65話 イベント三日目
イベント三日目。
FANTASYダンジョン43層。
ボス撃破のシステムメッセージと共に出現する階段。
10層毎に獲得SPは上がり、遂に獲得SPは5にまで増えた。
ドロップアイテムは『黒いブーツ』。レア度は上級だ。ボスドロップでは基本的に中級の装備が落ちていたが、稀に上級の装備がドロップする。今回は運が良かったようだ。
ソウはドロップアイテムを確認するとそのまま装備する。今まではボロボロの靴を履いていたから、案外嬉しそう。
後は下服だが、これは前の階層でドロップした中級装備『上皮の下服』を穿いている。
44階層に上がったソウはそのまま真っ直ぐ歩き出す。
この階層も43層と同じ構造で代わり映えしない。唯一違うところがあるなら徘徊している雑魚エネミーが向かってくる事だろうか。
40層を越えたあたりから度々エネミーが逃げないでやってきたが、一層ずつ上がることによってその頻度は増え続けている。
といっても紫光剣・アーダルベルトの威力は凄まじく、まさに鎧袖一触なのだが。
ソウはそんな状態に飽きてしまい、今はこれまでのボスドロップによって手に入った武器を使っていた。
階級(レア度)は中級、形は弓。矢は木製。
武器屋にて50本セット100DPで売っていたのを見て衝動買いしてしまったのだ、なお威力は値段相応。
どれだけ弓が良くても矢が貧弱なら与えられるダメージも低くなる。称号『強き者』によってダメージが1.5倍になっていても元ダメージが低ければあまり意味もない。
したがって10本を急所に撃つことによって1体の雑魚エネミーを狩っていた。矢は50本、つまり5体倒した時点で矢が尽きてしまった。
エネミーと戦っている最中に矢をつがえようとして空を切る手。警戒していたエネミーと少しの沈黙のあと、脱兎のごとくソウは逃げ出した。
「使えねぇー!」
──ウキぃーー!
数匹の猿に追いかけられながら急いで武器を変えるソウ。
やっぱり安物の矢を使ったらダメだったと後悔中、しかしその時は弓を使いたかったのだ。何故かは分からないが。
次に出したのは槍、少し長めのソレを振り返りながら一閃する。
追いかけて来た猿を斬り裂いて構え直すと、猿たちが一歩退いた。
ソウは足に魔力付与を施し、1匹の猿へと駆ける。槍を前へと突き出し魔法を発動した。
「ライトニング」
槍が猿に触れた瞬間槍先から猿を包み込む雷が発生し、天井を目掛けて突き進んだ。
ソウはそのまま槍で刺すと、猿はぐんぐんHPを減らして消失した。
槍を回してもう1度構え直す、振り回したのはソウの気分である。
右から首を落とすように一撃。もう一匹、後ろから狙って来た猿を石突の部分で突く。流れるように槍を縦回転させ、腰を沈める。左肩に届いた槍の石突近くを左手に、かぶら巻部分を右手で掴み勢いよく振り抜いた。
石突に突かれ怯んでいた猿はなす術なく切り裂かれ、振り抜いた先で一匹近付いてきた猿を穂の部分で叩きつけた。
「ライトニング」
雷が猿を巻き込み天井に舞い上がる。猿を一掃すると、ふぅっと息を吐いた。槍を適当に持ち直し、ドロップアイテムを確認する。
中級の槍とはいえ、普通はダンジョン深部である40層を越えたエネミーを一撃二撃で屠れるのは理由があった。
一つはスキル剣技に並ぶ槍術というスキルを得ていたこと、それにより僅かであるがダメージが上昇している。同じくスキル武術との相乗効果によるダメージ増加。
二つめに称号『強き者』の効果。この効果の中にダメージ1.5倍というものがある。元々威力の弱い攻撃だった場合を除き、安定してダメージを与えられるなら決して無視は出来ないだろう。
三つめは魔力付与によるもの。通常では装備の耐久値を減らす事になり過度な魔力付与は行わないが、ソウにとっては替えのきくサブウェポンのようなものだ。魔力付与のMP消費度合いによっては威力は倍加するだろう。
最後に敵の弱点。エネミーには部位によりダメージ倍率が異なり、場所によっては倍率が数倍にも膨れ上がるだろう。特に人型である猿等は首が弱点だ、たまに首周りが装甲のように硬い種もいるだろうが今回に限りそれは無かった。
中級の装備でも中々戦えるとソウは息巻いていたが、本人のスキル無しではソロでは厳しいだろう。
行き過ぎた魔力付与により武器が壊れやすくなるのは目に見えている、雑魚エネミーを倒すのに中級の武器を何度も壊すプレイヤーはそういない。
そしてさっきからソウが多用している魔法『ライトニング』。
これは階層を攻略していく中で貯まったSPを使い、新しく所得した魔法だ。
これは触れた所へ雷を落とす魔法。しかし天族特有の派生により、雷は下から上に落ちるのだった。
ちなみにこの魔法を取得するには常に所得していた魔法ショックのほか、魔法サンダーボールも所得する必要がある。
ソウはドロップアイテムを確認すると至る所にある採取ポイントで採取を始めた。
44層にはソウ以外おらず、丸々独占できる。採取ポイントは一定時間立つと復活するため、44層まで来た他のプレイヤーと揉めることはない。
「確か特殊ダンジョン草だったよな」
ミズキからお願いされたアイテムは特殊ダンジョン草だったと思い出しながら採取する。
いつもなら採取等はせずどんどん先に進み攻略を優先するが、今はミズキのイベントを優先している。たまにはミズキの手伝いをと珍しくミーナ以外のことで動いていた。
目に見える採取ポイントを全て終えると、ボスを探してまた歩き始める。
1時間ほど彷徨ってボスを見つけると槍を構えて突撃。
ボスは大猿で、咆哮と共にその巨腕を活かして迎え撃った。
ボス猿の攻撃を槍を使って往なし、隙を見つけて穂を叩き込む。そしてどんどん激化する攻撃を槍で防ぐ内に武器が軋みだしてしまう。
みしみしと槍が音を立てソウが焦り出したその時、パリんっと槍が砕け散りボス猿の巨腕がソウを捉えた。
ソウは大きく吹き飛ばされてダンジョンの壁に激突した。
壁にめり込んだソウ目掛けて大猿が走り出す。肩を前に出し、その巨体でソウに思いっきりぶつかった。大猿のタックルにより深くめり込んだソウを両腕でひたすら殴る。
一発殴る度に激しい重低音が響き、ソウのHPを削る。
壁に埋め込まれたソウはそのまま身動きが出来ず……やむなく口を開いた。
「天こ──」
「はあぁああっ!」
目の前でボス猿の片腕が切り落された。
今撃てる最高の魔法……いや種族スキルだが、それを放つためキーワードを口に出そうとした瞬間に、振り上げられたボス猿の腕が体から離れる。
奇声をあげて仰け反るボス猿。その背後から龍族の女性がすれ違いざまに現れた。
──チンッと音を立て己が得物を鞘にしまい、めり込まれているソウに手を指し伸ばした。
「大丈夫ですか? 助太刀致します」
立派な横殴り行為である。
横殴りとは他プレイヤーが戦っている敵に攻撃する行為だ。このゲームでは攻撃するプレイヤーが増えた分だけ報酬や経験値が分配されるため、あまり褒められた行為ではない。例え一方的にプレイヤーが追い詰められていてもである。人によっては感謝されるが、人によっては争いの元となるだろう。
「ありがとうございます。助かりました」
ソウは女性プレイヤーの手を握って礼を言う。
そのまま女性が力を入れて引っ張ることでソウを壁から脱出させた。
「横殴りすいません」
「いえ、危ないところをありがとうございます」
二人は暴れ出すボス猿を見据えつつ言葉を交わす。
女性が律儀に横殴りの事を謝って、ソウがそれを了承する。これで溝は無くなり戦いに集中できる、そもそもソウが女性の手を取った時点で結果は分かっていたが敢えての言葉だ。
「刀です」
「円月輪です」
女性が自分の武器を簡潔に教える。ソウも新しく武器を取り出して女性に伝える。
お互いの邪魔にならないように、簡単な連携が取れるように武器を教え合った。この階層まで来れる猛者ならこれだけで充分である。
ソウが装備した武器はチャクラムと呼ばれる投擲武器。真ん中に穴のあいた円盤で、外側には刃が付けられている。これもボスドロップの中級装備。
二人が確認し合うとすぐに散開する。女性はボス猿に肉薄し、ソウは距離を置いて走り出す。
ボス猿が飛び跳ねて女性を殴りつけようとするが、女性は一歩動くだけで回避する。ボス猿は空振りした体制から足を軸に蹴りを繰り出そうとするが、そこにソウのチャクラムが足を切り裂き体制を崩した。
「『抜刀』」
よろめいた所を鞘から抜き放ち一閃。切り返しでもう一撃。
体制を立ち直そうとしたボス猿に再びチャクラムが突き刺さった。
「ライトニング」
チャクラムを通じて雷がボス猿を襲う。
設定できる最高のMPを消費したライトニングはボス猿の動きを一瞬止め、その隙を女性が突く。
「『重撃』」
設定された足運びをなぞり、決められた力加減と動きに沿って刀を動かす。
血飛沫のエフェクトが舞い、ボス猿は雄叫びをあげながら軽く吹き飛んだ。
既にボス猿のHPは7割を切り、二人でありながらも比較的優勢である。
しかしボス猿は二人から距離を取ると、エリアに響き渡るような咆哮をする。そのあと少し間を置いて至る所から鳴き声が聞こえてきた。
その鳴き声は44層にいた猿の鳴き声と完全に一致し、二人が想像した通りにボス猿の周りに集まりだした。
階層ボスには基本的にそれを取り囲むフィールドみたいなものが存在する。それはボスに挑むプレイヤーを外に出させない為でもあり、外からのプレイヤーを寄せ付けない為でもあった。それは横殴りを防ぐためでもある。しかしソウを助けるために女性は横殴り行為を行った、それが出来るということはつまりボスフィールドが無いということ。
今ボス猿の咆哮に呼ばれて駆けつけた猿たちは……正真正銘44層に生息している全ての猿である。
「鑑定完了。全てレベル44です」
「おいおい……レイド級かよ」
レイドボス。
多人数で討伐する事を前提としたボスのこと。サービス開始1日目でソウが戦った紫光狼・アーデルベルトと同じ類である。
今もなお増え続けている猿を見据え、二人は冷や汗を流す。しかしその表情に憂いはなく……。
「これは……」
「「滾りますね!」」
最高の笑顔で猿の軍団へ走り出す。
時間が経つにつれ猿の数が増え、それに比例するように形勢が不利になる。まだ全ての猿が集まりきっていない今が好機だ、短期決戦でボス猿を叩く以外に道はない。
ソウは手持ちのチャクラムに魔力付与を重ねがけし、上へと力一杯投げる。そしてすぐに新しいチャクラムを取り出し魔力付与を施した。
新しいチャクラムは上級、遊びや実力を見せないなどとは言っていられない。
対する女性も一歩前に踏み込んだ瞬間、猿との距離が一瞬にして縮まった。そのまま女性が猿を通り過ぎると、いつの間にか抜刀していた刀を鞘に収める。
「高坂流『山茶花』」
女性が呟くと、いつのまにか猿の胸から赤色の山茶花が咲き誇る。
さらに──チンッと小気味良い音がすると、周りにいた猿は体中から赤い花が咲くが如く流血エフェクトを舞い散らせた。
次にソウが上へと投げたチャクラムが山なりの軌道を描き、ボス猿の脳天に突き刺さった。限界を超えたチャクラムは砕け散るが、仲間を呼ぶ咆哮が止まりソウに狙いを定めた。
「マグネティズム」
ソウはボス猿が来る前にチャクラムを投げると魔法によりそれを操作した。
磁力の魔法はチャクラムを旋回する滑空武器に変え、女性に集まる猿を高速で切り込む。
その間にソウはもう一つチャクラムを取り出し手に持った。
ソウの援護のお陰で多少無理が効く女性は、周りを旋回するチャクラムを信頼して猿を一刀に切り伏せていく。隙を突く猿もチャクラムが邪魔をして許さない、あるいはそのチャクラムによって致命傷を負った。
「っぅと!」
女性の方を気にしすぎるあまり、ソウは自分の周りに集まっている猿の相手を疎かにしてしまった。紙一重で攻撃を躱し、片手に持つチャクラムで喉元を搔き切る。チャクラムでは一撃で仕留めることは出来ないが、主なダメージソースは女性に任せている。着々と猿を仕留めている女性の援護をしながら、自分は猿の攻撃を危なげなく対処する。実際これが一番効率的だった。
問題があるとすれば……ボス猿がソウを狙っているという事である。
ほかの猿とは違い、重量感があるボス猿は片腕ながら強敵だ。1対1ならともかく、猿に囲まれながら戦うのは少し骨が折れる。今ソウがやられると大勢は瓦解するだろう。ソウはこの状況をもってしてもやられる気などさらさら無いが。
左右同時にくる猿を捌き、ボス猿の巨腕を手持ちのチャクラムで弾く。
「皇翼剣・天翔!」
片腕が弾き上げられ胴体がガラ空きになった瞬間、ソウは数ある技の中から一つを選択した。
決められた動きに沿って一歩踏み出す。チャクラムを3度振るい、重心を変えて斜めにチャクラムを振り上げる。そして勢いを殺さず一回転すると大きく翼を広げた。一瞬宙に浮いたボス猿に向かって飛び上がり、チャクラムをボス猿に押し当てる。
青く翼を光らせ一気にボス猿を空中へと運んだ。重力に従い落下するボス猿目掛けてソウが急降下する。すれ違うように一閃すると、今度は天高く舞い上がりボス猿をチャクラムで切り裂いた。
ドンっ! と重低音が響き、ほかの猿を巻き込んでボス猿は空の旅を終える。そしてすぐ近くには女性プレイヤーが。
「…………ふぅ。抜刀! 『白王獅子』」
音を置き去りにする女性の抜刀から、白色の獅子がボス猿目掛けて放たれた。
人の身長を超える獅子がボス猿へ一直線に向かい、倒れているボス猿に牙を立てた。
ボス猿を口に含んだまま周りの猿を轢いていく、ボス猿が抵抗して獅子を殴りつけるが全く動じる様子がない。
女性はそれを見てホッと息をついたその時だった。
「えっ!」
──ウギャー!
真横で女性を襲う猿をソウがチャクラムで切り捨てた。
「まだ、終わってませんよ」
「……ですね」
ソウの言葉に遅れて女性が返事する。1度攻撃を貰うと絶え間無くそれが続くこの状況で、気を抜くことは自殺行為に等しい。
四方を囲む猿に背中合わせで構える二人。ボス猿を獅子が組み伏せていたとしても、大軍に囲まれているこの状況が変わることは無かった。そして技の一種である『白王獅子』に込めたMP分だけ女性のMPは枯渇していた。また、『白王獅子』もMPによる活動限界があることを女性は知っていた。
もはや経験値稼ぎのボーナスタイムどころではない。
「まだいけますか?」
「余裕です」
頼もしい。ソウはそれを聞いて全身に魔力付与を施した。アドレナリンが放出され集中力が増していく、じきにスキル『超集中』も発動され二重で身体強化が成された。青色のエフェクトがソウを包み込む。
女性は少し強がりを言ってしまったが、まだまだ余裕のつもりである。今までもこれくらいの修羅場は乗り越えてきた、同じくらい死に戻りもしたけれど。
女性は抜刀した状態から刀を右手側に寄せ、左足を前に出す。この女性もまたスキル『背水の陣』が発動し、赤色のエフェクトが彼女を包み込んだ。
「マグネティズム」
二人の間に磁力が発生し、ソウの投げたチャクラムが円を描くように周りを旋回する。
チャクラムと二人までの距離は猿のいない空間になった、その空間に入り込んだ猿をソウと女性が仕留めていく。
だが旋回しているチャクラムは一つで、回るチャクラムの逆側からは滝のように猿がなだれ込む。
ある程度制限されている猿の行く手だが、圧倒的な数に少しづつダメージを負ってしまう。
それでもお互いにカバーをしながら着実に猿を仕留めていく。ある時は女性がしゃがんだ瞬間に真上をチャクラムが飛び、ある時はソウが左の猿を切り倒した瞬間に刀が真横を通り猿を突き刺す。
短時間の共闘だが、その連携はみるみるうちに深まっていく。言葉を交わすことはない、しかしお互いがお互いの行動を補っていた。
まさに阿吽の呼吸と呼べる動きに猿が手を付けられなくなったころ、ついにボス猿が白王獅子を降し雄叫びを上げた。その姿は一目でボロボロだと分かりHPは僅か1割ほどである、がその眼は怪しく光っており尋常ではない様子が伺える。
ソウと女性を見据えると、相当距離が開いているのにも関わらず一度の跳躍で二人目掛けて拳を振り上げる。
「ライトニング」
飛び掛るボス猿にチャクラムを投げつけ雷をおこす。しかしボス猿は動じることなく拳を振り下ろした。
地面が衝撃に耐えられずクレーターと共に浮き上がる。二人は大きく回避し一難を去るが、ボス猿を見てまた冷や汗がたらりと零れ落ちた。
切り落とされていた片腕からはドス黒い靄が溢れだし全身を包み込む。全身が黒に染まり、そのなかで赤く光る目の部分が女性を見つめた気がした。
瞬間女性が刀を水平に振り下ろす。
ガンっと金属同士がぶつかるような似つかわしくない音がする。
刀と交錯したのは切り落としたはずの巨腕。黒い靄が形取り、失くしたはずの腕を取り戻していた。
背後から飛んで来るチャクラムを、背中から湧き出る靄が叩き落とす。そのまま女性の刀を掴み……投げた。
刀を強く掴んでいた女性は刀ごと投げられソウに受け止められる。
「大丈夫ですか?」
「はい」
二人が体制を立て直し一言だけ言葉を交わす。ボス猿を見ると、だらんっと両腕の力が抜けて口だけが大きく開いていた。
耳を劈くような雄叫びが辺りを木霊する。空気が震えソレに周りの猿が逃げたした。
ソウ達も一瞬動けなかったが、突如猛進するボス猿に二人は正面から迎え撃つ。
ソウは二つあるチャクラムに魔力付与を掛け直す。マグネティズムによりチャクラムを高速旋回させ威力を上げていく。
女性もまた己が得物に魔力付与を施すと、そっと刀身を撫でる。刀はそれに応えるように白く輝きだした。
「円輪・崩撃!」
限界まで旋回させたチャクラムが上から振り下ろされた。凄まじく高まった遠心力がチャクラムの威力を底上げし、ボス猿を黒い靄諸共ぶち抜いた。
「高坂流奥義…………『月桂』」
次の瞬間には女性がボス猿の背後に立っていた。
目で追えないような連撃を繰り出した女性は静かに納刀する。その瞬間ボス猿が振り向き飛び掛ろうとして……また背後に現れた。
抜刀した状態で現れた彼女がまた納刀すると、ボス猿は全身から血が吹き出し静かに倒れ伏したのだった。
……戦闘終了である。
出現する階段にボス撃破を知らせるシステムメッセージ、それらを見たあとで二人は警戒を解いた。
「お疲れ様です。助けて頂いてありがとうございました」
「そんなに畏まらないで下さい。結果的に私がラストアタックしてしまいすいません」
お互い武器を消して近寄り挨拶をする。
激戦を終えたあとで二人とも疲労の色が垣間見得るが、雰囲気は比較的晴れやかであった。
「それに私の方こそ助けてもらってばかりで。私一人ではきっとこの階層を突破出来なかったですし、こちらこそありがとうございました」
「お互い様ですよ、久しぶりに満足がいく楽しい戦いができました。同じだと嬉しいですが」
「もちろん私もです。ここまで楽しく共闘が出来たのは久しぶりです、長年こういったゲームをしていても稀ですね」
「ですよね」
ある程度実力のあるプレイヤーは一度の戦闘でお互いの息を合わせることができる。しかしそれは急拵えの連携であって、長年パーティを組んでいるプレイヤーと比べるとやや見劣りする場合もあるだろう。
だがこの二人は長年パーティを組んでいるかのように、もしくはそれ以上に息があった戦闘をこなしていた。
たった一回の戦闘でお互いの動きを把握し、まるで流れるようにお互いのカバーをする。それはとてつもなく波長が合うか、双方が相当の実力者か……或いはその両方か。
なんにせよ気持ちのいい戦いが出来たことは言うまでもなかった。
「キリカと申します」
「ソウです」
とりあえず二人はフレンド登録をする。頭上にあるお互いのマーカーが青から黄色に変わった。これでまたいつか共闘をする日も来るだろう。
「キリカさんはソロでここまで来たんですか?」
自分以外にもここまで来ることが出来る人がいることに意外だったが、ソウは学校もありプレイ出来る時間が限られているため有りうる話ではあった。
このダンジョンは一層上がる度にエネミーの平均レベルが1上がるため、ソロで攻略しているならキリカも相応のレベルだと推測できる。
無論レベル44の猿を一刀両断できる実力があるのは先の戦いで知っているが、はたしてリリース1週間弱でここまでレベルを上げることができる人がどれだけいるだろうか。ちなみにソウのレベルは74のまま1週間弱上がることは無かった。
「あーいえ私はさっきまでパーティを組んでいたんですが、限界を感じてしまったみたいで私一人この階層に」
キリカが一人でここまで来たわけではなかった。おそらく前の階層でギリギリの戦いをしていたのだろう、キリカはともかく他のメンバーはパーティで43階層を攻略できるレベルだと推測した。
「よく一人で上がる気になれましたね」
キリカ含めてギリギリの戦いなら、キリカ一人ならもっと厳しい戦いになるはずである。実力があってもHP.MPがそれを発揮できる限界を決める、技や魔法にもMPという回数制限があるのだ。
「私にはこれがありますから。この子のお陰でまだモブにも渡り合えますし、行ける所までは行きたいので」
己の武器を見せるキリカに、ソウは同類を見つけたような感覚に陥っていた。
自ら死地に飛び込む所や、それを楽しみに変える所も……似ている。その強さは同類だからこそ分かるものだ。
「ソウさんこそここまでソロで来られたんですか?」
「あーはい、パーティを組むのはあまり得意じゃないんで」
得意じゃなくてもパーティを組んだ方が効率がいいだろう。それでも組まないということはそれほどまでに実力がかけ離れているか、余裕を持って攻略が出来ているか。もちろん先の戦いでその強さは知っているつもりだが。
「ソロでこの階層まで来ている人がいるとは……私達より先の階層を攻略している人がいるだけでも驚きを禁じ得ないですが」
「僕の方こそこんな階層に上がってこれるプレイヤーがいることに驚きです」
運営はこのダンジョンを攻略させる気があるのだろうか、そう思わざるを得ないイベントである。リリース開始から1週間で高レベルのエネミーを相手にさせるなんて初イベントにしてはやり過ぎである。
プレイヤーのレベルは上がるにつれ加速的に必要経験値が増えてくる、そして今までのエネミーでは経験値を稼ぐことが出来なくなり行き詰まる。大体はレベル20から30程度だろう、それでも優秀な方である。
もちろんソウが初日にジャイアントキリングをしたように、レベル=強さでは決して無いが。
「キリカさんの剣技を見れば納得ですけどね」
「ソウさんこそ、あの立ち回りは並のものではないです。一体どれだけの修羅場を潜って来たのか想像に難くないです」
「それはキリカさんの方こそです、まさか3000人の中でこんなに出来るプレイヤーがいるとは思っても見なかったですよ」
実力申し分無し、性格も好感が持てる。
二人は先の戦闘について少し話し合ったあと、キリカが意を決したかのように口を開いた。
「ソウさんはオルディネという組織をご存じですか?」
「まあ一応は、話に聞いている程度ですけど」
新世代VRMMO特殊対応機関『オルディネ』
端的にいえば能力犯罪を取り締まる組織だ。しかしその大きさは世界規模である。
世界各地に数々の拠点を構え、既に増加しつつある能力犯罪を数多く処理している。また能力犯罪を取り締まる組織なだけあって所属している人物は誰もが一線を画す実力者だ。
オルディネは数多くのトッププレイヤーを抱え、今もなお実力のあるプレイヤーをスカウトしている。そして今ここでキリカがオルディネという組織を話題として出したのには理由があった。
「単刀直入に言います。オルディネに入りませんか?」
それはオルディネからのスカウトであった。
キリカはソウの瞳を真っ直ぐ見つめ、その真剣さが嘘でない事を物語っていた。
ソウもそれを受け止め、少し考えたのち口を開いた。
「お断りします」
今オルディネに加入することはソウの中で考えられなかった。
危険な世の中になってしまった現状で美唯菜を守れる組織になるかもしれないことは承知の上だが、奏が美唯菜の側を離れ万が一の時に何も出来ないかもしれないのは……とてつもなく怖かった。
少なくとも今加入することはソウにとって有り得ない。
「……そうですか、残念です」
「すいません、今はまだ離れなれない人がいますから」
「分かりました。それではまた時が来れば声を掛けさせて頂きます」
「その時はよろしくお願いします」
それから雑談を少しすると、共に上の階へ上がってダンジョン攻略を始めた。
そして、その日のうちに2710317サーバーでFANTASYダンジョン全階層攻略のアナウンスが全プレイヤーに響き渡ることになる。
★
「特殊ダンジョン草50本持ってきたよ」
「ありがと! おねーちゃん……これならきっと」
特殊ダンジョン草をひよりに渡し、昨日と同じくすり鉢で潰す光景を眺める。
机の横には昨日見た『赤のポーション』が、その横で昨日ひよりが作ったとされるダンジョン草の薬が置いてあった。
両方とも手を付けた形跡がない、半分ずつ飲むというのは違ったみたいだ。
「ひよりちゃんは大きくなったらここを継ぐの?」
「ひより? ひよりは……なんだろう。考えたことないな、ひよりはおじいちゃんといれれば良かったから」
ミズキは少し意外そうにする。その薬を精製する技術は、おじいちゃんの店を継ぐために磨いてきたものだと思っていたからだ。
「でもおじいちゃんの病気が治ってほしいから、ひより頑張るんだ」
「そっか……ボクもひよりちゃんの力になるからね」
「うん、ありがと! おねーちゃん!」
特殊ダンジョン草から作られた薬は昨日作った物よりも輝いて見えた。
「……ぜったい、絶対これでおじいちゃんを治すんだ」
「うん! ひよりちゃんがここまで頑張って作った薬だもん! 絶対大丈夫だよ!」
「うん、ありがと! おねーちゃん!」
ひよりはまた作った量の半分をおじいちゃんに持っていく。ミズキはそれに疑問を抱きつつも口に出すことをしなかった。
もうミズキは報酬のことなんて頭になく、ひよりの努力が実ってほしいとだけ願っていた。
だが部屋に戻ってきたひよりの……その心境は容易く推し量ることができてしまった。
見るからに落ち込んだ様子のひよりにミズキは掛ける言葉を失う。
「おねーちゃん……ごめんね」
「ひよりちゃんが謝ることないよ! ひよりちゃんは頑張ったじゃない」
「だってこのままじゃおじいちゃんが」
いてもたってもいられずミズキはひよりを抱きしめた。
そうすることで何か変わるわけではない、おじいちゃんの病気が治るわけでもない。
「次は何を集めればいい?」
「わかんない…………わかんないよぉ」
泣き崩れるひよりを力一杯抱きしめる。
他にしてやれることは無い、唯一の肉親を失うその痛みを共有することはできない。
今おじいちゃんの元へ行けば笑顔で接してくれるだろう、しかしふとした時に見るつかれを妊んだ表情は見るに堪えるものではないのだ。
「ぐすっ……ごめんなさい、おねーちゃん」
ひよりは暫く泣き続けるとミズキの抱擁から離れる。
泣き腫らした目をこすり、なおこぼれ落ちる涙を拭きながらミズキに謝った。
「いいんだよ。……おねーちゃん、まだ諦めていないからね」
「……おねーちゃん」
ひよりの肩を掴んで強く告げる。こんな終わり方をミズキは認められない、ひよりだってこのままは嫌なはずだ。
「おねーちゃんまた明日もここに来るからね。絶対おじいちゃんを治そう」
「……うん」
やり方なんて知らない。ひよりができないと言えば出来ないのかもしれない。
ミズキはもう一度ひよりを強く抱きしめると、すぐに離れて家を去っていった。
そしてすぐにメニューからある項目を開く。
「……まだ諦めるには早すぎる」
ミズキは掲示板を開いた。
しかしそれはこのサーバーのものではなく、別のサーバーの掲示板である。
トリアは言った、『世界が違えばAIの歩みもまた変わる』と。ならばミズキに出来ることは一つ、300万ある世界から二人が助かる道を探し出すことだけだ。
依頼] ひよりのおねがい④
達成 不明
報酬 不明




