《決戦》 VSひより
いつかのボスで見た餓者髑髏のように、その姿は見上げるほど。
鬼の仮面を付け、背中を大きな炎の輪が回転。耳を劈くような叫び声に合わせて業火が踊り狂った。
「頑張りなさいよ!」
トリアはいつも通りポンポンを持って応援する。
形成されるマスの至る所から火柱が噴出し熱気が充満していく中、トリアだけが平常運転だった。
「一番槍行くか!」
いや、ソウもいつもと変わらなかった。剣を片手に一人走り出す。
行く手を遮るように火柱が発生するが、用意していた魔力剣で切り裂く。薄く現れる線をなぞる様に剣を当て、少しづつ魔力剣が濃くなっていった。
「聞いてはいたけど魔法を切れるって凄いな」
ミズキはそんなソウを見て苦笑すると懐からアイテムを取り出す。
「『聖龍の雫』」
アイテムの効果により、全てのプレイヤーとクリーチャーに薄いベールがかかる。
ベールは迫り来る熱気を弾き、継続ダメージを防ぐ。
「こねこ」
--にゃー
「うん! 『猫の舞』」
ミーナはこねこを横に猫の舞を踊る。
猫達の能力が強化され、ソウの視線が釘付けだ。
「ソウくん前!」
「えっ! うわっ!」
魃・ひよりの投げた火球はその手の大きさに比例して大きくなり、4×4の12マス分。一マス1mの正方形であるからして、ソウを飲み込んだ火球は4mほど。
火球はソウを飲み込んでなお直進し続ける。
やがて火球が消滅すると、そこには黒焦げになったソウが。
「……熱い」
「そりゃね! そりゃ熱いよ!」
己にかけていた守護も溶けて、体力の約四分の一が消失する。
ミズキは慌ててソウにポーションを振りかける。緑色のエフェクトがソウを包み、HPゲージを全快にさせた。
「二人とも真面目にしなさい!」
「うっ……ボクまで怒られたじゃない」
トリアがポンポンを指して怒る。ミズキは一歩引いてソウを攻めた。
しかしソウは知らぬ顔である。
「ソウ。頑張って」
「よし! ぼさっとするなよミズキ!」
「え! えぇー!」
ミーナが踊りながらソウを応援すると、一瞬で立ち上がってまた走り出した。両手をグーにして猫のポーズをしたミーナの前だとソウはちょろいのだ。猫の舞もいい仕事をする。
「吸血コウモリはいつも通り視界を遮って! ミニ吸血鬼は三毛猫の援護」
それぞれ勝手に動きだした猫達を尻目にマッキーがクリーチャー達に指示を出す。
そして新たにガチャで手にいれたクリーチャーにも。
「『ラミア』はソウくんの後を追って!」
--クキャー
下半身が蛇の形をしたクリーチャー。ラミアはマッキーの指示を聞くと両手を広げてソウのあとを追う。
「バンパイニャ、詠唱行くよ」
--ふにゃー
バンパイニャが詠唱に入るとカードを発動させる。
「『耐熱』」
耐熱のカードは文字通り熱さを防ぐカード。
鬼の仮面に近づくにつれ『聖龍の雫』でも防ぎきれなくなる程の熱気が吸血コウモリ達を襲い、それから守る為だ。
--ふしゃー!
--ふにゃー!
猫達が思うがままに魃・ひよりの周りを高速で徘徊する。
さっきソウを飲み込んだ火球と同程度のものが猫達に向けられるが、猫達は自慢のフットワークで軽々と回避していく。そして猫達に向けられる火球の分だけソウ達に向かってくる火球の量が減った。
降り注ぐ火球が減ったソウは翼を広げて空へ飛んだ。
近づくにつれ勢いが増していく炎の波を魔力剣で切り裂きながら超特急で魃・ひよりを捉える。
「『雷光一閃』」
決められたモーションに従ってすれ違いざまに一閃。しかし振り落ちる雷は鬼の仮面に吸い込まれるように消えていき、その効果を発揮出来ない。
それどころか背中の炎輪からソウを撃墜しようと高熱レーザーを飛ばす。ソウは一瞬目を見張ると魔力剣を水平に下ろしレーザーを断ち切った。
「バンパイニャ。連続詠唱いけるよね?」
--ふにゃー!
詠唱完了したバンパイニャはその魔法を発動させず、続けて詠唱を開始した。待機させてある魔法陣が2度目の詠唱と共鳴し形を変える。
二重に重なる魔法陣が蒼く輝いた時、ラミアが合図をしてマッキーの元に戻ってくる。
「いいタイミング。みんな! 一旦下がって! 大きいの来るよ!」
マッキーが叫ぶとソウや吸血コウモリにミニ吸血鬼、魃・ひよりを撹乱していた猫達が一斉にマッキーの元へと走りだす。
全員がマッキーとバンパイニャより後ろまで下がるとすぐに異変が起こった。
それは魃・ひよりが手を降ろした瞬間。大きな音と共に空から現れる大量の鉱石。星石とも呼ばれるそれは、燃え盛りながらも轟音を立てて降り注ぐ。
──ガ……ァ……メテオ…スウォーム……
「バンパイニャ! お願い!」
--ふにゃぁぁ!
待機させていた二つの魔法が同時に発動した。
重なり合った二つの魔法陣は世界を歪ませ、一つの幻想をここに顕現する。
撃ち抜くは絶対零度の槍。
極限に研ぎ澄まされた白銀の麗槍は大気を穿つ。そして空で巻き起こる大爆発。一直線に放たれたそれは迫り来る星々を一掃した。
「まだ残ってる!」
「僕が行く」
ソウは空へ飛び上がり、なおも降り注ぐ星石の群れに魔力剣を向ける。
フィールド全体を対象としたメテオスウォームから、ミーナ達に目掛けて落ちてくるものを見定める。剣を巨大化させ、僅かに見える線をなぞる様に振り切った。
二つに割れた星石が炎を纏ってミーナ達の真横を通る。響く轟音と共に地面が割れ大きなクレーターが出来上がった。
「失敗したか……つぎ」
ソウはチラッとミーナ達を見ると、すぐに振り切った剣を握りしめて眼前に迫る星石を叩き切る。
今度は二つに割れた星石が赤い光に変わり魔力剣に注ぎ込まれた。
青色の刀身に赤い光の奔流が浮かび上がる。魔力剣の能力、『切った魔法のMPの1割を剣に取り込む』効果が発揮されたのだ。
「まだ甘いわよ、ソウ! もっと集中しなさい!」
「……分かってるよ!」
フィールドの至る所にクレーターが出来つつある中、空中でソウがまた剣を振るった。
全身を包む青色の光がスキル『超集中』の発動を知らせる。
魔力剣は微かにひかれた線と寸分違わず重なった。するとそこから青色の淡い光が漏れだし、まるで豆腐を切るように剣が星石を切り裂いた。
星石は青色の光に変わり魔力剣に注ぎこまれる。
「そう、それよ。正確に切らないと切ったとは言えないわ、もちろん1割も取り込めないわよ」
返事はない。
ただソウは迫り来る星石だけを視界に止めていた。
呼吸するように剣を振り星石を魔力に変える。
魔力剣も輝きを増してそれに応え続けた。
「…………終わった?」
「いえ、まだよ」
「え──ッ!!」
まるで星そのものが落ちてきたかのような、巨大な豪火球。
ミーナとマッキーはその圧倒的な大きさに声が詰まった。当然こんなものが落ちてきたら一溜まりもない。
マッキーやクリーチャー達はその圧倒的な質量に威圧され動くこともままならない。
そんな中、唯一ミズキだけが空へ目掛けて手を掲げる。
「『ジャストヒット』『ラックアップ』『ブレシング』!」
ミズキの補助魔法は一瞬でソウの元へと届き、光が溶け込むようにソウの中へと入っていった。
ソウは無言で魔力剣を巨大化させる。薄く、長く、目に見えないほどの小さな線を切れるように。
肩にかついだ剣は豪火球の直径を超え、その薄さは光を透過して反対側が見えてしまうほど。
狙うは一点。
迫り来る星の元へ、ソウは魔力剣を振り下ろした。
「はぁああああっ!!」
──ァ…ガ…………メテ……オ……イン…パクト…!!
爆発等は一切起きず。
静寂に包まれた中、淡い光の欠片だけがフィールドに降り注いだ。
幻想的な雰囲気を醸し出す光の一部を魔力剣に取り込み、ソウはフィールド全体を見渡す。
地面に凹凸ができ、至る所で炎が立ち込めていた。もはやまともな足場は少ないだろう。
だがマッキーとソウで守った場所だけは無事だ。地面にも、ミーナ達にも傷一つ付いていない。
「みんな! 行くよ!」
--にゃぁああ!!
鈴の音と共に金色の光柱が立ち上がる。
猫達は限界を超えた強化の末、金色のオーラを身に纏い姿を変質させた。
「『猫が小判』『猫の好奇心』」
ミーナが連続してアクティブカードを使う。
猫達への攻撃が手加減され、猫達の攻撃力が倍になる。
「張り直すね。『聖龍の雫』」
ミズキのアイテムにより効果時間が切れていた効力が戻った。
薄いベールが張り直され、耐熱性を得る。
猫達は一目散に魃・ひよりに向かう。
聖龍の雫の効果で熱気が充満している中でも行動に支障はない。
──……ガッ……ァ
魃・ひよりが地面を叩きつけると、そこから炎が噴き出した。近くの地面からも炎が噴出し、まるで波紋のように他の場所から炎が噴出する。
一定の規則性が感じられるそれは走ってくる猫達へと向けられた。
しかし金色のオーラを纏った猫達にとっては容易く避けれるものである。
面攻撃のような辺り一面を薙ぎ払うようなものじゃない限り、今の猫達は捉えられない。もはや残像を残す勢いで炎を避けて魃・ひよりに取り付いた。
ちなみに超巨大化したレインボーねこは避けようがなく、堂々と噴き出る炎のなか歩いていった。
--にゃぁあああああ!!
レインボーねこが雄叫びを上げる。
空気を震わすほどの鳴き声のあと、レインボーねこが前足を挙げた。
──ドンっ! と質量感のある音が響き渡る。
魃・ひよりの手とレインボーねこの腕が絡み合って大気を揺らしたのだ。
重量感ある前足を片手で抑える魃・ひより。そこに大量の猫が魃の体を駆け上った。
猫達は爪を立てながら前足を抑える腕に向かい、牙を食い込ませる。魃は空いている片手で猫達を振り払おうとするが、その手を遮るようにソウが現れた。
「『守護』」
大量のMPが込められた結界は魃・ひよりの巨腕すら通さない。
じきにレインボーねこを抑える手が緩み、前足が魃・ひよりを捉えた。
膝をつく魃・ひよりに猫達か離れると、ソウは結界の形を変える。
ソウを守る結界は魃を取り囲み円柱の檻となった。ソウを守るだけの適度な大きさから魃を包み込むほどの大きさになると、当然強度も落ちる。
だがそれに問題は無い。ほんの少しのあいだだけ攻撃を凌げればいい……その時間さえあれば。
「『大洪水』!」
何も無いところからマッキーの呼び声に従って大量の水が落ちてくる。
場所はもちろん円柱の真上。開かれた結界の上からなだれ込むように水が結界の中を侵略した。
ある程度指向性があったはずの水は結界の中で荒れ狂った。
魃・ひよりから発せられる熱が尋常じゃない速度で水を蒸発させるが、それよりも流れ落ちる水量の方が多い。蒸発させながらも次第に呑みこまれていく。
そして結界の外にまで水が溢れだした時、蓋をするようにソウは結界を閉じた。
完全な密閉空間。暴力的なまでの熱量が水を蒸発させようとするが、煮えたぎるだけで蒸発には至らない。やがて臨界点を迎えたそれが結界を巻き込んで収縮した瞬間……一気に膨張する。
結界が破裂し、その周辺を巻き込んだ大爆発が巻き起こった。
爆風が唸りを上げ、魃・ひよりのいた場所を中心に空間が震える。溜まりに溜まったエネルギーが縦横無尽に駆け回り、爆煙が辺りを覆い隠した。
「ソウ!」
結界を近くで維持していたソウは爆発に巻き込まれて隠れてしまう。
ミーナが焦ってソウを呼ぶが返事はない。
「ミーナ、ソウのカードを見てみなさい」
「……あっ」
トリアの声に従ってミーナはソウのカードを見る。
そこには何も入ってなく、ソウがまだやられていないことを教えてくれる。ミーナはソウのカードを握りしめてジッと砂塵の先を見つめたのだった。
蒼い稲妻が走ったのはその時だった。煙から見える小さな雷は秒を数える毎にその頻度を増していく。
「……ジャ……ジ……ント」
微かに聞こえたその声と共に轟音が鳴り響いた。
響き渡る雷鳴は暗雲を振り払い、迸る閃光は空を切る。
世界を紫色に染め上げ、ドームのように丸く穴が空いた空間の……その上空にソウはいた。
「ソウっ!」
ミーナが叫ぶがその声は届かない。
ソウはただ煙が晴れた先を見据て、静かに新たな魔力剣を構えていた。
鬼の仮面に罅が入り、その奥からは怪しく赤い瞳が煌めいていた。背中の炎輪は黒く染まり、侵蝕するように黒い靄が魃・ひよりを飲み込み始める。
「なに……あれ」
「侵蝕が始まったわ。気をつけなさい、あれは強力よ」
その禍々しいオーラを纏う魃・ひよりに思わずマッキーは後ずさってしまう。
侵蝕……いつかの階層でソウが見たボス猿と同じ現象。全身を深い闇に包まれ、まるで力が抜け落ちたように意思が感じられない。しかしその存在感は今までと明らかに格が違う。
魃・ひよりだったものは徐ろに右腕を前に翳した。
「まずいわ! 逃げなさい!」
「えっ? トリア?」
出現するは無数の黒炎。
魃・ひよりを背後に夥しい数の黒炎が掃射された。
「ちっ! ミーナ!」
ソウが急降下してミーナの前にくると、魔力剣で迫り来る黒炎を切り裂いた。
そのまま一歩も引かず黒炎を捌き続ける。途中何度か被弾するが、それでもミーナの所には通さない。
『守護』による結界は既に破られ、上級の防具が破壊される。魔力剣は黒炎を切るにつれてその輝きを増すが、比例するようにソウのHPは減少していく。
「『天の羽衣』」
ソウのHPが尽きかけた瞬間、マッキーが前に出てアクティブカードを発現させた。
マッキーを包む神聖な布が黒炎を次々と弾き返す。しかしそれも長くは持たない、羽衣に亀裂が入り次々と欠けていく。
「『イミテーション』」
羽衣が砕け散るとすぐに模倣する。
直前に使ったアクティブカードと同じ効果の持つそれは、失った羽衣を蘇らせた。
--うにゃ
「…………うん。バンパイニャ『フリージングブルグ』!」
--うにゃーー!!
バンパイニャがマッキーと目を合わせると……雄叫びを上げて迫り来る黒炎の海に突貫した。バンパイニャの中から青色の光が溢れだし、空中で幾重にも魔法陣が刻まれる。
これはバンパイニャが選んだことである。
地面から厚い氷壁が立ち上がり、黒炎から守る城壁と化す。氷壁の中ではバンパイニャが取り込まれ、両手を横に広げたまま凍っていた。
鈍い音が木霊し黒炎が氷壁を焼き貫こうとする。
黒炎と衝突した場所が溶けだし、あるいは崩れ落ちていく。しかし強力な黒炎を何度受け続けてもなお氷壁は打ち砕かれない。
「ソウ。このエリア限定の回復薬飲んで!」
「助かる」
今が好機とミズキが回復薬片手にソウの傍による。
ソウは回復薬を受け取るとすぐに飲み干した。
「限定一個しか買えなかったからこれっきりだからね」
「ああ」
SIM限定でのショップから買った回復薬だ。
ソウのHPは一瞬で満タンになる。そのあとすぐに目の前の氷壁を見た。この短期間で氷壁の大部分が崩れ、突破されるのも秒読みだろう。
「マッキー。何秒持つ!?」
「1……20秒!」
「分かった」
ソウは翼を広げて氷壁を超えた。
目指す先はもちろん黒く染まった階層ボス。並みいる黒炎を回避、または切り進みながら魃・ひよりへと迫る。そしてそのまま一つの技を発動させた。
「『雷光一閃』」
すれ違いざまに一閃するとすぐさま反転、剣を振りかぶる。
「『我流・一太刀』」
光を散らしながら魔力剣で叩き切る。
勢いを殺さずに空を駆け巡り、決められたモーション通りに剣を振るう。
「『皇翼剣・天翔』」
黒く染まった魃・ひよりを超高速で切り昇っていく。
何回、何十回もの斬撃を繰り出したあと、飛び出るように魃・ひよりの前へと躍り出た。
魔力剣の輝きが増していき、剣先を魃へと向ける。
設定されたモーション通りにソウは魃・ひよりへ突撃した。
青色の光が一直線に伸びる。
光は魃の胸元へ吸い込まれるように進み、剣先が触れようとした所で……叩き落とされた。
青色の光は屈折するように曲がって地面に衝突する。
小さくクレーターが出来て砂煙が立ち、ソウがその中で倒れ伏した。
魃が拳を握りしめソウに追撃する。振り下ろした巨大な拳は大地を割り、黒炎を撒き散らす。
「……ヤバかった」
間一髪のところでソウが空に逃げ延びた。
翼が折れて羽が抜け落ちる。ソウの姿は全身ボロボロで魃・ひよりの異常さが露骨に出ていた。一撃でこれである。
魃・ひよりから一旦離れてふと大量の黒炎が降り注いでいない事に気付く。
見ると氷壁は完全に崩れ、マッキーの羽衣が消えかかっていた。マッキーの後ろは完全に守られた証拠である。
しかし守られたのはバンパイニャとマッキーの後ろのみ、ミーナやミズキと数匹のクリーチャーだけが生き残っていた。それ以外の場所にいたクリーチャーは黒炎にやられて姿はもう見えない。
「ありがとう。バンパイニャ」
--うにゃー
バンパイニャはマッキーに抱かれてカードに戻っていった。再召喚可能時間は20分、次に召喚するのは戦いが終わってからになるだろう。
「ミーナちゃん。平気?」
「うん。ごめん」
「ううん。それよりも」
「戦いに専念しないとだね。猫ちゃん達にも後で謝らないと」
ミーナは今いる猫達を確認しながら言う。
今いるのは『こねこ』『ねこ』『黄ねこ』『三毛猫』。他の猫達はさっきの攻撃でカードに戻ってしまった。だがのんびり悲しんでいられない、まだ魃・ひよりは健在である。
しかし魃・ひよりの攻撃はこれで終わりではなかった。
「ソウっ!」
ミズキが空を見て叫ぶ。
そこには熱線に貫かれるソウがいた。
腹を大きく抉り、胴体に穴を開ける。魔力剣がソウの手から離れ、地面に刺さった。
ミーナ達を案じた隙が生じた致命的なミスだ。
ソウは力なく空から地に堕ちる。HPゲージが全損し、身体は光に溶けだしていく。
「……すまん。あとは頼む」
やがてソウだった光はミーナのカードに引き寄せられて消えた。
「…………うそ」
信じられない様子で呆然と立ち尽くすミーナ。その手のカードにはソウが幽閉されていた。
隣にいるマッキーも動揺を隠せない。戦線を維持していたのは紛れもなくソウが居たからである、いなくなればどうなるか考えるまでもなく。
「二人とも! まだ終わってないよ!」
ミーナ達を狙って撃ってきた熱線をミズキが跳ね返す。その手には一枚のカードが塵へと変わった。
「そうよ! ボケっとしてないで頑張りなさい!」
トリアもポンポンを持って応援する。トリアが戦闘に加わることないが、それは敗北してほしいからではない。歯痒い思いをしながらもミーナ達を叱咤した。
「……やるしかない、か」
ミズキは目を閉じて大きく深呼吸する。
心の中を整理して覚悟を決めた。
「[俊敏強化][筋力強化][肉体強化][反応速度上昇][耐性上昇]アイテム『月の調べ』『聖龍の雫』『退魔の鎧』アクティブカード『イムクス』『タヒディ』魔法『グロウアップ』『ブレシング』『スロータイム』……出し惜しみは無しでいくよ」
ミズキに次々と補助効果がかかる。ミズキの声に従って全身に点滅が繰り返した。
ソウが落とした魔力剣はまだ消えていなく、ミズキはそれを拾うと魃・ひよりに向かって駆け出した。
「ラミア。まだ行けるね?」
--クキャー!
下半身が蛇のラミアにマッキーが問いかける。
ラミアは両手を広げて返事をするとみんなを守るように前に出た。
数々の黒炎を捌いてミズキは魃・ひよりに迫る。
足に力を込めて跳躍する。黒く染まった腕がミズキを狙うが空気を踏むように一回転、腕の上に乗りまた走り出す。
--にゃ
--にゃにゃー
猫達がミーナにすり寄ってくる。
呆然とするミーナに『元気だして』と『まだ頑張るよ』と伝えているのだ。
「……うん。のんびりしてられないもんね! 頑張ろう!」
--にゃー!
『ねこ』と『黄ねこ』がミズキのあとを追って駆け出した。魃・ひよりはミズキに気をとられて猫達には気づかない。
二匹の猫は魃の足元に着くとそのまま足先を攻撃し始めた。
「『サンダーエッジ』……やっぱり雷は効かないか。ちょっと高かったけど『ホーリィレイン』」
生じる雷は全て鬼の仮面に吸い込まれる、黒く染まった今でもそれは同じだった。
ミズキは魃の体に乗ったまま光の魔法を使う。今度は吸い込まれることなく聖なる光の雨が魃・ひよりを焼いていく。
──ガァ……ァァァ
『痛い! 痛い……いたいよぉ』
その声はミズキにしか届かない。
胸が締め付けられる思いを隠して、ミズキは平然を装う。少しでも動揺すれば今立っているひよりの肩から、黒く染まった背中の炎輪から、どこかしこからくる攻撃を捌くことは出来ない。
「ごめんね。もう少し、我慢してね」
ミズキは振るごとに薄くなる魔力剣をひよりにぶつける。影のような黒い何かが槍のようにミズキを狙い、それから逃れるようにミズキは走る。
「[体力増強]」
腹に刺さる黒い影。
流れてくるひよりの感情。言葉を失ったエネミーが零す悲痛の叫び。
『痛い、いたいイたイいタイイタイ──痛い! やめて……もうやめてよぉ!』
「…………っ!」
腹に刺さる影を魔力剣で叩き切る!
止まることはもう許されない。それにもうミズキはひよりから大事な言葉を貰っているから。
初めに助けてと言っていたから。
だからミズキは走る。
跳ぶ。切る。切る。切る。叫ぶ。
「ぁぁああああ!! 武技購入『グランドクロス』!」
その手には光り輝く聖なる剣。
巨大な十字型の斬撃がひよりの胸を撃ち貫いた。
迸る光が魃・ひよりを蝕み、魔を討ち滅ぼす。
──ァァァ……アア
魔力剣が空へと消えて、ミズキは落ちていく。
一部魔法の効果が無くなり、力が抜けていく感覚を感じながら目を閉じる。ひよりは今だに健在で、もがき苦しむ姿は見ていられない。
「ラミア!」
--クキャー
ミズキが地面に衝突する寸前でラミアがミズキを受け止めた。
ミズキは目を開いて状況を確認する、ラミアの上質な肉質がクッションとして衝撃を和らげたようだ。
「ありがと、ラミア」
--クキャ
ミズキはラミアを一撫でしてすぐに離れようとする、が。ラミアがニコニコ顔で頷くと、離れようとするミズキを尻尾で包んで離そうとしない。
「えっ? ら、ラミア?!」
──カプっとラミアが首筋に噛み付いた。
小さく流血エフェクトが流れ、ラミアの唇に吸い込まれていく。
--クッキャ
吸血が終わると満足気な表情でミズキを離した。
突然の事に困惑するミズキだったが、自身とラミアに補助効果のエフェクトがすることにより納得する。
そして"汚染"の状態異常だったことに気付く。
ラミアはそれの治療をしていたのだ、ラミア本人も吸血によりパワーアップしている節がある。
ミズキは再び気合を入れて魃・ひよりを見据えた。
全てが黒く染まり、漆黒の鬼面からだけは真っ赤な瞳を覗かせる。
その巨大な体格から黒炎が至る所に発生し、背中の輪は黒く燃え続けた。
そして魃を見上げていたミズキは異変に気付いた。
鬼の仮面、その口元に赤い……紅色の何かが集束していく。それは秒を数えるごとに大きく膨らみだしていた。
急速に蓄えられたエネルギーが形を成して小さく鼓動する。
赤い瞳が忙しなく動きだし……ふとマッキーと目が合った。
「──ッ!! 『幻視』!」
瞬間膨大な熱量がレーザーとなりマッキーのすぐ横を焼き払う。
地面が抉れ、爆風が唸りを上げる。
マッキーは目を横にずらして確認したあと、冷や汗が滝のように流れ落ちた。後一歩遅ければマッキーどころか、その後ろにいるミーナすらもやられていただろう。
「気を付けてマッキー! もっかいくるよ!」
再度集束されていく紅の光。
『幻視』の効果が切れたのか今度はマッキーを見据えたままだ。
「ヤバっ………!」
「マッキー。猫ちゃんを上に飛ばせれる?」
「ミーナちゃん? う、うん。ラミアの尻尾でならいけると思う」
ミーナ達が相談しているあいだにも集まる光は増し続けている。第二射目も秒読みだ。
「タイミング合わせて足狙いね」
「あっうん!」
「『三毛猫』。間に合う?」
--にゃー!
三毛猫は「任せろ!」と言わんばかりに鳴くと、高速で『ねこ』と『黄ねこ』の元へ。
--にゃー!!
--にゃ? にゃー!
--にゃー!
ミーナには分からないが、意思疎通は出来ているようである。
限界まで膨らんだ破壊の光が小さく鼓動しだす、もう時間が無い。
「ラミアお願い!!」
--クキャー!
三匹の猫が助走をつけてラミアの尻尾踏んだ。
--クッキャー!!
ラミアの弾むような尻尾が三匹を持ち上げ、勢いをそのままに魃・ひよりの膝まで打ち出した。
--にゃー!
--にゃーー!
--にゃぁああ!!
集束された光がレーザーとして放たれたのと同じタイミングだった。
膝が曲がり体勢を崩した魃・ひよりは少し上向きに仰け反る。放たれたレーザーがそれに比例して軌道が変わり、マッキーの真上を通過していった。
「ミズキ!」
「[俊足]」
ミーナが叫ぶと同時にミズキがステータスを追加させる。
そして一足で跳んだ。曲がった膝を足場に黒く染まった巨体を駆け上がる。
「『ライトセイバー』」
すぐに肩まで上がると光の剣を持ち、第三射の準備をしだした鬼の仮面目掛けてまた走り出す。
足場を捨てて仮面の前まで飛び出ると、ライトセイバーを力一杯振るう。
「『ウィンドボール』」
空中に出現したウィンドボールを足場替わりに、ミズキはもう1度仮面に肉薄した。
ライトセイバーが黒い鬼面の亀裂を大きくさせる。
「『ウィンド──っ!」
仮面から滲み出る黒い影がミズキを襲い魔法の使用を妨害する。槍のように迫りくる影をミズキがライトセイバーでいなすが、足場を作ることが出来ずに地面へと降下してしまう。
「『ジャストヒット』」
ミズキは落下しながらも体を捻りライトセイバーを構える。
そして思いっきりぶん投げた!
「爆!」
──……ァァ……ァ
額に刺さったライトセイバーが爆発し、光の奔流が鬼の仮面を飲み込んだ。
鬼の角がへし折れて集まっていた紅色のエネルギーが霧散していく。
「今よ、ミズキ! 何がなんでも這い上がりなさい!」
「ちょっ! タイミングが!」
「任せて『浮遊』」
トリアの叫びにミーナが応える。
重力に従って落下していくミズキが僅かな浮遊感と共に宙に留まった。
「脚を動かしてイメージして!」
ミーナの言う通りミズキは空気を蹴るように脚を動かす。想像した通りにゆっくり体が上昇し、怯んで動きの止まった魃・ひよりのへ向かう。
ひび割れ欠けた仮面の元へ戻り、ミズキはもう1度空を蹴った。
「『禁呪の札』……ひよりちゃん、いくよ!」
取り出したのは一枚の札。
ミズキは力一杯禁呪の札を鬼の仮面に押し込んだ。
──ガ……ァァァ……ァアア!
黒き怪物は叫び声を上げて苦しみだす。
仮面に張り付いた札が全身の闇を取り込み始める。禁呪の札によって闇が急速に吸い込まれていき、魃・ひよりは本来の姿を取り戻していく。
燃え盛る胴体、背後から照らす輪炎、その全てが赤く輝きを放つ。
やがて札が闇を全て吸い上げると鬼の仮面は粉々に砕け散り、ひよりの在り方に影響を与えたのだった。
BOSS:妭・ひより
火塵が宙を舞う中、その中心でミズキは呆然と佇む。
ひよりの鬼は跡形も無く消え去り、いつの間にかミズキの前には等身大の女性が無垢な笑みを浮かべていたのだった。
「……ひより、ちゃん?」
「うん。そうだよ」
その姿は今までのひよりとは何から何まで違って見えた。
真紅の衣を羽織り、真っ赤に燃える輪光がひよりを照らす。
「随分大きくなったね」
「あはは、お陰でおねーちゃんと同じ目線で話せるよ」
何より違ったのはひよりが成熟していたことだろうか。
流暢に言葉を返すひよりは以前よりもずっと大人びていた。
ひよりは両手から炎を生み出し、その中から1通の手紙を取りだす。
「これね、おじいちゃんへの手紙。届けてもらってもいい?」
「……うん。必ず届けるよ」
大切な人への最後の言葉。
ミズキはおじいちゃんへの手紙をとても大切に受け取った。
ひよりはそれを確認すると、未練が無くなったのか満足気な顔で光に包まれていく。
「ひよりちゃん!」
「大丈夫だよ。ひよりはパパとママのいる星に還るだけだから」
心配するミズキをよそにひよりはとても晴れ晴れとしていた。
「ひよりはね、ずっと怖かったんだ。ひよりがいつかおじいちゃんを殺してしまうんじゃないかって」
光の勢いが時を経つにつれて増していく。
消えかかる中、ひよりはミズキの手を掴んだ。
「だからね、おねーちゃん」
真っ直ぐミズキに向けて笑う。
「助けてくれてありがとう!」
空に大輪の花が咲くように。
屈託のない笑みを浮かべてひよりは彼方へと消えていった。
鳴り止まないファンファーレや、ダンジョン攻略を知らせるシステム音。騒ぎだすミーナやマッキー達。それらを全て無視してミズキはひよりの"ありがとう"を受け止めると、ボソッと言葉を零した。
「まったく……"どういたしまして"くらい言わせなよね」
「頑張ったんだから」とひよりの居た虚空へと言葉を投げかけて、困った様に笑う。
ミズキはひよりから預かった手紙を大事に保管して、グッと背伸びをした。
そのあとは爽やかな表情で背を向ける、ふり返りはしない。トリアとマッキーに抱きついているミーナや、片手を振って迎えてくれるソウの元へ進む。
その瞬間、アクティブカード『浮遊』の効果が切れて強烈な浮遊感がミズキを襲う。
突然の事に反応出来なかったミズキはそのまま地面へと落っこちてしまった。
「イテテテテ! ……ほんと、締まらないなぁ」
土煙が舞う中で、ミズキは倒れたまま苦笑する。
『ボクらしいな』なんて心の中で呆れながらも、土煙が晴れるまで大の字で転がった。
「大丈夫か? ミズキ?」
土煙が晴れて声の方に目を向けると、ソウが手を伸ばしていた。
心配そうな顔とミーナ達をほっておいて来たことがおかしくて、ミズキは笑う。ケタケタと笑うミズキに怪訝な顔をするソウだが、そんな事はお構い無しである。
「大丈夫だよ、ありがとっ……ふふっ」
「なんだよいったい……」
「何でもないよ、なんでも」
ミズキはソウの手を掴んで立ち上がってもなお笑っていた。笑いすぎて零してしまった涙を拭くと、ミーナ達の待つ場所へソウと歩いていったのだった。