5背景化する少女たち
落ち着いた音楽。
耳障りではない程度に聞こえてくる、他のテーブル客たちの話声。
そう。
話し声。
BGMとしての話し声は、聞こえてくるのに。
いざ。
自分たち以外の人がいるテーブルに近づいてみても、会話が聞こえてこない。
BGMとしての会話は、変わらず聞こえてくるのに。
店内には。
制服姿の三名様。
制服姿の二名様。
ワンピースの二名様。
制服と私服混合の四名様。
ちなみに制服はみんなバラバラ。
はた目には、みんなお茶を飲みながらの女子トークを楽しんでいるように見える。
なのに。
どのテーブルに近づいても、やっぱり会話は聞こえてこない。
パントマイムでもしているかのようだ。
だが、そんなことをする意味が分からない。
美麗は腕組みをして首を捻った。
「あのー。すみませーん。ちょっと、お聞きしたいことがあるんですけどー」
セーラー服の二人組に、思い切って声をかけてみることにした。
お耳の遠いお年寄りにも聞こえるくらいの音量で。
けれど、二人とも美麗などいないかのように、音声オフの女子トークを続けている。
無視しているというよりも、聞こえていないようだった。
美麗は自分が幽霊になったような気がした。
さらに思い切って、三つ編みの子の目の前で、片手をひらひらしてみる。
何の反応もなかった。
三つ編みは、楽しそうに向かいの席に座るポニーテールとおしゃべりをしている。
何も聞こえてはこないが。
美麗は自分が透明人間になったような気がした。
さらにさらに。もう一歩踏み込んでみることにした。
人差し指で、三つ編みの肩をつんつんしてみる。
反応はない。
頬っぺたをつんつん。
これも、反応なし。
少し考えてから、両手を使って三つ編みの両方の頬っぺたをむにーっと引っ張ってみる。
いたずらに成功した子供の、どーだと言わんばかりの笑顔で。
だが。
三つ編みは変顔のまま、口を動かし続けている。
音声のないおしゃべりを続行中だ。
これでちゃんと会話が出来ているのか疑問だが、正面のポニーテールもまるで気にしている様子はない。
美麗は諦めた。
諦めて、ケーキがずらりと並ぶ長テーブルによって、三つほどケーキを取り皿に取ると、すごすごと絹姫たちが待つテーブルへと戻った。
ちなみに、イチゴロールと長方形のチョコ系とどっしり濃厚そうなチーズケーキだ。
席に着くと、まずは珈琲を注文し、そこでようやく、二人の顔を見る。
「ねえ、何なの、アレ? なんか、怖いんですけど?」
「だから、あれが背景なんですわ」
「そう。元はボクたちと同じ。ここに連れてこられた女の子たちだった。でも、今はただの背景」
神妙な顔で答えた後、絹姫とルナはケーキが三つのったお皿をチラリと見て。
「まだ、食べるんですの? さっき、朝食食べたばかりですわよ? しかも、食膳のワッフルと食後にプリンも食べてましたよね?」
「太るよ?」
「うっ・・・・」
フォークを握りしめたまま、美麗がびしりと固まる。
どうやら、いくら食べても太らないとかいう、羨ましい体質というわけではないようだった。
そうこうするうちに珈琲が運ばれてきて、とういうか、自らふわふわと宙を飛んできて、そっと美麗の前に着地する。
美麗は情けない顔で、ケーキと絹姫たちの間で視線を行ったり来たりさせる。
「いずれにせよ、取り分けたものは、残さずいただくのがマナーですわ」
「手伝わないから」
「も、もちろん!」
絹姫たちとしては無常に言い捨てたつもりだったのだが。
美麗は顔を輝かせて、三つのケーキに果敢に取り組んだ。
美麗が豚になる日は近いかも知れない。
発端は。
「それにしても。昨日、ベンチに座っているルナさんをお見かけした時は、もしや背景化してしまったのでは、と心配してしまいましたわ」
ルナとの出会いを振り返る、絹姫の一言からだった。
「・・・・・そう見えたってことは、もしかしたら、危なかったのかも」
「そんな。怖いことを言わないでくださいな。でも、本当にそうだったのなら、あそこで声をおかけしてよかったですわ」
「うん。ありがと。ボクも背景にはなりたくない。なっちゃった方が、楽なのかも分からないけどね」
「そんなこと、おっしゃらないでください」
段々、深刻な雰囲気になっていきそうな二人を、美麗が遮った。
「え、と。ごめん、ちょっと、いい? 全然、話についていけないんだけど。その、背景化って、何?」
説明するよりも、見た方が早いと連れてこられたのが、美麗にとっての始まりの場所である、あのカフェだった。ケーキバイキングのある、あのカフェ。
女の子が大好きらしい女王Q様のために、乙女たちを集めて創られた楽園。
製作者は神様。
それが、美麗たちが今いる世界。
乙女たちにとって、割合に都合のいい世界。
神隠しにあって、その楽園に連れ去られた美麗が、一番最初に現れた場所が、このカフェだった。
白いライダースーツの美女、Q様に初めて出会った場所でもある。
あの時。
確かに、テーブルでお茶をしていた女の子のグループが、何組かいた。
それは覚えている。
「あの子たち、何かおかしいと思いませんでしたの?」
絹姫に聞かれたが、ケーキが美味しかったことしか思い出せなかった。
「傍に行って、話しかけてみればいいよ。そしたら、分かるから」
そう、ルナに言われて送り出され、一通りちょっかいをかけて、ついでにケーキを取り分けて戻ってきたところだったのだ。
「なんか、姿は見えるけど、別次元を生きてるっていうか、そんな感じ? 人形かと思ったけど、柔らかいし温かいし、生きてるっぽかった」
ケーキ三つを完食し、珈琲のおかわりを飲み干してから、美麗は思い出したように首を傾げた。
「で。結局、何なの、あれ?」
見たくないのに、つい美麗の食いっぷりに視線を吸い寄せられていた二人が我に返る。
「え? ええ、ですから。つまりは、あれが背景と言いますか・・・」
「元はボクたちと同じ、ここに連れてこられちゃった女の子たち」
美麗は目をパチパチした。
二人を見て。女の子たちを見て。また、二人を見る。
「何が、どうして、ああなっちゃったの?」
「それは・・・」
「分かんない」
この質問には、二人も答えられないようだった。
「けど・・・」
と、ルナが続けた。
「前はこのカフェ、もっと人がいっぱいいた。でも、その内、誰かがあれに気付いて、それから、誰も来なくなった」
「え? じゃあ、このカフェでケーキ食べてると、そのうち、あたしもああなっちゃうってこと? あのケーキはトラップってこと? 早く言ってよ! 何個食べたらアウトなの?」
空になった皿を見つめて、美麗はわたわたと怪しい踊りを踊り出した。
「え? ケーキが原因だったんですの?」
「や、違うと思う。他の場所にも背景はいるし。そういうことじゃないような気がする。確証はないけど」
淡々と説明するルナの様子に、美麗たちは少し気を落ち着ける。
「なんだー、よかったー」
確証はないと言っているのに、安心しきるのもどうかと思うが。
「あれ? でも、あたしがシルクと会ったのって、このカフェだよね? そういう場所に自分から近づくタイプじゃなさそうなのに、どうして・・・・はっ! ま、まさか、Qサマのストーカーをしていて、あたしを見つけたとか?」
「ち、ちちちちち違います! た、偶々、偶然! Q様と美麗さんが話しているのをお見かけして、きっと新しく来たばかりの方なのだと思って、心細く思っていたらいけないと、それで、私は」
「あ、うん。分かった。大丈夫。シルクのこと、信じてるから」
感情が全く籠っていない声で、美麗は絹姫を遮った。
真っ赤な顔で、どもりながら言い訳する姿からは疑念しか感じられないが、追及するのが面倒になったのだ。
こういうデリケートな問題は、そっとしておくに限る。
うんうんと、美麗は心の中で頷いた。
「おや、君たち、どうしたんだい? このカフェを利用するなんて、珍しいね? ああ、もしかして、美麗君にあの子たちのことを説明していたのかな?」
そろそろ行こうかと腰を上げかけたまさにそのタイミングで、この楽園の女王様が現れた。
白いライダースーツに身を包んだ、涼やかな美女。
今日も谷間を強調する、絶妙なファスナーの下ろし具合だった。
近くに立たれると、ついそこに視線が吸い寄せられてしまうのでやめて欲しいと美麗は思う。
あのファスナーを好きなように上げ下げしてみたいというのが、美麗の密かな願望だ。
真っ白なミルクプリンが食べたくなってくる。
「Q様はどうしてここへ? もしかして、よく来るんですか?」
質問に質問で返したのはルナだった。
美麗はミルクプリンに思いを馳せているし、絹姫は真っ赤になって俯いている。
Q様はルナの態度を特に気にした様子もなく、涼やかな笑みを浮かべた。
「ああ。ここは割とお気に入りの場所でね。女の子たちとの会話は楽しいものだが、でも、たまには静かにただ鑑賞していたいときもある。そんな時は、ここでゆっくり彼女たちを眺めながらお茶を楽しむのさ」
「え? まさか、そのためにあの子たちを背景に?」
美麗がミルクプリンの国から現実に戻ってきた。
「ふふ。まさか。気がついたら、彼女たちはああなっていたのさ」
「そ、そうですか」
思い付きの発言を否定されて、美麗はホッと胸を撫で下ろした。
その通りさ。とかいう答えが返ってきていたら、走って逃げていたところだ。
「ああなる原因とか理由を、Q様は知っているんですか?」
「いいや? だが、そうだね。彼女たちはまるで、この世界に同化してしまったようだ、とは感じているよ」
「同化?」
美麗とルナが、訝し気にQ様を見上げる。
絹姫はいまだに、俯いてもじもじしていた。
「そう。同化。彼女たちはまるで、この楽園の一部になってしまったかのようだよね? 背景化、とは誰が言い出したのか。なかなか、的を射ている」
「は、はぁ・・・・・」
「・・・・・・・・・・・お邪魔しても悪いので、ボクたちはこれで。行くよ。二人とも」
話の意味がよく分からず、美麗は気の抜けた返事を返し。
ルナは立ち上がると、絹姫の手を掴んで無理やり立たせ、引きずるようにしてカフェの外へと向かう。
「え? あの、私は、まだ」
「じゃあ、失礼しまーす」
絹姫は何やらごちゃごちゃ言っているが、美麗は一応Q様に挨拶をすると、ルナを手伝って絹姫の反対側の腕を掴む。
「あの、ちょっと、離して? 自分で歩きますからぁ」
連行される絹姫の叫び声がカフェ中に響き渡った。
Q様は笑って手を振っている。
背景少女たちは。さっきと全く変わらない様子で、静かにお茶会を楽しんでいた。
「それで! どうして、私が連行されなくてはならなかったんですの!?」
ホテルの外まで来ると、すっかりいつもの調子を取り戻した絹姫が、怒りに頬を紅潮させながら、美麗とルナの手を振り払った。
「えーと、どうして?」
美麗は矛先をルナに向けた。
何となく、分からないでもないのだが、怒っている絹姫の相手をするのが面倒くさかったし、そもそも最初に絹姫の連行を始めたのはルナだ。
説明責任はルナにある!
と、美麗は決めつけた。
「・・・・・・・・・・なんとなく」
「なんとなくって、なんですの!?」
「・・・・・・・シルクは、あの話を聞いても、何も思わなかったの?」
「・・・・・・・・・・え? 何の話をしてましたの?」
珍しく真剣な様子で、ルナは絹姫の目を見つめる。
その様子に気おされて、少し落ち着きを取り戻した絹姫が、首を傾げる。
どうやら、全く話を聞いていなかったらしい。
ルナの目がガラス玉のようになった。
「シルクはもう、今から一人でカフェに戻って、背景にされちゃえばいいよ」
感情の乗らない声で言い捨てると、すたすたと湖を囲む周遊道に向かって歩き出す。
「え? あ、ちょっと!?」
美麗と絹姫は慌てて後を追い、二人でルナの両脇を囲む。
「美麗は、どう思った?」
「あー、うん。ちょっと、怖かったかな」
「そっか、よかった」
たぶん、Q様のことなんだろうな。
そう、当たりを付けて答えると、ルナはホッとしたように頷いた。
たぶん、間違ってはいないのだろう。
余計な説明を付け加えないのは、絹姫が面倒くさいからだ。
絹姫は今のところ、大人しく二人の話を聞いている。
話しながらも、足は止めなかった。
何となく、ホテルから遠ざかりたい。
Q様のいる、ホテルから。
たぶん、そうなのだろう。
美麗も、少し、そう思っている。
神隠しの実行犯が、Q様ではないのだとしても。
女の子たちを背景にしてしまったのが、Q様ではないのだとしても。
それを、鑑賞して楽しむQ様が、何だか怖いと美麗は思った。
「背景化は、Q様のために、神様がしたことなのかなって、ちょっと思った」
「あー、うん。ある、かも」
「ボクたちが、この世界に連れてこられたのは・・・・・ん、やっぱり、何でもない」
言いかけて、ルナは言葉を飲み込んだ。
きっと、何か。
楽しくないことを考えてしまったのだろう。
頭から氷水をぶっかけられたみたいな顔をしている。
「お昼は、何か温かいものを食べよう。ラーメンとか」
心でも体でも。
冷えてしまった時は、兎に角、温めるのが一番だ。
そう思って美麗が提案すると、強張っていたルナの体からフッと力が抜ける。
「美麗が一緒でよかったよ。これからも、その調子でよろしく」
「ん? うん。任せて」
意味はよく分からなかったが、美麗は安請け合いした。
「あの、それで。結局、どういうことなんでしょう?」
未だ、話が飲み込めていないらしい絹姫が、そろりと話に割って入る。
けれど。
「うん。お昼のラーメン、シルクは何味がいいー?」
話題はすっかり、お昼のラーメンをどうするかに移行していた。




