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60話 九地と松田




 日本に48棟ある超高層ビル。

 それは日本の各都道府県に1本ずつ建てられ、そのどれもが【イコジン】という会社が所持している。

 高さは全て統一され、250階建ての777メートルである。


 ここでは一握り社員が事務作業をしている他に、謎カプセルを集めた施設や、食事を楽しめるレストランなど一般公開されている場所も多々存在していた。


 そして189階。展望ブリッジが搭載されたレストランは、大人の男女がこぞって集まるデートスポットとして有名だ。……値段は高め。

 そんな中、彼女を置いて振り向くほどの美貌の持ち主が1人。その女性は夜景の見える席でワインを片手に揺らしていた。

 夜景を見ながら物思いに耽っている姿はどこか哀愁漂い、その空間だけがまるで一枚の絵になっているかのようである。


 1人では似つかわしくない場所で、彼女はやや目立つ。

 脚を組み替えると視線が集まり、胸を寄せるとどこからかビンタの音が鳴り響いた。


 そして店内のBGMが止み、新しく音がレストランを包みだした頃。1人の男が彼女に向かい歩いてきた。


 「待たせたな」


 周りの視線にバツが悪そうな顔をしながらも、向かいの席に座ると店員がグラスにワインを注いだ。


 「それにしても何年ぶりだ? 昔とは随分違うかったから一瞬分からなかったぞ」

 「そうね……10年ぶり、くらいかな」


 音楽が支配する空間の中で、聞き耳を立てていたとしてもその声が届くことは無い。各テーブル同士は一定の間隔で離れており、ある程度大きな声でないと隣のテーブルにさえ届かない。


 「そうだな、お互い連絡を取ることもなかったしな。しかし他の場所は無かったのか……凄い場違いな気がするんだが」


 男はこういった場所に縁が無かったのか、少し居心地が悪そうである。

 女はそう言われてもさして気にせず口を開いた。


 「そう? ここなら多少大きな声で話していても周りに聞こえないし、不自然にも見えない。妥当だと思うけど?」


 それはつまり他人に聞かれると不味い話をするということ。


 「……重要な話なのか」

 「むしろ貴方達と関わりを避けていたのにも関わらず、こうして呼びたしている時点で察してほしいんだけど」

 「……まあ、ただ単に食事をするだけじゃないだろうとは思っていたが」

 「普通に私と食事がしたかったの?」

 「俺はひとみ一筋だ」

 「よろしい」


 男の宣言に女が頷く。

 これは確認みたいなものだ。逆に食事がしたかった等と言われても困るだろう。

 今このタイミングで男を呼びたしたのには訳がある。関わりを避けていたと言ったように、女にとってそれ程までに重要な話だ。


 「九地くん。梨子ちゃんの動向について何か知ってる?」

 「……松田……お前」


 男──九地くち大介だいすけは驚きを隠せなかった。葉名梨子はなようこと連絡を取っていた? いや、そんなことよりも。


 「逃げた・・・私が聞くのもおかしいけど、知っているなら教えてほしい」


 ──確かにこれなら俺を呼びたしたのも、この場所を選んだのも納得できる。


 九地は頭の中でそう納得し、どうするべきかを悩んだ。

 言うのは簡単だ、九地が知っている情報も少ない。だが本当に言ってしまっていいのか、葉名梨子にとって都合が悪くなるのではないか。そもそも女──松田はどこまで知っているのか。


 安易に情報は漏らせない。もし何かあればそれは葉名だけが被害を受けるのではなく、瞳にも──瞳に関わる情報さえも塵と化すだろう。


 「大丈夫、私に動くつもりは無い。……今のところ」

 「それを信じろと?」


 九地と松田は昔からの付き合いである。だとしても10年という期間は長すぎた。10年警察をしている九地にとって疑いから入るのはごく自然なことであった。


 「何をするつもりなのかを知りたいだけ、知った所で私はどうもしない。私は昔と同じように逃げる道を選ぶ」


 知ってどうするのか。

 何もしないのに知りたくてわざわざ呼ぶのはどういうつもりか。

 昔と同じように逃げる(・・・)というなら、知る必要はないはずである。


 「……葉名には聞いたのか?」

 「予想は出来てるの……ただ確証がないだけ。だから本人には聞くつもりがない、聞けない。だから九地くんを呼んだの。きっと知ってると思って……2人は今でも追っているんでしょ?」

 「……ああ」


 松田は今まで傍観を決めていた。協力もしないし、妨害もしない。

 ただ今回は葉名梨子の様子にまさかと思わせることがあった。それならば知るだけでも知っておきたい、関係者ではないけど傍観者ではあったから。


 九地は松田と目を合わせると小さく息を吐いた。


 「瞳へと通じる道を掴んだ」


 同時に松田は息を呑む。……予感は的中していた。ついに、ついにここまで来たのか。

 押し黙る松田を九地が待ち、沈黙が場を支配する。


 数秒間。視線が交錯するやや緊張感のある空間は、突然の溜息で幕を閉じた。


 「そっかぁー」


 ぐでぇー。っとテーブルに顔をつけ手をぶら下げる。松田はマナーなど知ったことかと、全身の力をテーブルと椅子に預けた。


 その姿を見て九地は苦笑いしながらも『変わらんな』と心の中で思う。昔とは見た目から何まで違い別人のような感覚だったが、そういえばこんな奴だったと思い出していた。

 全く記憶なんてものは当てにならないものである。


 「俺も詳しくは知らないんだ。立場上詳しく聞くわけにはいかないからな」

 「そういや九地くんは警官だったねー」


 さっきまでとはまるで別人のように緩く話す松田に、九地は相変わらずだと顔を引き攣らせる。

 10年前に別々の道へ進むと決めた時、進路を教え合った。九地が警察官を目指すと言ったのは10年前の1度っきりのはずだが、よくそんな昔のことを覚えていたものである。

 かくいう九地も松田の進路先は覚えているのだが。


 「ああ。松田は確か……えっと、なんちゃら大学」


 うる覚えだった。


 「オックスフォードね」

 「そうそれだ!」

 「……どの大学でもいいんだけどね。昔はここから離れたかっただけだったから」


 松田は姿勢を正し、下を見ながら言う。

 少し言葉に陰りを感じるが、それは致し方ないことであった。昔を思い出したのか腕を温めるように摩る。それは昔、松田が怖がっている時にする癖のようなものだった。


 「それで今はどうしているんだ?」


 旧知の仲で10年ぶりに会ったというのに、暗い話というのもいただけない。それに松田が大学に入ってからのことは何も知らなかった。


 「今はイコジンのスタッフとして働いているよ。といっても表舞台には立たない裏方の仕事なんだけど」

 「イコジンといったら超大手じゃないか」

 「今どきどこからでもイコジンに入れるよ。飲食、雑貨、他にもどこでもやってるからね。ウチの会社は」

 「ゲーム会社っていうのが一番しっくりくるけどな」


 なにせいま九地が手こずっている数々の事件は、イコジンが開発したゲームによるものが多いのだから。

 松田は乾いた笑みを隠すためワインを飲み干すと、気付いた店員がワインを注ぎにくる。


 「そういえば松田はどうして葉名のことを知ったんだ? 連絡はとっていないんだろう?」


 店員が去るのを確認してから九地が口を開いた。答えてくれるかは疑問だが、言えない理由があるとも思えない。


 「見ていれば分かるよ。私たちの仲だし」

 「そういうもんか」

 「それより九地くんはどうするつもり? 私が言えた立ちじゃないけど、職業柄協力はしにくいと思うけど」


 警察官である九地が葉名と協力するのは、FBIがマフィアと肩を並べているようなものだ。

 個人的にも難しい。万が一、相手に警察の存在が知られでもしたら折角の努力も水の泡だ。


 「俺は動けん。警官としてはダメだろうが、捜査が葉名に行かないようにするしかないだろう。瞳のことは……任せるしかない」

 「まあ……そうだね。だからこそ梨子ちゃんは警察以外の組織を使ったし」

 「警察に入って改めて思い知らされた、ヤツらの尻尾さえも掴めない現実にな」


 葉名はフェイスパーティに残り、九地は警察という組織から瞳を追った。だが警察という大きな組織を利用したとしても、実態を掴めない……まるで幻のような曖昧さがそこにはあった。


 松田がそれをどこまで理解しているかは定かではないが、九地の苦悩だけは伝わってくる。

 10年間。恋人の行方も知れず、僅かな手掛かりもないまま探し続ける焦燥感を。


 やはり。やはり私は手を出すことを赦されない。今さら手を貸すことも、妨害することも。

 出来ることは傍観すること、それだけ。


 「九地くんは何時までいれる? ディナーを頼──」

 「失礼致します。松田様、────です」


 松田の言葉を遮り、スタッフが松田の耳元で何かを囁いた。その後スタッフはお辞儀をし、去っていく。


 九地は何も聞こえなかったが、どうやら時間のようだった。

 松田はコネッキングで何かを操作すると席を立つ。


 「ごめん九地くん、用事が出来たから先に帰るよ」

 「いや、俺が遅れたからだ。悪いな」

 「今度またゆっくり話そ。じゃあね」


 松田は片手を振って背中を見せる。

 まだ会って数分しか経っていないが、それも九地が遅れていなければもう少し旧友と話せていたかもしれない。誰も暇な生活をしているわけではなかった。


 そして店を出る松田の後ろ姿を見て……なにか違和感を覚える。それはレストランの入口付近をジーッと数秒見てから思い当たった。


 「あのやろう! 会計擦り付けて帰りやがった!」











           ☆







 「じゃあまたな」

 「ばいばい」


 根元達と別れると、みぃと僕の二人だけとなる。

 太陽は沈みかけ、辺りは街灯に照らされていた。この時間にみぃと歩くのはいつぶりだろうか。いつもはもっと早くに帰っていたから、少し新鮮な気分だ。


 「今日、ね」

 「うん」

 「いろいろ……したよ」

 「うん」


 みぃは目を細め、今日あった出来事を語ってくれる。


 クラスメイトが「おはよう」と挨拶をしてくれたこと。休み時間毎に話しかけてくれたこと、その内容。

 体育の時間のこと、終わったあとに現国の先生が来てくれていたこと。安心した様子だったと笑うみぃはとても楽しそうで。


 それからも色々と教えてくれた。

 誰々の話のどこが良かったかとか、話についてこれるように頑張ったとか。他にも沢山。


 「かなと……ありがとね」

 「みぃ?」


 不意にみぃが僕の手を握る。


 「ずっと一緒にいてくれて……ありがとう」

 「…………あぁ。これからも隣にいるからな」


 僕とみぃは笑いあうと、そのまま手を繋いで家に帰ったのだった。



手を握ったまま自然と奏の家に入る美唯菜。

調「美唯菜ちゃん。いらっしゃい! 今日はどうしたの?」

美唯菜「お持ち……かえり」

調「まぁ! まあまあまぁ! 明日は赤飯ね! お向かいさんにご挨拶しなくちゃ!」

奏「え、あっ! ち、違っ! 誤解だー!」




トリア「これで6章は終わりよ。次こそ私の出番はあるんでしょうね! ……まあいいわ。次章はWORLDでイベントがあるわ、楽しみね。あっそれと活動報告で人物紹介も少ししているみたいだから暇なら見るといいわよ。それじゃあまた次章会いましょう。それじゃあね」


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