念仏
生まれてきたら必ず死ぬ。しかも相当な苦しみを伴って。それを我慢してまで人間が繁殖する意味ってある?
人口減少なんて人間原理の苦に比べたら可愛い問題だ。 どうして無理してでも生きるのか、何故生きることが素晴らしいのか。彼らは知能が低いのかな。
「日本に生まれただけで恵まれている!贅沢だ!」
人生疲れたと愚痴れば、総攻撃に遭う。
足を折って喚いても、まだ腕があるじゃないかと酷使して、五体が朽ちて果てようが、まだ心が健康だからと等閑される。そして全て潰えた時、死を迎えて奴隷だった生涯を嘆くのだ。
希死念慮ならいざ知らず、自殺志願者を直接援助しないで「何かあげたりするのは無理だけど、悩みを聞くだけならいいよ」の「応援」は結果的に自殺を推し進めている。同情するなら金をくれとまでいかねども、ありがとうだけでお腹は一杯にならないよ。
人生は素晴らしい!生きるって素晴らしい!
は特殊例である
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自殺駅から発車オーライ
中流~下流層に反出生主義が浸透してついには消滅し、ホクホクだった上級国民様が塗炭の苦しみに喘げばいいのに。
トリクルダウン
底辺だから実感するまで遅いのかな。それとも嘘?
真実がわからない
消えたい、
消滅したい
消失したい
人間は皆平等で無い。
幸運の量も、尊ばれる命でさえも。
嫌なことは探せばキリがなく、良いことはそれほど見付からない。
死んで、殺して、死んで、殺して、死んで、殺して、死んで、殺して、死んで、殺して、死んで、殺して、死んで、殺して、死んで、殺して、死んで、殺して、死んで、殺して、死んで、殺して、死んで、殺して、死んで、殺して、死んで、殺して、死んで、殺して、死んで、殺して、死んで、殺して、
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「誕生」に痛切な悲しみを受ける。
人間でなくても生物ならば全てに。
何が喜ばしくて微笑むのか。
将来必ず苦悶のうちに死することを知りながら、子にその事実を隠してひたすら「生きよ」と強いる。
子供が虐待されれば「生苦労して生んで(育てて)もらったのに文句を言ってはいけない」。
努力して功績を残せば「親に感謝しなさい」。
善人として生きれば「親の躾が良かった」。
失敗すれば「親に申し訳ないと思わないのか」。
そして子供が先に亡くなれば「親不孝」。
健康保険も
生命保険も
お金を毎月支払うものだから、
それすら払えない貧困者は本当に救われません
お金持ちほど既得権益を頼り、社会に守られてる。
一方で生活保護受給者は叩かれますから、貧困者は余計困窮します。
貧乏は自己責任、お金持ちは努力家
↑↑
いじめ?
↓↓
国民健康保険は年金と違って免除されないのが厄介
お金に困って保険料すら支払えない場合は、高額の医療費を自己負担しなければ治療できません。
貧困ビジネスではありませんが、何故泣きっ面に蜂のようなシステムなのでしょうか…。本人が支払えなければ家族に請求が行きますし。
↑
虐め?
↓
自分の家の子供が苛められてないかは気にするのに(これは当たり前だけど)、自分の子が苛め加害者にはなってないかは気にならない親。
「学校は友達を作りに行く場所じゃない、苛めてくる奴等なんて無視すればいい!」
無視したら抵抗しない=嫌がってないと解釈される
しかし学校は友達を作る場でもある
「友人がいないとおかしな人」らしいですから、社会性を身に付けろと怒られたり。
少子化と騒ぎますが、反出生主義者にとっては子供が減ることは喜ばしいです。延いては生まれてくる子供の為にもなりますね。
家系に突然死や癌、精神病があるので子供をもうけたくない理由になるかと思ったら、周囲から「人の幸せは結婚や子育てだよ」とおだてられた。子供の幸せは、まだ生まれてないから考えなくても大丈夫なんだと。出生肯定派は無責任だということを思い知らされた。