焦げたお味はいかが?
「じゃあ出かけてくるよ」
「それにしても、師匠。魔法使いの会合に招待されるなんてすごいですね」
「あー? あたしゃそんなことに関わるよりももっと魔法の探求に勤しみたいものさね」
師匠と呼ばれた女は、今では数も少なくなった生粋の魔女である。ただ、昔話に出てくる老婆ではない。その肌ははりとつやを保ち、髪には一本も白が混ざっていない。肉体はまだまだ二十代の女盛りであり、老いの気配は微塵もない。
「嫌がっている割には随分と若作りしているじゃないですか」
ポカリ。
魔女のホウキが目にもとまらぬほどはやく動いたかと思うと少年の頭にたんこぶができあがる。
「痛いです。師匠」
「お黙り」
この少年は魔女の弟子である。といっても、魔法使いなんて称号を与えるには未熟すぎるほど腕前はまだまだ発展途上だ。
「とにかくおとなしくしていることだね。工房の中にあるものを勝手に触るなんてやめとけ。師匠のしかけた魔法で弟子が死んだなんてあまりにもみっともないからね」
最後に念押しすると魔女はホウキに乗って軽やかに空を駆けていった。師匠が見えなくなるほど遠くに行ったのを確認すると弟子は工房の中を歩き回る。
「師匠はああ言っていたけど、ぼくもそこまで馬鹿じゃないよ」
弟子は工房の中にある素材をいくつか集めるがそこで思いつく。
「自分で全部やるなんてめんどうくさいなあ。そうだ、師匠の予備のホウキに魔法をかけてぼくの代わりに働かせよう」
習ったばかりの呪文を唱え、さっそく思いつきを実行する。
「『「――――告げる。汝の全ては我が下にあり。定められし魔の法に従いて応えよ』……ホウキよ、動け!」
すると床に倒れていたホウキは急に立ち上がった。味を占めた弟子は死蔵されていた予備のホウキに次々と呪文を唱える。そして魔法がかけられたホウキたちは弟子の代わりに働き始める。
「やれやれ、疲れたな。寝ちゃおうかな」
そのとき、爆音とともに炎が燃え上がった。
「え!」
どうやらホウキのうちの一本が事故を起こしたようだった。すぐさま、そのホウキの作業をうやめさせようとするがそこで重大なミスに気付く。
「しまった!」
魔法といえども夢の技術ではない。
無から有を生み出すことはできない。有から有を持ってくるのであって無から有は作れない。できることを起こすのであってできないことは起こせない。
具体的に言うと、エネルギー切れだ。
魔法を使うのに必要なエネルギーである魔力を使い果たしてしまったのだ。
「ホウキよ、止まれ!」
魔法で動かしているものを止めるには魔法をかけた本人であっても魔法で止めなければならない。それは魔法の基本的な法則である。
「止まれ、止まれ、止まれ!」
火事が起ころうと止まらないホウキを羽交い絞めにするが魔法で動かしている以上非力な子供の力では止めることはできなかった。
「『停止せよ』。そして、『消えよ』」
その一言で全てのホウキは止まる。そして燃え上がっていた炎は水をかけることもなくもともとなかったように消えた。
「師匠……!」
「全く、もうすぐ十歳になろうってのにあんたはろくに留守番もできなかったのかい」
そこから説教が始まった。それも三時間みっちりと間断なく責められ続けた。
「で、なにしてたんだい」
「実は、これを……」
弟子が出したのは菓子だった。もっとも、最後の仕上げの前にホウキの一本が火事を起こしてしまったので失敗してしまったものだ。
「なんだい、これは」
「ブラウニーです……」
材料はクルミ、砂糖、バター、はちみつ、牛乳、卵、生クリーム。魔法で使う素材を一切用いない、ただの菓子だ。
魔女はその失敗作を口の中に入れる。
「火の加減が適当だね。焦げ過ぎのところと火が通っていないところがある」
「はい……」
自分でわかっていても他人に食べられて意見を言われるとやはり思うところがある弟子。
「こんなもん食べるやつなんて、あたしくらいなもんだね」
「え? 師匠、それってどういう……」
「いいから、後片付けしな! あんたのせいで貴重な素材が傷んだらどうする!」
「は、はい!」
二人が師匠と弟子という関係とは違う新しい関係になるのはまだまだ先のようだった。
バレンタイン企画でフォロワーさんのお題をもとに作りました。
ちなみにもとのお題は『魔法使い見習いのショタ』です。