87話
おまたせしました。
リーフ国王都『リーフ』。
国の名を冠するこの街は市民街と中心街と二つに分けられている。
外壁に沿うように市民街が立ち並び、中心の王城に囲うように中心街が賑わいを見せていた。
「ありがとうございました!」
「ソウさん、またご指導よろしくお願いします」
王都に着いた僕達は馬車から降りてすぐ別れることとなった。
護衛依頼は王都に着くまで、そこから家までの護衛は必要ないとのことだった。
貴族の坊ちゃんを焚き付けたせめてもの償いとして、馬車に乗っているあいだだけ戦闘の指南をしていたのだ。
時間も少なかったし指南と呼べるようなものじゃなかったんだけど、それでもヘルトくんにとっては勉強になったのだろう。僕は心の中でごめんって思ってた……親御さんに。
「それじゃあ私達はギルドに行こっか」
「そうだね」
ヘルトくん達をその場で見送ると、僕達は中心街へ続く大通りから離れて市民街へと足を向けた。
中心街へと続く大通りはここ以外にも東西南北全ての門から作られて、それらを扇上に結んだ道が今歩いている場所だ。大通りほどではないけど何処を見ても活気ついて退屈しない。
「そういえば王都に着いたけど名無しさんは何か用事でもあるの?」
「そうなんだ〜。なんでも王都にあるダンジョンがレベリングにもってこいらしくて、私も便乗しにきたんだよ。ソウさんも来る?」
「んーレベリングかぁー。折角だけど辞めとくよ、多分1レベも上がらないし」
種族のレベルアップに必要な経験値は、主に自分のレベルと同じかそれより高くないと半減していくらしいのだ。情報源は掲示板。
これはよくあるシステムなんだけど、その減り具合が壊滅的で僕の場合殆どのエネミーが経験値1の位にまで成り下がる。一向にレベルアップしないわけだよ。
「そうだよね〜。ソウくんワールドアクティブボス倒して凄くレベル上がってそうだもんね」
「あれから1レベも上がってないんだよな」
「1レベル上がる毎に加速度的に必要経験値上がっていくよね。しかも格下相手だと経験値入らないし。それなら仕方ないね〜」
「ごめんよ」
「いいってことよ!」
僕もそろそろ狩場決めてレベリングしたいところだ。
いつまでもこのレベルのまま甘んじてると誰かに先を越されてしまうかもしれない。今は大量の魔法を使いこなす所からしているからあまり問題はないけど。
「あっ、アレだね」
そうこうしているうちにギルドを発見。
王都にあるギルドは大通りを挟んだ市民街の通りにそれぞれ一つずつ建てられている。海の街だったりギルドの設置数がハルジオンよりも少ないな。
見た目はどこも変わらず大きくて見つけやすいままだ。
ギルドの中はオドントのように広くなく、いつものギルドっていう感じだ。
依頼完了の報告を済ませると僕達はお互いの予定のためパーティ解散だ。少し名残惜しいけど僕にも行くところがあるしな。
「それじゃあまたパーティ組もうね」
「その時はまたよろしく」
「またね!」
名無しさんと別れると僕は来た道を戻るように歩き始め、名無しさんはその反対側へ進んだ。
来た道を戻るだけでのさっき見た光景だけどやっぱり飽きないな、至る所にサブイベントが転がり落ちてそうだ。
大通りへと戻るとヘルトくん達が進んだ方向である中心街に足を向ける。ピーツさんが確か中心街に公爵家があるって言ってたよな、見たら分かるらしいけど……。今のところ見えるのはここから見えるくらい大きな王城くらいだ。
大通りは中心街に近づくにつれて賑わいを増している。NPCも多いけど、それよりもプレイヤーでごった返していた。オドントの時よりも多種多様な種族がいるぞ、というかこの道を進まないと行けないのか……。
空もプレイヤーが飛び回ってるしなぁ。名無しさんが行っていたレベリングも関係しているんだろうか、レベルが上がればSPが増えて魔法とかの取得が進むからなあ。あとはまあ首都だからだろう、うん。
人混みの中を進むのは億劫だけど仕方ない、サブイベントの為だ。人波に従って歩いていくにつれ王城がどんどん大きくなって、人の行き交いも激しさを増していってる。こんなんで公爵家が見つかるんだろうか、不安になってき……た。
「おおう」
王城から円を描くように広がる中心街。大規模な噴水を囲うように店が開かれている中で、一つだけ掛け離れているものがあった。
王城周辺と同じように外壁に囲まれ、入口であろう重厚感溢れる門のそばには行き交う人々の雰囲気とは全く別物のオーラを纏った男が二人直立不動で佇んでいる。ちなみにケモ耳。
外から見えるそれは王城と並んでいても遜色ないほどの豪邸で、外からでもわかるくらいに装飾が施されていた。
ピーツさんの言ってた通りだ。誰がどう見てもあれが公爵家だろう。王城の真横に建てれる家なんてもうそれしか考えられない。
しかしあそこに入るのか……ゲーム内とはいえど中々抵抗があるな。
確か公爵家からの手紙を見せればいいんだっけ?
大丈夫だとは思うけどドキドキする。
「すいません。招待状を頂いたんですけど……」
「ん? なんだ君は……ふむ、少し待ってくれ」
初めは訝しげな表情だったけど、手紙を見せるともう一人の門番にその場を任せて門の中へ入っていった。
これで多分大丈夫だろう、何せ手紙には印が押されてて誰のものか分かるからね。ちょっと安心だ。
しばらくするとさっきの門番が戻ってきて、門の真横にあった小さいドアを開けた。……あったんだ。
「確認した。どうぞ入ってくれ」
多少周りの注意を引きながら門番に従って中へと入る。
中は外から見た時とはだいぶ印象が違った。なにか魔法でも掛かっていたのかと思うくらいにさっきまであったはずの装飾が無く、質素とは違うが飾らないシンプルな屋敷となっていた。
屋敷の中はやはり外から見るよりも広く感じ、絨毯から照明までその全てが簡単には手に入らないだろうと感じさせる。正直そんな物の価値なんて分からない。
中に入ると門番さんは自分の仕事のために帰っていき、その代わりにメイドさんがやって来てそのままメイドさんに案内されることに。
それにしてもこのメイド服見たことがあるな……勘違いだろうか。勘違いであってほしい。あのときはボロボロだったし似ているなんてこともあるだろう。
メイドさんに連れていかれるままに大広間から抜けると、学校の廊下よりも広い通路に出る。壊したらやばそうな壺が数個設置されていたり、照明がすべてシャンデリアだったりしたのはスルーしよう。……ついでに見たことがあるメイドと少年も見なかったことに。
「あれはっ! おーい! ソウさーん!!」
見つかってしまった。
窓ガラスを挟んだ庭園から僕を大声で呼ぶヘルトくん。手をブンブン振ってアピールしていた。横でコロニさんが苦笑いしながらテーブルに置かれていたカップを仕舞おうとする。
「コロニも行くよ!」
しかしカップに手を当てる前にヘルトくんがコロニさんを掴んで僕の元へ走り出した。
3階くらいあるこの屋敷で今歩いているところは1階である。というわけでヘルトくんは見事に窓を開けて僕の元へとやってきたのだった。
「や、やぁヘルトくん」
「今しがたぶりですね。会えて光栄です」
ワイバーンの後からヘルトくんの好感度が右肩上がりなんだけど。
でもそれよりもヘルトくんがここにいるってことはヘルトくんは公爵家なんだろう、よくコロニさんがヘルト様って言ってたし。
でもそれなら公爵家のご子息を戦いの世界に引き摺り込もうとして、それが両親にバレる可能性があるということで……。
「ヘルト様。大変申し訳ございませんがこの方はご主人様のお客人ですので」
「俺も一緒に行くよ!」
メイドさんナイス! って思ったら割り込んでヘルトくんが同行をねじ込んだ。
公爵家のご子息となればメイドさんも無視することは出来ない、万事休すである。
「もうヘルト様は何を言ってるんですか!」
しかしここで救世主コロニ登場!
息を切らしながらヘルトくんに抗議する。
「ゴーシュ様にまた怒られますよ!」
「怒られてから考えるよ!」
しかし意味はなかった。
ヘルトくんのゴリ押しでヘルトくんが付いていくことになってしまった。
正直詰んだな。公爵家とのコネクションは期待出来なさそうだ。むしろヘルトくんを危険な道に進ませようとしたことで関わりを断つなんてことにならないといいけど。
「こちらで暫くお待ち願います」
案内された部屋はハルジオンの応接室とは比べるまでもなく豪華な部屋だった。
当然のようにヘルトくんが僕の隣に座りメイドにお茶を持ってこさせる……慣れてるなあ。
「お父さんとは仲直り出来たのかい?」
「まあ、一応ですけど」
待っているあいだ暇だしヘルトくんには話し相手になってもらおう。
メイドさんが持ってきてくれたお茶を飲みながら話を進めた。
「お父様が俺をどう思っていようと、俺は俺の道を進むだけです」
んんん? それって戦いの道ってことかな?
止めておいた方がいいよ? ほんと。
きっとそのお父様も大変な思いをしてると思うよ?
「お父様の言ってることも理解できるので、折り合いをつけていこうと」
「そっかー」
正直何のことを言ってるのか分からないけど相槌はうっておく。
何となく分かるけど踏み込んでいいものか分からないからね。
ヘルトくんと話しているとメイドさんが無造作にドアの前に行き扉を開ける。そのままメイドは礼をすると、そこから男が一人部屋に入ってきた。
ヘルトくんと同じ人族で顔には大きな切り傷がある。
逞しい体付きをして母さん辺りが『あらやだダンディ』とか言ってそうだ。父さん涙目。
「待たせて済まないな、私が公爵家当主ゴーシュ・ノックスだ」
「どうも、ソウです」
ゴーシュさんは僕とヘルトくんとは向かいのソファーに座り、メイドさんがその前にお茶を置く。
そしてゴーシュさんは僕から視線を外しヘルトくんへと目線を合わせると。
「で、どうしてヘルトがここにいるんだ? お前を呼んだ覚えはないはずだが」
「この方が先ほど私をワイバーンの群れから守ってくれたソウさんです。命の恩人がいるのに同席しない訳にはいけません」
ヘルトくんの父さん威圧感凄いんだが、それでも反論するヘルトくん凄いぞ。
だけどゴーシュさんはこめかみに手を当てると難しい顔を作る。さすがにヘルトくんの理屈は通らないのだろう。
「何を言っているんだ、そういう問題ではないだろう。これが陛下であっても同じことを言うつもりか!」
「陛下ではないから言っているんです! 私もそれくらいの分別くらいつきます!」
お、おう。隣で親子喧嘩が始まった。
僕はもう置いていかれてる。しかしヘルトくんいつにも増して熱があるな。
「いいから出ていけ!! ここはお前が来ていい場所ではない!」
「--っ!!」
ついにお父さんがブチ切れた。
怒鳴られたヘルトくんは俯き涙を溜めながら部屋を走り去ってしまった。
残ったのは僕とゴーシュさん、そしてコロニさんを含むメイドさんが二人。
「コロニにマルネ、ヘルトの所へ行ってやってくれ」
「かしこまりました」
二人減って僕とゴーシュさんだけになった。
なんだこの微妙な空気は……。ゴーシュさん何か睨んでないか?
えっ、気まずい。
「見苦しいところを見せた、済まないな。ヘルトにも言い聞かせておく」
「い、いえ……大丈夫です」
案外低姿勢なんだな。公爵とか偉そうなイメージしかないけど、曲がりなりにも命の恩人だからか……いやあれは依頼だったわけだしな。
「ソウくん」
「は、はい」
いやだからそんな真っ直ぐ見られると怖いんだって!
顔面厳ついんだから! なに、いまから戦闘でも始まるのか!? って思っていたらゴーシュさんは思いっきり自分の頭をテーブルに叩きつけた。
「愚息ヘルトを助けてくれてありがとう!」
!!??
「あんな息子だが私にとっては大切な家族だ。心の底から感謝する」
さっきまであんなに厳しく当たっていたのに、誰もいなくなった途端凄い変わりようだ。いや、僕とゴーシュさんだけだからか。
豪華な装飾が施された高そうなテーブルを頭突きで壊しそうな勢いだった。
「気にしないでください……とは言えませんが、あくまで依頼の範疇です」
「それは愚息から聞いている。しかしこうでもしないと私の気が収まらなかったのだ」
そういいゴーシュさんはテーブルから顔を上げ、懐から取り出したハンカチで額から流れる血を拭いた。ん? テーブルが少し凹んでるような……。
「依頼報酬は我が家から色を付けておこう……して、これからが本題だが」
きたか。
こうして呼ぶってことは何かあると思っていたんだ。
「正直言うと紫光狼・アーデルベルトを倒したのが君だという報告を受けて疑っていたんだ」
「まあ、そうですよね」
ランクCがどれほどなのかはいまいち理解出来てないけど、公爵家ならGランクからCランクまで一気に上がった事なんて知ることも容易いのだろう。それを言ったらランクをあげる意味を問われるんだが。
「して直接この目で確かめようとここまで足を運んでもらった、私がここを空けるわけにはいかないのでな。今更言うのもなんだが足労ありがとう」
「はい。それで確かめた結果はどうでしたか?」
「言うまでもないだろう、見ればわかる」
見ればわかるのか。実際確かめた結果を言わないで流された感あるけど。
でももしかしたら鑑定スキルとか持ってるのかもな、公爵だし。
「ワールドエネミーというのは聞いたことあるだろうか」
「はい、ハルジオンのピーツさんから」
「そうか。なら知っていると思うが世界中様々な場所を渡り歩くワールドエネミーは数え切れないほどの数がいる。そしてどれもが無視しがたいほどに強力なのだ」
数え切れないほどいるのは初耳だ。複数いるの知っていたけど……ハルジオンのすぐ横にいるくらいだしな。それくらいあるのか?
「だが紫光狼は急にハルジオン北に現れてな。討伐こそすれ犠牲は出るはずだったのだ」
「それを僕が倒したと」
「そういうことだ。どうだろう、何か礼がしたいんだが……」
礼、っといってもな……それは少し前にピーツさんから貰ったし。Cランク昇格とか。
んー。そもそも紫光狼はいたから死に戻り覚悟で挑んだだけだし。
「別にこれといって……欲しいものも少し前に自分で手に入れたので」
「……本当にないのか? 私ならある程度の事は叶えられるが」
「なにか勿体ないことをしている気がしないでもないですけど、今は何かに困っている訳では無いので」
「……そうか」
あとあと後悔しそうだけど、今の自分は誰よりも早くCランクになって行きたいところの制限が少ないからな。
Gも別に今必要なわけじゃない。オークションとかもいいアイテムないし。
「ならばこれを持っているといい。何かあれば力になるかもしれない」
【公爵家の紋章を獲得しました】
「……これは?」
「公爵家の紋章だ。これがあれば大抵の事はなんとかなるだろう」
それは嬉しい。
何も問題がない方がいいんだけど、それでもこれは後ろ盾を得たようなものだ。これほど心強いものはない。
「ありがとうございます。有り難く頂きます」
「ああ、そうしてくれ」
しかしこれも懐から出したということは初めから渡す気だったのだろうか。それとも何か条件が今までの会話の流れであったとか……いや、考えるのはよそう。
「ワールドエネミーは倒しても一定の周期で蘇る。異国で猛威を振るっているフェニックスや中には討伐不可能とまで言われている龍までも例外ではない」
復活するのか、あの紫光狼が……。
しかもその言い方だとアレよりも強いワールドエネミーがいるってことになる。このゲームほんとにハードだな……今更だけど。
「だからこそ犠牲を出さずに討伐出来たことはとても重要な事なんだ。部下を安易に死なせるのは能無しのすることだ」
ワールドエネミーを倒せるのがCランク程度なら『公爵家の紋章』は報酬としては大きいと思っていたけど、それなら納得だな。ヘルトくんの父さん聞いていたよりもずっといい人じゃないか。あと親バカそうだし。
「ではまた復活したら倒しておいた方がいいですね」
「そうしてくれるなら有難い」
出来ればもう二度と戦いたくは無かったけど。
「その時は指名依頼にでも載せておこう」
「それは嬉しいですね」
分からないけど公爵家からの指名依頼って箔が付くんじゃないか? 冒険ポイント上がったりとか。
広まったら困るんだけど、今のところ紫光狼の件も広まってなさそうだし。
──コンコンッ
「失礼致します」
そのあとヘルトくんのお父さんと雑談を少ししていたところで扉のノック音と共に女性の声が聞こえた。
「入れ」
ゴーシュさんの言葉で扉は開かれ音も立てずにメイドさんがゴーシュさんの側まで寄る。
そのまま耳打ちをするとメイドさんは離れて礼をしたあと部屋を出ていった。
「すまないな、そろそろ時間のようだ」
「あっ、はい。貴重な時間をありがとうございました」
「ふっ、そう畏まらなくても良い」
最後までヘルトくんが戦いの道に入ったことは突っ込まれなかった。これは知らされてないっていうことでいいな。良かった、とりあえず今は無事に終わりそうだ。
ゴーシュさんは立ち上がると部屋の出口まで歩き出す。
入れ替えでメイドさんが現れたところで、ゴーシュさんは思い出したかのように振り向き僕に声をかけた。
「そうだ、よければだが帰り際にでもヘルトを構ってやってくれないか」
「はい、それはもちろん」
「そうか。ヘルトのこと……よろしく頼む」
そう言って今度こそ部屋を出ていったゴーシュさん。
…………ん? 最後のよろしく頼むって違う意味に聞こえたのは僕だけか?
「まさか……な」
僕は公爵家から出るまで内心ヒヤヒヤが止まらないのだった。




