86話
「並行詠唱『フィールファイアー』『1』『2』『3』」
名無しさんが杖を振りかざすと宙に幾つもの魔法陣が出現する。
それは赤く輝くと火の玉が不規則な軌道で飛んでいく。
10を超える火の玉全てがワイバーンへ迫り、ホーミング機能が付いているかのように避けるワイバーンへ追尾する。
そして誘導されたワイバーンは気づけば1箇所に固められていた。
「『クロスウインド』! ソウくん!」
「おけ!」
横殴りの風がワイバーンを襲い体制を大きく崩した。
お互いに衝突するワイバーンを見ながら僕は翼をはためかせて空を飛ぶ。
「『ディフュージョンサンダー』」
右手から放たれる雷は網を引くように拡散していき、見事ワイバーンを取り囲んだ。
拡散はそれでもまだ続き雷がワイバーンを襲う。
まとめて減るHPを視認しながら僕は短剣に魔力付与を施した。
「雷光一閃」
決められたモーションに従って体を動かす。
青色のオーラを纏い翼を大きく広げ……一足。
ワイバーンに肉薄し短剣で喉元をなぞる。そのまま直線に飛び抜けたあと、首筋に残る流血エフェクトへ目掛けて雷が振り落ちた。
「一匹目」
ワイバーンが1体光へと消える。
ふり向いて弓を構えたあと、矢に魔力付与を施し魔法をかける。
「『ライクサンダー』」
「『ライクファイアー』」
矢に雷が施されるのとほぼ同時に、名無しさんの魔法で矢に火が灯った。
間髪入れず弓を引き技を発動させる。
「『瞬線』『曲線』『烈線』」
放たれた矢は吸い込まれるようにワイバーンの喉元を貫くと、放物線を描くように他のワイバーンへ矢が向いた。
1度ワイバーンを貫いた反動で失速した矢が『烈線』により力を取り戻し、一直線にもう一体のワイバーンを射抜いた。
「三匹目」
「ソウくんっ!」
残り2体になったワイバーンのうち一体が電気の網を抜け、ヘルトくん達がいる馬車に向けて口を大きく開いた。
そこから零れるのは高密度の炎。
「ブレスが来るよ!」
「防ぐ手段は!?」
「ない!」
「んっ! 『守護』!」
右手を突き出して大規模な守護を施した瞬間、ワイバーンから炎が放射された。
広範囲に及ぶブレスと守護による結界。二つは拮抗しブレスを押しとどめているが、ブレスに気を取られもう一体のワイバーンから目を離した隙に、気付くと超至近距離で僕を飲み込もうと口を開けていた。
もしくは喰いちぎろうとしていたのかもしれない。涎を垂らしながら大きく開いた口からは鋭く尖った歯が所狭しと並んでいた。
「ぐっ! 『サンダーシルト』」
ギリギリで盾を展開。
大してMPの篭っていない雷盾はワイバーンの行く手を遮ると一瞬で消えてしまうけど、それでいい。一瞬出来た時間でナイフを片手に構え直し、体制を整える。
そして雷盾を食い破り向かってきたワイバーンから距離を取らずに正面から突っ込んだ。
飲み込もうと大きく開かれていた口を紙一重で避け、ナイフを顔に差し込む。
そのまま両手でナイフを滑らせワイバーンの胴体を縦横無尽に駆け回る。
流血エフェクトがワイバーンの尻尾の先まで発生し、僕がワイバーンから離れるとHPゲージが消失し光へと消えた。
そのあとすぐに最後に残ったワイバーンの元へ向かう。
最後の足掻きかブレスをまだ吐き続けているワイバーンを喉元からナイフで掻っ切った。
「終わったな」
「お疲れさまー!」
ワイバーンを倒し終えて一息つくと下から名無しさんが手を振ってくれる。
手を振り返しながら降下して地に足がつくと何やらヘルトくんの様子がおかしい。
ブレスが届いた? いや、結界は破れていないな。
「おつかれ、どうしたんだ?」
「ふふっ、ヘルトくん途中からソウくんに魅入ってたんだよ」
「え、魅入る?」
ヘルトくんはプルプルと震えだし、顔を上げたと思うと目をキラキラと光らせて僕の両手を掴んだ。
「すごいっ! すごいです、ソウさん!」
「えっ、あっ、ありがとう」
「ほんとに空をビューンって飛んでワイバーンをガッて倒してそしたら矢がビューンって!」
「お、おう」
こう見ると年相応の子供だな。
喋っている内容は理解しにくいけど、褒められているのは分かる。
こんな目を輝かせて喜んでくれるなら悪い気はしない。いや、むしろ……。
「そうっ! 良かった? そっかー! うんうん、いやぁ〜うんうん」
頬が緩んでしまうな!
いやぁ〜この少年は見る目あるわ。
「特にあの空をシュババーンってなるところが俺の中では最高で!」
「うんうん、そうだろうそうだろう」
ヘルトくんは僕の両手をブンブン振りまわして熱く語ってくれる。
何かこの感覚前にもあったような……あっ、名無しさんだ。確か名無しさんと初めて会った時にこんな事があったような!
「ふふー! ソウくんのファン2号がここに爆誕だね〜!」
「名無しさんそれはっ」
「名無しさんもソウさんのファンなんですか!?」
「そだよー!」
「同じですね!!」
……ファンが増えてしまった。
いや、まだファン設定残ってたんだ。さすがに恥ずかしい。ほら、コロニさんを見てみなよ……苦笑いしてるぞ。
「ソウさん!」
半ば諦めながら乾いたような笑いが出てくると、ヘルトくんが真面目な表情で僕を呼んだ。
「俺も……頑張ればソウさんみたいになれるでしょうか!」
「いや無理だと思う」
「ソウさん!!」
いやだって種族違うから空飛べないし、さっきのは主に空中戦だったからなりようが……あっはい、そんなに睨まないで下さい。名無しさん怖い。
「ヘルトくん」
しゃがんでヘルトくんと同じ目線になると、ヘルトくんは黙って下を向いてしまう。
「僕とヘルトくんだと種族が違うのは分かるよね」
「……はい」
「僕も目標にしてくれるのは嬉しいけど、空を飛ぶことはヘルトくんにとって決して楽ではないね」
「…………うん」
「だからヘルトくんはヘルトくんだけの強さを磨くべきだと思うな」
「俺だけの……強さ?」
ヘルトくんは僕の言葉を聞いて下を向いていた顔を上げる。
僕はヘルトくんと目を合わせて優しく頭を撫でた。
「ヘルトくんはどうして僕みたいになりたいと言ったの?」
「ソウさんみたいになれたら何があってもコロニを僕が守ってあげれると思ったから……」
「コロニさんを守れるくらいに強くなりたかったんだね」
「……うん」
「だったら無理に空を飛ぶ戦いを目指すんじゃなくて、その中からヘルトくんなりに昇華して自分のものにするんだ。コロニさんは僕の真似で守るのかい?」
「……ううん。俺がコロニを守るんだ!」
おおう。言うねえ。
正直自分でも何が言いたいのか分からなくなったけど、さっきの失言は取り戻せたようでなによりだ。
コロニさんが恥ずかしいそうにこっちを見ているけど気にしてはいけない。ヘルトくんの想いを受け取ってあげなさい。
……ん? 名無しさん? どうしたの?
「ソウくん。明らか貴族の坊ちゃんを戦いの世界に引き込んでるよ」
「…………もしかしてやばい?」
「……もしかしなくともやばい」
あーしまった。怪我したら重罪とかなるんじゃなかろうか。
小声で話す僕達をコロニさんが見つめてる。……これはまずい。
「……あのー、馬車そろそろ乗りませんか?」
警戒する僕達をよそにヘルトくんを侍らせたコロニさんがおずおずと口を開いたのだった。




