16話 みいなの学校その3
そんなこんなで休み時間も終わって2時間目。
今更だけど、どうして黒板を使って授業をしているのかな? 全員が首につけている次世代型通信機器コネッキングの機能で、一人一人目の前に授業内容を映し出したらいいのに……なんて黒板が見えない僻みなんだけど。
ちなみに黒板はコネッキングとリンク出来る仕組みで、先生が考えるだけで書けるという高性能黒板だったりする。
黒い翼の生えたインキュバスのような先生の授業も終わって、次は体育の時間だね。根元が途中からノートを見せてくれて助かったよ。
クラスの男子達が着替えに教室から出る中で奏がこっちに向かってくる。
「根元はどうすんの?」
「うん。どうしようか」
奏が言ったとおり、根元は男であり女だからどっちでも着替えられない。この教室で着替える? やだよそんなの。
「あー、根元は別教室用意したからそっちに行けよー」
「はーい、じゃ相馬くんも早いこと行きなよ」
先生が声をかけた事で根元は教室から出ていく。男子は奏だけになったから私は着替え始める。見られても問題ないし、着替え始めてる村田さんにも負けてられない。
「じゃまた後でな」
「うん」
奏は顔を赤らめてすぐに教室から出ていく。ふふっ可愛いな。
私も着替えて早く行かないと。
「おい高江! VRが出たからってあんまり調子に乗ってんじゃねーよ!」
怒鳴り声を上げてきたのは青髪のスタイルのいい美人、ヒレ耳が特徴の海族で名前は村田悠里。私を目の敵にする人で、クラスの女王のような存在である。彼女の行動はクラスでは優先されるのだ。他の女子も便乗して罵声を浴びせてくる。……そうしないといけないから。
村田さんは私の前に来て机を思いっきり叩く……痛そう。っと現実逃避してた。
「おいこら!? 無視してんじゃねーぞ!」
思わずビクッと反応して村田さんを見る。
目が合って身体がどんどん震えていく。だけど……。
「なにか、きに、いらない?」
「その目が気に入らないってんだよ!」
私には向かってきた右手を躱す術はなかった。
静まり返る教室に響く音と、遅れてやってくる痛み。
恐怖と怒りで震えるのを我慢して村田さんをにらみ返す。それ以外は何も出来ない……けど、私の目一杯の抵抗だ。
「このっ!! 『イムクス』」
村田さんの手が赤く光ったと思うと、頬に強い衝撃が走った。
二度目の平手打ちはさっきよりも威力が高く、派手な音と共に私は近くの椅子を巻き込んで吹き飛ばされた。
「ちょっと何してるの!? 大きな音がしたと思ったら!」
教室に入ってきたのは副担任である葉名梨子先生。狐のような耳と尻尾や、腰まで伸ばしたサラサラストレートの黒髪が魅力的。
葉名先生は辺りを見渡したあと、一つの場所で目を止めた。村田さんの所に葉名先生が行く間に、私は壁にもたれかかる様に動く。正直立てそうにないかな。視界も危ういや……体も震える。
「村田さん、このカードは何?」
先生は村田さんが手に持っていたカードをとって言う。確かイムクスとか言ってたな。
「力のカードね。貴女、このカードを使った意味くらい分かるわよね」
法律上ではスキルや魔法、カード等を使った障害行為は禁止されていたりする。もちろん普通の障害事件より重く罰される場合もある。
「そ、それは高江が!」
「御託はいい! 授業があるから今はいいわ、昼休み職員室に来なさい。そこで話は聞きます」
「……チッ」
村田さんは舌打ちするとそのまま教室から出る。他の女子も着替えて教室から出ていく中、先生はこっちに向かってきた。
「遅くなってごめんね、もうちょっと早く気付けたら良かったのに」
そう言って先生はしゃがんで謝ってくれる。謝る必要なんか無いよ、先生はこの教室に来てくれたじゃない。
「あ、……う」
「当然のことをしただけだから」
そんなことない、先生も大変なのを知ってるから。
見て見ぬふりをしない。いつも影で助けてくれる。
「『ヒーリング』」
先生が私の腫れた頬に触ると痛みが引いていく。
「腫れたままじゃ困るもんね」
クスッと笑いながら先生は怪我を治してくれる。倒れて擦りむいた所も同じようにして治してくれる。痛みが完全に引くと、先生は手を離してからまた笑う。
「良かった。それじゃあ私はいくね、高江さんも早くグラウンドにいくんだよ」
一緒に立ち上がると先生は一足先に教室から出ようとする。先生も授業があるのだ。
「せんせ」
「どうしたの?」
わざわざ振り向いて目を合わせてくれる。少し申し訳なく思ったけど、言わないと。
「ありが、とう、ござ、います」
「クスッ、先生として当然のことよ。でも……どういたしまして、かな?」
そう言って先生は手を振って教室から出ていく。教室には私一人になった、早く行かないと時間が無くなっちゃう。
……奏に心配はかけたくない。
グラウンドに行くと相馬は高江がいるからって声が聞こえた。そんな事を言われたら照れちゃう。
「ぼ、私照れちゃうなー」
「根元もノらんでいい!」
どうして根元も照れているのか分からないけどここは便乗しておこう。
「……照れる」
「みぃまで!?」
あれ? もしかして何か違ったかな?
授業は準備体操から始まるのだけど、いつもの小さな妨害等は起きなかった。多分根元のお陰なのかな? みんな男子を睨んで目線を変えさせていた。奏は見たりしないよね?
次は2kmの長距離走。体育教師であるゴリ先生の前では滅多なことが出来なくて、私にちょっかいを出す人はいない。それでも前に走らせないように邪魔をする人はいるんだけど。
私は体力に自身はないけど、できる限り頑張ると決めた。足に力をいれて前で走ってる人達を追い抜いていく。途中で奏が私の横に来て声をかけてくれる。返事をすると奏は私の頭に手を置いてからすぐに私を抜かしていく。
私も負けてられないな。
息を切らしながらも走り終わる。
奏の方を見ると、根元と仲睦まじそうに二人で座っていた。
私は急いで奏の元へ向かう。近くまで行くと話し声も聞こえてきた。
「ちゃんとブラ着けたら走れると思うぞ」
「それじゃ意味がないじゃん」
マズイ、これはちょっと急がないと。
「ま、まぁ今度買いに行くとするよ」
「そうするといい」
「手伝っ――」
「わたし、てつだう」
ふぅ、間に合ったかな? 根元の言葉を遮って言う。
私が手を上げると奏も手を上げる。
「おつかれ」
「あり」
そのままハイタッチをして奏の横に座る。
奏はいきなり私の耳に手を伸ばしてくる、おかげで変な声が出ちゃったよ。そこは敏感な所だからっ! でも奏だったらいっか、頭を奏の肩に預けて尻尾もゆらゆら。
「本当に仲がいいね、ふたりは」
「羨ましいだろう」
「あぁ、ほんとにね」
だから奏は譲らないよ!
そのまま授業は終わり、私は教室へ着替えに戻る。
教室には葉名先生がいて、教卓の近くに座っていた。いち早く教室に戻った私は着替えながら先生の所へいった。
「せんせ、ど、おして」
「私がいたらあんな事にならないでしょ?」
笑って言ってくれる先生。つられて私も少し笑った。
「ありが、とう。せ……せー」
先生は笑みを深くして「先生だから当然よ」と言ってくれた。
その後、教室にどんどん女子が入ってきて着替えだしていく。先生を見たのか何も起きる事はなかった。
奏が教室に入ってくるとすぐに葉名先生は手を振って教室から出ていく、私もあんな大人の女性になりたいなぁ。
それから4時間目は難なく終わり昼休みになる。
奏はクラスの男子に誘われて食堂へ……用意したお弁当渡しそびれちゃったな。とりあえず自分の弁当でも出そうかな。
「高江さん。一緒に食べよう」
隣の席の根元が私の方に向いて言ってくる。一緒に食べようって言っても、隣同士だから一緒に食べてるみたいなものだけど。
「うん」
彼なりの配慮なのは理解できた。奏がいなくなった瞬間に視線がキツくなったから。
私は鞄から弁当を取り出して開ける。……その瞬間私の弁当は投げ飛ばされた。
いきなりの事で少し呆然となったけど、投げ飛ばしたのは近くに立っていた村田さん。座ってる私を上から睨み無言で教室から去っていく。残った他のクラスメイトも呆然としていたけど、すぐに関わるまいと目を逸らしていた。
私は呆然と投げられた弁当から机に視線を戻す、そしてまた固まった。
それは投げられたはずの弁当が机の上で元通りになって置いてあったから。
「村田さんもまんまとハマってくれたね」
笑いながら言う根元を見ると、あるカードが塵になっていくのが見えた。
「げんわ、くの、カード」
投げられて落ちたはずの場所には何も無くて、それが幻惑のカードの効果なのが分かった。どうりで落ちた時に音が出ないと思ったよ。……さっきそれ3000円だって言ってたのに。
「ありが、と」
「いいよ。それよりも早く食べよー?」
根元くんは鞄から弁当を出して言う。そうだね、奏ももうすぐ帰ってくると思うし。
「じゃあなー」
「おう! あっ大黒の机借りる」
「あぁ好きに使ってくれ」
噂をすればなんとやら、奏が教室の扉を開いて私の前の席に座った。そのまま私の方を向き、あんパンを机に置く。
これはチャンス!! 何がいいかな? 初めは玉子焼きだね。愛情たっぷりどーぞー。
あんパンを開けようとする奏に玉子焼きを持っていく。
「あーん」
「ん、あーん」
可愛い! 少し顔を赤くして食べる奏可愛い!
「おいしい?」
「凄く美味しい」
思わず聞いちゃったけど笑顔で返してくれて凄く嬉しくなる。
次は唐揚げだ。ふふっ、これは自信作なんだぁ。
「あーん」
「あむっ」
食べた時の顔を見たら分かる、私作ってきてよかった。でも分かっていながらも聞かずにはいられないの。
「おいしい?」
「最高」
即答で返ってくる言葉に思わず頬が緩む。顔が熱いけど……いつもことだね。
次はハンバーグ、ちょっと大きめだから半分に分けて奏に持っていく。
「はい、あーん」
「あーんっ」
「いつまでやってんのっ?」
根元が顔を赤らめて私達にツッコミをいれる。なに? いま大切なところだから邪魔したらダメだよ。あ〜奏がもきゅもきゅ言いながら食べてるー! 可愛い! 写真取らないと。
「二人とも夫婦みたいだよね」
なっ!?
「ふう…ふ」
ふーふって夫婦って! それは奏が旦那さんで私は奥さんで……朝にもこんな会話したのに今とは全然違う。奏が目の前にいてそんな、でも……あっ。
「みぃ……結婚しよう」
「……うん」
私の手を握った奏へ返事をする。
奏はすぐさま教室から出ようとして根元に止められた。
「やめぃ! こっちが恥ずかしいわ!」
奏が根元くんに取り押さえられてしまう。
「僕は今すぐに役所に行かないといけないんだ! 離してくれ根元!」
奏は根元から離れようとしているけど時間がかかりそう……こうなったら!
「わたし、行く!」
「ちょっ! 高江さんまで!」
立ち上がって言う。式はいつにしようかな? 子供は何人がいいかな? ふふっ、夢が広がるな。だからそこをどいて根元くん。
「お前らー、本鈴なったから早く席につけ」
教室に入ってきたドロドロで汚そうな横山先生を、根元は救いの目で見た。
くっ、もうそんな時間なのね。でも授業なんかに負けてられないね!
「先生! 僕は婚姻届を役所から貰わないといけないんです!」
「です」
すると先生は手であろう部位を頭っぽい所に持っていき怒鳴った。
「馬鹿言ってないでさっさと席につけ!」
ひゃうっ!
ビクッと身体が固まって奏と顔を見合わせる。お互いに笑いが込み上げてきて、小さく笑いながら席へ戻る。残念、先生の前では無力なのだった。
ちなみに開けたままだったあんパンは私の空のカードに入れておいた。現実でもカードに入れることが出来るみたいだね、不思議。
あれ? でも次は国語だから葉名先生じゃないのかな?
「葉名先生は体調を崩したから、代わりに俺が引き継ぐ事になった。ほら、始めるぞ」
葉名先生は体調を崩したのか、大丈夫かな? まだ学校にいるなら休み時間にお見舞いに行きたいな。
「梨子ちゃんお休みなのー? 私、梨子ちゃんの方がいいんだけどぉー」
村田さん? 村田さんは葉名先生のことあまり好いていなかったはずじゃ。
ふと村田さんの方を見ると目が合った。ニタァと笑う村田さんに嫌な予感がした。確か村田さんは葉名先生に昼休み呼び出されていたっけ。それに葉名先生はさっきまで元気だったはずだし……。
「ちゃんと授業内容は聞いている、いいからさっさと始めるぞ」
「はーい」
上機嫌で言う村田さんはとても悲しそうには見えない。
そもそも昼休みに会っているなら葉名先生の体調についても知っているはず、さっきの反応は明らかにおかしいよね。体調が悪いなら分かっているはずだし、本当に知らないのか知らないふりなのか。
さっきの笑みといい、まさかとは思うけど村田さん……葉名先生になにかしてないよね。
「高江さん?」
隣の根元が心配したのか私に小さく声をかけてくれる。
「へいき」
私は大丈夫、今は葉名先生が心配だ。といっても葉名先生の連絡先なんて知らないし、授業を抜け出す訳にもいかない。先生を納得させる理由もない。葉名先生がどうなっているか分からないし杞憂かもしれない。何かあったとしても私に出来ることなんてないと思うし。
──でも。
「こねこ、ねこ、みけねこ」
小声で小さく召喚して机の視角に隠す。周りにバレないようにコネッキングを操作して半透明の画面を小さく浮かび上がらせる。
「はなせ、んせを、さが、して」
画面をねこ達に見せながら言う。本当は皆を召喚したいのだけど、バレてはいけないから。
なるべく音が出ないように教室のドアを少しだけ開けると、ねこ達は小さく「にゃ」っと鳴いて出ていく。
「次、高江」
──ビクッ!?
しまった、動きすぎた。どうしよう、授業聞いていないし。
「高江さん、教科書の24ページ3行目からだよ」
根元がコソッと教えてくれる。……これって朗読?
よりにもよって……でも私のせいだ。心臓が大きく音を鳴ってる、辛い。たった足が震えていく、視線が……怖い。逃げたい。
頭の中が全部真っ白になっていく。でもやらないと。勇気を出して。
「こう、し…う。こ、この、やまや、ま…と、くち……うは」
「何言ってるか聞こえないんだけど! 大きな声で喋ってくださーい!」
クスクスっと色々なところから聞こえる。息がつまりそうになるのを、我慢して、逃げたくなる衝動を抑え込む。
当てられたのはきっと私が他のことをしていたからだ。
「や、まゃまの、きふ、……せんの」
「聞こえませーん! ちゃんと朗読も出来ないんですかー?」
囃し立てるように言う村田さんと、同調して笑う人達。身体がいうことを聞かなくなってきた、喉が掠れて上手く喋れない。辛い、つらい。
……痛い。
「へん、にむ、なしい、な、だらか、さに」
それでも息を切らしながらも読んでいく私など関係ないとばかりに村田さんは口を大きく開く。
「あーうぜぇ! さっさとよめ──」
「うるせぇ! 授業の邪魔だ! 村田ぁ、やる気が無いなら今すぐに出ていけっ!」
遮ったのは先生の怒号。
嘘のように静まり返った教室、私にとって朗読の絶好の機会かもだけど……私まで固まっているんだけど。
だけど余計なことが抜け落ちた。深く深呼吸して意を決する。……よし!
チャイムが鳴って休み時間になると奏がすぐに私の元へ来てくれた。
「よく頑張ったな」
さっきの事と葉名先生の事で頭の中がぐちゃぐちゃだ、だけど泣いたら負けだ。
奏はただ優しく頭を撫でてくれる。
「かなと、ありがっ、と」
「あぁ」
零れそうな涙を指で拭いてくれる。いつもありがとうね。
「だいじょうぶ」
「わかった」
奏はそう言って席に戻っていく、そしてすぐにチャイムが鳴った。
杞憂ならそれでいい。だけど……葉名先生。無事、だよね。
★三毛猫
三毛猫。可愛い。毛色は白・黒・茶色。さらさら