12話
バス停で待つこと5分ほど。
ベンチに座り、みぃと同じ音楽を聴いて過ごしていた。なんでもみぃの好きな歌手で聴いて欲しかったみたいなのだ。
僕自身その歌手に興味は無かったんだけど、聴いてみると凄くいい歌でバスが来る前まで聴いていた。
さて、これは単純に曲がいいのか……好きな人の好きなものは好きになる精神なのか、それとも両方なのか。
両方だろうな。
「かなと、ばす」
ぼっと考えていたらみぃにバスの中まで手を引かれる。ニヤけるのはご愛嬌。
座る席は後ろから二番目の2席だ。
バスの中は人が居なくて席は選びたい放題であった。
窓際に座るみぃはコテンと頭から寄り添ってくる。朝の弱いみぃはこうしてバスに座れると、もたれかかってくるのだ。やくと……こほんっ。
バスに乗って少し、空っぽのバスに乗車客が1人増えた。
その女性は乗車してすぐにこっちに向かってきた。
見覚えのある顔だけど人違いだろう、そいつ男だから胸ないはずだし。
「お、おはよー」
とっさに後ろをみる僕、後ろには誰もいなかった。
「おはよう、相馬くん!」
「え? おはようございます」
「あの、えっと……流石にその反応は傷つくな」
頬をかきながら苦笑する女性、この人は僕を知ってるようだけど。
「ねのもと、みずき」
「おはよう、高江さん」
「根元?」
「そうだよ」
え? いやいや、だって根元は男だったはずだ。
あいつは確かに中性的な顔で、たまーに女物の服を着ているけれど、正真正銘男だったはずだぞ。
少し顔に丸みがないか? 胸とかどうなってるんだ?
「…………偽乳か」
「本物だよ!」
「顔も手術して削ったんだな」
「削ってないから!!」
ますます分からん。
根元が元から女で、いつもは胸を隠して生活しているとか……いやそれだと体育の着替えで気付くはずだ。
体のラインだって前よりそれっぽくなっているし、土日の短期間でここまではならないだろう。
考えられるのは……。
「いやでも選択肢は押せなかったはずだし」
「うん。だから100回くらい押した、そしたら性別が変えられるようになってね」
「マジか」
「狂喜乱舞した」
WORLD系3種のゲームはそのゲーム内の行動が現実世界に影響する。例えば魔法が使えるようになったり翼が生えていたり。アバターを決める時に性別の欄が灰色になって押せない仕組みだったはずだが、まさか押すことが出来て、それが現実世界でも反映されるとは……。
いつのまにか起きてたみぃが、僕の膝に座って根元の胸目掛けて手を伸ばしていく。
「ひゃっ!! た、高江さん!?」
「それで、この胸……おかしい」
あぁ、確かにボリュームがな。
自分のと見比べるみぃだけど、そんなに落ち込まなくていいと思う。
「まけた、もと、おとこ……に」
「今は女だよん」
ガックリするみぃに、勝ち誇り胸を張る根元。
「いや、どっちかと言うとニューハーフな気が」
「ちなみに男に戻ることも出来たりする」
「へぇ」
スキルや魔法が現実でも使えて性別まで変えれるとか、本当にどうやっているのか想像も付かないな。
「やっぱり男のほうが良かったかな?」
「うん」
「いや、別にそれでもいいんじゃないの」
即答で返事したみぃを抑えて言う。
別に何が変わる訳でもない。友達が男から女になっても友達だろ。
「……そっか」
「私の、かなと」
「はいはい、取ったりしないから高江さんは安心してていいよ」
「しんよー、なし」
深裂な言葉でショックを受ける根元。
いつまでも僕の膝に座っているみぃは、僕を背もたれ代わりに使う。ピコピコ動く猫耳は噛んでしまいたい。
バスから降りるとすぐ前に学校が見える。
学校の中には1つ施設が増設されていて、そこから人がどんどん出てくる。
その施設には謎カプセルが配置されていて、教師と学生なら使って登校する事が可能なのだ。その代わりゲーム内のログアウト地点が決まった場所でのみで有効だから時間的には変わらない場合もあるが。
そのまま校舎に入り3階の廊下へ。
「いつも通り見られているねー」
「お前が急に女になったからだろ」
「それもそうか!」
本当は違うのは分かっている、ノッてくれる根元は本当にいいやつだ。
主に女子からの視線だ、男子からの視線は本当に根元に向かっているみたいだけど。
「……だいじょ、ぶ」
人族のままなのが根元だけな廊下の中、みぃがそう言って僕らの前を少しいく。
いつもは僕と根元の真ん中にみぃを入れて、好奇や妬みの視線を少しでも届かないようにしているのだが。
みぃはそのまま視線を受けながらも歩いて行く。
僕は根元と顔を合わせ、すぐにみぃについていった。
そっと握られた手は少し震えていた。
握り返すとみぃの震えは止まっていった。
教室に入ると視線はある程度止み、クラスメイトは3つの種類に分かれる。
一つは、親しみのある人。
二つは、憎しみや嫌悪感を露にするような人。
三つは、関わらないように遠巻きから見ている人。
親しみのある人は笑顔で挨拶をしてくれるが、憎しみや嫌悪感を露にする人は舌打ちと睨みを向けてくる。
「お、お前根元だよな!? え? スカートってか女になってる!!」
「おう、凄いだろ? パンツみるか?」
「いいのか! みるみる!」
話しかけてきたクラスメイトの大黒 駿。大黒は下からスカートを覗き込んでそのまま真っ青になり倒れた。
「……おっさんの生足」
バタッと効果音を付ける大黒に、してやったり! とニマニマする根元。一体何が……。
すると根元はポケットから1枚のカードを取り出した。
「幻惑のカード、半径1メートルを5秒間自分の想像した幻を見せる! 3000円!」
「くっ! 騙されたか!」
片手で持ったカードが塵になるのを見ないで、悔しそうに大黒は根元をみる。
対する根元は胸を強調するように腕を組みドヤ顔である。
「はいはい、そろそろチャイムが鳴るから席に着けよ」
教室に入ってきたのは担任の先生……だと思う、なんかヘドロが集まって動いているような物体から先生の声が聞こえた。
みぃが咄嗟に僕の服にしがみつく。
クラスの皆も絶句している様で一同静まり返っていた。
そもそも僕とみぃは教室に入ってから挨拶しかしていないのだが。
「え? 横山先生だよな! 先生が人型ですら無くなってる!」
「おう、俺は異形型の宙族だからな。知ってるか? この体で物に触ると汚れるんだぜ」
「やべー! 先生マジやべー!」
そのまま大黒は先生の肩らしき部分に手を置いたが、手が汚れていた。
なるほど宙族か、プリント配りとか日常生活が大変そうだ。
僕とみぃの席は全くの正反対である。
僕が窓際一番前で、みぃが入口側一番後ろだ。
それぞれ席に着いた所でチャイムが鳴った。