おっさんと底辺
「村長。俺もうこんな生活嫌だ!」
ある日突然・・・というより他に無い。正確に言うとその日特別に何かの臨界点を超えた、と言う事ではなかった。少なくともこの時点では。
もし話が違っていれば気の迷いと言えたのかもしれない。とにかく俺はなんとなしに毎日の生活に嫌気がさして村長に詰め寄っていた。
「街に行って一旗あげて贅沢がしたい。」
「街ってお前、両親も死んじまって親戚もいねぇのにどうやって職につくんだよ。アテはあるのか?」
「いや、ないけど…」
「無いってお前当面の生活費どころか街に入る通行料すら払えねぇじゃねぇか。それに今担当してる畑はどうする。来月収穫だろうが。」
小作農である俺にはろくな蓄えはない。家も借り物扱い。粗末な寝床はおろか、茶わんの一つすら厳密には所有権をもたない。その最たるものが現金であった。
給料のほぼ全てが現物支給であった俺には僅か数枚の銅貨しかなく街に入るために銀貨を用意するなど到底無理な話だった。それでも俺は諦めきれずに真剣な眼差しで村長を見つめる。
『ったく、しょうがねぇなぁ。餞別だ。持っていけ。』
そんな言葉を期待していた自分はなんと愚かだったのだろう。村長が実際に口にした言葉を聞いて俺は血の気が引いた。
「リードさんには俺から話しとくから。」
そこから先の展開は目に見えていた。
「ったく、手間かけさせやがって。」
「これに懲りたらもうバカな事考えるんじゃねぇぞ。」
俺は惨めったらしく若い衆にボコボコにされて軒先に転がっていた。
理由は簡単。俺が抜けるとその分の仕事が、残ったやつらの負担になるからだ。
担当する範囲が増えても給料は変わらない。誰が決めたともしれないその慣習は、俺が生まれる前から在ってしかし俺と言う個人よりはるかに強固に市民権を得ている。
雇い主が一方的に搾取する立場にありながら雇い主対従業員と言う対立する図式が成立しないよううまく矛先が各々に向かうよう仕向けている。
だが今回に関してはこの件で決定的に俺の中で何かが切れた。
そうだ、ここには何も無い。ここで生きていても意味がない。
いや、意味がないなんてレベルじゃない。本当に何もない。
何も…無いんだ。