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47話 佐鳥真紀





 私は一体何をしているんだろう。


 高江さんに謝ることが出来て、許されて。

 笑いあって、償えると、またやり直せると……そう浮かれていた。


 いや違う違わないっ。

 だから私はまた……。また高江さんに!



 ──操られただけ。


 その可能性は充分にあった。なのにどうして自我が残っている間に何もしなかったの?



 ──怖かったからだよ。


 結局私は今までと何も変わらない。目の前の恐怖に負けて何も言えないただの道具に成り下がる。



 ──しょうがないよ。下手すれば殺されるかもしれない。物言わぬ道具になれば助かるかもしれない。


 それでも私は決めたんだ。もう二度と差し伸ばされた手を振りほどかないって。



 ──都合が良すぎない? 今まで散々な事をしてきて、原因が無くなってからハイッ仲良くしましょう……なんて。


 そんなことは分かって……分かってる。それでも、だからこそ私は変わらないといけない。



 ──そう思っていたとしても結局変われなかったじゃん。だから何も出来なかったんだよね。


 そう。私は変われなかった。変わろうとしたけど……変われなかった。


 高江さんへの謝罪はもう意味を持たない。

 どれだけ言葉を並べて、謝罪の言葉を述べたとしても、行動が伴っていなければ価値などない。


 同じ過ちを繰り返してしまった私に……やり直しなんて出来やしない。

 ……初めの1歩で躓いてしまったから。


 きっとこれからも転び続ける。

 きっと立つこともままならないまま、誰かに引きずられ続けるんだ。


 それならこのまま意思をなくしていればいい。そうすればきっと悲しみも苦しみからも解放される。

 仄暗い闇の底にいれば誰とも関わることがない。大切に思う人が出来なければ、こんなに苦しむこともないのだから。



 ──それは生きているといえるの?


 いえないんじゃないかな。

 きっとそれはただの人形だ。人の形をしているだけの心を失くした人形。

 いっそうのこと私が撃たれてしまえばいいのにね。そうすれば私が原因で苦しまないで済む。


 ──本当に?


 だってそうすれば皆が助かるかもしれない。

 ……私がこれ以上苦しまなくてよくなる。皆だってもう苦しまない。


 ──本当に?


 それが最善。それが最良。

 これからも何も出来ないまま操られ続けるなら、ここで終わった方がいい。危害を加えることもなくなるし、迷惑をかけることもなくなる。


 ──本当に?


 あーもうっ! さっきからなにっ!?

 じゃあどうしたらいいの!!

 誰かに操られるがままに大事な人を傷つけて……苦しみながら生きていればいいの!?

 これから先もきっと目の前の恐怖に抗えない私は……一体どうやって生きていけばいいんだよ!!


 ──でも本当は


 生きていたい。

 操られるままなんて真っ平ごめんだ!

 ……でもそれは願うだけの願望なんだよ。叶えるなんて夢見ても、私が行動出来ないなら叶うはずもない。


 ──だからこうやって子供みたいにやりたい事が出来なくて拗ねているんだよね。


 拗ねてなんかっ!


 ──じゃあ何? 出来なかったことを嘆いて悲観して、いつまでもいじけて。それで誰かが助けてくれるとでも思ってるの?


 思ってない。


 ──助けてくれるわけないもんね。だって助かりたくないから。


 そんなこと!



 ──何も返せないのに。


 ──こんな私がどうして救いを願うことが出来るの。


 ──助けを求めるなんて烏滸(おこ)がましい。


 ──私がやって来たことを思えば当然の報い。



 ……私は。



 ──私は救われてはいけないんだ。





 それなのに。

 そうだというのに……貴女は、どうして私を見捨ててくれないの?


 怖いはずだ、恐ろしいはずだ、今すぐにでもこの場から立ち去りたいはずだ。


 男の指先一つで命が消える。

 それは耐えようのない恐怖のはずなんだ。


 それなのに朧げな瞳に映るのは、震えながらも一歩、一歩と近づいてくる強い女性の姿。

 今にも泣きそうな彼女はそれでも歩いてくる。


 ……どうして私はホッとしているんだろう。

 恐怖に耐えながらも真っ直ぐ前を歩く人が目の前にいるというのに!



 ……私だって。

 私だってこのままなんてっ!


 「よく来たな。ご褒美だ、この女は解放してやろう。あの世に送ってな」



 だけど倒れる私に向けられた銃を見たら……私の心は恐怖に埋め尽くされた。



 怖い……怖い怖い怖い怖いコワイコワイコワイ!

 止めて! 撃たないで! 嫌だ! 死にたくないっ!! いやぁ!!


 ついさっき思ったことは(つゆ)に消え、ただひたすらに生を願う。

 怖いんだ。恐ろしいんだ。

 だけど現実はただひたすらに私を追い詰める。




 短い銃声が鳴った。

 



 どうしてか私は生きていた。

 撃たれたのは私じゃなく、あの男の方だった。

 何がどうなったのかは知らないけど、それよりも私は私を恥じた。


 あの時、私はただ怖くて生を願った。

 歯向かおうと、立ち向かおうと思った心は一瞬で砕け散った。


 なにが私だってだ!

 何も出来ないくせに、怖くて震えるだけのくせに!!


 ……結局私はいつだって何も変われやしない。

 きっと私はこの体が自由であっても動けやしなかっただろう。

 恐怖に足が竦んで、涙を流して助けを待つ。いつだって自分から動くことの出来ないデク人形なのだから。


 村田さんに言われるがまま動いて、今度はあの男が怖くて動けなかった。

 数時間前の喫茶店での集まりだって根元くんの提案だ。

 私は何一つ自分で出来やしない。命の危機だってこの体は言うことを利かない。

 動かないといけない所でどうしても動けない。


 私はどうしようもなく愚か者だ。

 言葉だけの、思っているだけで行動のしない愚者。


 また男の命令で手が勝手に動く。

 添えられたナイフは男の声一つで容易く喉元を切り裂くだろう。


 またしても全身が凍りつくような感覚に囚われた。

 体中を駆け巡る恐怖が私を支配する。


 抜け出せない。

 恐怖から抜け出せない。もし逆らおうとして死ねと命令されたら……。

 男がヤケになって道連れにでもされようものなら。


 そう思うと私は怖くて怖くて堪らない。

 動けない。心が固まって動けない。


 ほらやっぱり。

 これが私なんだ。

 きっと他の人だって同じようになるよ。私だけじゃない。他の皆だって。


 ──他人と比べたとしても意味なんてありはしないよ。


 分かってる!!

 分かってるよ! それくらい!

 だけどもう私にはそう思うことしか!!


 ──それは彼女に向かっても言えるの?

 

 人質の私を見捨てないで前を歩く彼女。

 怖いはずなのに。今すぐにも逃げ出したいはずなのに。


 どうしてそこまで出来るの。

 私は貴女に沢山酷いことをしてきたというのに。

 今でも私のせいで酷い目に遭ってるのにっ!


 「まき、ちゃん……は。友達……だからっ」


 ッッっ!!

 どうして……どうしてよ!

 ……何度も私は恐怖に負けて、それなのにどうして貴女は立ち向かえるの。

 私はっ! 私は貴女に何度も──



 「繰り、返さないようにっ! わた、し……も! がんば、る……からっ」





 ……ふと気づけば頬に伝う温もりを感じた。


 これが涙だというのなら、私は一体何をしているのだろうか。


 ──手を差し伸べてくれた人がいた。


 過去の(あやま)ちを笑って許してくれた人がいた。

 お礼も言われた。また友達になれる? と聞いてくれた。

 包まれるように抱きしめられた。

 溢れる涙は今までの自分を洗い流すように。



 ──どうせまた失敗するよ。


 そうかもしれない。

 でももうこれ以上逃げたくないんだよ。


 ──辛いよ? 怖いよ?


 辛くても、怖くても!!

 友達と言ってくれた人が私を庇ってあの男の所に行こうとしている。それなのに私がこんな所で立ち止まって、泣いているわけにはいかないんだ!


 ──もう二度と過ちを繰り返さないと誓った!


 あの男の所に行かせては駄目だ。

 後悔は後回しだ。いま大切なのは私が人質になっているせいで彼女が男の元へ行かないといけないことだ。

 それだけは絶対にダメなんだ。


 私のせいで彼女が危険な目に遭う必要がない。私が逃げた分は私に帰るべきだ。

 彼女に傷ついてほしくない。大事だから。

 そしてなにより……私は"美唯菜ちゃん"を失いたくないから!!

 

 「ウッ……ァ」


 動け!


 「ウアァ」


 動け!!


 「アァあ」


 動け!!!!


 「ああぁ……あああああああ!!」


 握っているナイフを少しずつ首から離していく。

 首元に戻ろうとする力が凄いっ。


 「馬鹿なっ!? 効果時間はまだ切れていなかったはずだっ!」


 このままだといずれ首元に戻ってしまう。


 ……それなら。

 ここで命を落とすのは怖い。怖いけど……今ここで何も動けないのはもっと怖い!!


 「あぁぁぁっ」


 肩に熱い感覚が流れ込んでくる。

 撃たれた所からも共鳴するように熱さが溢れ出し、痛みで呼吸がまともに出来ない。


 だけどこれで私を人質には取れないはずだ。肩に刺さったナイフじゃ私を人質になんて──



 しだいに視界は薄れていって、誰かがこっちに走ってくるけどそれが誰なのかはもう分からない。


 何かを言っているような気がするけど、何も……何も聞こえない。

 ごめんね。私にはこんな事しか出来ないから。……でも私も美唯菜ちゃんと同じ気持ちなんだよ?


 消え入るかのような意識の中で言葉を絞り出す。

 伝えたいことがあるんだ。


 「私も……繰り返したく、なかった……から。あり」がとう。勇気をくれて。


 少しの達成感と暖かい温もりの中、私は意識を手放した。



 

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