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VRMMO バーチャルってなんだっけ?  作者: 肉うどん
第7章 仮想世界
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69話 イベント七日目


 イベント七日目。


 朝、ミズキこと根元瑞輝ねのもとみずきは目が覚めると真っ先にコネッキングの電源をつけた。そして寝巻きのまま朝支度を整える。


 「『歯磨き粉』『歯ブラシ』『水』」


 瑞輝が言った通りに歯磨き粉、歯ブラシ、少量の水がコップと共に現れた。

 軽く歯磨きを済ませると、口の中にある水をコップの元に戻した。すると出現した全ては跡形もなくその場から消える。


 SIMのプレイヤーは手に入れたアイテムを現実世界でも使うことができ、ゲーム通りに一度使うと無くなってしまう。瑞輝もよく分かっていないが、そういうものだと考えることをやめた。


 「『朝食・軽』」


 続いて出現したのは食パンに目玉焼き。

 これは食べたあとに消えたりしないのかは甚だ疑問であるが、ミズキは躊躇いなく食べる。


 食べ終わるとすぐに謎カプセルの中へ。

 謎カプセルのシステムが起動し、瑞輝の意識を深く沈めた。



 瑞輝がミズキとして目が覚めると真っ先に街の外れへと足を運ぶ。

 街の外れには小さな商店があり、その店の店主と少しの間雑談を交わすと店主の孫であるひよりがやってきた。


 「おはよう、ひよりちゃん」

 「うん。おはよう、おねーちゃん」


 前日のように倒れ込むひよりはもう居なくなり、元気な姿でミズキと挨拶をする。

 それは超特殊ダンジョン草を使ったわけじゃなく、ただ単に時間が解決しただけである。正確にはひよりの飲んだ薬の効果が切れたのだが。


 「朝食でも食べていくかい? ひよりも喜ぶ」

 「……いえ、ボクはもう済ませているので」

 「そうかい? ならいいんだけどね」

 「気持ちだけ有難く受け取っておきます。それじゃあひよりちゃん、おねーちゃん頑張ってくるから」

 「……うん」


 ひよりが頷くとミズキは優しく撫でた。

 最後になるかもしれない家族揃っての朝食だ、邪魔する気にはなれなかった。


 「いつものでいいかい?」

 「はい、お願いします」


 小さな商店で買い物を終えると、頭を下げて店を後にする。

 それからミズキはダンジョンにむけて準備を整え始めるのだった。












               ★










 「ミズキ! そっちに行った!」

 「分かってる! 『ライトエッジ』」


 ソウの守備範囲から脱し、ミーナやマッキーに向かうエネミーをミズキが魔法で撃墜する。

 全身が骨で出来ているスケルトンという名のエネミーは光の刃に切り裂かれ、あっさりと崩れ去った。


 ここはFANTASY&CREATURE合同ダンジョン、階層は40層。

 エネミーもはじめの頃とは比べ物にならないほど強くなっていた。


 「バンパイニャ。魔法詠唱開始」

 --うにゃ


 マッキーの前で宙に浮かぶバンパイニャが黄色い光に包まれた。

 小さな光の粒がバンパイニャの足下から大量に発生し、頭の上で儚く消える。


 「赤ねこ。バンパイニャを守ってね」

 --にゃにゃ


 詠唱するバンパイニャに向かうスケルトンを赤ねこが踏み潰す。

 人の背丈の約2倍はある赤ねこが眼下に群がるエネミーを睨みつける。


 --うにゃーうにゃー!

 「詠唱完了! みんな離れて!」



 ソウ達が離脱するとバンパイニャの魔法がスケルトンに向けて放たれる。

 赤い旋風が巻き起こり、大量のスケルトンが空に舞う。


 「おぉー! 凄いなぁ」


 ソウは目の前で起きる炎風を呑気に眺めると、炎の中残ったエネミーを屠りに行く。


 「どっちが凄いんだろうね」


 そんなソウを眺めながら呟くミズキの言葉は巻き起こる炎の渦へと掻き消えた。




 「赤ねこ、お疲れ様」

 --にゃにゃ


 戦闘が終わると恒例となったクリーチャー達の労い。

 自分の背丈よりも大きくなった赤ねこの頭を撫でると、ソウが物欲しそうにミーナを見た。


 「ソウもよしよししてあげるね」


 ミーナに頭を撫でられるソウは猫と同レベルである。

 ミズキはそんなソウ達に苦笑するとショップを開いて目を通す……そして見つけた。


 「あった。超特殊ダンジョン草」


 ダンジョンの遥か上層、40層に至る階層にてようやく目的の物がミズキの手の届く範囲に現れた。

 売り値は0DP。さっそく大量買いしようとするも、個数制限により1本しか買うことが出来なかった。


 「まあ、そう簡単にはいかないか」


 超特殊ダンジョン草は一度買うとSOLD OUTと表示されて売り切れになってしまう。

 ひよりの祖父が言っていた通り稀にしか手に入らないというのはこういう事だったのか、と一人ミズキは納得した。

 必要本数までまだまだである、ミズキは気合を入れなおすとショップ画面を片目に歩き始めた。


 「あと10層もあるのかー」

 「どうしたの? マッキー」

 「んー長いなーって」


 眉を下げてマッキーは笑う。

 今日はずっとダンジョン攻略をしているのだ、おかげでここまで来たのだがマッキーはもうヘトヘトである。

 昔に流行ったログイン不可のダンジョン攻略型VRゲームはこんな感じだったのか……とマッキーは遠い目をした。


 「確かに下層みたく簡単には行かなくなってるしな」


 ソウもマッキーの言葉に同意する。とはいってもソウの場合スキル上げも兼ねているため余り苦ではなさそうだが。


 「簡単に攻略されたら困るもの。勿論あの手この手でプレイヤーを倒しにかかっているわ」

 「あはは、それトリアさんが言っても大丈夫なんだね」


 トリアが自慢げに言うが、マッキーは運営さん聞かないでと冷や汗気味だ。

 しかし朝から攻略を続けてもう昼を大きく過ぎてしまっていた、疲れてくるのも無理はない。


 「そろそろ休憩にしよっか?」

 「さんせー」


 ミーナが休憩を提案すると、いち早くマッキーが賛成する。

 ソウとトリアもミーナに反対することはなく、休憩モードに切り替える。


 そしてミズキはというと……。


 「ミズキちゃん居なくない?」


 マッキーが辺りを見渡して呟く。

 いつの間にかミズキが居なくなっていた。


 「えっ、どこいったんだ、あいつ」


 ソウが飛んで上空から探してみるも見つからない。ソウ達はその場から動いていないのにも関わらず、ミズキが迷子になってしまった。


 「……とりあえず休憩するか」

 「いやいやいや! ミズキちゃん探さないの!?」

 「まあ直に戻ってくるだろうし」


 地面に降りて休憩を優先するソウ。マッキーがツッコミを入れるが、あっけらかんと笑いとばす。心配はしていないようである。

 ミーナにいたっては休憩する猫達と遊んでいた。


 「ミズキは今交戦中ね。半泣きで助けを求めているわよ?」

 「えぇー! と、とりあえずコールしてみるね!」


 トリアはどこかを見たあとミズキの状態を説明する。

 それを聞いたマッキーが取り乱しながらもメニューからミズキにコールした。


 「も、もしもしミズキちゃん?」

 『あっ、マッキー! ごめん、ソウ達呼んでくれないかなっ? ピンチ! 超ピンチ!『──ドンっ』──うきゃー!』


 ミズキはコールに出ると皆目一番にソウを呼ぶ。

 その声は焦りを含んで、最後には爆発音と共に何か叫んでいた。


 「あっえ!? ソ、ソウくん! ミーナちゃん! トリアさん! ミズキちゃんが超ピンチ!」


 マッキーはミズキと同レベルの焦りを含んでソウ達に知らせる。

 あたふたとしてミズキが超ピンチとしか伝わらない。何がどうピンチなのかは、そもそもミズキが言ってなくて伝えようがないのだが。


 「お、おう。とりあえず何処にいるか聞いてもらえるか?」

 「う、うん! ミズキちゃん! 今どこ?」

 『わ、分かんないぃいい!』


 ソウが休憩を取り止めて聞くが、ミズキはそれどころではなかった。

 マッキーとコールで繋がっている今、爆発音がマッキーのコール画面から継続的に鳴り響く。


 「トリア」

 「んー、ミズキは今41層にいるわね」


 ミーナがトリアに頼ろうとして、トリアが先に応える。

 そして何故かミズキは1層上の41層にいた。


 「41?」

 「41ね」


 それは聞き間違いでも無く、トリアが言うのなら疑いようのない事実であった。

 ソウは半ば呆れ気味に「マジかよ」と呟いて、致し方ないと武器を紫光剣に変える。豪華な装飾に紫色の雷が迸り、薄く輝く剣を手に取った。


 「ソウそれカッコいい!」

 「だろ! 分かる? ミーナ」

 「分かる分かる!」

 「これはな、意味わからないほど大きい狼を倒した時に手に入れた剣なんだよ。なんとこの剣は──」


 ミーナがソウの紫光剣をみると目を輝かせてくる。ソウもそれが嬉しいのがテンションを上げて自慢げに話し出した。聞いてるミーナは「おおー!」とか「へぇー!」とか楽しそうである。

 しかしマッキーはコールで繋がっているミズキの声を聞いてそれどころではない。


 「ちょっ、ちょっと待って。早く行かないとミズキちゃんが危ないよ!」

 「そういえばそうだった。いい所だけど行くか」

 「はーい。ミズキ救出作戦、開始だね!」


 マッキーの言葉でソウ達は正気を取り戻し、ミズキを救出するために動き出す。

 ミズキが無事救出されるか前途不安なマッキーだった。


 「ふっ。この紫光剣の前に敵は無い! ……決まった」

 「おおー。思ったより凄い」


 しかし不安はいい意味で払拭される。

 ミーナにおだてられて調子に乗る痛々しいソウだが、紫光剣・アーダルベルトの前では40層のエネミーといえど一瞬であった。今までの武器とは文字通り格が違う。


 これまでの戦いが嘘のように、スムーズに階層を進むソウ達。

 マッキーもこれなら安心である、ミーナが恥ずかしいソウの虜になっている事が少し心配だが。


 「ミズキちゃん、まだ生きてる?」

 『い、一応……お陰でDPがすごい勢いで減ってる』

 「もう少しの我慢だから頑張れ」

 『う、うん』


 ミズキにとりあえず希望を持たせて、急ぎ41層へと向かった。

 ミーナのキラキラした目により、ソウはどんどんカッコつけていることは言わないでおいた。ニヤついた笑みでトリアか動画を撮っているみたいだから、後で観ることになるだろう。

 その時にはソウも正気を取り戻しているだろうから、絶望に打ちひしがれるのはその時だ。


 怒涛の勢いで階層を進み、ソウ達の前には巨大な骸骨が姿を現した。

 ボス名は餓者髑髏。骨が集まり人の形をとった人ならざるもの。


 「見つけたよ! 40層のボス!」

 「ソウ! ファイト!」


 ソウは翼を広げ、青色のオーラを纏い高速で駆け抜けた。

 剣を横に構えすれ違いざまに一閃。そして振り落ちる雷。


 「……雷光一閃」


 階層ボスをまさに鎧袖一触。

 雄叫びを上げるまでもなく一瞬で光へと変わった。


 そしてさり気なくソウは技製作機能で技を作っていた。

 これで作られた『雷光一閃』を見るたび悶えるに違いない。知らず知らずのうちに黒歴史を産出するソウはこの時……とてもいい気持ちだった。


 「こっちね」


 そして41層。

 トリアが指差した方向を突き進むと、エネミーに囲まれて何かを叫びながら逃げ続けているミズキの姿があった。


 「おーい! 助けに来たぞー!」

 「えっ? ソウ! 助けにきてくれたんだ! ありがっ──」


 ──ドンっ!


 大爆発がミズキを吹き飛ばした。

 ソウ達が来たことに気を取られて余所を向いた瞬間である。


 ミズキは宙に放物線を描いて、丁度ソウの目の前まで吹き飛んだ。


 「──と。結構ヤバかったんだ」


 見ればわかる。


 ミズキはソウ達が40層を攻略して、41層でミズキを見付けるまで一人でエネミーと戦っていたのだ。もうボロ雑巾のようにボロボロである。……平気でソロ攻略するソウの方が間違っているのだ。


 ソウはエネミー達を見渡す。

 このダンジョンではエネミーの名前がスキルの有無関係なく表示され、レイスという名のエネミーが辺り一面を埋め尽くしていた。


 「運悪くモンスターハウスに飛ばされたみたいね」

 「モンスター? エネミーなのにどうしてモンスターハウスって言うんだろう」

 「マッキー、細かいことは気にしてはいけないわ」


 ソウの後ろで何やら言っていたが、ともかくソウは手を前に向ける。


 「『守護』」


 突如張られる結界に連続して爆発音が響く。

 半透明で人の形を取っているような姿、どうやらレイスは魔法を使うようだった。


 結界を破ろうとするレイスの魔法は止まらない、とめどなく結界に向かって爆発魔法を放ち続ける。やがて結界にヒビが出来ていき、爆風がソウとミズキを撫でた。


 「よく今まで持ち堪えられたな」

 「……大変だったんだよ、聞いてくれるの?」

 「この戦闘が終わったらな」


 ──パリンっ!


 「『守護』」


 割れた結界を維持するためにもう1度守護を発動させる。


 --にゃー!

 --ふしゃー!


 そして横を通っていくクリーチャーが二匹。

 結界から出ていく二匹のクリーチャーは、レイス達の魔法が当たってもびくともしない。

 元々守護されていた『白ねこ』に『ミニ吸血鬼』がレイスの群れを縦横無尽に駆け巡る。


 「バンパイニャ。詠唱いくよ」

 --ふにゃー!


 「『ねこ トレース』強化」


 バンパイニャがマッキーの前で詠唱を開始し、三匹の猫がソウの前を躍り出た。

 白ねことミニ吸血鬼が切り開いた道を駆け抜き、次々と敵に攻撃を加えていく。


 「よし、ミズキは一旦退却するぞ」

 「了解」


 ミズキは倒れた体を起き上がらせて後方へと下がる。ミズキを対象に守護していた結界もそれに従い移動し、ソウは結界の外へと足を踏み入れた。


 --うにゃうにゃー!

 「詠唱完了、いくよー!」


 バンパイニャから一直線に地面が凍りだし、エネミー達の近くにいくと大きく広がった。

 凍った地面から氷柱の様なものが幾重にも伸びてエネミーを捉えだす。

 氷柱に捕まったレイスは次々と氷漬けになり徐々にHPを減らしていく、状態異常凍結に陥ったレイスは猫達とミニ吸血鬼が叩くだけで崩れ落ちた。


 「……ふぅ」


 ソウが紫光剣を振りかぶると、そのまま横に一閃。

 紫電が剣をなぞるように形を成し、凍りついたエネミーに向かって突き進む。動くことが出来ないレイス達は迫り来る雷の刃に成す術なく貫かれた。


 「全(ねこ)突撃ぃい!」


 ミーナが上機嫌で猫に指示を下す。

 今まで待機していた猫が一斉に飛び出し、残ったレイスにトドメを刺していく。

 本来なら猫が41層のエネミーを倒すのは難しい。だが限界まで強化されている事に加えて、ミズキから100ポイントの応援を受けている今だけは例外である。


 --にゃー!

 --にゃ? にゃー!

 --にゃにゃん


 やがて一帯のエネミーを借り尽くしミーナの元へ戻る。

 ミーナは一匹ずつ猫を撫でて精一杯褒める。中には傷付いた猫もいるが、ミーナはカードに戻すことなくミズキの元へと連れていく。


 「青ねこ治してあげて」

 「任されたり。それじゃこのハイポーションを飲んでね」

 --にゃー

 「ありがと、青ねこ」

 --にゃ


 ミズキが猫皿にハイポーションを入れると、青ねこはそれをチビチビと飲みだした。

 青ねこが飲むにつれて傷がみるみるうちに塞がっていく、そして飲み終わるころには青ねこの傷は完全に塞がっていた。


 ミズキがクリーチャーを癒すことによって、ミーナやマッキーはクリーチャーをカードに戻さなくてすむ。カードに戻すことで強化は初期化されるからして、ミズキがクリーチャーを回復させることで強化状態が続き比較的楽にダンジョンを進むことが出来るのだ。


 「じゃあ改めて休憩にしない?」

 「だねー」


 ミーナとマッキーは疲れを隠さないでその場に座り込んだ。

 休憩しようとしてから1層攻略したのだ、流石にもう動けない。

 猫達を回復し終えたミズキも一息付いて座り込む。


 「あー。助かったぁー」

 「お疲れさん。それで? 詳細は?」

 「聞きたい?」

 「それはもう」


 メニューを操作するミズキに、ソウが全員を囲むように『守護』を張りながら聞く。

 ミズキは画面に目を向けながら助けに来るまでのことを話しだした。


 「いやそれがね。画面見てたら地面が急に光りだしてね」

 「転移系のトラップね。よかったわね、最上階に行かなくて」

 「それだったら絶対助からないね」


 ミズキの説明にトリアが解説してくれる。

 もしかしたら最上階コースもあったわけだ。


 「それで気付いたら周りはさっきのエネミー達でね」

 「それは興奮するな」

 「しないよ」

 「それでそれで?」


 「流石に数が数でしょ? 隠れてやり過ごそうとしたんだけど──」

 「それから永遠と追いかけっこで──」

 「金《DP》がない! 財政難だよちくしょー!」


 愚痴とも取れる説明をひたすらソウにするミズキ。

 最後にはもう説明と呼べるものではなくなり、ただの嘆きと化していたが。しかしこの場所にも目的のアイテムがあったみたいで「まぁいいか」と一人ため息をついていた。


 ちなみに途中からどうでも良くなったトリアはミーナ達の話に混じって休憩していた。猫達と戯れている姿はとても愛らしかったそうで。


 「そろそろ行くか」

 「おけー」

 「うん。ソウもあの武器使ってね! カッコいいから」

 「かっこ……いい。……ああ、もちろん!」


 「トリアさーん! そろそろ出発だってー!」

 「分かったわー!」


 ソウが出発を合図すると皆も賛同して立ち上がる。

 トリアだけは何故か巨大化した猫の背中に乗っていたが。


 休憩は充分に取って、再度攻略を開始したミーナパーティ。

 ソウが本気(紫光剣)を出したことによって攻略は前よりスムーズに進むのであった。












               ★










 「超特殊ダンジョン草です」

 「……確かに」


 ミズキはひよりの祖父に超特殊ダンジョン草を渡す。祖父はそれを確認すると深く頷いた。


 「ありがとう。おねーちゃん」

 「……ひよりちゃん」


 隣ではひよりが祖父の手を握っていた。

 様子からしてひよりは超特殊ダンジョン草のことを聞いているのだろうか。


 「ひよりとは朝しっかりと話し合ったよ」

 「そうですか」

 「おねーちゃん。気付いて、いたんだね」

 「うん」

 「……今までありがとう」

 「……うん」


 ひよりはその場に机を持ってくると、薬を作る用意を仕出した。

 祖父も静かにその用意を手伝いだす。それはこれまでのすり鉢等ではなく、大きな木製の機械にダンジョン草ではない他の材料もある。


 「これから作るものは簡易的な物では作れないからね……ひより、準備はいいかい?」

 「大丈夫だよ、おじいちゃん」


 祖父はひよりを見て頷くと二人は作業を開始した。

 祖父が主体となってひよりがその補佐をしているのだが、二人が製薬している姿は真剣そのものだ。ひよりに至ってはこれまでよりも真剣で、楽しそうである。


 「ひより、次の工程に移るよ」

 「うん」


 見れば祖父も少し頬が緩んでいた。集中しているからか大量の汗を拭いながらも、その表情に憂いは無くて。

 そして出来上がった解呪の薬。神々しく輝くそれは、間違いなく二人の想いが詰まっていた。


 「……できた」

 「あぁ、完成……したね」


 優しく上手く笑えない。その理由は祖父から流れ落ちる一本の涙を見ればすぐにでも。

 出来上がった薬をひよりは愛おしそうに見つめる、まるで祖父の想いを薬を通して受け取っているかのように。


 「おじいちゃん。ひよりは……ひよりはおじいちゃんの癒しになれたかな? 少しでも寂しくなくなったのかな?」

 「もちろんだよ。ひよりが居てくれたから、おじいちゃんはおじいちゃんで居られた。ひよりは紛うこと無くおじいちゃんの光だったよ」

 「それなら良かった……のかな」


 ひよりは眉を下げて笑うと解呪の薬を手に取る。

 瓶を口に当てて目をぐっと閉じ、勢いよく流し込んだ。


 神聖な光がひよりから滲みだす。

 そしてひよりを包みこむ光は、悪霊ひよりを蝕み始めた。


 「ひよりちゃん!」

 「だい……じょーぶだよ、おねーちゃん。ひよりは、大丈夫」


 身体の至る所が欠如していく。

 腕が削られ、腹に穴が開き、空に消えるようにひよりは薄く溶けていく。

 それでもひよりは笑ってそれを受け入れた。


 「おじいちゃん。……最後まで、居られなくて、ごめんね」

 「いいんだよ、ひより。辛い思いばかりさせて本当にすまない」

 「そんなこと……ないよ」


 消えていく中で、ひよりはポケットから一枚の手紙を取り出す。

 白い封筒には『おじいちゃんへ』と小さく書かれていた。それを祖父の前に持っていくと笑顔で祖父を見上げる。



 「これね。ひよりからおじいちゃんに。今までありがとう、大好──」



 言いかけた言葉は空を切り、ひよりは光に溶けてしまった。

 ……ひよりが渡そうとした手紙含めて。


 残ったのは僅かな光の残滓と、乾いた沈黙のみ。

 呆然と立ちすくむ祖父はひよりの手紙を受け取ろうと手を伸ばすが、そこにはもう何も無い。……それでも何度もひよりのいた場所に手を伸ばす。何度も何度も何度も。


 「……ひより。ひより? ……ぁ。ぁああ。あああああぁぁぁ」


 ひよりから受け取るはずだった手紙はどこにもない。

 何かを理解すると祖父は膝をつき、両腕を床に叩きつけた。大粒の涙は止まらない、そばに居るミズキには止められない。


 そうして目を逸らした先にあったもの。

 ミズキはそれを見た瞬間、息を詰まらせた。


 【これよりFANTASY&CREATURE合同ダンジョン最奥にて、特定条件下でのみボスが更新されます】


依頼] ひよりのお願い・終



討伐 魃・ひより

報酬 ひよりの手紙



 「…………そんなことって」


 このタイミングでダンジョン最奥にてボスが更新された。まず間違いなくミズキの想像は当たっているだろう。

 『バツ・ひより』とはひよりの事で、ダンジョン最奥にいる。そしてひより最後のお願いは自らの……討伐。


 「どれだけ残酷なことをさせるつもりなんだよ」


 ひよりと会ったのはイベント初日。それからは毎日会いに行った。

 祖父のように泣き崩れることは無くても、ミズキにとってひよりは既に只のNPCなどでは無かった。

 ミズキはひよりの願いを叶える為にここにいた。それが自身の消滅だったとしても、ひよりの為に祖父を説得した。そのはずだった。

 揺らぐ。解呪の薬を飲ませることと、己の手でそれ(・・)を行うことは何もかもが違った。


 「でもどうして……。ひよりちゃんは確かに成仏したはずじゃ」

 「ダンジョン草、あの塔の物を使ったから……ひよりは星にまで届かなかった」


 祖父は膝をついたまま手で顔を覆いながら言った。


 「魂が星に還る時、ダンジョン草が塔との縁を繋いでしまったんだ」


 理解ができない。それならどうしたってひよりは救われない。

 祖父との繋がりを断ち切れば、今度はダンジョンに囚われる。

 断ち切らなければ祖父はひよりの手で命を落とす。


 「ひよりは塔に……囚われた」


 エネミーとして。

 言い方を変えればモンスターとして。


 「……ひよりちゃん」


 何度見たって依頼内容は変わらない。

 頭の中で葛藤がせめぎ合う。

 自分にそれ(・・)が出来るのだろうか。それでもひよりを救う手段があるとすれば、それしか無い。しかしいざ自分の手でと思うと、その手が震えた。


 ミズキは悩み抜いた末、メニューからサブイベントの取り消しを──


 『……おねーちゃん。おねがい……助けて』


 ──押せなかった。


 ミズキは「あーあ」と感情を隠すように呟く。

 決めていた、最後までひよりのお願いを聞くと。ならばひよりが助けて欲しいなら助けるほか無いのだ。


 「おねーちゃんが頑張らないとね」

 「……嬢ちゃん」

 「行ってきます。ちょうど休憩も終わる頃だし」


 ミズキは困った様に笑うと、拳を握りしめてソウ達がいる所へ歩きだした。

 決まってボクは損な役回りだなぁ……と、ミズキは苦笑しながらも思った。それでもミズキの歩む先は変わらない。















              ★












 ダンジョン49層。

 そのボスを倒したところで、集まって作戦を立てていた。

 相談が終わるとミーナが上に続く階段を見つめて言う。


 「次で最後だね」

 「案外早くいけたな」

 「ソウくんの剣が強すぎたんだよ、あれ反則じゃないかな?」


 マッキーの言う通り、ソウが紫光剣を取ったあとは正しく無双状態だった。ゲームバランスが見事に崩壊している。


 「朝からずっとダンジョンに潜っていたからだな」

 「1日でここまで来れたら充分早いよ」


 むしろ早すぎである。イベント期間は日数にして8日、週にして1週間ある。イベントの目玉であるダンジョンの一つを一日や二日でほぼ攻略してしまえるプレイヤーはいったいどれだけいるだろうか。


 「それじゃあ最終確認だね」

 「クリーチャー達の強化は限界までしてるよ」

 「守護もしといたぞ。MPも満タン」

 「ミズキちゃんがラストアタックをするんだよね?」

 「うん。お願い」


 ミズキが小さく頭を下げて頷く。

 パーティの誰かがラストアタックをしても依頼には変わらないだろうが、ミズキはどうしても自分の手でやりたかった。ミズキのお願いは軽く「いいよ」と肯定してくれて今に至る。


 確認が終わるとミーナが両手を広げて言う。


 「じゃあ円陣組もう!」

 「うん!」

 「えっ」

 「おう!」


 三者三葉、むしろ三者二葉。乗り気なソウとマッキーに遠慮したそうなミズキ。しかしミーナ入れて3対1で円陣を組むことに。


 「ほら、トリアも! はやくはやく!」

 「え、ええ」


 一歩引いて見ていたトリアもミーナに呼ばれて円陣に加わった。

 多少ムズ痒そうなトリアだが、ミーナは気にしない。ミズキは一人だけ見ているはずが無いよねと笑顔になっていた。


 「よし、それじゃあ頑張るぞー!」

 「「おー!」」

 「お、おー」












 降りしきる雨のステージだった階層は、天を焦がす業火によって乾涸びた。

 行き場の無くした炎は遂に周りの空間にも燃え広がる。


 現れたのは階層を照らす擬似太陽から。

 それは正しく陽が落ちるように……。


 BOSS:魃・ひより


 圧倒的熱量をその身に宿し、商店の娘だった少女は異形の姿となりて……降臨した。

 

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