67話 ミーナとイベント五日目
イベント五日目。
「みんな、用意はいい?」
「もちろん出来ているわ」
「バッチリ!」
--にゃー!!
--シャー!!
次はダンジョン最上階だ。
私は50層に行く前に皆と準備の確認をする。といっても一番何かありそうなのは私なんだけどね。
「50層は特攻カードの無い完全な実力勝負よ、気を引き締めなさい」
「うん!」
大丈夫。ソウに『守護』してもらっているし、猫ちゃん達やマッキーのコウモリ達も沢山強化して強くなってる。SPも万全、やる気もバッチリ!
トリアから50層のボスの事を聞いているから対策も完璧だよ!
「それじゃあレッツゴー!」
--にゃー!
私達は意気揚々と50層への階段を上がった。
一歩踏み入れると同時に階段は崩れ落ち、層の中心から巨大な召喚陣が出現する。
50層はまるまる全部がボス部屋になって、光り輝く召喚陣は今までのどの階層ボスよりも大きい。
──ガァアアアアアアアッ!!
猛々しい咆哮と共に形成されるバトルフィールド。
ボスを中心に光り輝く線が張り巡らされ、降り立ったボスにHPゲージと名前が表示された。
BOSS:ファフニール
……大きい。
ここからじゃボスの全体像すら見えやしない。
「何ぼさっとしてるの!? 作戦開始よ!」
「う、うん!」
そうだった。見上げている場合じゃないんだ。
まず私の『ねこ』ちゃん達とマッキーの『吸血コウモリ』達でファフニールの気を逸らす、強化のお陰で強くなってるけど長くは持たないかもだから急がないと。
「『猫が小判』」
「『幻視』」
猫が小判の効果で、全ての猫ちゃんへの攻撃が手加減される。
マッキーが繰り出した『幻視』はファフニールの目をくらまし、攻撃が当たりにくくなる。
よし。私はマッキーと一瞬目を合わせ、すぐに『黒ねこ』と『白ねこ』に合図した。
黒ねこと白ねこは『ねこ』ちゃん達のフォローに合わせてファフニールを掻い潜り、尻尾の辺りまで走る。
「バンちゃん! フォローお願い!」
マッキーの声に従ってデフォルメされた吸血鬼2体が黒ねこと白ねこのそばまで移動する。
「『猫の好奇心』」
これで猫の攻撃力が倍になった。1体しか攻撃しなくなるけど今はファフニールしかいないからデメリットはない。
--にゃぁああ!!
白ねこと黒ねこの攻撃がファフニールの尻尾を中心に炸裂。でも、強化して巨大化した猫達でもファフニールの尻尾より小さい。弾き飛ばされそうになる所を『ミニ吸血鬼』のバンちゃんが救出。
ミニ吸血鬼って名前だけど強化で結構大きくなっているんだよね、ミニで大丈夫なのかな? ……って今は考え事してる場合じゃないね。
私は頭の上に乗っている『こねこ』を一撫でして頭から降ろした。
「こねこ、いけそう?」
--にゃあ!
まるで任せてと言っているように前足で胸を叩くこねこ。うん、頑張ろうね!
「『猫の舞』」
--にゃにゃ
アクティブカード、猫の舞。
猫の舞を踊ることで猫達の攻撃力と防御力が上がる。私と一緒に他の猫ちゃんも踊ってくれると、その猫ちゃんの数に応じて上昇する攻撃力と防御力が増える。重複可能。
この間、私や踊っている猫ちゃんは踊る以外の行動が出来ない。
お願い『赤ねこ』『青ねこ』『黄ねこ』!
--ふにゃー!
三匹の猫ちゃんは敬礼してファフニールを眼前に据える。
この踊りはヘイト値が溜まりやすいとかで狙われやすくなるみたい、だからその間は皆に守ってもらう。
──ガァアアアアア!!
突如ファフニールが吼える。辺りは真夜中のように暗くなって何も見えない。
でもこれもトリアが教えてくれた。私は皆を信じて踊り続けるだけ。
「『夜の目』」
マッキーのアクティブカード、夜の目。
暗い場所なら命中率、回避率アップ。ってトリアが言ってた。
大丈夫、私とこねこが見えないだけで猫ちゃん達もコウモリ達も見えてるはず。
「そろそろブレスが来るわよ!」
「ミーナちゃん!」
トリアの声を聞いて戦ってくれてる皆がファフニールから離れる。
予定通りマッキーが私の側までやってきた。うん、猫の舞はまだ続けても大丈夫。
「マッキー、任せた!」
「任された! アクティブカード『天の羽衣』」
ファフニールのブレスが辺り一面を眩く照らす。
私が見えたのはマッキーが一つのカードを前に翳し、それを中心にブレスが四方へ弾け飛ぶ光景。
良く見ると薄い布のようなものがマッキーを包み、ブレスを弾いていた。でもそれも少しづつ亀裂が出来ていき……音をたてて崩れ去る。
「もう一度! 『イミテーション』」
マッキーの掛け声と共に崩れ去った羽衣が甦る。
再度羽衣がブレスと拮抗し、炎の行く手を阻む。ブレスはやがて薄れて、羽衣と同時に霧散していった。
「ミーナちゃん!」
「うん!」
明かりが戻り視界が回復する中、『ねこ』ちゃん達が一斉に反撃を始める。
『白ねこ』『黒ねこ』は変わらず尻尾を攻撃して、今まで待機していた『レインボーねこ』と『三毛猫』も攻撃に加わる。
『猫の舞』で猫ちゃん達の攻撃力が上がって、『猫の好奇心』で攻撃力が倍加している。ただの猫パンチだと思っていたら痛い目に合うよ。HPゲージは全く動いてないけど、50層ボスのファフニールがダメージを負う程の攻撃だったらいいんだ。
皆は2、3回猫パンチを叩き込むとすぐにその場から離れる。トリアから教えてもらっていたから、ファフニールから衝撃波みたいなのが来ることを知っていたんだ。
もうすぐ猫の舞と猫の好奇心が終わってしまう。マッキーはさっきのでSPが底をついてしまってる。
でも大丈夫。さっきの衝撃波の後には天井から剣がひとつ落ちてくるから。
魔剣グラム。ファフニールに有効打を与える唯一の魔剣……ってトリアが言ってた。
これをずっと白ねこと黒ねこが頑張ってダメージを与えてくれた尻尾にぶつける。
「部位破壊よ! マッキー!」
私達の中で唯一手足を自由に使えるバンちゃんが落ちた魔剣グラムを手に取った。
よろよろと重たそうに二人がかりでバンちゃんが魔剣グラムを尻尾の方に持っていく。ファフニールはそれを阻止しようとするけど、猫ちゃん達が撹乱して思うように攻撃出来ない。猫ちゃんはちっちゃくて素早いのだ。
「頑張れバンちゃん!」
--ふしゃーー!
バンちゃんが白ねこと黒ねこの付けた肉球マークを目印に魔剣グラムを放り投げた。
──ガァアアアアアアア!!
魔剣グラムは肉球マークを見事通過して、ファフニールの尻尾を紙切れのように切り落とした。
悲鳴のような声に思わず顔をしかめる。分かっていたけど、とても痛そうで見てられない。
--に"ゃ!?
「赤ねこ!!」
ダメ! 私がしっかりしないと!
暴れるファフニールはソウの張った結界を破壊して、赤ねこを吹き飛ばした。皆頑張っているんだから、私だけ泣き言を言ってられない。
もうすぐ猫の舞が終わる。それまで踊りを止めてはいけない。
--にゃにゃ!
赤ねこも気合いを入れてファフニールに向かっていく。
もう少し、もう少しで終わるから! それまで頑張って!
「コウモリ達! ファフニールの目眩し! バンちゃん! 赤ねこの援護をお願い!」
マッキーもファフニールの動きを見て指示してくれてる。三毛猫やレインボーねこも戦いに参戦してギリギリ均衡してる。私達の布陣が崩れないのはソウの『守護』のおかげ、でも刻一刻とその結界も破られてしまってる。
もう少し、もう少しで猫の舞がフィナーレを迎える。
早く、早く……早く!
--うにゃぁぁああ!!
「ミーナ、今よ!」
鈴の音が響く。
私を中心に小さな波紋が水平に伸びた。
鈴の音に同調して広がる波紋は視界の端にまで到達し……消えた。
「…………失敗?」
「いえ、成功よ」
至る所に立ち上がる金色の柱。
ファフニールが警戒して動きを止めている中で、柱の基点……全ての猫ちゃんが変身を遂げていた。
猫の舞の効果は踊っている間、猫ちゃん達の攻撃力と防御力を上昇させる。
……そしてもう一つ。効果時間である5分間、踊り続けることが出来た時のみ発動可能なものがある。
全ての猫ちゃんの二段階強化。
強化は回数を重ねる毎に消費SPと上昇する能力が上がる。強化した分だけクリーチャーは強くなるけど、消費SPはとんでもなく多くなって簡単には強化出来なくなる。
それでも強化を続けると消費SPは100を超えて、通常の方法では強化することが不可能になってくる。自然回復で回復するSPは100までが限界だから。
もし消費SP100を超えた強化が出来たなら、その強化される能力値は通常の強化とはまさに別格。
いま猫ちゃん達にしたのは消費SP100を超える限界を超えた強化。それも二段階。
比較的力の強くない猫ちゃんでも、強化を重ね続けて超強化された猫ちゃん達ならイベント50層のボスにだって渡り合える!
これが私の切り札、猫の舞。
「まさに限界突破ね」
「なんでだろう、その響きは課金がしたくなる」
「残念ねマッキー、課金は出来ないわ!」
猫ちゃん達が唸り声を上げてファフニールに威嚇する。
殆どの猫ちゃんは元のサイズに戻っちゃっているけど、金色のオーラが猫ちゃんから溢れだしていた。『白ねこ』と『黒ねこ』の大きさは変わらないけど、さっきより凛々しくなったような。
そして『レインボーねこ』。
一言でいうと大きくなった。ファフニールと目を合わせることが出来るくらい大きくなった。まさに怪獣大合戦、うちの子は怪獣じゃないけど。
──グルゥアアアアアアア!!
--うにゃぁぁああああ!!
うん、気合いもバッチリ!
トリアの作戦に変更はないね。
「みんな頑張りなさいよ!」
トリアがポンポンで応援してくれてる。
これは負けるわけにはいかないね!
「マッキー!」
「うん! バンちゃん!」
ミニ吸血鬼のバンちゃんが魔剣グラムを拾いに行く。
トリアの言う通りならこれでもファフニールにしっかりとしたダメージを負わせることは出来ないみたい。だから猫ちゃん達とファフニールが戦っている間に、バンちゃんが魔剣グラムで攻撃する。
--うにゃー!
--にゃー!
--うにゃぁぁああ!
やっぱり猫ちゃんがいくらファフニールに攻撃してもHPゲージは減らない。
でもバンちゃんに攻撃しようとしてるファフニールの意識を逸らすことはできる。
というか『ねこ』ちゃん速すぎるよ、私もう目で追えない。
そしてバンちゃんはゆっくりファフニールの背中部分まで飛んでいき、魔剣グラムを落とした。
──ガァアアアアアアア!!
HPゲージがごっそり減った。
背中に刺さった魔剣グラムは持続的にファフニールの体力を削る。それに激怒したみたいで、ファフニールは今までにないほど暴れだした。
「ミーナちゃん!」
「マッキー!」
私はマッキーと目を合わせると、頷き合ってカードを翳した。
「「『幻視』」」
私の持っている幻視、マッキーの持っている二枚目の幻視。
二つの力が合わさって激情したファフニールの目を惑わせる。
--にゃにゃにゃぁああ!!
見当違いな所で暴れ出すファフニールに後ろから『レインボーねこ』が飛びかかる。
レインボーねこは風圧をまき散らし、ファフニールの背中に飛び乗った。
そしてそこにはバンちゃんが落とした魔剣グラムが刺さっていて。
──ガァアアアア!!
それは断末魔のように私は聞こえた。
魔剣グラムはファフニールに深々と刺さり、刀身全てが肉体に入り込んだ。レインボーねこはその上を前足で押さえつけて、魔剣グラムが抜けないようにする。
ファフニールのHPゲージは今までが嘘のように減少して……遂には消失した。
光とともに消えるファフニールを見守ると、ダンジョン攻略のお知らせが鳴り響いた。
「おめでとうー! ミーナぁああ!!」
「ありがとうー! トリアぁああ!!」
終わったと同時にトリアが抱きついてお祝いしてくれる。
私も全力で応えて抱きつき返した。トリアの胸が少し……かなり当たって手が震えてしまったよー。
「みんなもありがとう!」
--にゃぁ
--にゃにゃ
--にゃっにゃにゃ
猫ちゃん達にもお礼を言うと皆応えてくれる。
うん。うん! 皆で頑張って攻略したんだー!
「ありがと! マッキー!」
吸血コウモリ達を撫でていたマッキーにもお礼を言う。ここまで随分と付き合わせてしまった、途中から私がどんどん先に進もうとしたから。
「……ううん。私の方こそ楽しかったよ! ねっ、ねっ! 記念に写真撮らない?」
「うんうん! 撮ろう撮ろう!」
「それじゃあ私が撮影するわね」
トリアが指を揺らすと光の玉が宙に浮かんで、少し奥に進む。
「これで写真を撮るわ」
「よかったぁ。トリアは一緒に写真撮らないかと思ったよー」
びっくりしたよー!
カメラマンは光の玉ってことでいいんだよね?
猫ちゃん達とコウモリ達にバンちゃん、皆を呼んで集合写真を撮る。
写真は1枚だけじゃなくて、何枚も撮った。
途中から私がトリアやマッキーに抱きついたり、トリアが私を胸に埋めたり、猫ちゃん達も暴走してはしゃぎまくった。
「ふふふっ! あー、楽しんだー!」
私は地面に寝転がって背伸びをする。
頑張った甲斐があった! 楽しかったー!
「まだイベントは終わってないわよ、ミーナ?」
トリアが寝転がる私の横に座って優しく言う。
「もちろんソウとの合同ダンジョンがあるもんね」
「ええ、ミーナ達なら全攻略も夢ではないわね」
そ、そうかなぁ。えへへ。
トリアが言うと本当にできそうな気がしてくるよ。
「マッキーも……ってマッキー? どうしたの?」
「へ? あっ、ごめん。攻略報酬を確認していたんだ」
マッキーは座って画面に夢中だったからつい聞いてしまった。マッキーはすぐに画面を私たちに見えるようにスライドさせてくれる。
「SP50以上ガチャ券。それにファフニール!?」
「置物ね」
「置物なんだね!?」
「記念品みたいなものね」
マッキーはファフニールのカードを翳して召喚する。
カードから出てきた置物はまるでさっき戦ったファフニールと全く同じだった。
「凄いー! でもちょっと怖いー!」
「ミーナちゃん! これふさふさだよ!」
「ふぅおおお!」
マッキーの持ち上げたファフニールを触るとそれはもうフサフサで、まるで猫ちゃんをもふもふしているかのよう。
「顔は怖いけどもふもふしてるね!」
「え、可愛くな……なんでもないよー」
マッキーには可愛く見えるみたい、確かにもふもふだもんなー。
確かによく見ると可愛いような……。
「あとはDPだね」
「10万ポイントもある」
これならカード屋でどんなカードでも買えそうだよね。
流石ダンジョン制覇報酬だよ、太っ腹だ!
「ミーナにも報酬はあるから見てみるといいわよ」
「うん!」
メニューをトリアとマッキーに見えるように大きくしてプレゼント欄を開く。
うん? たくさん入ってる。
「あっそっか。今までプレゼント欄から出していなかったんだった」
「ミーナちゃん……」
「うふふっ、ミーナったらうっかりさんね」
でも一気にたくさんプレゼントを受け取るのって気持ちいいよね。
何が手に入ったのか分からなくなるけど。
えっと……ガチャ券にSP30以上ガチャ券、SP50以上ガチャ券。あと……。
「魔剣グラム?」
「置物ね」
「マッキーのとは違うんだね」
これって多分記念品のやつだよね。
召喚してみるとマッキーのファフニールと同じくらいの大きさだった。
「二人とも同じだとつまらないでしょ? まあ確率なんだけどね」
「じゃあ運が良かったんだね!」
「そうなるわ」
お揃いじゃないのは少し残念だけどこれはこれで良いよね。
またどこかに飾った時にファフニールをこの魔剣グラムで倒した! って思い出せるもんね。
「ミーナちゃんも10万DPゲットだね!」
「うん! このあといろいろ見てまわろ?」
「うんうん! 豪遊しちゃおー!」
「おー!」
私とマッキーは二人拳を突き上げてノリノリだ。
ふふふー! たくさん買えるぞー!
「ほらほらトリアも」
「えっ、私もかしら」
「トリアもだよ、一緒に豪遊するぞぉー!」
「お、おー」
私のDPはトリアのDPだからね。一緒に楽しもう?
トリアが遠慮することないからね、トリアが居なかったらここまで来れなかったと思うし。
「そろそろ行こっか? ミーナちゃん」
「そうだね、トリアも行こ?」
「ええ、行きましょうか」
私はトリアの手を繋いでマッキーと一緒にダンジョンから降りた。
なんだか下は騒がしいな、全階層攻略アナウンスが鳴ってたから見付けようとしてるみたいだね。
こそこそ行こう、こそこそ。
★
「さて、なにから話そうか……」
街外れの商店。その入口には『準備中』と書かれた札が掛けられ、ミズキとひよりの祖父が用意された椅子に座っていた。
祖父の顔はいつもよりやつれていたが、ミズキは覚悟を決めていたように表情を固くさせていた。
「その前に一つ……聞きたいことがあります」
ミズキは祖父の目を見つめて言う。
祖父も覚悟していたのか深く溜息をついてからミズキを見つめ返した。
「ひよりちゃんは…………もう生きていないんですね?」
「……ああ、そうだよ」
祖父は目を伏せて静かに肯定した。
その言葉はミズキの疑問を確信に変えるには充分だった。ミズキは力なくため息をついてメニューを操作し……思い止まった。『ひよりのお願い』を手伝うと言ったのはミズキ本人である、今更辞めることは許されない。
祖父はミズキの葛藤を知ってか知らずか言葉を続けた。
「街の真ん中に少し寂れている広場を知っているかい?」
「……はい、そこでひよりちゃんと出会いました」
「その広場のすぐ近くで馬が暴走したんだ、娘や孫が轢かれるところは今でも目に焼き付いている」
ひよりが前に言っていた、両親は馬に連れていかれたと。それはやはり馬に轢き殺されたという事だった。
そして祖父の言う通り、ひよりはその時に両親と一緒に息を引き取ったのだ。
「……だったら今いるひよりちゃんは何ですか?」
「もう気付いているんだろう?」
「死してなお現世に留まり続けるもの」
「……霊さ。それも悪霊の類の」
そう。
それがひよりの祖父を苦しめていた原因。
「呪縛霊。それもただ居るだけで周りに危害を及ぼす呪いが込められたもの」
「……憑かれていたんですね」
「孫がそばに居てくれるなら悪霊でも呪いでも構わないんだよ。私からすれば老いぼれにひとときの夢を見せてくれる……優しい孫娘なんだ」
この商店が街の隅にある理由。こんなにも壊れかかっていた理由。
もしそれが呪いのせいだというなら、この祖父は一体どれだけの呪いを浴びてきたのだろうか。
「私とひよりはね、呪いという鎖で繋がっているんだ。ひよりは私に憑くことでこの世に存在している、もし鎖が断ち切られたらここにはいられない」
「ならひよりちゃんが作っていた薬というのは」
「解呪薬だよ。決まった順序で飲むことによって効果を発揮する……ひよりをもう一度殺せる薬さ」
祖父は力なく笑う。
ひよりは祖父のために自分を消す薬を作っていたのだ。祖父の病気を治すために。
昨日、ひよりの体調が優れなかったのはそのせいだ。ひよりの作った薬はその役目を果たしていた。
「私はどうなっても構わない、どうせ先短い命だ。最後くらいはいい夢で終わりたいんだよ」
「だから対処法を知っていても、それを行うつもりはなかった」
「そうさ。だから……最後の工程は教えられない」
祖父はミズキを強く見据えた。
最後の工程。つまりひよりが失敗したと泣いていた治療には先があったのだ。だからこそ祖父はそれを知っていたから、ひよりの作った薬を戸惑いなく飲むことができた。
「例えそれで死の病を罹うことになってもですか?」
「言っただろう? 私はどうなっても構わない。孫娘……ひよりがそばに居てくれるなら」
祖父の意思は固いのだろう。ミズキの言葉では揺るぐことはない。祖父の言葉を聞いたミズキは以前ひよりと話した内容が脳裏に過ぎる。
『だからひよりがおじいちゃんと一緒にいるんだ。おじいちゃんが寂しくないように』
そう、ひよりは言っていた。
『でもおじいちゃんの病気が治ってほしいから、ひより頑張るんだ』
ひよりは一生懸命祖父を治す薬を作っていたのだ。
薬が完成して祖父の病気が治れば、そばに居られないことは知っているはずなのに。それで祖父が悲しむことも分かっているはずなのに。
真剣に。ひたむきに。切実に。
ただ祖父のことを思って、死ぬことのないように……殺さないように。
ふとミズキは思う。ひよりがミズキに掛けた初めの第一声を。
ひよりは『助けて』といったが、そこから次の言葉が出るまで少し時間がかかった。……助けて欲しかったのは一体誰だったのだろう。
答えのない問いである。
そもそもミズキはひよりの願いを叶える為にここにいるのだ。それが例えひよりを消すことが願いだったとしても。
「貴方はひよりちゃんの気持ちを考えた事がありますか?」
「ひよりは私のそばに居てくれている。それが答えじゃないのか」
「ならどうしてひよりちゃんは薬を求めたのでしょう」
「……なにが言いたいんだね?」
祖父だって気付いているはずだ。
少なくともひよりに薬を飲まされたその時からは。
「ひよりちゃんは本気で貴方を救いたいと願っていますよ」
「数日間一緒に過ごしていただけの小娘が知った様な口を」
「それより長い時間過ごしてきた貴方なら分かっているはずでしょう!」
数日間、それも短い時間しか一緒にいなかったミズキにだって分かる。ならばそれよりも長く一緒に過ごしていて、ここまで孫娘のことを思っている祖父が分からないわけがない。
否。知っていなければならない。
「ひよりちゃんが一体どんな気持ちで薬を作っていたのか知っていますか? 何を願って貴方との鎖を断ち切ろうとしているのか、考えなかったとは言わせません」
これはきっとミズキが割り込んでいい話ではない。
ひよりと祖父が面と向かって話すべきことだ。祖父の言った通りミズキは数日間一緒に過ごしただけの小娘に過ぎないのだから。
しかし、それでも泣き崩れるひよりを見てしまったから。ミズキのエゴで祖父に耐えろと言う。ひよりは自分が消えるとしてもそれを願ったから。
「……あの日、倒れてしまったのが原因だろうね。あの日からひよりは私との繋がりを断ち切る為に行動していたよ」
「きっと遅かれ早かれひよりちゃんは動いていたと思いますよ」
「もしひよりが嬢ちゃんと会うことがなかったら、こんな事にはならなかっただろうに」
祖父はミズキを恨めしそうに見るが、ミズキはどこ吹く風だ。
そう思われて当然だから。祖父からすればミズキこそ幸せな日々を壊す悪霊のようであるだろうから。
だからこそミズキは祖父の睨みを受け止める。
「そうですね。もし会うことがなかったら、ひよりちゃんは絶望に暮れていたことでしょうね」
「数日寝ればまた笑いかけることだって、遊んであげることだって出来ていたはずだ」
「そうしてひよりちゃんは自分のせいで苦しむ貴方を見続けることになるんですね」
「それでもひよりは私のそばに居ることを選んでくれるはずなんだ」
「…………どうしてひよりちゃんは解呪薬の製法を知っていたんでしょうね」
まだ小さな女の子だ。十を超えてすらいないんじゃないかとミズキは感じていた。それなのに呪いを解除するという幾つもの順序がある製法を、商店の娘だといえど知っているものなのだろうか。
そしてその答えは祖父の顔を見れば一目瞭然だった。
「……ひよりに解呪薬の製法は教えていない」
「ならひよりちゃんは霊になった後、一人で調べていたことになりますね」
遠慮することなくミズキは祖父へ言葉を投げる。
ひよりが祖父のそばに居たいと思っていたのは本当だろう。しかしそばに居てはいけないということも、ひよりは祖父が倒れる以前から知っていたのだ。
「全て知っていたことじゃないですか」
ミズキの言葉に祖父は押し黙る。
そう。全て祖父は知っていたのだ。むしろひよりが解呪薬の製法を知ろうとしていることなど、祖父にとっては容易く想像出来ていたはずである。
見て見ぬふりをしていた、それがどういう心境だったかは別として。
「本当に薬を作ってしまうとは思わなかったよ。ひよりは私に憑いていてくれる、そう思っていたのだから。だからひよりが薬を飲んだと分かった時には心底驚いた」
「ひよりちゃんの体調が急に悪化したのはやっぱりそれでしたか」
「あれは私とひよりの両方が飲まないと意味がない。ひよりが飲めば呪いが裏返り、全身を激痛で蝕まれることになる。……あれは神聖なものだからね、悪霊となってしまったひよりには耐え難いものなんだ。知ってか知らずかは分からないけど、ひよりがそこまでするとは思ってもみなかったよ」
祖父は気を落として喋る。
その言葉にはひよりを案ずる思いや、悲しみが込められていた。そしてその瞳にはまだ確固たる決意が揺らめいていた。
「それでも君に最後の薬のことを教えるわけにはいかない」
「どうしてですかっ。ひよりちゃんの気持ちを知っていながら」
「君に何が分かるというんだ! ……もしひよりが居なくなってしまえば私は天涯孤独になってしまう」
祖父の気持ちをミズキが知る由はない。
家族が居なくなる怖さをミズキは知らない。
なぜ自分の身を削ってまで悪霊となったひよりに執着するか、理解は出来ても知ることはないだろう。
ミズキは唇を噛み締めて苦々しく言い放った。
「ひよりちゃんに貴方を殺させるつもりですか?」
「──ッ!!」
言いたくはなかった。
出来ればこんな事を言いたくなんかなかった。
それでももうミズキにはこの言葉しか選ぶことが出来なかった。
おそらく今でも葛藤している祖父に投げた、言葉の暴力。祖父もそのことを理解していたにも関わらず、敢えて触れることはなかったこと。
結局のところ『ひよりに祖父を殺させる』か『祖父にひよりを成仏させる』か、そのどっちかしかないのだ。
どれだけ御託を並べても、並々ならぬ理由があったとしても、究極的にそれ以外は有り得ない。
「貴方のひよりちゃんへの気持ちは伝わります、貴方自身の気持ちも伝わりました。その上で聞きます。……ひよりちゃんのおじいちゃんとして、貴方のすべき事は一体何ですか?」
祖父として。
ひよりを孫と言うならば、祖父として家族としてしないといけないこと。
ひよりは悪霊となってしまい、このままでは一人の命を……大好きなの祖父の命を否応なく奪い取ってしまう。
祖父が天涯孤独になってどれだけの悲しみを味わうか、今の生活がどれだけ幸せに満ちているのか、想像出来ないほどの痛みを抱えてなお祖父が祖父として孫にしてやれる最後の行動。
「初めから、分かっていたよ。……もしかしたら私は背中を押してほしかっただけかもしれないね。…………危険な道のりになるだろう、それでもいいかい?」
「承知の上です」
祖父はついに肩を落としてミズキに問いた。その言葉にミズキは間を置かず返事する。
ここまで言ったのだ、覚悟はとうの昔に出来ている。
「……二つの世界が交わる塔、その遥か上層。もう一つの世界の住人である嬢ちゃんだけが採取することが出来る薬草がある」
「二つの世界……合同ダンジョンかな。でもそこに入れるのは」
「そう。その二つの世界の住人だけが入ることを許される。……本来は」
「本来は?」
唐突に祖父は立って近くにある棚の引き出しを漁り始める。
ミズキが戸惑う中、祖父は引き出しから一つの首飾りを取り出した。
「これは『理の首飾り』。二つの世界に干渉する力を持つ」
その首飾りは薄い紐を通して深い青色の宝玉が薄く光を放っていた。
祖父は理の首飾りをミズキに手渡すとまた深く椅子に座る。
「これを着けて力の源を100、二つの世界の住人に使いなさい。そうすればその者達と共になら、塔へ入ることを許される。ただし気を付けなさい、力の源は全て同じ相手に使わないといけないからね」
「はい」
ミズキは小さく頷くと理の首飾りを首に掛ける。力の源というのは応援ポイントの事だろう、イベント初めに合同ダンジョンへ行くことにならなくて良かったとミズキは心の中でホッと息をついた。
ここまできて応援ポイントが無いなんて冗談でもやめて欲しい。
祖父が注意してくれた点については問題ない。ソウとミーナ、マッキーはパーティを組んでいるだろうから、そのパーティに応援ポイントをつぎ込むだけである。首飾りを付けるか付けないかの違いだけでやることは変わらない。
「薬草の名は『超特殊ダンジョン草』。とても希少価値のある薬草で、塔の上層でも滅多に見かけない代物だよ」
「わかりました」
話が終わるとミズキは席を立つ。
祖父に一礼すると、ミズキはひよりに会わず商店を出ていった。
ミズキが去ると、祖父は重い腰を上げてひよりの部屋へ向かう。
ひよりとはもう会えなくなる、ならばそれまでの時間はその姿をしかと目に焼き付けていたいのだ。
数度のノックをした後、ひよりの部屋に入った祖父はベットで寝込むひよりを見て己の愚かさを嘆いた。
「ひよりはずっとこんな思いをしていたんだね。ごめんね、ひより。もう少しで全てが終わるからね」
ひよりの頬に手を当てて、溢れそうな涙を必至に堪える。
声にならない返事とともに笑顔を作るひよりに、祖父は顔を歪ませて笑顔にならない笑みを浮かべ返したのだった。
★猫の舞
効果
このカードを使ったプレイヤーは猫の舞を踊る。任意の猫も踊ることが出来る。踊っている間は行動することが出来ない。
踊っている人数(猫含む)によって他の猫達の攻撃力と防御力が上昇する。
5分間踊り続けることができると……?
紹介文
古来より伝わる猫の踊り。にゃんにゃんにゃーん!




