46話 決意
勝った!
銃口を佐鳥に突きつけた根倉は勝利を確信した。
銃弾をも跳ね返す黒槍の女──トリアには戦慄させられたが、今やもう関係ない。
みな等しく動くことを許されないからだ。
動けば佐鳥の頭が弾け飛ぶ。
トリアは戸惑いなど無かったが美唯菜の叫び声により歩みを止めた。
このままだと美唯菜に危険が及ぶのは分かっていても、美唯菜の声を無視することは出来なかったのだ。
こうなると状況は最悪。
人質が人質としての意味を持ち、根倉が生死与奪を握っている間は手を出すことを禁じられる。
「ミーナっ! 見捨てなさいっ! 私や奏だけじゃない、ミーナまで危険が──」
「だめ……。まき、ちゃん……友だち、だから」
我儘だ。
分かっている。
やっと仲良くなれた人なんだ。
もしくはただ人が目の前で死ぬのを見たくないだけなのかもしれない。それでも納得なんてできない。
美唯菜は知らない。
その選択が一番周りを苦しめることに。
──パァンッ
「くっ!」
「とりあっ」
右足を撃たれ膝をつくトリア。
動くことが出来ない以上、こうなることは必然だ。むしろ、頭じゃないだけマシである。
「いいねえ。その表情。最高にそそるっ! そのまま友情ごっこでも続けてくれよぉ!」
トリアの元へいこうとし、奏に止められる。
無駄な足掻きでも美唯菜を結界の中から出してはいけない。
「動くなと言ったよなぁ。まあいいか、わざわざ弾を無駄にすることもない。俺の目的は高江美唯菜、お前だけなんだよ」
根倉の視線が美唯菜に集中する。
その視線から庇うように奏が前に出た。
──パァンッ
「だから動くなと言ったはず……ん? 当たってないだと」
佐鳥に向けた銃口をそのままに、もう片手で奏に向けて発砲した根倉。
だが奏の守護による結界が銃弾を止めた。
根倉はニヤついた笑みのまま銃をトリアに向ける。
「下手な真似はするものじゃないなぁ。そんなことしたら手が滑ってしまうじゃないか」
──パァンッ
「くっあぁっ!」
「トリアっ」
膝をついた状態のトリアの肩が銃弾によってその身を貫かれる。
急所に当てないのは誰かがヤケを起こすことのないようにである。特にトリアは危険だ、対処できなくなる前に手を打っておいた方がいい。1%も打開させる余地など与えない。
「これ以上俺を怒らせない方がいい。死人など出したくは無いんだろう?」
例えブラフであっても下手な行動は出来ない。根倉が指先一つで佐鳥の命を奪えるのは確かなのだから。
「高江美唯菜、俺の所まで歩いてこい。大丈夫、殺しはしないさ」
「ミーナっ! ダメよ! 行ってはいけないわ!」
「ほら早くしないとこの女が出血多量で死ぬことになる、助けたいんだろ? この女を」
根倉の言う通り佐鳥が撃たれた所からは、かなりの血が流れ落ちている。
あとどれ位の時間があるのかは美唯菜には到底判断がつかない。……もう美唯菜にとって根倉の言う通りにする以外の選択肢は無かった。
美唯菜は向けられた拳銃を見ながら一歩、また一歩と根倉の元へ歩いていく。
それを見た根倉の歪んだ笑みは美唯菜に拒否感を植え付けるものだった、それでも今更引くわけにはいかないのだ。
美唯菜の判断によってトリアは撃たれ、なおも危険な状態が続いている。自分が怖いからといって奏の結界に守られ続けられるわけにはいかない。
「そう、そこで止まれ」
美唯菜が佐鳥のすぐ近くまでくると、根倉は停止の命令を下す。銃口は相変わらず向けられているままだ。
そのまま根倉は美唯菜の前まで歩き、銃口を頭部に密着させた。
「よく来たな。ご褒美だ、この女は解放してやろう」
佐鳥を前に蹴飛ばした。
そして倒れる佐鳥に銃を向ける。
「あの世に送ってな」
「や、ゃめっ!」
──パァンッ
短い銃声が美唯菜の耳に木霊した。
「ぐぁあああっ!!」
貫かれたのは根倉の右腕、ちょうど佐鳥を撃とうとした腕だ。
続いて鳴る発砲音。
立て続けに根倉は撃たれ続ける。
銃声が止むと一人の男が歩いてきた。
「警戒していて正解だった。間一髪といったところか。警察庁特殊対策課、九地大介だ。根倉壮治、殺人未遂の現行犯で逮捕する。大人しく捕まれ」
警戒は怠っていなかったはずだ。
いや高江美唯菜を手に入れた瞬間、少し警戒が緩んだのかもしれない。おかけで高江美唯菜は黒槍の女の所まで下がっている。
警察がここまで来たということは包囲も時間の問題だ。オルディネも来るだろう。
そして根倉は九地による銃弾を浴び、右手肩、左肩、脇腹と貫かれている。根倉は想像していた一番最悪な状況に立たされていた。
「みぃ!」
奏が美唯菜の所まで走っていく。美唯菜と負傷のトリアを庇うように前に出ると『守護』の結界を展開した。
結界は美唯菜とトリア、佐鳥を包むように施される。
また九地も不可視の結界を避けるように進み、奏の横に立つ。
「少年、危険だ。下がっていろ。ここからは警察の仕事だ」
銃に弾を込めながら警戒を怠らず奏にそう言い放つ。
たとえ根倉が持っていた銃を落とし、至るところに銃弾を受けていながらも子供が相手していいような相手ではない。加害者と被害者の関係であってもそれは揺るがない。
幸い奏には結界を張ることができる。九地は詳細は知らないが風と砂の動きから何かシールドのようなものを張っていると推測した。奏がソレを作り出せるなら話は早い、自衛に専念してもらえばいい話なのだ。
だが奏は根倉を見据えながら首を振る。
「すいませんが黙って見ているほど心の余裕は無いので」
佐鳥を人質にトリアが撃たれ、みぃが銃口を向けられて、ここまでしておいてなお人質を撃とうとして。
我慢など出来るはずもない。黙って見ているだけなんて出来るはずがない!
それでも奏に何かをする機会は与えてくれない。
根倉の両腕はもう使えない。
絶体絶命、もう後がない。出来ることといえば無事な足を使って逃げること。
そしてもう一つ……人質だ。
「女ぁ! ポケットのナイフを喉元に持っていけ!」
「なっ!?」
根倉が使ったカード『心操』の効果はまだ切れていなかった。
根倉に言われるがままポケットから忍び込まされていたナイフを取り出し、佐鳥は滑らかな動きで喉元に持っていく。
「おっと全員動くなよ! 俺の命令一つでこの女は死ぬ」
根倉の言葉の証明のように、ナイフに当たっている喉元が薄皮1枚切れていた。赤色の血がツーと一滴零れ落ちる。
また、全員の動きが止まってしまった。
根倉を制圧するにしても、佐鳥を取り押さえるにしても、どちらにしても佐鳥の喉元にナイフが刺さる方が先だ。
動けなくなるまで銃を撃っていればよかったと九地は後悔したが、今更どうすることも出来ない。そもそも佐鳥が操られている事など来てすぐの九地に分かるはずも無いのだ。
「さぁて、高江美唯菜。早くここに来いよ。さもないと」
佐鳥はもう既に危険な状態だ。
数箇所撃たれ止血もしていない。そのうえ、首からも血を流したら助かる見込みはないだろう。
「ミーナ、お願いだから行かないでちょうだい。さっきだってあの男は佐鳥を解放する気なんてなかったわ!」
……例えそうだとしても。
だからといって私が歩みを止めるわけにはいかない。
美唯菜の脳裏に浮かぶのはイジメられていた時の記憶。そしてやり直せると思えたついさっきまでの記憶。
震えは止まらない。けれど、ここで見捨てられるわけがない!
「まき、ちゃん……は。友達……だからっ」
やり直せると思えたから。
やり直したいと願ったから。
だからっ!
「繰り、返さないようにっ! わた、し……も! がんば、る……からっ」
根倉の元へ歩く美唯菜。
それはただ数時間前に友となった人を救うため。
佐鳥は首元にナイフを添え、表情のない顔でただ……泣いていた。




