80話 瑞輝
学校が終わり、根元瑞輝は奏達と別れてすぐ隣の施設へと足を運んだ。
その施設はVR空間へと繋げる謎カプセルが数多く設置されており、生徒達の通学や教師達に使われている。
瑞輝は謎カプセルからWORLD SIMを経由して、学校から遠く離れた施設まで移動した。
施設から出ると、見慣れない道をまっすぐに進む。
瑞輝が歩いていくにつれて景色は色彩豊かなものへと変わり、人通りもそれに伴って次第に多くなってくる。そんな中はっきりとした足取りで入った建物は、さっきよりも一段と賑わいを増していた。
様々な店舗が立ち並ぶ中、瑞輝は一直線に目的の店を目指す。
開放されている入口の先にはふわふわとした雰囲気とともに数多くの商品が掛けられていた。
瑞輝は最近さらに大きくなりつつあるそれを見て、既存のサイズで事足りるだろうと安堵した。正直店員さんに測ってもらうのはまだ抵抗がある。
様々な色合いと模様から自分の好みを選んで手に取る。
「ふむ、瑞輝はこういった下着が好みなのだな」
「…………セクハラだとか言いたいことは山ほどありますけど、よく来れましたね。ストーカー先輩」
うしろから言われた言葉に瑞輝は振り向かず動きを止め、若干呆れたような表情をしながら言葉を返した。見なくても誰だか分かる、何のために学校からも家からも遠い場所を選んだのか、努力は徒労に終わってしまった……と瑞輝は心の中で独り言ちた。
「なに、瑞輝のことを思えば街の監視カメラで探す手間など惜しむまい!」
「いやこの空間に男性である貴方がよく入ってこれたねと言ってるんです」
「ははっ、これも一興さ」
ふざけないで、ホントどういう神経してるの? だいたい監視カメラで探したってどういうことさ! 意味わかんない、この人には常識っていうものがないのかな!
瑞輝の頭の中は混乱と怒りと寒気で一杯であった。
どこにいてもやって来る恐怖と、瑞輝の思いを知らないで笑っているこの男にである。
しかし若干の諦めのようなものがあって、こんな事になるだろうと思っていたことがまだ救いのような気もしていた。
とりあえず瑞輝は口に出かかるものを飲み込んで、ため息を吐いた。
「それに男というなら瑞輝だって変わらないんだろう?」
「慣れてるので」
「え?」
「慣れてるので!」
そう言って瑞輝は振り向いて後ろにいた男を睨みつけた。
目に映るのは澄まし顔が驚きに変わった瞬間、突然怒鳴られたことに目を見張るストーカー先輩──乙成金男だった。
学校帰りにも関わらず煌びやかに改造された制服、自己主張の激しい金髪、全てが瑞輝の癇に障る。特に天族特有の翼が奏と重なっていることにも嫌気がさした。
「そういえば前から女物の服装をしていたと言っていたな」
「言ったことも忘れるようじゃボクとどうにかなろうなんて百年はやいですから!」
「ふむ、善処しよう」
「〜ッ!!」
素直にメモを取り出し記録する乙成に、瑞輝は怒っているのに怒れないムカつきのような何かを覚えて、手に取っていた下着を片手にそっぽ向いて早足で歩きだした。そしてそれに付いてくる乙成。
「その下着はこの俺が買ってやるぞ。なに、大した金じゃない。ついでに俺が選ぶ下着も着ろ」
「結構です」
店員のいない全自動レジにコネッキングでリンクすると、商品をレジ横の台に乗せた。
電子決済が完了し、自動で包装され袋に入った下着を手に瑞輝は店を出る。色々ゆっくり考えて買おうと思っていたのが台無しだ。
「今度乙成製品の中でも最高級の物を用意しよう」
店をあとにしても案の定乙成は瑞輝に付いて来る。
乙成が選んだ下着もちゃっかり買って、付き人である黒服の人に持たせていた。
「いりません」
今は周りをブラブラと見て回る瑞輝と、それに付き纏う乙成という形で共に行動している。
乙成はあの手この手で瑞輝に言い寄るが、瑞輝は歯牙にもかけない徹底ぶりで乙成を冷たくあしらった。一人で楽しむ予定だったのがこんな形で崩れてしまって、ついつい溜息をついてしまう。
「相馬くんが来てくれてたら良かったのに……」
そう呟いて瑞輝はすれ違ったガラスに映る乙成をみた。
背中に生える白い翼が奏を連想してしまう。そもそもブラジャーを買いに行くのを手伝うと言ったのは奏なのに。
そんなことを思いながらボーッとガラスを見ていると笑顔で映る奏の姿が。
「えっ!?」
驚いてガラスに映っていた場所、後ろから付いてきていた乙成に体ごと振り向いた。
その目に映るのは正真正銘相馬奏だ、しかしそれを見た瑞輝は深くため息を吐いてジト目でソレを見る。
数秒後には奏の姿は掻き消え、乙成が満足そうに笑っていた。その手から消えるのは幻を見せる幻惑のカード。
「……なんのつもりですか」
瑞輝の呟きを聞いた当てつけのつもりなのか、振り向かせたかっただけなのか。しかし乙成は瑞輝の思っていた回答とは違った返事をする。
「瑞輝が言ったではないか、奏が来てくれたら良かったとな。俺は奏にはなれないが奏の姿を見せることはできる」
瑞輝はとっさの返答に詰まり息が詰まる。
普通なら喜ばせるためだけに自分の姿を捨てて違う男の姿になろうとは思わないだろう。ましてや乙成金男という人物を少しでも知っているなら尚更ありえない。
これで今まで振り向かなかった瑞輝が振り向いたのだから、その瞬間の乙成はどんな気持ちだったのだろうか。
「ば、バカですか、アホですか!」
これだとボクが悪いみたいじゃん!
バカだとアホだと言われた乙成は怒りを覚えることなくどこか満足気に天を仰いだ。
「この俺を馬鹿呼ばわりか! 面白い! 実に面白い! そんな言葉久しく聞いていないぞ、やはり瑞輝は俺の」
「勝手に話を進めないでください!」
あーもう! っと瑞輝が嘆き、豪快に乙成が笑う。
それから少しのあいだは乙成の言葉に瑞輝が皮肉を混ぜながら反応して、それにまた笑う乙成という構図が続いたのだった。
瑞輝はもうどこか諦めたのか勝手に隣に来る乙成と適当に歩き回ることにした。
気ままに入った雑貨屋で手に入りにくいハンドクリームを見つけて顔を輝かせる瑞輝に、乙成が流れるように手に取り買おうとしたり。噴水で写真を撮る瑞輝を写真に収める乙成や、瑞輝がただ見ていた物を乙成が片っ端から買おうとしたり。
「まったく、瑞輝は欲が無い。もっと強請ればいいものを」
「欲ならありまくりですよ。殆どがお金で買えないものですけど」
「それが欲のないというんだ」
「ストーカーには分かんないですよー!」
舌を出して顔をつぶす瑞輝に乙成は考えるがやはり分からない。
いや、わかるような分からないような、曖昧な感じである。
乙成はとりあえずカッコつけることにした。
「ふっ! お金で買えないものなど──」
「──坊っちゃま。会話を遮り申し訳ありません、お時間でございます」
だが乙成の言葉を遮って付き人の一人が耳元で囁いた。
乙成は不機嫌さを隠さずに顔を歪めると、時間を確認し付き人を下がらせた。そして突然言葉が終わり不思議な顔をする瑞輝に乙成は涼し気な表情を作り言葉を変えた。
「時間が来てしまったようだ。悲しいがここでお別れだ」
「ボクは全然悲しくないです」
「はっはっは! また会える日を楽しみにしてるぞ!」
どうせ明日来るじゃん。
話を聞かずに背を向けて帰る乙成に瑞輝は心の中で愚痴を吐き、ため息を吐いた。
今日何回目のため息だろうと考えたが気にしないことにする。
疾風のように帰っていった乙成の姿はもうすでに見えなくなり、瑞輝は開放感から大きく背伸びした。
時間を確認するともう8時近くだ、もうこれから一人で見て回れる時間ではない。
「ボクも帰ろっかな」
帰らないでナンパでも待ってみたいけれど、それは妄想で留めておく。実際あったら面白くないことは明白だった。
瑞輝は近くの謎カプセルからVR空間を使って帰ることにした。
後日、瑞輝の家に乙成が買っていた下着が送られていたのはまた別の話。
トリア「8章もこれで終わりね、次は仮想世界が舞台よ。もう私にとっては仮想という言葉に違和感を感じるけどね。
まあいいわ、そんなことより10章のネタは考えてあるのに9章はまったく考えていないなんてほんとバカよね。一応ふわふわとはあるみたいだけれど、1ヶ月以内には出来るのよ……ね?」
はい。頑張ります……。