2神様は美少女がお好き?
七個目のケーキを食べ終えたところで、観葉植物に隠れるようにしてこちらの様子を窺っている少女と目が合った。
それはもう、バッチリと。
そもそも観葉植物は少女の胸の高さくらいまでしかないし、いろいろ隠れていなかった。
見慣れない、青いセーラー服を着ていた。一目で私立の学校なのだろうなと分かる、お洒落なデザインだった。ちなみに美麗が着ているのは、焦げ茶色の何の変哲もないブレザーだ。もちろん、公立高校に通っている。
腰のあたりまである長い黒髪の、清楚可憐な美少女。両サイドに、細くて白いリボンを織り込んだ三つ編みがひと房ずつ。なかなか可愛い。
黒目がちの濡れたような瞳には、美麗ですら守ってあげたい気分にさせないこともなかった。男たちなら、たぶん、イチコロだろう。
体つきも華奢だった。なんかもう、体全体で清楚可憐を盛大にアピールしている。とりわけ、胸のあたりのラインに、より謙虚さが感じられた。
同じ女子高生として、安心してみていられる体のラインだ。
まあ、それは兎も角。
せっかく、目が合ったので、軽く会釈をしてみる。
これが、見知らぬおっさんとか、挙動不審な男子高生だったりしたら、それとなく目を逸らすところだ。
少女は小動物のようにビクリと身を竦ませた後、取り繕うように髪を撫でながら、つかつかと美麗の座っているテーブルへと向かってきた。
「その、初めまして。私は糸井川絹姫ですわ。そ、その。相席してもよろしいかしら?」
「あ、どうぞ。初めまして。立花美麗です」
悪い人ではなさそうだし、何か情報が聞けるかもと相席に同意すると、絹姫はお淑やかな仕草で美麗の向かいに腰を下ろした。
「ダージリンをお願いしますわ」
そのまま、流れるように紅茶をオーダーする。のは、いいのだが。このカフェ、そもそも店員がいないのである。
ケーキや取り皿は、長テーブルの上にたっぷりと用意されているので、勝手に持って来ればいいのだが、飲み物はどこにも見当たらなかった。頼もうにも、店員はどこにもいない。仕方がないので、飲み物なしでケーキを食べ始めたのだが、正直、三個目を食べ終えた辺りからきつくなってきていた。それでも、七個目まで食べ勧めたのは、この機会を逃したら、次はいつこんな高級スイーツに巡り合えるか分からないからだ。しかも、タダだし。並んでいるのがコンビにスイーツなら、いくらタダでも、もう少し控えるのだが、この高級スイーツのためなら体重のことなど少しくらい忘れてもいいと美麗は思った。
それはそれとして。飲み物が頼めるのなら、もう少し他のも食べたい。
本当に、絹姫のオーダーは通ったのだろうか?
興味津々で、絹姫とスイーツたちの並ぶ長机とを交互にチラチラしていると、何か浮遊物体が近づいてくるのが見えた。
思わず、元から対して働いていない思考が停止する。
ふわふわと宙を飛んでやってくるのは、どうみてもティーポットとティーカップだった。
お花の模様の高そうなティーセットが、ふわりと絹姫の前に舞い降りる。
どういう仕組みなんだろう?
じっと凝視する。
透明人間が運んできたというよりも、ポットとカップが自分でやってきたように見えた。
(何かの妖怪の仕業とか?)
よく分からない。
分からないが、美麗も真似して頼んでみることにした。
「あたしも、ダージリンで」
ほどなくして。
美麗の元にも紅茶が運ばれて、いや、自らやってきた。
絹姫のものとは違う、白くて丸みを帯びた可愛らしいデザインだ。
早速、カップに注いでみる。
ふわっと香りが立ち上がった。少し甘いような、爽やかなような、馴染みのない香りだった。
少し冷ましてから、一口飲んでみる。
程よい渋みが口の中に残っていた甘さをすべて洗い流してくれた。
美麗が飲んだことのある、お徳用のティーバックとは、全然、別ものだった。緑茶とほうじ茶くらいには別ものだった。お茶であるということくらいしか、共通点が見当たらない。
だが、悪くなかった。
これなら、もう五個くらいはいけそうだ。
「ちょっと、おかわり行ってくる」
「まだ、食べるんですの? 太りますわよ?」
意気揚々と立ち上がったとたん、真正面から呆れた声が飛んできて、美麗は動きを止めた。
「え? だって。あんな、高そうなケーキ、次はいつ食べれるか分からないし、今、食べとかないと絶対、後悔するから! 体重は、増えたら減らせばいいんだよ! ダイエットすれば、問題解決!」
たぶん、その問題は解決しない。
絹姫がスッと真顔になって、カップをソーサーに置いた。
女子高生たるもの、そんなことではいかん! とか、説教が始まるのかと思ったが、そうではなかった。絹姫にとっては、美麗の体重などさほど重要ではないようだった。所詮は、他人事だ。
「心配なさらずとも、いつでも、好きな時に、自由に食べられますわよ。だって、私たちは、二度とここから出ることが出来ないんですもの」
唇を噛みしめ、テーブルの上で握り合わせた両手をキュッと強く握りしめる絹姫。
結構、重要かつ残酷な事実を伝えらえたはずなのだが、美麗はぱぁっと顔を輝かせた。
前半部分で頭が満開になってしまい、肝心なところは脳内に届いていなかった。
「そっかぁ。いつでも、自由に食べられるのかぁ。じゃあ、今日はこのくらいにしとこうかなー。おデブになってもいけないしね」
明日は珈琲もいいなぁ、なんて思いながらストンと腰を下ろして、美麗はハタと絹姫の顔を見た。
絹姫は盛大に苦虫を噛み潰していた。
きっと、美麗のあまりの能天気ぶりに、そうでもしないと正気が保てないのだろう。
「え? 二度と出られないって言った?」
「言いましたわ」
「え、と。私たちって、乙女の楽園という名のスイーツバイキングに無料招待されたんだよね?」
美麗の脳内では、いつの間にかそういうことになっていたようだ。
「何なんですの? そのお目出たい脳みそは。Q様から、ここのことを聞かなかったんですの?」
絹姫は苦虫を噛みしめている。
美麗はたっぷり糖分を補給した割には働きの悪い脳みそを必死で回転させた。
「えーと? ここは、神様がQサマのために創った乙女の楽園で、世界には女の子だけがいればいい? とかなんとか、言ってたかな? あと、ケーキは自由に食べていいって言ってた」
苦虫は無尽蔵に溢れてくるようだった。
散々、味わい尽くしてから、絹姫は遠い目をしながら尋ねてきた。
「ここに来た時のことは、覚えています?」
なんだか悪いことをしているような気がしてきて、美麗は椅子の上で身を小さくしながら答えた。
「覚えてる。えっとね。電車から駅のホームに降りたら目の前に谷間・・・・・・・・Qサマがいて、駅が消えてスイーツバイキングの会場になってた・・・・・・・・・あれ? よく考えるとおかしいよね? もしかして、これ、夢?」
「夢ならいいですわね。でも、残念ながら、現実ですわ」
絹姫が疲れた様にポツリと呟いた。人生に疲れたのか、美麗の相手に疲れたのかは定かではない。
「え? どうして、そんなことに?」
今更のように美麗が尋ねると、絹姫はため息をつきながらも説明してくれた。
「女の子に囲まれて暮らしたいという、Q様の願いを、神様が叶えてくれたからでしょう? ここは、Q様のために創られたQ様のための世界。だから、Q様も、ここでは神様みたいになんでも出来る。そして、私たちはQ様のためにこの世界に連れ去られた、いわばQ様の愛玩動物、みたいなものですわ。文字通り、神隠しにあったのですわ」
「かみかくし?」
美麗が拙くオウム返す。絹姫は無言で頷きを返した。
「え、と、それって。神様に連れ去られて、二度と戻ってこなかったとかいう、所謂、行方不明というヤツ?」
絹姫は半泣き状態で頷いた。
どうやらこれはマズイ事態らしいと、ようやく美麗にも認識できてきた。
「マジで?」
こくり。
「に、二、三日とか、高級スイーツを楽しんで、その後お家に帰してもらうとかじゃダメなの?」
認識した割には、都合のいいことを言っている。
絹姫が半眼になった。
「私に言われても困りますわ! というより、私が言いたいですわ。一体、私がここにきてから、どのくらい経ったと思いますの? 何日どころじゃありませんわ! 何週間、何ヵ月・・・・まではいきませんけれど、少なくとも一ヵ月は経っていると思いますわ」
言い終わるなり、ハンカチで目頭を押さえて、絹姫はグスグスやり始める。
「マ、マジかーーー!? なんてことしてくれちゃったの、神様ーー!!」
どうしていいか分からずに、美麗は空に向かって絶叫した。
Q様の願い事も微妙だが、それを叶える神様も神様だと思った。もっと他に、叶えるべき願いがいくらでもあるだろう。
「う、うぅ。神様への苦情って、どこの窓口に申し立てればいいの?」
美麗は頭を抱えて、唸った。
ここから戻れないということは。
現実の日本では、美麗は行方不明という扱いになるのだろう。
ニュースとかになっちゃんだろうか?
どの写真、使われるだろう?
錯乱のあまり、美麗は見当はずれの心配をし始めた。
「ホントにもう、戻れないの?」
ここでずっと暮らすというのがどういうことなのかは、さっぱり想像ができない。けれど、行方不明者としてニュースになっている自分を想像すると、なんだか現実味を帯びてくる。
家族や友達の顔を思い出して、美麗の瞳はユラユラと揺れた。
「分かりませんけれど。でも、私は帰りたいですわ。美麗さんは、どうなんですの?」
「え? そりゃ、もちろん、帰りたいよ? 家族だっているし、ここにずっと住むのはちょっと困るっていうか・・・・」
「ですよね! 美麗さん、二人で一緒に、この世界から抜け出す方法を見つけ出しましょう! そして、何としても、元の世界に帰りましょう!」
さっきまで泣きべそをかいていた絹姫が、勢いよく前のめりに立ち上がった。
「そっか、そうだよね! 諦めないで、帰る方法を探せばいいんだよね! それで、万事解決だよね!」
美麗も立ち上がった。
すぐにいい方法が見つかって、家に帰れると思っていた。何の根拠もなく。
「それで、具体的には、何をどうすればいいの?」
美麗が瞳をキラッとさせながら尋ねると、絹姫から興奮の熱が一気に消え去っていった。そのまま、ストンと腰を下ろす。
「それは、まだ、さっぱりですわ」
「え? 一ヵ月以上ここにいるのに、さっぱりなの? 手掛かりとか、何にもないの?」
項垂れている絹姫にうっかり畳みかけると、絹姫がプルプルし始めた。
しまった、と思いながら美麗も椅子に座り直し、気を落ち着けようとすっかり冷めた紅茶を口に含む。
どうやってフォローしようか思案していると、絹姫がかなり裏返った声で話し始めた。
「て、手掛かりが、全くないわけではないんですのよ? Q様はここでは、それこそ神様みたいに自由に何でもできますけれど、Q様自身も元の世界には戻れないのだとか。この世界に定期的に女の子を送り込んでいるのは神様であって、その点についてはQ様は全くノータッチなのだとか。だから、もちろん、Q様には私たちを元の世界に戻すこともできないということなんですけど・・・・・」
喋りながらも、段々と声が小さくなっていく。
明るい希望が全く持てない情報ばかりだったが、美麗はそれには気が付かなかったようだ。
「へーえ? それで、どうやって調べたの、それ?」
素直に感心している。
絹姫は、少々口ごもりつつも、素直に答えた。
「・・・・・・・・Q様に聞いたんですわ」
「え? それ、信じていいの?」
さすがの美麗も首を傾げると、絹姫は頬を紅潮させて答えた。
「し、信じていいと思いますわ。Q様は、それは、まあ、微妙な方ではありますけれど。少なくとも、女の子に対して嘘をつく方ではないと思いますわ。答えなくないことでしたら、正直にそうおっしゃるでしょうし」
Q様と神様のせいで神隠しにあってしまったわりには、絹姫はQ様のことを恨んではいないようだった。
というよりも、むしろ、なんというか。
所謂、一つのアレか、と思いながら、美麗はQ様のことを思い返そうとした。
なぜか、ファスナーとミルクプリンしか浮かんでこなかった。てっぺんに生クリームとチェリーが乗っかったプリンがフルフルしている。
「そう言われてみれば、そうだった気がするかな」
美麗はしれっと同意した。
美麗とて日本人。このくらいの芸当は、朝飯前だった。
「そうでしょう? ま、まあ、いずれにしろ、美麗さんはまだ来たばかりで、心細いでしょうし、これから私がいろいろ教えて差し上げますわ。安心してください」
絹姫は笑顔を浮かべて、胸に手を当てると、ない胸を反らした。
反らしても全く揺れない胸を凝視しないように気を付けながら、美麗も笑顔を浮かべて素直に申し出に応じた。
「えっと、それじゃあ、お願いします」
何やら、急に先輩風を吹かせているが、きっと寂しいのは絹姫の方なのだろうな。
一ヵ月以上経っていると言っていたけど、友達、出来なかったのかな?
とは思ったけれど、もちろん口には出さない。
美麗は心優しい女の子なのだ。




