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3ポケベルは七色に輝いて

 絹姫と共に、何としても元の世界に戻る方法を見つけようと、一時的に熱く盛り上がった美麗だったが、二日目にして、早くもこの乙女の楽園に馴染みつつあった。

 明日、帰ってもいいよと言われたら、えー、一生ここで暮らしたいーとか言い出しそうだった。

 たぶん、言うだろう。


 そこは、ホテルだった。

 ビジネスホテルではない。

 ちょっと、お高めな感じのホテルだ。

 美麗がケーキを七個食べたあのカフェも、ホテル内の施設だった。

 他にも、レストラン、大浴場、露天風呂、プールなど、一通り施設は揃っている。

 カフェ同様、従業員らしき人影はどこにも見当たらないが、透明な小人さんたちが代わりに働いてくれているため、特に困ることはない。むしろ、気が楽だった。

 客室は、空いているところを自由に使ってもいいらしいので、先住民である絹姫の隣の部屋を使うことにした。

 ちなみに、絹姫が住んでいる三階フロアには他の住民はいないようだった。

 やっぱり、友達がいないんだな。

 という思いは、胸の奥にそっと秘めておくことにした。



「さて、じゃあ、どこに行こっかー?」

 レストランでの朝食バイキングを堪能し、食後の珈琲を味わいながら、美麗はわくわくと尋ねた。

 すっかり観光気分である。

「遊びに行くんじゃないんですのよ?」

 絹姫にじとりと睨まれたが、美麗はどこ吹く風だ。

「おっきい湖だよねー? 東京ドーム何個分かなー?」

 窓の外を見ながら楽しそうにしている。

 二階にあるレストランの窓の向こうには、大きな湖が広がっていた。中ほどには、小島らしきものも見える。岸辺には、こうした湖にはつきものの、白鳥の形をした船が泊まっているのが見えた。

「え? 確かに、大きな湖ですけど・・・。向こう岸が見渡せるくらいですし、そんなにいくつもは・・・・・あ、でも、縦に重ねればあるいは・・・・?」

「なるほどー。確かに、上に重ねてけばいくつでもいけるよねー」

 カラカラと笑われて、美麗のペースに巻き込まれつつあることに気付いた絹姫は、このままではいけないとばかりに、カップの中の紅茶を飲み干して立ち上がる。

「さあ、行きますわよ」

「え? あ、待ってよ、シルクー」

 美麗も慌てて珈琲を飲み干すと、一人で出口へと向かう絹姫の後を追った。



 ちなみに。

 昨日の夜から、美麗は絹姫のことをシルクと呼んでいる。

「あのさー、絹姫って可愛い名前だと思うんだけどさー。なんか、呼びにくいから、シルクって呼んでもいいー?」

 大浴場の脱衣場で唐突に切り出され、スカートのホックに手をかけたところだった絹姫は、眉を顰めつつ手を止めた。

 そのまま、しばし考え込み。

「ま、まあ。好きに呼んでいただいて、構いませんわ」

 どうやら、満更でもなかったらしい。

 頬を赤く染め、顎をツンと反らした。

 手の動きも再開し、スカートのホックが外れて、パサリと足元に落ちる。

 白のレースだった。



 こげ茶のブレザーと青いセーラー服。

 昨日と同じ制服姿で、湖畔をぐるりと取り囲んでいる周遊道を歩く。

 ホテルの部屋に備え付けられたクローゼットの中には、着替えの服が何種類か用意されていたのだが、いつ日本に帰ってもいいように制服を着ているという絹姫の真似をして、美麗もブレザーを着ることにしたのだ。

 用意されていた服はどれも可愛いものばかりで、少し心が揺れた。でも、うっかりこちらに制服を置いたまま日本に帰ってしまったら、絶対に母親に怒られるだろう、という理性というか計算が働いたのだ。

 なので、下着だけ着替えることにした。

 下着も数種類あって、中には思わず、ふおぅとなるような刺激的なものもあった。迷った末、白と水色の横縞の綿パンにした。下着くらい冒険したい気もしたが、なんだか落ち着かない気分になりそうな気もしたのだ。


 二人とも、手ぶらだった。

 手ブラではない。

 手ぶらだ。


 見えない小人さんたちが何でもしてくれるこの世界では、財布も携帯も必要ない。

 というか、そもそも使えない。

 何処にも繋げない携帯はただの板だった。

 これなら板チョコの方がマシじゃん、と携帯に齧りつこうとして絹姫に止められた記憶は、速やかに美麗の脳内からは消去されている。

 まあ、カメラくらいは使えるのだが、透明だったはずの何かが映り込んでいたりしたら怖い。それに、充電器もないので、充電が切れたら本当の意味でただの板になる。

 もしも。出かけている間に日本に戻れたら、財布と携帯を置き去りにすることになってしまうのだが、それには気づかない二人だった。


「そう言えば、以前、携帯もスマホも知らないという方にお会いしましたわ」

「え? マジで? 持ってないってだけじゃなくて? マジで知らないの?」

「そのようでしたわ」

「え? その人、何時代の人なの? 昭和の太古とか? それとも、縄文? ジュラ紀?」

「どうして、昭和からいきなり時代が飛ぶんですの・・・。それに、縄文は兎も角、ジュラ紀の女の子って、どんなのですの?」

「え? 爬虫類・・・・・・とか?」

 沈黙が落ちる。

 湖の向こう側に連なる、あまり高くない山々のさらに向こう側に恐竜王国の幻を見た気がした。

「今度、Qサマに会ったら、どこまでが守備範囲か聞いとくよ」

「守備範囲って、その表現、なんか嫌ですわ・・・・」

 再び、沈黙が訪れる。

 気まずくなりかけた時に、そう言えば、と絹姫が小首を傾げた。

「美麗さんは、ポケベルって知っています?」

「ポケベル? 初めて、聞いた。何ソレ?」

 美麗を首を傾げる。

「その方、ポケベルなら持っているけど、っておっしゃったんです。でも、美麗さんが知らないということは、やはり、あの方は真のお嬢様なのかもしれませんわ」

「ふーん?」

 真のお嬢様って何だろう? シルクってもしかして、所謂、成金ってヤツなのかな?

 内心、失礼なことを考えながらも相槌を打つ美麗。まあ、絹姫も微妙に失礼なことを言っているので、お互い様というヤツだろう。

 そもそも、美麗は気づいてないし。

「きっと、いつでもポケットの中にベルを忍ばせていて、何か用事がある時にチリンと鳴らすと、どこからともなく御付きの黒子が現れて、お嬢様、お呼びですか? とか! きゃー! 素敵ですわー。もしかしたら、二人は禁断の恋に落ちているのかもしれませんわー!」

「ふ、ふーん?」

 両手を頬にあててイヤイヤをしている絹姫に、さすがの美麗も少し引いた。

 一体、彼女の脳内で、何が起こっているのか?

 あまり、知りたくはなかった。

 まあ、イケメンの使用人とお嬢様の身分違いの恋とか、ありがちなラブロマンスだとは思うが、相手が黒子の場合はどうだろう? 何か、いろいろ台無しな気がする。

 そもそも、御付きの黒子って、何?

 上流階級だけに伝わる都市伝説か何かだろうか?

 などと美麗が考え出している横で、絹姫はうっとりと話し続けている。

「きっと、本物のお嬢様だけに伝わる魔法のアイテムなんですわ。私も手に入れたいですわ。ポケベル・・・・・」

 いよいよ、都市伝説じみてきた。

 このまま、この子と一緒にいていいんだろうか?

 と、不安に思っていると、絹姫が嬉しそうに叫んだ。

「美麗さん! あの方ですわ! あら? 何か様子がおかしいですわね? 少し、ぼんやりしているような? はっ! まさか、背景化しているのでは!? 美麗さん、急ぎますわよ」

「え? うわっ!?」

 突然、絹姫が美麗の腕を掴んで走り出す。

 何かよく分からない単語が含まれていた気がしたが、それどころではなかった。

 危うく転びそうになりながらも、絹姫の足があまり早くなかったおかげで、何とか体制を立て直すことが出来た。



「ごきげんよう。また、お会いしましたわね」

 お目当ての子は、少し先の周遊道の脇のベンチに座って、一人俯いていた。

 何か、嫌なことでもあったのだろうかと思ったが、杞憂だった。

「ん・・・? ああ、この間の・・・。んー、いつの間にか、寝てた」

 ビクリと体を揺らして、絹姫を見上げると、こしこしと目を擦った。

 どうやら、居眠りをしていただけらしい。

 水色のパーカーに、白いショートパンツ。ゆるふわショートボブが似合う可愛い女の子だった。ちょっと、ぼんやりしているのは、寝起きのせいだろうか。

 膝の上には、文庫本が開いた状態で載っていた。

 お外で読書中に、眠気に襲われてしまったのだろう。

「何か、用?」

「は、はい。あの、その、お聞きしたいことがありまして・・・・」

「ポケベルってー、チリンと鳴らすと何でも言うことを聞いてくれる黒子さんが現れる魔法のアイテムって本当―? それとも、お嬢様たちの間だけに伝わる都市伝説か何かなの?」

 ガラス玉のような瞳で少女は二人を見上げる。

 なんか、透明な感じのする子だなー、と思いながら、美麗はわくわくと答えを待つ。からかっているわけでも、馬鹿にしているわけでもない。純粋に好奇心からの質問だった。

 絹姫の方は、ご褒美を待つ子供のように、キラキラと少女を見つめている。

 少女は二人を交互に見るのを繰り返し、最後に絹姫を見てから、口元にほんのりとした笑みを浮かべた。

「そうだよ。でも、ボクはお嬢様だから、黒子なんて地味なものは使わない。それは、ビジネス用だから」

「へー?」

 美麗はよく分からないままに頷き、絹姫は何か暴走した。

「そ、そうですわよね!? お嬢様なんですものね! 黒子なんて地味なものではなく、そう、きっと、七色子とか? 御使いになられているんですよね? 七色子・赤は恋愛相談。七色子・黄は雑用。それぞれに役目の違う七色の色子が、常に傍らに控えて呼ばれるのを待っている。す、素敵ですわ!」

 頬は紅潮、目はうるうる、おまけになんかはぁはぁいってる。

 おそらく、七色子たちによるハーレム状態を想像しているのではと思われた。

 っていうか、色子ってなんだよ。

 さすがの美麗も、これはないだろうと思いながら、少女の反応を窺う。

 と。

 ガラス玉だった瞳に、楽し気な光が浮かんでいた。


(あー・・・・・・・)


 なんとなく、すべてを悟って、美麗は空を仰ぎ見る。

 青い空に薄っすらと白雲が棚引いていた。

 気持ちのいい風を感じながら、後のことは若い二人に任せることにした。


「こんなことにならなければ。次の誕生日に、すべての能力を併せ持つ、究極の色子、七色子・虹を買ってもらえるはずだった。こんなことになって、本当に残念」

「七色子、虹! す、素敵ですわ。あ、あの、それで、そのポケベルは、一体、どこで手に入れましたの?」

「それは言えない。真のお嬢様だけの秘密だから。真のお嬢様になるための試練に打ち勝てば、あなたも秘密を知ることが出来る。でも、今となっては意味のないこと。この話は忘れて欲しい」

「そ、そんな!? わ、私、何としても元の世界に戻ってみせますわ! その時には、どうか私に試練について教えてください! 見事、試練を乗り越えて、真のお嬢様になってみせますわ!」

「分かった、約束する」


 美麗が空を見上げている傍らで、二人は、いや、約一名は盛り上がっていた。

 もし、本当に元の世界に戻れたら、どうするつもりなんだろうな?

 美麗はまだ見ぬ未来へ思いを馳せる。

 かぐや姫のように無理難題を突き付けて諦めさせるのか、潔く『ごめん、全部嘘だったんだ』と白状するのか。

 どっちもありそうだな。

 と思った。



 青月ルナと少女は名乗った。

「女の子は面倒くさいから、一人で本を読んでる方が好きだけど、君たちはちょっと面白いね。あのホテルに住んでるんだよね? 何階?」

「三階ですわ。私たち二人の他には誰もいませんので、よかったら気軽に遊びに来てくださいね」

 絹姫はすっかりルナになついたようだった。

 ルナは本当はお嬢様じゃないんだろうなー、と推測しつつも、美麗もルナのことを気に入りつつあった。ルナに翻弄される絹姫を見ているのは、結構、面白い。

「ああ、三階、今はそうなんだ・・・・。ふぅん、じゃあ、ボクも三階に引っ越そうかな?」

「ぜひ、いらしてください!」

「そうだね、おいでよー」

 絹姫がぱぁっと顔を輝かせる。

 美麗も賛成した。

 どうせなら。

 知らないうちに、反りが合わない女子に住みつかれるよりも、知った顔に周りを囲んでもらった方がいいな、という計算だ。

 ルナは少々捉えどころのない子だが、悪い子ではなさそうだ。

「じゃあ、よろしく」


 こうして、三階の住人は三人に増え。


 ポケベルの謎は、永遠に残された。



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