わせに構えると、両方の手首に魔法陣が浮かぶ。中央に浮かんだ黒い球のようなものは呪文と共に大きくなり、黒い稲妻をほとばしらせた。
「ディ…オール…」
館の主以外の全員にとって、初めて目にする魔法。しかしその圧倒的な存在感は発動すれば対魔の盾でも到底防ぎきれない事を直観させるに十分だった。
「ゲイン!!!」
少女が叫ぶと同時。装飾の施された奇妙な形状の矢を引き絞っていた弓兵が放つ。矢は館の主の足元にうっすらと浮かび上がっていた魔法陣に干渉し、火花を散らして弾き飛ばされた。
「おぉ。これは…」
館の主は一瞬驚いた顔をして弓兵の方に視線を向けた。浮力を失って落下する体を4人の剣を構えた男が待ち構える。
「油断しないで! 盾兵!」
男たちは好機と見たが、決して油断して飛び掛かるような事はしなかった。なにせ相手は息を吐くように無詠唱で魔法を発動させる化け物である。
スルリとよく統率された動きで盾を持った男と剣を持った男が入れ替わる。何を飛ばしてきても平気なように盾を構えつつ押しつぶし、身動きをとれなくしてから剣で突き殺すはずだった。
館の主が両腕を交差させると全身から黒い霧が吹きだす。
「ぐっ!?」
松明の火を完全に飲み込んで一切の視界を奪う完璧な闇。だが霧が奪ったのは視界だけではなかった。
「かっっ! はぁっっっっぅっ!」
息が出来ない…どころの話ではない。胸の奥が焼かれるような痛みに思わず武器を落としそうになる。全身の皮膚からも侵入してくるそれは男達の体を痺れさせる。
暗黒の霧が後列の少女達へ到達するまでの一瞬の間。そのわずかな時間に少女は素早く息を吸い上げると、片膝をついて祈りだした。
「光を浴びて命が栄える。愛と喜びの奔流よ。リティス・フォールーンの名において権限せよ。ホーリーライト!」
握りしめた拳から光があふれ出し、部屋中を照らすとあっさりと霧は霧散した。苦悶の表情を浮かべていた男達に喜色が浮かぶ。
「恐るるな! 敵は私達が未だ対峙した事のない最強の魔導士。でも私達はいつだって絶望的な状況をくつがえしてきた。 これまでも。これからも! 流星旅団に敗北はない!!」
彼らが魔法使いと対峙するのはこれが初めてではない。
魔法使いになるためには。魔力を感じ、操作する才能に加え魔法陣を構築するための高度な教育が必要となるため、基本的に上流階級の人間に限られる。よって魔法使いが盗賊の用心棒をしているようなケースはほとんどない。
だが彼らは諸国を渡り歩いているなかで、悪代官を成敗するような事件も度々起こした。中には無詠唱魔法を駆使するような高度な魔法使いと戦う事もあったし、3倍近い敵に囲まれて集中砲火を受けるような戦いもあった。そして、その悉くに勝利してきたと言う自信が未だ力の底を見せない目の前の敵に対して立ち向かう勇気を与える。
「素晴らしい。いや、実にお見事だ。」
いつの間に2階へ移動したのか館の主は階上から感嘆の声と共に拍手を送った。
「人語魔法を詠唱付き。とは言えそのお歳で魔法を発動させるとは素晴らしい才能だ。それに兵達の動きも実に統率がとれている。さぞや訓練なされたのでしょうね。」
2階に配置された男が弓を捨てて短剣を抜く。
「うおぉぉぉ!」
間合いまであと2メートルと言うところ、短剣を持った男は回転しながら滑り込むように切っ先を足元へと変えた。そして短剣を持った男がしゃがみ込むことによって開けた視界。そこを短剣を持った男のすぐ後ろを追従して走っていた男が槍を突き出す。
「魔法使いとの戦闘にもよく対策が練られている。で、あれば…」
バキィッ!
短剣を持った男の手が館の主に踏みつけられ、あっと言う間に床ごと凍らされて動かなくなる。そして男の突き出した槍は館の主に切っ先を握られてピクリとも動かない。
「圧倒的なレベルの差に対しては」
館の主が反対の手で槍を持った男の頭を掴む。
「っ! あ”あ”ぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」
館の主に掴まれた頭から黒い霧のようなものがシューシューと噴き出す。槍を持っていた男は2、3度大きく痙攣し、カラカラの死体となってポトリと捨てられた。
「どのように対策を
講じてくださるのでしょうか?」
ゴクリ、と生唾を飲み込む音は誰のものだったのだろう。
いつだって準備だけは入念に用意していたが使う事のなかった選択肢。
この日、リティス・フォールーンは生まれて初めて退却の決断を下した。