72話
朝である。
イベントが終わってしまった。
楽しかったのにこの終わってしまった感はなんだろう。
学校……行きたくない。
イベント終わりの脱力感には逆らえない……。
「かなと、がっこー。いく、よ?」
「……はい」
みぃに言われてしまっては仕方ない。制服に着替えると倦怠感を押し殺して部屋を出る。
ん? なんでみぃが家にいるんだ?
「おは」
「……おはよう?」
「じゃ……いこ?」
手を引っ張られて洗面所へ。
戸惑う僕にみぃは歯ブラシを手に取る。みぃは何故か知ってる僕の歯ブラシに歯磨き粉をつけて背伸びした。
「くち、あけて?」
「え? み、みぃ?」
「はい、あー」
拒む事は出来なかった。口を開いた瞬間に押し込まれる歯ブラシ、みぃと目が合うとこくりと頷かれた。
「んー! んー!」
歯ブラシが縦横無尽に口内を駆け巡り、背筋に電撃が走る。
ゾクゾクっとした感覚とともに口の中がくすぐったくて堪らない。なんだこれは。
ブラシが歯や歯茎を擦るたびに鳥肌が立つ、ゴシゴシと磨かれて最後に舌をっ!
「……おわり」
「はぁ、はぁ……」
「みず、くちゅくちゅ」
差し出されたコップは僕が持つことができた……。
うがいを済ませると、みぃはニヤリと笑う。……え、何も入れてないよな?
「じゃ、ごはん。いこ?」
「み、みぃ?」
みぃに連れられてリビングへ。当然のことのようにみぃの分まで朝食が並ぶ。
ん? 僕の分の箸がないような……。
「はい、かなと」
「え、みぃ? んぐっ」
ちょっ! 両親が見てるから!
二人もニヤニヤしない! ってなんで父さんもいるんだよ、仕事はどうした。
「ごちそうさまでした」
「でした」
最後まで親に見守られながら朝食を食べ終えてしまった。みぃも自分の分は食べ終わってる……あれ? みぃこんなに食べるの速かったっけ?
「はやく、いこ?」
「あ、あぁ」
僅かな疑問の中でみぃが急かす。
つられるように返事して玄関に向かうと、玄関が勝手に開いた。
太陽の光が差し込む中、みぃが外へ歩いて行く。光が強烈でみぃ以外の姿が見えない、僕も早くいかないと。
「あれ?」
足が動かない。
力を入れても全く動いてくれない。みぃは振り返らないでどんどん先へ進んでいく。
…………みぃ?
ちょっとまって! 置いていかないでくれ!
佐鳥? 根元! 葉名先生まで!
気付いていないのか……。
「……み、ぃ」
視界が……ボヤける。
みんな楽しそうに遠くへ離れて……待って、みぃ。
みぃ、みいな…………美唯菜ぁ!!
★
「ていう夢を見たんだよ」
「うん夢だって途中で気付いてたよ」
昼休み。遠目でみぃを眺めながら根元とグダる。
友達と楽しく喋っているみぃの指を見てると口元が緩む、銀色に光る指輪が僕に安心感を与えてくれる。
「悪夢だった、途中まで幸せだったのに」
「なんだったらボクが途中までしてあげようか?」
「やめてくれ、みぃに殺される」
「あははっ! そりゃ残念っ」
「あとそこにいる人にも呪われそうだ」
みぃから目を離した先には歯を噛み締めて呪うように睨んでくる乙成先輩。根元が設置した檻の中で乙成先輩は血涙を流す勢いだ。
そっと目を逸らしてみぃお手製の弁当を摘む。あぁ、今日も美味しい。
「本当に勘弁して欲しいよ、まさか女になることでこんな事になるなんてね」
「珍しいな、根元が女になることを後悔するとは」
「いや後悔はしてないんだけどね。見てよこのおっぱい、これで満足しないなんて有り得ないよね……触ってみる?」
「……近くで叫んでるやつに言いな」
「ちぇー」
いやほんとにね、みぃからの視線がキツいんだって。
結構離れてるはずなのにどうして聞こえてるかは謎だけど。ん? 今日はいつもより反応が悪いというか、こっちに来ないな。
『美唯菜ちゃん?』
『……ううん。なん、…もない、よ』
右薬指の指輪を左手で撫でてみぃは僕から視線を外す。
…………なんだこの胸を締め付けられる感じは。
いつもよりみぃが綺麗に見えてならない。
「相馬くん、顔が気持ち悪くなってるよ」
「なんのことかな。あっ、乙成先輩が出てきたぞ」
乙成先輩が檻から出てきた。結構頑張ったいたのか肩で息をしている。
そして檻は鉄格子が折れ曲がり、役目を終えて消えた。
「弁償してくださいね、それ20万Gなんで」
理不尽すぎる!
「ふっ! それくらいたわいもない。その代わり俺と──」
「あっ、やっぱいいです」
崩れ落ちる乙成先輩。しかしめげないなぁ、正面からずっと断り続けられてるのに。
ここまで拒否られることなんて生まれて初めてじゃないのか……Mなのか。
「奏。念の為に聞いておくが、俺の瑞輝に触っていないよな」
「かなっ! ……こほんっ。ボクは貴方の物じゃないですから」
今日も噛み付いてるなぁ。
あー僕ですか? 無いですよ無い無い。そりゃ多少胸に目がいくのは男として仕方ないことであって。
「相馬くん。色々と口に出てるよ」
「……どこまで言った?」
「え、その……胸に目がいく……みたいな」
根元は少し顔を赤くして、両手で胸を隠すように包み隠そうとする。
しかし腕で抑えることによって圧迫された胸がより顕著に存在を主張するのだ。夏の暑さで生まれた水滴が谷間へと吸い込まれていく。
「奏よ。そんなに瑞輝を見てるんじゃない」
「乙成先輩も見てないですか?」
手で目を覆い隠してるみたいだが、全く隠せていない。手の隙間からガン見している……ピュアか。
しかしなぜだかボーッと見てしまう……あっ、また汗が落ちて行く。
「あぁ、ダメだ。この暑さにやられてる」
さっきまで恥じらっているふりをしていたのに、いまはジト目で僕を見ていた。
なにも暑いのは僕だけじゃないはずだ、乙成先輩だって……目は血走っているけど涼しげだな。汗一つかいてないみたいだ。
「乙成先輩は暑くないんですか?」
「俺の制服には特別な仕掛けを施してあるからな。従来の制服とは通気性や断熱性だけじゃなく──」
また語りだした。どこでスイッチが入るか知ったものじゃないな。
でも確かに乙成先輩は天族の翼をそのまま出しているよな。制服に通るように作られているんだろうし、機能性もあるんだろう。
「相馬くん」
「ん? なんだ?」
「そろそろ見るのはやめておいた方がいいんじゃないかな?」
……それはどういう。
「……かなと」
「みぃ、ごちそうさま。ありがとう、今日も美味しかった」
「うん」
いつの間にかやって来ていたみぃに弁当を返して礼を言う。
みぃは弁当を受け取ってカードに直すと、僕を見て笑う。
「うわき、ダメ」
…………固まってしまった。
ずっと見られていたのか、しかし友達の胸が大きかったら見てしまうのも……。
「……かなと?」
「はい、すいません」
「よろし」
歯を見せて笑うみぃはとても綺麗である。
つられて僕も笑ってしまう。内心ヒヤヒヤだ、冷房いらずだ。
──キーンコーンカーンコーン
おっとチャイムがなってしまった。席に戻らないと。
「またな、みぃ」
「うん」
みぃの頭を撫でると席に戻る。
次は国語だったっけな。




