18話 みいなの戦い。絶望と共に
「せんせ、せんせ」
先生に声をかけるけど、か細い私の声じゃ届かない。手足に縛られている縄を必死に振りほどこうとするもビクともしない。
……どうしよう、どうすればいい。
「せ、せー、せんせー……かなと」
かなと……かなと?
ふと私は自分のコネッキングに意識を向ける。やっぱりダメ……なにかあったら奏を頼ってばっかりで、これくらい奏がいなくても。……この状況をどうにかするために考えるんだ。
コネッキングが使えるのは僥倖なのかもしれない。
葉名先生のアドレス等はなにも知らない、けどワイヤレスモードなら。
ワイヤレスモードは少し離れた相手にメッセージを送る事が出来る機能、でもメッセージは半径5m以内にいる全員に届いてしまう。
……賭けになるかな。もし起きたことをバレたら次は何をされるかわからない、それに葉名先生が起きるとも限らない。……でも他に策も考えつかない。
私はコネッキングの意識操作で画面を開き、ワイヤレスモードを起動する。
『先生! 起きてください!』
メッセージを送り数秒、葉名先生は少し身じろぐだけだった。ならもう1回。
『先生ー!』
もう1回。
「んっ、あ〜」
幾度目かのメッセージ送信の後、やっと先生の瞼が開いた。
「……ここは?」
「せんせ」
「あぁ、高江さん。……高江さん!?」
葉名先生は私を確認するとバッと目を見開いて驚いた。
「どういうこと?! 何がどうなっているの?」
先生は起き上がろうとして自分が縛られている事に気付く。先生も私と同じで縛られて動けない。
「せんせ、からだ、ちょう、しは?」
「え? あぁ平気よ、さっきまでは最悪だったんだけどね」
「よか、た」
一先ずは安心かな。そもそもそれが心配だったんだ。
6時間目の途中までは記憶があるんだ。急に眠気が襲ってきて……今思えばそれが罠だったのかもしれない。
「それよりも高江さんは大丈夫なの? どこか痛い所とかない?」
「へいき、です」
「それなら良かったわ、それじゃあ早いことここから出ないとね」
先生はそう言って手の指だけを動かした。
「『スラッシュ』」
指に青色の何かが集まったと思うと、先生の腕に縛られていた縄が綺麗に切れていた。同じ要領で足を縛っていた縄も切っていく。
「魔術師だからね、こんな事も出来るのよ。高江さんのも切るから動かないでね」
コクリと頷くと先生は私の縄も切っていく。
「これでいいわね。高江さん動ける? 怪我してない」
「だい、じょぶ……です」
先生が綺麗に私の縄を切ってくれたから傷一つなく動ける。
「あり……と、う、ござぃ、ます」
「当然のことよ、さぁ行きましょう」
「は、い」
私はここに来たことがある、一年前に連れられて一度だけ。
この広めの空間、確かここは体育館裏にある第二倉庫だ。あの時は閉じ込めるだけじゃなかったような。
私達が出口へと向かう前にガチャっと音がした。
無造作に開けられた扉から見えるのは一人のクラスメイト。
「大黒くん」
先生はとても意外そうに言った。確かに直接私に何かしたりとかは無いからね、そう思うのも無理はない。……でも。
「おはよう葉名先生。寝心地はどうでしたか?」
気味の悪い笑みを浮かべて大黒は言う。
それを見た先生は私を庇うように一歩前に出て、大黒を睨みつけた。
「こんなことしてただで済むと思っているの?」
「思っちゃいねぇさ、だからその前にやるんだろ? どうも毒の効果が切れちまってるみたいだからもう一回かけてやるよ。『アジアンミスト』」
大黒は手を私達へ向けると、そこから黒色の霧が這うように出てくる。
多分これが葉名先生を苦しめたものだ。
「同じ轍は踏まないわ。『ヴィエトル』」
突如として先生と大黒の間に風が生まれた。
黒い霧は風による空気の流れに従って私達の横を通り過ぎていく。
「無駄な抵抗を……だけど窓一つ無いここだといずれゲームオーバーだせ、先生」
「その前に終わらすから安心しなさい」
「おっと怖い、先生が生徒に手を出していいのかよ」
「凶器を振り回している生徒相手に遠慮していたら身が持たないわよ『スラッシュ』」
先生の手のひらに青色の光が集まって、それを振ると同時に不可視の斬撃が大黒を襲う。だけど大黒も青色の光を手に乗せて振るい斬撃を相殺した。
私にも何が出来ること……これだと奏に守ってもらうのと変わらない。守ってもらうだけなのはもう嫌だ。なにか、なにか無いの。
「並行詠唱『ファイアーボール』『魔力玉』『1』『2』『3』。さぁ通してもらうわよ」
先生が数字を言う度に青色の玉と火の玉が周りに浮かび上がっていく。合計6つの魔法が大黒目掛けて飛んだ。
「チッ、『アースウォール』」
大黒を覆い隠す程の土壁が地面からせり上がり、先生の魔法と衝突した。
鈍い音と共に土埃が辺りを覆う。
砂埃から守るため身を覆った瞬間──砂埃の中から大黒がナイフを振り上げて現れた。
「……え」
「高江さん!」
呆然と立ち尽くしてしまう私の前に影が一つ。
……葉名先生の後ろ姿が見えた。
「いっ!! 『ファイアーボール!』」
先生は軽く切られながらも、右手を大黒のお腹に当てて魔法を放った。
大黒は吹き飛ばされて土埃の中に消えたけど、土埃がはれると肩で息をしている大黒の姿が見えた。
ところどころ服が焼けていて特にお腹の部分は黒くなっていた。もう満身創痍だ。
……私はまた、守られた。
「くっ……あぁぁ」
そう言って倒れたのは葉名先生、切られた所を治そうとした所で過呼吸のようになり地面に手をついた。
「せんせ!」
「毒が効いたみたいだな」
「なに、を」
満身創痍ながらも得意な表情を浮かべる大黒。いったい何をしたの?!
「俺の種族は蛇の魔族で、固有スキルは毒牙だ。すげーよな、ただのナイフがこのスキルで毒ナイフになるんだぜ」
毒!? ナイフで1回切られるだけでこんな!
先生が倒れたことで、私達を毒霧から守っていた風が止みだした。
「そのザマじゃ魔法の維持は出来ないみたいだな、じきにアジアンミストの毒がお前らを蝕むだろうよ」
なにか、何か出来ないの! 私に出来ること、私も! なにか!
腰に手を当ててカードホルダーを出現させる。何が出来るか分からないけど、このままなんてダメだ!
「あおねこ、あかねこ」
カードに手を当ててトリガーとなる名前を呼ぶ。
青色の猫と赤色の猫は召喚されると大黒に威嚇するように毛を逆立てた。
「クックック……たかが猫二匹に何が出来んだ? 猫もろとも潰してやるよ」
笑いながら言う大黒、私だってそう思うけど今はやるしかないんだ。先生は今も苦しそうにしている、早くなんとかしないと。
「おねが…い。ねこ、が、こばん」
アクティブカードの『猫が小判』、全ての猫への攻撃が手加減される。効くかどうかは分からないけど無いよりいいはず。
「ねこ、のこう、きしん」
アクティブカード『猫の好奇心』、猫の攻撃力が倍になるかわりに一人に突撃し続ける。今は大黒の一人しかいないから都合が良い。
「あおねこ、あかねこ、いっ、て!」
私の合図で大黒に向かっていく猫たち。
この二つのアクティブカードの効果は5分、効果があるにしても5分しかない。
「チッ……なんだ、身体が重い。『スラッシュ』」
猫に向かって大黒は魔法を放つ。だけど手に集まる光は少なく、さっきよりも遅い魔法は猫たちに当たらない。
「レインボー、ねこ。おねが、い」
続いてレインボーねこを召喚する。レインボーねこはすぐさま大黒に向かって突撃していく。
「ぐっ! あぁ!」
青ねこと赤ねこが大黒に体当たりをする。ねこの攻撃は思いより強かったみたいで、猫の攻撃と侮っていた大黒は見事に仰け反った。
そこに後からきたレインボーねこが追撃をする。
倉庫から出るように倒れた大黒に青ねこと赤ねこが襲いかかる。
……イケる! 早く先生を連れて脱出しないと!
「まったくだらしねーな、……『炎線』」
青ねこ! 赤ねこ!
突如として炎が二匹の猫を襲い、大黒に攻撃する一歩手前で消えてしまった。……そんな。
出てきたのは村田さん。使ったであろうカードが光になって消えていった。
「使えない駒はいらないわよ、大黒くん?」
「チッ、あー悪い悪い。ほらそれよりもさっさとやろうぜ」
「ふん! まぁいいわ……高江! 覚悟しなよ」
レインボーねこを近くに隠れさせた。
形勢は逆転されたけど、だからって諦めるわけにはいかない。先生が横で倒れているんだ、私がなんとかしないと。
「きねこ」
ニャー! といって呼び出された黄ねこ、昨日ガチャを引いておいてよかった。大丈夫、大黒はもうボロボロだし私はまだやれる。
「あんまウゼーことしてんじゃねーよ。大黒、お前行け」
「……チッ」
走ってくる大黒に黄ねこが突撃していく。
だけど黄ねこの攻撃が大黒に当たる寸前、大黒の姿が揺らめいて消えた。
──瞬間私の前に大黒が現れナイフを振り下ろした。
「くっ……あぁぁ!」
「あっ……え?」
身動きの出来なかった私を……先生が庇うように抱きしめた。
血が飛び散り、目の前が赤く染まる。
「せんせ、せんせ!」
「たかえ、さん……良かった」
そう言って先生は眠るように力を失ってしまう。全然! 全然良くない!
私のせいで先生が!!
「チッ……余計なことを」
「ハハハッ! 手間が省けたじゃねーか」
大黒も村田さんも気にする様子なんてなく、村田さんにいたっては笑っていた。
「なんだァ? 高江。そんな目して、どうしても早く逝きたいらしいなぁあ!」
ビクンッと身体が震える。震えが止まらない。怖い、怖くて堪らない。
……でも、それでも私は許せない。
「くろねこ」
黒色の猫が召喚されると同時にレインボーねこの強化をする。掠れるような私の声は二人に聞こえない。
「また猫か、テメェまだふざけてんのか。……いいよ、叩き潰してやる『スカイフィッシュ クァットゥオル』」
村田さんの呼び声によって、光りと共に空を飛ぶ魚が現れた。四匹の魚は村田さんの近くを泳ぐように回り出す。
村田さんが指示をすることにより、大黒がこっちに走り出すと同時に魚達も私を目掛けて突進する。
「ほらよ! 毒牙!」
いくら私でも、目に見えてボロボロな大黒の攻撃を避けれないわけがない。
余裕なんてまるでなくて転がるようにナイフから避けただけだけど。でもその隙にくろねこが大黒に体当たりをした。
「ぐっ……あぁ!」
大黒は大きく吹き飛び、偶然だけど魚の一匹を巻き込んだ。
くろねこが他の魚達に飛びかかっていくのを見て、くろねこに強化を施す。未だに隠れてさせているレインボーねこにも強化をすると、私のSPが0になったという知らせがコネッキングから届いてしまった。
それでも強化したくろねこは強く、瞬く間に魚達を食い散らかすように光へと変えた。
SPは5秒に1回復するってトリアが言ってた、それが現実でも回復するのなら私にもまだやれるはず。
そのはずだったのに。
「あ、あぁぁ」
全身を駆け巡る不快感、言いようもない痛みに力が入らず地面に伏せてしまう。
「効くまで随分かかったじゃねーか」
「なに、を」
「分かんねーのか? 毒が回って思考も落ちてきたみたいだな! ハハハッこりゃ傑作だわ!」
毒? どく。確か大黒のアジアンミストが残って……。ふとくろねこを見ると蹲って倒れていた。
「あークソッ痛ってぇ!」
大黒は立ち上がってこっちを睨み付けてくる、腹いせのように倒れたくろねこを勢いよく蹴った。
「くろ、ねこ」
くろねこは光りに変わり、大黒に巻き込まれていたスカイフィッシュが出てきて村田さんの近くを泳ぎ始める。その後に大黒が私に向かって歩こうとする所を村田さんが止めた。
「大黒! お前はやんなよ。私がやる『スカイフィッシュ』強化、強化、強化、強化!」
村田さんの声でスカイフィッシュが強化されていく、強化と言う度にスカイフィッシュが大きくなっていって──
──シャァァアアアッ!
「あ……あぁ」
その質量ある身体は広めの倉庫を埋めていく。開かれた顎から覗かれる数え切れないほどの尖った歯。
魚は村田さんの声に呼応し、その姿を鮫へと姿を変えた。
……どうにかしないといけないのに体が動かない、体に力が入らない!
「行け」
低い村田さんの声がやけにハッキリと聞こえた。
唸り声を出して口を開く巨大な鮫。
自分の吐息が荒くなっていく、目の前の絶望に意識がのまれていく。
「あぁ、あぁぁ」
怖い。……怖い怖い怖い!
ダメ! 身体が動かない。なんでよ!?
絶望的な状況で浮かんでくるのは奏のこと。
迫り来る鮫を見ながら私は奏に思いを馳せた。いつも私の側に居てくれた。辛い時は抱きしめてくれた。いつも元気をくれた。
ごめんね、私の勝手で。初めから奏を頼っていればこんな事にはならなかった。私は何も守れなかった……自分さえも。
ごめんね、奏。奏かなとかなと──
「…………かなとっ」
ふと、視界の端が光っていることに気付いた。
その光は迫り来る鮫を追い抜き、私の前に降り立った。
蒼色に輝く翼をはためかせ、全てを無視して私に微笑んでくれる。
「待たせたな」
奏は私を優しく抱きしめて……頭を優しく撫でてくれた。
★黄ねこ
黄色い猫。可愛い。ちょっとつり目。




