36話
昼食を食べ終わると、少し休んでから片付けをする。
弁当はもちろん完食だ。美味しかった。褒める度に顔を赤くするしおりさんを名無しさんと二人でからかったりもしたけれど。
空っぽの弁当をしおりさんに返してシーツから出る。
しおりさんがシーツをしまうと片付け完了である。さすがゲームの世界、簡単に片付けが出来てしまうな。
「しおりさん、お昼ご馳走様でした」
「い、いえ。こちらこそ、ありがとうございます。お昼に付き合ってもらって」
「しおりちゃん、私は私はー?」
「名無しちゃんもありがとうね」
言わせた感たっぷりだ。
「言わせた感たっぷりだ」
「ソウくん、黙らっしゃい」
しおりさんの昼休憩はもうすぐ終わるらしく、ここでお別れだ。
名無しさんと僕は現実で昼食を取らないといけないためログアウトである。
「それじゃあまた」
「は、はい。また」
「またね」
手を振ってからメニューを操作してログアウトボタンを押す。
視界が暗転してゲームの世界から現実世界へと戻る。
謎カプセルから降りて背伸びをする。ずっと寝たっきりだから結構身体がこるのだ。
ん? みぃからメールが来てる。どうしたんだろうか。
コネッキングのスイッチを入れてメール欄まで画面を移す。
〈やっほっー(*゜▽゜)ノヤホー
明日何着て行けばいいかなー!?
家来てーー(><)〉
ふむ、家に呼ぶってことは誘って……けほん。
メールがきた時間は30分ほど前だ、今からでも間に合うだろうか。とりあえず着替えながら返事を打っておこう。
〈了解(*^^*ゞ
今から行くよ。大丈夫かな?〉
お? 返信だ。早いな。
〈大丈夫だよ~(*´-`)
そうめん作って待ってるね~♡〉
なんだこの可愛い嫁は。
みぃは僕の嫁、異論は認めな……けほん。
なんだか少し前から自分の調子がおかしい気がする。……あの日の夜からなのは知ってるけども。
着替え終わると、すぐに家を出て向かいの家のインターフォンを押す。
「やっほ」
そういって扉を開けたのはみぃだ。
寝巻き姿のままなんだが、ゲームしていたんだろうか。それともずっと服を考えていたのかな。
「はいっ……て、そうめん、できてる」
「あぁ、お邪魔します」
家に入ってみぃと一緒にリビングへいく。
そこでは大食い選手並にそうめんを食べてるトリアがいた。
すごい勢いである……これが食に目覚めたAIの力か。
「ミーナ。お代わりあるかしら」
「うん」
まだ食べるのか。みぃはキッチンにいくと二つそうめんの入った皿を持ってきた。
「はい。かなとも」
「ありがとう。みぃ」
「うん」
トリアはみぃに貰ったそうめんをひたすら食べている。太る心配はないのだろうか、そうめんだし大丈夫なのかな。
「いただきます」
「うん」
「みぃは食べないのか?」
「もう、たべた」
確かにトリアの食べる量に付き合って食べれないよな。トリアの横には皿が積み重なっている、どこの大食い選手権だよ。文句無しで1位だよ。
まぁでもみぃが作ったのなら分からなくもないな。でも、そんなに見つめられると食べにくいよ。みぃ。
「そういえば明日の服を決めるんだったな。それはもう決まった?」
「決まったわよ。残念だったわね、ミーナを着せ替え人形に出来なくて」
僕の疑問に答えたのはトリア。フッとキメ顔を作っているけど、口から出ている1本のそうめんが全てを壊していた。
「……あぁ、残念だ」
「か、かなと」
そっかもう決まってしまったか……。みぃのおめかしが見たかった。……残念だ。
「かなとが、みたいな……ら。いまから」
「ミーナだめよ。こういうのは今見せないで焦らすのよ」
うちのみぃに何を吹き込んでいるんだ。
明日が楽しみすぎて寝れないじゃないか。
「いやいや、みぃが可愛すぎて他の男が寄ってくるかも知れないだろ。僕がちゃんと見ておくべきだ」
「それは貴方が見張っていればいいじゃない。ミーナは何着ても世界一可愛いから仕方ないわ」
「……それもそうか」
「ふたり、ともっ」
おっと珍しい、リアルで大きめの声が聞こえるなんて。
みぃも少し変わっているのかもしれないな、いい方向に。
「ミーナおかわりあるかしら」
「まだ食べるのか」
「食というのは不思議ね。どれだけ食べても飽きないわ」
「流石にそうめんだけは飽きるだろ」
「飽きないわ」
「……はい。トリア」
みぃがトリアの分のそうめんを持ってくる。どれだけそうめんがあるのだろうか。いくらなんでも多すぎないか。
「みぃ、このそうめんって」
「……おいしく、ない?」
「いや、美味しい! 最高っ」
「見事に尻に敷かれているわね」
それは仕方ないな。男は尻に敷かれてなんぼである。
うん。そうめん美味しい。みぃが作ったから世界一美味しいな。
さて、分かっているけど一応は聞いておかないとな。
「……みぃ。明日は大丈夫か?」
明日とはクラスの集まりの件である。
「へーき……じゃない、かも」
段々とみぃの声が掠れていく。やっぱり平気なわけないか。昨日に決意を固めて、そのうえ僕らも行くとしてもそんな簡単に平常でいられるはずがない。
もしこれで平常でいられるなら、そもそもみぃはここまでなっていないはずだから。
口や頭では大丈夫だといっても……それでも怖いものは怖いのだ。身体が反射的に拒否してしまう。
僕は自分のそうめんをみぃの前に持っていく。
「そうめん……ゆっくりでいいから」
「……うん」
きっと喉に入らなかったんだろう。昨日のチャーハンも無意識に避けていた節があるし。
それでも食べないと気力が湧かなくて、もっと追い込んでしまうかもしれない。
「だめよ。さっきだってミーナ」
「かなと、あーん……して」
「ちょっ! ミーナ」
「ほいっ、あーん」
「んっ」
もぐもぐしてるみぃが可愛い。ゆっくり急がないで食べるんだよ……なんだか父親になってるような。
少しだけ昔を思い出すな。みぃが何かあった時によくこうやって食べさせていたっけ。
こうするとみぃは少し楽になるのだ。
「はい、あーん」
「んっ」
「なんだか砂糖を吐きそうだわ」
トリアが何か言ってるけど気にしない。トリアに見られて少しみぃが赤くなっているから問題は無い。
「トリア、羨ましい?」
「羨ましいわね! 私もみぃにあーんしたいわ!」
ブレないなぁ。
だがしかし、この役目は僕だけのものだ。トリアには渡さないよ。
「じゃ、トリア。あーん」
なん、だと!
みぃがトリアの方を向いて口を大きく開ける。同時に絶望感が僕を襲う。
「ミーナは本当に可愛いわ! はい、あーん」
「んっ」
「……ふっ」
トリアさっき僕を向いて鼻で笑った! みぃの見えないようにドヤ顔で!
ち、ちくしょう。
「み、みぃ。あーん」
震える箸でそうめんを掴み、みぃの前まで持っていく。だが、みぃはトリアからあーんしてもらったばかりで食べてくれないっ……。
「あ、あああ」
トリアが横でニヤついている。僕は両手をついて打ちひしがれている。みぃがあーんさせてくれない。
どうすれば……。どうすればいいんだっ。
「かなと。あーん」
ふと見上げればみぃが口を開けて待ってくれていた。あぁ、やっぱり天使だ。
そうして僕はそうめんをみぃの口元に持っていくのであった。
「……このバカップルめ」