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22話



 「抹茶餡蜜セットお願いします」


 名無しさんは店員さんに注文をして、僕の前に腰を下ろした。


 「奇遇ですねー、ソウさんもこのお店が気に入ったんですか」

 「えぇ、リーフ茶とリーフ団子がまた食べたくなってしまって」


 名無しさんはこの時間にログインしていて大丈夫なんだろうか、社会人っぽいけど……まぁリアルを詮索するのは止めておこう。マナー違反だ。


 「そういえばソウさん、リアルは大丈夫なんですか? まだ学生だと思っていたんですが」


 うぉい!

 遠慮したそばからこれですよ。これなら僕も聞いてもいいかな。まぁ、この時間に僕がログインしてるのもおかしいんだろうけど。


 「そういう名無しさんこそ、社会人だと思っていたんですけど」

 「えーと……ちょっと事件がありまして、今日はお休みなんですよ」

 「あー、一気に物騒になりましたからね」


 まだゲーム発売からそう時間は経っていないから、他を圧倒するほどの何かを持っている人は居ないと思う。だけど少しでも人知を超えた力が手に入って、抑圧された感情が爆発して暴走なんてこともありうるわけで。


 「お待たせしましたー。抹茶餡蜜セットです」

 「どうも〜」

 「ごゆっくりどうぞー」


 名無しさんは嬉しそうに抹茶餡蜜セットを受け取る。名無しさんもこの店が気に入ったようだ。


 「んっ〜! おいしいっ!!」


 純度100%の笑顔ありがとうございます。ご馳走様です。


 「美味しすぎて通っちゃいそう」

 「この店いいですよね、雰囲気もいいですし」

 「そうなんですよっ、でも食べすぎると体重が……」


 名無しさんは痩せてるし、あまり気にしなくてもいいと思うけど。もしかしたら体型に出やすいか、普段気を付けているのかも知れないけど。


 「現実である程度影響されますからね、それに現実でも食事が必要ですし」

 「ほんと迷惑な話ですよ!」


 それから団子などを食べながら雑談をする。名無しさんは掲示板や他のプレイヤーと交流をして、情報を集めていたみたいだ。


 「ソウさん、これから予定は?」

 「一応ギルドにでも行って適当にクエストでも受けようかと」


 クエストは依頼を受けて達成すると報酬が得られるシステムだ。NPC(ノンプレイヤーキャラクター)が出す依頼もあるけど、プレイヤーも依頼を出すことが出来る。


 クエストの受け方は二つ。

 一つはNPCやプレイヤーに直々依頼される。

 二つはクエスト紹介所に行って依頼を受ける。


 クエスト紹介所はギルドと呼ばれ、各街に5ヶ所ほど設置されている。

 場所は東西南北にある門の付近に一つずつと、中央の時計塔に一つだ。


 今回は北門近くのギルドに行ってみようと思う。


 「よかったら私も一緒させて貰っていいですか?」

 「それは全然構わないですけど……まだ何もしていないからGランクですよ」


 ギルドにはランク分けがされていて、下がGで上がAだ。依頼にもランクが分けられていて、自分のランク以上の依頼は受けられない。

 また、ランクを上げるためには様々な依頼を受けなければいけない。


 あとギルド登録なんて面倒くさそうな事は無い。始めから登録されていて、メニューからギルドカードという項目をタッチして受付に見せればいい。そこにランク等の詳細が書かれていると攻略サイトに書いてあった。


 「全然大丈夫ですよ、私もまだGランクですし。あっでも効率のいいランクの上げ方を聞いたので一緒にランク上げましょ?」

 「それは心強いですね、是非ともよろしくお願いします」


 ランクを上げるというのにロマンを持たずにはいられない。……ほら、低いより高い方がいいじゃん。



 ということでやって来ましたクエスト紹介所、通称ギルド。

 ギルドは北門へ続く大通りを横に曲がったところにあり、プレイヤーだけじゃなくNPCも出入りしていた。


 中は広々としていて、依頼を貼り出しているクエスト板に食堂のような空間、そして正面の窓口には依頼を管理する受付嬢の姿があった。


 「ってあれ? プレイヤーが受付嬢?」

 「よく気づきましたね、流石ソウさんです!」


 NPCを示す緑色のマーカーが付いていなくて、プレイヤーを示す黄色のマーカーが付いているから誰でも分かる気がするけど。


 「昨日の晩に頼み込んで弟子入りしたみたいなんです。その事が一時期掲示板で上がっていたんですけど、詳細は不明だったので本人に聞いてみました」

 「掲示板で上がっていたのに詳細不明ってことは本人が黙秘してるってことですよね、よく聞けましたね」

 「こう見えても顔が広いですから、それに前々から仲良くして貰っていたんで」


 それでも普通は1日やそこらで出来るようなものじゃない、凄いな名無しさんは。


 「しおりちゃーん!」

 「はひっ!」


 急に名無しさんが叫ぶとプレイヤーの受付嬢が飛び上がるように身を震わせた。


 「あっ、名無しちゃん」


 しおりと呼ばれたプレイヤーは、名無しさんをみて安堵するように息をついた。そりゃビックリするよな。


 「しおりちゃん、昨日ぶり!」

 「う、うん。昨日ぶりだね」 

 「あっ、紹介しますね。受付嬢プレイヤーのしおりちゃんです」

 「えーと……その、しおりです。龍族です。受付嬢見習いをしてます」


 しおりさんは額に2本角を生やして、少し大きめの尻尾がゆらゆら揺れていた。


 「初めまして、天族のソウです。よろしくお願いします、しおりさん」

 「あの、その……よ、よろしくお願いしますっ」


 勢いよく頭を下げるしおりさん、肩下まである黒髪で顔が隠れてしまった。受付嬢だから元気な子だと思ってたけど、内気な子だったようだ。


 「しおりー! しおりさーん! こっちの書類がまだ終わっていないんだけどー!」

 「はひっ! すぐ行きますー! えと、失礼します」


 しおりさんは他の受付嬢に呼出され、頭を下げて離れていった。働いているなぁ、ゲーム内で働くってどんな気持ちだろう。


 「それじゃあクエストを見に行きましょうか」

 「そうですね、効率のいいランクの上げ方も気になりますし」

 「そんなに画期的な方法じゃないですよ」


 クエスト板は横に長く、プレイヤーが依頼を決めて貼ってある紙を取る。プレイヤーが取った依頼は次の瞬間には元に戻っていた。


 「それは随時クエストですね、いつでも好きな時に受けることが出来る依頼です」


 随時クエストってことはこれを永遠とするのだろうか?


 「貼り出されるクエストは全部で3種類ほどあるみたいなんです。随時クエストと、時間経過によって復活する経過クエスト、ランダムで出現するランダムクエスト。確認されているのは今の所これだけなんですけど」


 同じ依頼を同時に受ける事は出来ない、ってことは。


 「受ける組み合わせで効率よく依頼をこなすんですね」

 「そうなんです。1時間毎に貼り出されるアワークエストと朝9時丁度に貼り出されるクエスト、随時クエストを一緒にするんです」


 今は8時45分だから少し余裕があるな。確か受けれる依頼の数は3つまでだから、先に随時クエストともう一つ受けておいたらいいのかな。


 「今回、随時クエストは後回しにしましょうか。Gランクのアワークエストが少し残っているんで、先にそれを一つ受けておきましょ」


 Gランク以外のアワークエストは残っていたりするのだけど、僕達はランクが低いから受けられない。

 他のプレイヤーもまだGランク付近だから必然と受けれる依頼が少なくなるのだろう、Gランク依頼が残っているのは僥倖だ。


 依頼内容は防具店へ材料の配達。お使いクエストだね。

 報酬は100G。10冒険ポイント。


 「冒険ポイントが一定以上になるとランクが上がるみたいです。確かGランクは500ポイント必要だったはずです」

 「結構あるんですね、アワークエストだけでも50回ですか」

 「まぁ、アワークエストだけでも50時間ですからね。ぶっ通しでしても約3日でランクアップなら妥当な気もしますけど」


 とりあえず残っているアワークエストの依頼を一つ剥がす。さっきみたいに依頼が元に戻ったりはしない、これは早い者順になるな。


 「じゃ先に受けに行きましょうか」

 「ですね〜」


 受付窓口へ行くと、しおりさんが担当のようで手を振っていた。これは名無しさんへのやつだぞ、勘違いをしてはいけない。いけないぞ。


 「しおりちゃん、さっきぶり」

 「う、うん。さっきぶりだね。依頼を受けるの?」

 「うん。受理お願い」

 「お願いします」


 一言いって依頼の紙を渡す、しおりさんはそれを丁寧に受け取ると紙に手をかざした。


 「はい、リュス防具店への配達依頼ですね。受理するのでギルドカードを見せてください。名無しちゃんもお願い」


 しおりさんが手をかざした事により、依頼内容の詳細が空中に浮かび上がる。そしてソレに1通り目を通したしおりさんにメニューからギルドカードを開いて見せる。


 「はい、確認しました。それでは受理しますね」


 空中に浮かんだ依頼内容が、名無しさんと僕が提示したギルドカードに吸い込まれるように入った。……何これ凄い。


 「名無しちゃん、リュス防具店の場所は知ってる?」

 「ばっちりっ、一応(おも)だった場所は抑えているからね」

 「さすが名無しさん、道案内よろしくお願いします」

 「クスクスっ……お任せあれ」


 もうそろそろ15分たったかな? プレイヤーが集まってきた。


 「じゃあまたね、しおりちゃん」

 「うん。またね」

 「行きましょう、ソウさん。依頼取られちゃいますから」


 もう一回クエスト板の方へ行って少し待つと、窓口の方から受付嬢が数人やって来る。受付嬢はクエスト板の前に行くと、鞄から依頼を貼っていく。その中にはしおりさんも含まれていて、Gランクの依頼が(ひと)まとめで貼られていった。


 「あっ、ダメですっ。あの、まだ貼っている途中なのでっ!!」


 しおりさんがGランクの依頼が貼っていく最中に、空気の読まないプレイヤーが我先にと殺到した。


 「きゃっ!!」


 プレイヤーは貼られた依頼を取ろうとしてしおりさんにぶつかってしまう。……これはダメだろう。


 「ちぃっ、邪魔だぁあガッア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!」


 しおりさんにぶつかって怒鳴りかけたプレイヤーが、突如叫んでのたうち回った。

 何が起こったか分からないけれど、とりあえずぶつかって倒れたしおりさんの所へ行こう。


 「大丈夫ですか?」

 「は、はい。大丈夫です、すいません。ありがとうございます」


 しおりさんに手を出して立ち上がる手助けをする。……ちっちゃい手してるなぁ。


 「あ〜あ、馬鹿なことするね」


 のたうち回って倒れたプレイヤーに、名無しさんが見下して言った。


 「名無しさん?」

 「あーいえ、前にも同じことがあってですね。受付嬢にプレイヤーが手を出すと体中に高圧電流が流れるんです」


 それは強い。PVP(プレイヤーバーサスプレイヤー)最強じゃないか。誰も彼女達に勝てないぞ。


 「えと、ソウさん? あの……条件が存在するので、いつでもどこでも発動しないですよ」

 「何言ってるのしおりちゃん。パッシブスキルなんでしょ?」


 パッシブスキル、受動的なスキルのことだ。勝手に発動してくれるスキルで、僕の『武術』等が当てはまる。


 「仕事中限定だよ。それにこれを利用して無茶苦茶すると解雇されるんだから」

 「しおりさんー! こっちはもう貼り終わったわよー! 早くしなさいー」

 「は、はひぃっ! でっでは、すいません」


 しおりさんは他の受付嬢に言われて、慌てるように鞄から依頼を貼っていく。

 世知辛いね。それが妥当なんだろうけど。


 「それにフライングしてもですねー」


 名無しさんが視線を窓口へと移す。視線の先には依頼が受理されなくて怒っているプレイヤーがいた。


 「そちらの依頼は正式に貼り出されていない物なので依頼を受理することが出来ません。またギルドへの不正行為を確認いたしましたので、冒険ポイントにペナルティが発生いたします。ご了承下さい」

 「はぁ!? ふざけんなおまぁぁア゛ア゛ア゛ア゛ア゛」


 怒って胸ぐらを掴んだプレイヤーは、さっきと同じくのたうち回って倒れることになった。自業自得だわ。


 「アホだな」

 「アホですね」


 呟いた言葉に名無しさんが呟き返した。


 「まぁこうなるんで、受付嬢が貼り終えてから依頼を取るのが正解なんです」


 名無しさんはそう言ってクエスト板から2枚依頼を剥がした。しおりさんはもう依頼を貼り終わって、そそくさと退散していた。

 その後のクエスト板はプレイヤーでごった返していたけど、依頼は名無しさんが取ってくれたから窓口へ行くだけだ。


 「なるほど……あっ、依頼取りありがとうございます」

 「いえいえ、タイミングが難しいですからね。窓口が混みだす前に行きましょう」


 名無しさんが取った依頼は配達クエストともう一つ。


 「猫の捜索ですか」

 「あれ? ソウさん猫は苦手ですか?」

 「あぁ、いえそうじゃないんですけど時間がかかりそうな気がしたので」


 活動範囲が分かれば探しやすいけど、街中探すなら骨が折れそうだ。


 「場所は一応把握しているので大丈夫ですよ、任せてください」

 「それは心強い、お任せしますよ」


 窓口へ行って受理してもらう。ここもまた、しおりさんが担当していた。多分名無しさんが、しおりさんのいる所に誘導しているんだと思う。


 「はい、確認するね。ハルジオン中央時計塔への配達依頼と黒猫クロの捜索依頼だね、じゃ受理するからギルドカード見せて。あっ、ソウさんもお願いします」


 名無しさんが依頼を渡して、しおりさんが空中に映し出す。そしてさっきと同じように依頼内容がギルドカードに吸い込まれる。


 「はい、受理しました。それじゃ行ってらっしゃい」


 ギルドから出ると、名無しさんの案内によって道を進んでいく。

 中央から北門までしか歩いたことのないから周りが新鮮でつい見回してしまうな。煉瓦(れんが)で作られた家や、道端で開かれている露店。

 どのVRゲームでもありがちだけど、こうして見たのは久しぶりな気がする。


 「ソウさんはこの辺りは来たことないですか?」


 物珍しく見ていたのがバレたのか、名無しさんが聞いてくる。


 「ないですねー。久しぶりにこんな風景見ましたよ」

 「そうなんですか。いいですよね〜、こういうの」

 「そうですね〜。あっ、そういえば名無しさん」

 「どうしましたか?」


 これは少し前から思っていたけど、僕が学生で名無しさんが社会人だし。


 「敬語……無くても大丈夫ですよ」

 

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