8ファスナーについて。
神様に願いを叶えてもらいさえすれば、万事すべて解決!
という結論に達した美麗たちは、あれから毎日、怠惰な異世界生活を満喫していた。
誰かの部屋に集まってゴロゴロしたり、カフェでお茶をしながらダラダラしたり。
まあ、たまには。卓球をしたり、テニスをしたり、図書館で読書に勤しんだり、プールで遊んだり、湖でボートに乗ってみたり。とかもしたけれど。
基本的には、お茶をしながらダラダラと過ごしていた。
一人だったら、こんな生活もすぐに飽きてしまったかもしれないが、女子が三人も集まれば、一日などあっという間だ。
最初に我に返ったのは、絹姫だった。
三人で朝風呂を楽しみ、脱衣所で体を拭いている最中。
タオルで頭をわしわしと拭いている、美麗の少々たるんできた腹を見た瞬間、ハッとなったのだ。
「私たち、このままじゃいけないんじゃ?」
ぷに。
美麗の下腹を摘みながら、恐れ慄いている。
「そうだね。ボクたちはまだ大丈夫だけど。美麗はヤバイかも。この後、プールとか行っとく?」
ぷに。
と、ルナも反対側から手を伸ばしてくる。
「えー? そんなぁー。毎日、五回腹筋してるのにー、どうしてー?」
腹をぷにぷにされながらの美麗の泣き言を、絹姫は一蹴した。
「いえ。美麗さんのダイエットについては、本人の問題ですし、別にどうでもいいのですけど」
「ひどいっ!?」
「ん? じゃあ、どういうこと?」
絹姫は、美麗の腹をぷにぷにしながら真面目な顔をした。
「神様に願いを叶えてもらえれば、それは、すべて解決するかもしれませんけれど。よく考えたら、その方法はさっぱりじゃないですか。少し、気を抜き過ぎていましたわ。そろそろ、その方法を探すための行動を始めないと。このまま、怠惰な生活を続けていたら、そのうち、背景になってしまうんじゃありません?」
「まあ、そうだね。そろそろ、休憩は終わりか。とはいっても、具体的に何をすればいいかとかは、結局、さっぱりなんだよね」
「えー? でも、あたし。毎晩、寝る前に神様にお祈りしてるよー? 帰りたい人が帰りたいところへ帰れますようにって」
「随分、アバウトなお願いだね。美麗らしいけど」
「・・・・・・・美麗さんも、一応ちゃんと考えていたんですのね。少し、意外でしたわ。でも、結局、それくらいしか出来ることはないんでしょうか?」
絹姫がしょぼんと肩を落とす。
落としながらも、美麗の腹からは手を離さない。
「んー。じゃあ、今日は美麗のダイエットも兼ねて、ちょっと遠出してみるー? 新しい出会いとか、あるかも。あと、少し刺激があった方が、背景化防止になる、かも」
「・・・・・・・てゆーか、二人ともいつまで人の腹揉んでるの? そろそろ、パンツ穿きたいんだけど」
すっかり髪の毛を拭き終わった美麗が、両手のやり場に困って声をかけると、両脇から伸びてきていた二人の腕が名残惜しそうに離れていった。
ぷにぷにに熱中するあまり、三人とも全裸のままだった。
「そう言えばさー。元の世界に帰る前に、ここでやってみたい仕事があるんだー」
「仕事ですか?」
「ここで?」
水色のレースに足を通している美麗に、絹姫とルナがどういうことかと首を捻った。
「うん、そうー。Q様のファスナーを上げたり下げたりする係になりたい・・・」
ほぅっとため息を零しながら装着完了。
ルナと絹姫はパンツが足に絡んで転びそうになったが、何とか耐えた。
「Q様の、ファスナーを?」
「上げたり、下げたり、する係? ・・・・・・・・それ、仕事なの?」
よろよろしながら、何とかパンツを穿き終える。
美麗は、パンツとお揃いの水色のブラを握りしめながら力説した。
「もっちろんだよ! Q様のファスナーを上げたり下げたりして、今日の谷間が一番きれいに見えるジャストポジションを見つけ出す、そんなプロフェッショナル!」
ブラを握っていない方の手が、エアファスナーを上げ下げしている。
「これ、どこに通報したらいいんですの? 乙女の花園に警察はいないんですの?」
「・・・・・・女子高生にファスナー上げ下げしてもらえるなら、Q様は喜ぶと思うけど? あと、これ。現実の世界だと、上げ下げする方がお金払う立場だよね」
「あー。確かにー。ライダースーツは奥が深いよねー」
美麗が謎の結論に達したところで、後ろから声をかけられた。
「ライダースーツに興味があるのかい?」
「うひゃあ!?」
「Q様?」
「いつの間に」
白いライダースーツに身を包んだ涼やかな美女、Q様だった。
「興味があるなら、ぜひ、着てみるといい」
ぱちん。
と、Q様が指を鳴らすと、何着ものライダースーツが吊るされたハンガーが現れた。
「では、自由に楽しんでくれたまえ」
そういうとQ様は、ちー、とファスナーを下していく。
白くて柔らかくて弾力のある秘密の果実がぷるんと弾け飛んだ。
ライダースーツを脱ぎ捨てたQ様は、素晴らしい凹凸を隠そうともせず、スタスタと浴場へ向かい、カラカラと引き戸を開けると、湯煙の中へ消えていった。
「お、おおぉぉぉ」
「これが、大人の女の実力・・・」
「・・・・・・・・・・」
Q様が消えていった引き戸を見つめて、三人はほぅっとため息を零した。
「せっかくだから、着てみようよー」
真っ先に余韻から醒めたのは美麗だった。
うきうきとずっと握りしめたままだったブラを装着すると、ハンガーに手を伸ばす。
「何色がいいかなー? 引き締め効果を狙うなら、黒? でも、胸は大きく見せたいしー。そうすると、胸から上は白で、胸から下は黒いのがあればいいってことかー。丁度いいのがあるといいなー・・・・・って、あったぁー!?」
ズラリと並ぶ色とりどりのライダースーツを漁っていると、まるで美麗の声に答えたかのように、お求めの品が現れた。
美麗は深く考えずに、早速着てみることにする。
ち———―――――。
ち————―――――。
「・・・・・・・・・・・・・・ふぅ」
何度上下しても、決して谷間が現れることのない自分の胸元に見切りをつけて、美麗はファスナーを鎖骨の下まで上げた。
美麗だって、決して小さいわけではないのだが、さっきのQ様の大人の魅力に比べると、何だかいろいろ物足りなさ過ぎるのだ。
(そういや、二人はどんなの選んだのかな?)
ライダースーツ装着に手間取って、二人が何を選んだのかを見ていなかった美麗は、思い出したように、まずはルナのいる右隣に顔を向け、動きを止めた。
(くっ。なかなか、やりおる! ・・・・・ってゆーか、よく見つけたな、そんなライダースーツ・・・・・・)
ルナは空模様のライダースーツを着ていた。
水色の生地に、もくもくした白い雲の模様が入っている。
まさしく、空模様だ。
空の向こうには、女子高生らしい瑞々しい谷間が形成されていた。
Q様ほどではないとはいえ、確実に美麗よりは大きい。
美麗は心の平安を求めて、左隣を振り返った。
きっと、絹姫なら美麗の心を慰めてくれるに違いない。
華奢で可憐な美少女絹姫は、体つきも華奢で可憐だ。胸のあたりのラインも含めて、全体的に華奢で可憐だ。
ワインレッドのライダースーツに身を包んだ絹姫は、美麗たちに背中を向けていた。
俯いて、右手を上下に動かしている。
じー。
じー。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
ピタリと動きが止まる。
じ――――――――――――――。
絹姫はファスナーを下まで下すと、無言のままライダースーツを脱ぎ始めた。
おそらく。
谷間が出来るとか、そういうレベルの問題ではなかったのだろう。
あまりの不憫さに、美麗は声をかけることが出来なかった。
そっと視線を逸らした先では、ルナがわざとらしくあらぬ方に視線を向けている。胸元のファスナーは、いつの間にか、きっちり首元まで上げられていた。
「よく考えたら、ライダースーツなんて、体の線が露になるハレンチなもの、私にはふさわしくありませんでしたわ」
いつも通りの青いセーラー服に着替え終わると、絹姫は精一杯何でもないふりを装って、強がってみせた。
「なるほど。お嬢だけに、ハレンチよりはフレンチの方がいいと」
「そんなことは言っていません!」
美麗としては、「胸の辺りが特にふさわしくないよね」などと本心を言うわけにもいかず、気を使ったつもりだったのだが、怒られてしまった。
チラ。
チラリ。
絹姫は白黒ツートンカラーと空模様の胸の辺りに視線を走らせ、くっと眉間に皺を寄せる。
何か言わなければ!
と焦るあまり、美麗は選択を間違った。
「あ、そうそう! あたしの友達のお姉さんの話なんだけどね。失恋して自棄食いで一気に太っちゃって、それで、これじゃいけないと思ってダイエットして一気に痩せたら、うまいこと胸だけ残ったんだって! シ、シルクもやってみたらいいんじゃないかな?」
「そ、そうだね。その方法は、ダイエットに失敗すると胸だけ減っちゃったりもするから、あんまりオススメできないけど。シルクなら、元々失うものがないし、やってみる価値、あるかも」
上ずった美麗の雰囲気にあてられて、普段は割と冷静なルナもまた、判断を誤った。
「お気遣い、ありがとうございます。でも、お断りしますわ」
まるで雪女のように冷気漂う笑みを浮かべている絹姫に、美麗とルナは自分たちの失策を悟った。
「うふふ。お二人に比べたら、微々たるものかもしれませんが、私にも一応、乙女の証がわずかながらに育っておりますの。賭けに負けて、この、お二人に比べたら取るに足らない微かな希望が抉りとられてしまっては、元も子もありませんから。さて、私は少し疲れてしまったので、お部屋で休ませてもらいますね。お二人はどうぞ、心行くまでご試着を楽しんでくださいね」
般若のお面を張り付けたまま、絹姫は優雅な足取りで脱衣所を出て行った。
あとに残された美麗とルナは。
絹姫が起こした猛吹雪のただ中で。
手を取り合って、ガタガタと震えていた。




