35話
「ありがとうございました。お陰で助かりました」
しおりさんが頭を下げてお礼を言う。
黒猫が離れてくれないっていうハプニングもあったけど、無事に黒猫をギルドまで送り届けることが出来た。
しおりさんの買い出しも滞りなく終わり、いま食堂へ届けたばかりである。
「こっちこそ楽しい時間でした」
主にからかい的な意味で。
「もうっ、それは忘れてください」
そんな反応をしてくれるからついつい。
まぁでも、とりあえずはしおりさんとお別れである。しおりさんはこれから仕事だろうし、僕もわざわざ残る事もない。
「しおり、もう時間だから昼休憩に入っていいわよ。ゆっくりしていっていいからね」
「だから違うんですよっ」
NPCの受付嬢が僕をちらちら見ながらしおりさんに言う。
しおりさんがそんな反応だから皆がからかいたくなるんだね。
「すいません、ソウさん。……あの、よかったらお昼ご一緒しませんか? 黒猫のお礼に……お、お昼作りますっ」
周りの受付嬢から黄色い歓声が上がる。つまりこれはお昼デーなんちゃらのお誘いか。だけど僕にはみぃという心に決めた女性がいるのだ。あんな思いは2度とごめんだ。
「悪いけど──」
「しおりの誘いを断るつもりじゃないよね! まさかお礼とかいってもっと凄いことをさせるために」
「え? いや、えっ。えっ」
しおりさんが赤面パニック中である。
しかしこの受付嬢強いな。これだと断れない。
「分かりました、それじゃあここで待っていますね」
「は、はひっ。ありがとうございますっ。そ、それじゃ私、お昼を作ってきますねっ!」
しおりさんはペコリと頭を下げるとすぐに食堂のキッチンへと消える。
ふむ……これはお礼だから浮気にはならない。ならない……よな。
「ソウさん」
「はい?」
残った受付嬢が僕を呼ぶ。
なんだろう、からかいの対象が僕へと移ったのだろうか。
「しおりと仲良くしてやって下さいね。あの子、内気で友達が少ないから少し心配なのよ」
……そういうことか、でもそれだったら問題は無い。
これからも仲良くしていきたい所である。しおりさんとはフレンド登録がしていないから、後で聞いてみよう。
「もちろんですよ。僕の方こそ仲良くしてもらっているので」
「……ほう。つまり二人は本当にそんな仲に」
「いやいや、違いますって」
変な噂でも立てられたら困る。あの時の正座は精神が擦り切れるものだった。
しばらくして、しおりさんが食堂から戻ってきた。
その手には少し大きめの手提げ鞄が。
「お、おまたせしました。そ、それじゃ、い、行きましょうっ」
あっ、手を引っ張ったら。あー受付嬢の人の視線がぁ。
しおりさんに連れていかれた所は北門近くの公園。時計塔から見下ろした時に行きたいとは思っていたんだ。
現実ではもう緑色になっている桜の木が、ここでは桃色に染まっていた。
満開に咲く桜を見てポツリと一言口に出してしまう。
「……綺麗だな」
「へ? あ、あぁそうですね。桜が満開で綺麗です」
しおりさんまで声が届いてしまったらしく、返事が返ってきた。少し声が上擦っているのは気のせいだろうか。
公園にはNPCしかおらず、プレイヤーの姿は確認出来ない。まぁこんな昼間にログインして公園にいる人は少ないだろうけど。
「そういえばしおりさんは受付嬢をしていてリアルは大丈夫なんですか? 拘束時間が長いと思ったんですけど」
「あ、えと。シフトを決めて入るのであまり支障はないんです」
「へぇ~」
「リアルのこと聞くなんてそんなマナー違反をするのは誰だぁ?」
急に後ろから声が聞こえて振り返ろうとすると、目を手で覆い被されてしまった。この声は多分。
「名無しさん?」
「当たり! やっほ。ソウくんこの前ぶり」
後ろにいた名無しさんが手を離し僕達の前にくる。
気配が無かったから本当にビックリした、名無しさん恐るべし。でもどうしたんだろう。
「私としおりちゃんはたまにここに来るんだよ。やっほっ、しおりちゃん」
「や、やっほー」
「とりあえず立ち話もなんだし、そこに座ろ?」
「う、うん。シーツ敷くね」
さすが名無しさんとしおりさんだ。名無しさんが言い切る前にシーツをアイテムボックスから出していた。というかシーツなんてあったんだ。
全員が座るとしおりさんが弁当を出してくれる。名無しさんの分は無かったけど、名無しさんは自分で用意しているみたいだった。
「少し意外だな、名無しさんは喫茶店サートに行かずに自分で弁当を作ってきているって」
というか弁当とかどこで作っているんだろう。食堂なわけないだろうし。
「それどういう意味かなー?」
「え? いや、そういう意味じゃなくって」
喫茶店がお気に入りみたいだから、行くならそこに行くのかと思っていただけで。
ふと笑い声が聞こえ、しおりさんを見ると口を抑えて笑っていた。
「というかしおりちゃんも私の弁当を用意してないのはどういうことー?」
「え? えー! 名無しちゃんは自分の分あるよね」
「私はしおりちゃんの作った弁当が食べたい!」
つまり自分の持ってきた弁当の他に、しおりさんの作った弁当も食べると。
「……ふと──んぷっ」
名無しさんが物理的に黙らせてきた。気づけばしおりさんまでも僕の口を抑えている。
「ソウさん。それを言ってはいけないのです」
「そうだよソウくん。女の子にそれは禁句なんだから」
でもこっちで食べた分の栄養は現実に影響しないのに太るって話しだし。そのうえログアウトして昼食も取るならなおさら。
「ソウさん」
「ソウくん」
「……はい。すいませんでした」
男は弱し。
「ふむ、よろしい」
「そ、それじゃソウさんはこのお弁当をどうぞっ」
しおりさんが二つある弁当のうち一つを僕にくれる。手作り弁当ってなんだかロマンだよな。みぃにずっと作ってもらってる? あれは嫁だから。
ということで、ちょっとドキドキしながら弁当を開けた。
「おぉー」
中身がぎゅうぎゅうに詰まったボリューム感あるサンドイッチに玉子焼き、そしてタコさんウインナー。
凄く可愛いい出来栄えで実にしおりさんらしいな。ついつい声に出てしまう僕もまだまだ子供である。
「ソウくん、目がシイタケになってる」
「いやこれは仕方ないな、凄く美味しそうだし」
「……えへへ」
そういう名無しさんもヨダレが垂れ気味だ。しおりさんがポケットからハンカチを取り出して拭いている。リア友なんだろうか。おっと、詮索はダメだったな。
「それじゃあ、いただきます」
「はい、どうぞ」
二人が見ている中で食べるのは恥ずかしいけど、サンドイッチを取り出して一口。
「んっ。美味しい」
「あ、ありがとうございます」
お世辞抜きにこれは美味しいな。レタスだろうか……シャキシャキして食べやすいし、他の具とマッチしている。
「私たちも食べよう」
「うんっ」
名無しさんとしおりさんも各々弁当を開ける。しおりさんの弁当は僕が貰った弁当のボリュームを少なくした感じで、名無しさんは日の丸弁当に唐揚げだった。
「いただきますっ」
「い、いただきます」
二人が一口食べると、同じ数の花が満開に咲いた。
名無しさんが日の丸弁当に唐揚げで一瞬大丈夫だろうかと思ったけど、心配はいらなかったようだ。
「あっ、この玉子焼きも美味しい」
「ありがとう、ございます」
僕の言葉で名無しさんがボーっとしおりさんの玉子焼きに狙いを定めた。
「しおりちゃん、玉子焼き一個ちょーだい!」
「はい。あーん」
「あーん」
本当に仲がいいな。名無しさんが言う前にしおりさんが玉子焼きを掴んで用意していた。というかしおりさん凄い。
「しおりさん凄いですね。名無しさんの行動を完璧に先回りしてる」
「あはは、実はリアルでも友達なんです」
「私達マブダチなんだよ。ねーしおりちゃん」
「う、うん」
マブダチなんて言葉久しぶりに聞いた。名無しさんいつの人だよ。
まぁでもこうして公園で花見しながら食べるのは案外楽しいものだな。
来年、現実世界でみぃを誘って花見に行ってもいいかもしれない。




