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おっさんと館の主

 村は田舎ではあったが直線距離で見ればそこまで街から遠かった訳ではない。実際に仕事で出かけた事も一度や二度ではないし日中に準備万端で出発すればまず迷う事はなかっただろう。


 だがあの一件以来俺は村中からジロジロと見られるようになりロクな荷造りしか出来なかった。結局、夜間に人の目を忍ぶように出るしかなかったのである。


 夜が明ける頃には俺は見知らぬ道を歩いていた。最初の頃はそのうちなんとかなるさとタカをくくっていた。

 途中でいくつか民家を見つけたが、どれも廃墟だった。食べられそうなキノコを見つけたり、虫やトカゲを捕まえて食べて一体何日歩いたんだろう。


 脱水症状で汗をかく水分にもこと欠いていたので、川を見つけたときは嬉しかった。川に沿って歩き続けたが、濃い霧の中に迷い込んでしまう。

 そこから先は悪夢だった。進んでも進んでも霧は晴れず、昼夜の区別さえつかなくなり、寝てる間すら心と体を蝕んだ。

 

 思えばあの時俺は本当に現実の世界を歩いていたんだろうか。

 そして俺はある奇妙な館に辿り着く。

 俺の運命を変えてしまったあの館に…




 ギギィ…と、扉を開く。ドアノブには埃がつもっており、触ると色が変わった。鍵はかかっていなかった。


「ごめん下さい。道に迷ってしまいまして…」


 館の中は静かで人の気配がしなかった。中の様子はそれなりに綺麗なのだが、誰も住んでいないのだろうか。そう思っているとエントランスの上の階から人が降りてくるのに気づいた。


「いらっしゃい。ここに人が来るなんて珍しい。」


 降りてきた男は貴族風の服を身にまとっていた。真っ直ぐな金の長髪に切れ長の目。まるで彫刻がそのまま動き出してしまったかのように整った顔をしていた。


「この辺りには何もありませんからね。さぞや遠くからおいでなさったのでしょう。どうぞ、何もありませんがゆっくりしていってください」


 驚いた事に彼は無一文同然の俺に食事を提供し、あまつさえ宿泊する部屋を貸し出すと申し出た。あまりにも虫の良すぎる話に普段なら怪しんだだろう。だが何十日も歩き詰めだった俺はもうどうにでもしてくれと思うほど限界だった。

 どうせ身包みはがされたところで何も持っちゃいない。ここが魔物の住処ならどうぞ良い夢を見せてくれた後に食べてくれればいいのだ。


 彼は体を拭くためのお湯と布。驚いた事に着るものまで出してくれたうえに少しとろみのある薄めのスープを出してくれた。まともなものも、まともでないものを含めてさえ何かを口にするのは何日ぶりかの事。

 

 夕飯で出た何か高そうなソースのかかった肉料理を、俺は揶揄ではなく涙を流しながらいただき、彼はその様子を満足そうな面持ちで見ていた。


 人は誰かに施しを受けた時、恩を感じる場合と もっとくれ もっとくれ と欲望を感じる事がある。

 人は何でもない時に聞かれれば前者の反応が当たり前だと答えるだろう。

 だが実際には自分がその場面に直面した時、余裕がない者ほど後者の反応を示すのだ。


 地獄で仏を見たような幸せに包まれていた俺は、再びあのいつ終わるともしれない道のりを踏み出す事が怖くなってしまった。

 そして嫌な顔1つしない当主につけこんで、俺は何日も居座ってしまったのだ。


 どうして彼が親切にしてくれるのか謎がとけた訳ではなかったが、あまりの居心地の良さにそんな疑問はすぐに頭から抜けてしまった。

 彼はどう見ても俺より上の階級の人間にしか見えなかったのだが、一切高圧的な態度をとらなかった。


 村の人間達は野生に、そして自然に近かったんだろう。

 彼らはことあるごとに俺の方が強い、俺の方が偉いとまるで狼がじゃれあうようにお互いを下に組み伏せようとした。

 俺は人の上に立ちたいと言う意志が根本的に欠落していたので、それらのやりとりはただただわずらわしく興味がなかった。

 きっとおかしかったのは彼らではなく俺の方だったんだろう。事実孤立していたのは俺だったのだから。


 俺はただ誰かに優しくして欲しかった。欠陥品の自分を受け入れてくれるどこかが欲しかった。

 俺は目の前の理由もわからない親切に自分の孤独をなすりつけようとした。


 そして…悪夢の夜が訪れる…

 

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