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ヘルト・ノックス



 前世の記憶を持っていると気づいたのはいつ頃だろうか。

 この世界がゲームのようだとそう1度思ってしまえば、もうそれを拭い去る事は出来なかった。


 異世界への転生といえば聞こえはいいかもしれないが、実際自分がなると感じ方も変わってくる。……多少は胸が踊ったんだけど。

 不幸中の幸いか公爵家の跡取りとして生まれたことで何不自由無く年を重ねることが出来た。

 前世の記憶を持っていたとしても今までの自分が消える訳ではない、俺……ヘルトとして生きてきた時間は今でも俺の胸に生き続けている。両親との思い出や…………初恋の瞬間だって。


 「自惚れるな! お前に何が出来るというんだ!」

 「私が誰を想おうが父様には関係の無いことです!」

 「公爵家に関わることだ! お前は俺の選んだ相手と結婚すればいい!」


 お前お前って! 俺にだってヘルトっていう名前がある。今はもういない母様から貰った大事な名前だ。

 父様は俺のことなんて見ちゃいない。父様は公爵家と王族のことしか頭にないんだ。


 「母様だって平民生まれだったはずです! 何故コロニはダメなんですか!」

 「だからこそ言っている。これ以上言うならコロニはこの家から出ていくことになるぞ!」

 「ふざけんな! だったら俺がこの家から出てってやる!」

 「何言っているんだヘル──っ!」


 俺は勢いのまま部屋を飛び出した。


 「ヘルト様っ! どうされ--っ!」

 「こっち!」


 ドアの前で待機していたコロニの手を引っ張って家を走る。

 そのまま玄関まで走って門を出た。

 門番の制止の声を無視してコロニの戸惑いの声も耳から離れていく。


 コロニが居なくなるかもしれないと思うと俺は精神が肉体に引きずられるように何も考えられなくなった。

 俺が前世の記憶に塗りつぶされそうになった時、コロニがいたから自分を保つことができた。俺はコロニが離れてしまうなんて考えられない。


 「へ、ヘルト様! 待って下さいって!」


 コロニの必死な声にふと我に戻る。

 振りほどかれた手を眺め、俺は今更ながらにやってしまったことを把握した。

 巨大な権力と、それと同じくらい敵が多い公爵家。王家の膝元に住むことが許された唯一の貴族。その重みは分かっていたはずだった。


 「コロニ……ごめん」

 「いいんですよ。それよりどうされたんですか?」


 いつもなら外出時は護衛が付いてくるが、今回は俺とコロニの二人だけだ。

 そう思うと周りを歩く全ての人が敵に思えてくる。

 すれ違う人や異邦人。特に異邦人は己の武器を隠そうともしない……今にも俺達を襲ってくるんじゃないか。


 「……ヘルト様?」


 だめだ。今はコロニがいるんだ。

 俺がコロニを守らないと!


 「コロニ。海に行こう」

 「え!? 急にどうしたんですか」

 「前にコロニが海に行きたいって言っていただろ?」

 「確かにそんな事も言った記憶がありますけど、でもそれなら一度帰って護衛の方を呼んでからに……」


 家に帰ればコロニは俺の元からいなくなってしまう。そう思うだけで俺は冷静ではいられなかった。

 父様はきっと家の弱点である今の俺を連れ戻そうとするはずだ、だから一刻も早くここから離れないといけない。


 それに俺は前世の記憶を持っている転生者というやつだ、スキルだって大人より持っている。護衛がいなくたって大丈夫だ。


 「大丈夫。コロニは俺が守る」

 「ヘルト様、そういう事ではなくて」

 「家に……帰りたくないんだ」


 たしかに危険かもしれない。だけど俺は……。


 「……はぁ。分かりました。ただし、ヘルト様は私がお守りしますね!」

 「いいや俺がコロニを守るんだ!」



 海は隣町のオドントに行けばすぐだ。

 足がつくかもしれないから馬車は止めて歩いていこうとしたけど、コロニが馬車をどうしてもと推すから馬車に乗ることになった。

 ゴールドの心配はいらない、この胸にある公爵家の紋章さえあれば支払いは必要ないから。


 馬車には俺とコロニ以外の人も乗る。この公爵家の紋章を見た者は皆揃って態度を変えた、貼り付けたような笑顔と話を合わせる喋り方……いつもの見慣れた光景だ。ただこの中に襲撃者がいるかもしれないだけで。


 「どうしたんですか、そんなにピリピリして」

 「ううん、なんでもないよ」


 俺の心配は杞憂に終わりオドントへの旅は何事もなく到着することができた。

 父様との視察でこの街には来たことがある。その時は確か外敵から守る東西南北四つの壁のうち海の門がエネミー大侵攻で瓦解したあとのことだ。あの時はエネミーが街の至る所に上陸して多大な被害が出ていたっけ。


 「……あれから見に行ってなかったけど、元通り以上だ」


 行き交う人々の顔が活き活きとしている。復興が上手くいったのをこの目で見ると嬉しさというか安心というか、不思議な感覚だ。

 もうこの街まで来れば父様の追跡からは避けられるだろう、それに対する安心感もあるのかもしれない。


 「もうここまで来れば楽しむしかないですね! 行きましょうヘルト様!」

 「うん! 行こう!」


 ここリーフ国の大半は町の中心へと続く大きな道がある。

 オドントも例外ではなくフィッシュロードなんて名前もあるけど、今は関係ないか。

 さすがに公爵家の紋章があれど街中転送装置はただでは使わせてくれない、あれはこの国だけのものじゃないから。だから海までは歩いていくことになる。


 人も多い中、普段見慣れない風景を目にして少し強ばってしまうがコロニがいる手前俺がしっかりしないと。

 それに俺だってコロニと海で遊びたい。潮の香りを嗅ぐと不思議とテンションがあがる。


 「ヘルト様、何か変な臭いがします。これは」

 「海の香りだよ、風が向こうから吹いてるから余計に鼻につくんだね」

 「これが海の……」


 コロニは海が近くなっていくにつれ目が輝いていく。

 やっぱり海は行きたかったんだな。平民は中々街間移動は出来ないからな、一つ街を挟んでいることもあるし。


 「早く行こうコロニ」

 「はい! 行きましょう!」


 ここまで俺たちは何事もなく来ることが出来た。初めは怖かったけど慣れてくると平気なものだ、誰もこの紋章を見ない限りこっちを気にすることは無い。

 馬車を降りてすぐ紋章を外して正解だった、それにこれなら刺客も俺のこと分からないかもしれないし。


 海への目印は巨大なクエスト案内状だ。

 巨大な海の家みたいになっていてそれを超えれば……ほらっ。


 「わぁー!! すごい!! ヘルト様! 水っ、水がいっぱいです!!」

 「コロニはしゃぎすぎ……周りも見ているから」

 「でもほらっ! 見渡す限りの水溜まりですよ! 雨が降った時に出来るやつと全く違いますよ!!」

 「えあっ、コロニっ」


 コロニは我慢できないとばかりに俺の手を取って海に走り出す。

 俺は俺が思っていたよりコロニが喜んでくれて来てよかったなって心の底から思ったんだ。

 砂浜を駆け回り海水で遊ぶコロニはとても楽しそうで、俺も夢中になってコロニと海を満喫した。


 そうして海で遊ぶに遊んだあと、その幸せが一瞬で後悔に変わるとは思ってもみなかった。



 きっかけは何処の馬の骨とも知らないやつらに絡まれたからだ。

 公爵家の紋章を外したことが仇となったか、それともこの身なりをしているくせに二人だけだったからか……もしくはそれを装った何者なのか。今となってはそれもどうでもいい。


 異世界に転生して、自分が特別なんだとそう思っていたんだ。

 道中何も起こらなかったから安心しきっていた。

 俺が守るなんてどうしてそんな言葉を言えたのだろうか。実際に守られていたのは俺の方でしかなかった。

 危険なのは分かっていたはずだった。コロニだって本当は連れ出すべきではなかった。決して安全な道のりではなかったのだ。浮かれていた、自分は大丈夫だってどうしてそう思えたのだろう。


 両手を広げて精一杯威嚇する。

 体の震えが止まらない。コロニは俺を庇って動けない。

 俺の……俺のせいで!


 「ヘルト様……早く、早く逃げて」

 「だめだコロニ。君を置いてなんていけない」


 俺たちを囲む男達を見ればわかる。

 初めは俺を見ていたはずが、いつの間にか奴らの視線がコロニに行ってることに。

 それだけは絶対にダメなんだ!!


 「ヘルト様の身に何かあれば」

 「そんなことは関係ないよ!」


 …………俺は大馬鹿者だ。

 父様の言っていることが少し分かった気がする。


 この世界は力の無いものは力あるものによって淘汰される。

 俺にコロニを守るだけの力は……無かった。

 平民である彼女が公爵家に入りでもすれば、風向きがどう変わるかなんて……父様と母様を見ていれば分かって然るべきだった。


 でも、だけど!

 これだけは、これだけは納得出来ないんだ!


 「お話は済んだか?」

 「こんな薄暗い裏道じゃ誰も見つけてくれないぜ」


 下卑た笑いをする男達に俺は睨めつけることしか出来ない。

 涙を零さないように踏ん張って、突破口を無い頭で必死に考えて、そして一人の男の真後ろに見慣れない格好をした異邦人が立っていることに気がついた。


 「『ショック』」


 迸る稲妻。一瞬のうちに倒れ伏せる男の代わりに姿を現した二人の異邦人。

 その出会いは俺の人生を大きく変えるきっかけだと、今の俺は知る由もなかった。

 

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