34話
しばらく時計塔の上でのんびりしていると、どこからか猫の鳴き声が聞こえてくる。
辺りを見渡してふと上を見上げると1匹の黒猫が屋根から落ちそうになっていた。
「おっと!」
慌てて黒猫の元へ行き、下から黒猫を抱き上げて助け出す。
ん? この猫は。
「この前の黒猫か」
ニャーと鳴く黒猫は僕に擦り寄ってきた。ういやつういやつ。
「おまえまたここに来たんだな」
──にゃー
「ここは景色が最高だもんな」
──にゃぁ
「でも一体どうやってここまで来ているんだ?」
──にゃー
にゃー、じゃ分かんないよ。まぁ相槌を打ってくれるだけで充分なんだけどね。癒される。黒猫と言えばみぃを連想できるな、可愛い。
黒猫は僕から離れて、外の一歩手前まできて一鳴き。もしかして降りたいのかな。
「もう降りるのか?」
──にゃー
「一緒に降りるか」
──にゃん
黒猫はまた僕の腕に飛び込んで鳴いた。肯定と受け取っていいんだな。
翼を広げてから黒猫を落とさないように固定する。
「『天翔』」
翼が大きく羽ばたき、体が宙に浮く。
横殴りの風を受け流し、また風に乗るように動く。前よりは上手く降りれているだろうな。今なら強風だって心地良いそよ風だ。
ふと黒猫を見ると気持ちが良さそうに大人しくしている。これなら安心だ。
無事に時計塔前へと降りると、注目を浴びていたみたいで視線が色んなところから降り注いだ。
これはマズいな、早く場所を移そう。
「そ、ソウさんっ」
人のいない所へと足を運ぼうとしたが、どこからか声がかかってしまった。この声はどこかで聞いたことがあるような。
「はぁ、はぁ……ソウさん」
声の主はしおりさんだったみたいだ。しおりさんが走って僕の前へと来る。
「と、突然呼び止めてしまって……すいません」
これはもう……仕方ないな。うん、諦めよう。
「どうしたんですか? しおりさん、こんなところで」
「あの、えっと……その黒猫なんですけど」
呼ばれた黒猫は呑気にニャーと鳴き声を上げている。
この黒猫がどうしたんだろうか。しおりさんは受付嬢で冒険者じゃ無さそうだから、猫捜索の依頼などは受けていないと思うけど。
「えっと、猫捜索の依頼だけ残ってしまって……この依頼は受ける方がいないと私達受付嬢がする事になっているんです」
そういうことか。つまりそれでしおりさんがこの黒猫を探しに来ていたわけだな。
「それだったらほら黒猫、しおりさんの所に行くんだぞ」
──にゃ
黒猫は僕の腕から降りてしおりさんの方に少し歩いたのだが、途中で止まってまた僕の腕に戻ってしまう。
呆けてしおりさんを見ると目が合ってしまった。
「あはは」
「あ、あはは」
「一緒に行きましょうか。北のギルドでいいんですよね」
「あ、はい。ありがとうございます。すいません、貴重な時間を頂いてしまって」
「いえいえ、気にしないでください。僕も少し暇をしていた所ですから」
「あ、ありがとうございます」
という訳でしおりさんと北門近くのギルドまで一緒することになった。といっても北への転移ゲートで行けばすぐに着くんだけど。
「あの、すいません。食料の買い出しも頼まれちゃったんですけど、ゲートを使わずに歩いて行ってもいいですか?」
はい。転移ゲートを通ることはなくなりました。
まぁいいんだけどね、急ぎの用事があるわけじゃないし。
ただ問題はこの前みたいに動画を撮られていたら、……みぃに土下座しないといけなくなるな。
「この黒猫はですね、ギルドで管理……飼ってる猫なんです。けどいつもどこかにいってしまって」
「だからしおりさんが黒猫探しに来たわけですね」
「はい、そうなんです。でもミケ……黒猫が見当たらなくて困っていたんです」
「ミケっていうのはこの黒猫の名前なんですか?」
──にゃー
ん? それは肯定と受け取っていいのかな? 首輪にクロと書いているけど関係ないみたいだな。
「あっ、えと、私が勝手に呼んでるだけなんです。皆は黒猫って呼んでるんですけど、それじゃ味気ないなぁって思って」
「確かに黒猫ってだけじゃ寂しいですよね」
「そ、そうですよね! 皆が不思議な顔をするから私がおかしいと……」
──にゃー
「え? それどっちなのミケ!」
──にゃん
「ふむふむ。ミケは黒猫が本当の名前だと……」
「そ、そんなぁ」
「なんて冗談ですよ冗談。ミケも名前が付いて嬉しいと思いますよ」
「そ、そうでしょうかぁ。もしそうだったら嬉しいですっ」
「ほら、そうだよな。ミケ」
──にゃー
しばらく歩き転移ゲートを通り過ぎると、商店が並ぶ繁華街へと到着する。
しおりさんはここでギルドの昼食用の食料の買い出しって訳だな。
「ギルドの食堂は使わないんですか?」
ギルドには冒険者がよく利用する食堂があって、受付嬢もそこを使って昼食を食べるのだと思っていたけど。
「食堂での食事は非番の時以外認められていないんです。な、なんでも受付嬢の格好をして冒険者さんの見える所で休むのはいけないらしくて」
なんだそれは。あーでも少し分かる気がする。食堂に座ってご飯食べてる受付嬢って想像つかないもんな。
「で、でもその代わりに食堂のキッチンは使ってもいいので、そこで皆さんが各々お昼ごはんを作るんです」
それは凄いな……全員が自分の料理を作れるっていう。
「もし昼食が作れない人がいたらどうするんですか?」
「えと……誰かに頼むか外で食べるしかないと」
それはまた……受付嬢って大変なんだな。
なんだか買い出しや猫捜索も年功序列でしおりさんがやっているとかも有り得そうだ。
しばらく歩いているとしおりさんが急に立ち止まった。
「あっ、えと、野菜を買うので少し待っていてください」
しおりさんはそういって近くの八百屋へ走っていった。……ほんと受付嬢って大変だ。
「すいません。これとこれとこれを──」
「はいよ! しおりちゃん、今日は男連れかい? いいねぇ、青春だねぇ」
「ちちち、ちがいますよぉ! そそそんな関係じゃないですからー!」
そんなに否定しなくても……。肯定されても困るんだけど。
「そこのお兄ちゃん! しおりちゃんをよろしく頼むよぉー!」
「え? え? ちょ、あの、ヤオさん」
八百屋さんがそれなりに離れている僕にむかって大声で叫んできた。
まぁプレイヤーも周りにいないから大丈夫か。
「任せて下さーい!」
「え? あの、ソウさんまで」
一通りしおりさんをからかった所で次へ足を運ぶ。
次はどこに行くんだろうか。
「もうっ。ソウさんてば。恥ずかしいんですから!」
真っ赤にして怒るしおりさん。ふむ、役得であ……ケホンッ。
「すいません。しおりさんがおもしろ……愉快な反応をしてくれるので」
「言ってること同じですからねっ」
「はっはっはー」
「笑い事じゃないですよぉ。本当に……もう」
次は肉屋で買い出しみたいだ。しおりさんはまた走っていって、またからかわれて帰ってきた。その次の魚屋でも同じことがあり、しおりさんの顔は真っ赤に膨らんでいた。
本当にしおりさんはこの街の住人に愛されているんだなぁ。




