11話
朝起きて、窓を開けると隣の家が火事で崩壊していた。
突然のことに数秒固まってしまうが、すぐに窓から身を乗り出して向かいの家を見る。
何も起きていない事を確認して一息をつく。
みぃの家が燃えていたら崩れ落ちていただろう。
隣の家を見ると所々に焼けたあとがあり、パトカーが何台か近くで止まっていた。
余程疲れていたのだろうか、隣の家が崩れていても気付かないなんて。
とりあえず服を着替えて……翼が邪魔で上手く着替えれない。
昨日の服は背中の部分が破けていて、そのままで寝たんだった。
現実でもゲームのスキルが使えるなら、今でも魔力付与も翼に出来るだろうか。
意識を翼に持っていきスキルを口にする。
「魔力付与」
すると翼は青白く光り、僕の意思通りに小さくなっていく。
魔力付与の効果時間は5分だから、万が一に備えて翼の出し入れ出来るようにしておかないといけないかもしれない。
鏡でみたけど、ゲーム内の目の色とかは影響されないみたいだな。
服に着替えると部屋から出てリビングへ行く。
テーブルの上に映し出される立体映像は、首元にかけている[コネッキング]がテーブル型のテレビとリンクすることによって見ることができる。
思考一つでチャンネルを変えることが出来て凄い便利だったりする。
「おはよう」
「おう、おはよう」
ソファーに座ってテレビのニュース番組を見ていた父親に声をかけると、リビングを抜けて洗面所へ。
顔を洗い終えてリビングへ行くと、父は寝巻き姿からスーツに着替えていて慌しく玄関へと向かっていった。
隣の家が崩れていても仕事には行かないといけない、本当にいつもお疲れさまです。
母は台所から父を見送りにいってまた戻ってくる。
その間に僕は台所に入り、いつも通り母が作っていた朝食を受け継ぐ。
今日は目玉焼きとウインナーがフライパンの中に入っていたが、いつもはやりっ放しだったコンロから熱が感じられなかった。
「おはよう、奏」
「おはよう、母さん」
とりあえずコネッキングからコンロにリンクをして熱を出していく。
「奏、今気になってるでしょ? コンロに熱が無かったこと」
油が跳ねる音と共に母は言う。
予想は付いているけど気になるのは確かだ。
「ふっふっふっー、なんとお母さん火を出せるようになりましたー!」
そう言ってひとさし指を出すと、そこから小さめの火が付いた。ライターみたいだ。
「……母さん、隣の家燃やしてないよね」
「失礼な! お母さんあんなに大きな火なんて出せないよ!」
その言い方だと出せたらやっているように聞こえるよ?
身内が犯罪者とかにはならないでよ、お願いだから。
なんて言っている間に朝食をテーブルに置いていく。
「いただきます」
「はい、どーぞ」
食べるのは僕だけだ。母と父は先に食べていて、後から起きてくる僕が最後となる。
このパターンがだいたいで、僕が食べ終わるまで母はソファーに座っている。
僕が食べ終わると母は着替えて仕事に行く、それを見送ると僕も学校に行く用意をするのだ。
おっと魔力付与しとかないと。さっきから定期的にしているけど、早く無意識に出来るようにならないとな。
「やっぱり今日昨日で物騒になってきているね」
母が言ったのはニュースの内容、やっぱり各地で色々と事件が起きているのだ。まだVR発売から一日しか経っていないのに気の早いことである。
犯人はある程度捕まったりしているみたいだけど、まだ当面は気をつけないといけない。隣の家の件もあるし。
「そうだね。そういや前にパトカーが何台かあったけど、うちにはこなかったの?」
「来たよ。それはもう朝早くに、まだ犯人は特定されていないみたいだから奏も気をつけてよ」
それは本当に物騒だ、みぃにも気を付けるように言っておかないと。
トリアもいるかもしれないけど、傍に居ないと心配だ。
「サービス開始から約1日くらいしか経っていないのにこれだからなぁ。母さんも充分に気をつけてよ、父さんと一緒に黒い服は着たくないからね」
「心配してくれるの? 奏ってば可愛い!」
「ちょっ、母さん! ご飯中!」
「ご飯終わったらいいってことね」
抱きついてくる母を抑えてご飯を食べる。ええい! 食べずらい!
「大丈夫よ。母さんはちゃんと帰ってくるから」
ご飯を食べ終わると母は着替えに行った。その間に食べた分の食器を洗って玄関へ。
「じゃあ行ってくるねー! 奏、ちゃんと美唯菜ちゃんを守ってやんなさいよー」
スーツに着替えて化粧をした母を見送ると、僕も学校指定のブレザーを羽織る。
鞄を持って玄関を開ける前に一言。
「行ってきます」
家を出ると、丁度のタイミングで向かいの家からみぃが出てきた。なんか嬉しい。
「おはよう」
「おは」
挨拶をして、僕らは止まっているパトカーの逆へ歩いていく。
世界が変わって初めての学校だ。
それでもみぃとの登校はいつも通り変わらないのであった。
「そういえば、みぃは尻尾どうしているんだ?」
昨日見た時には猫耳と猫尻尾が生えていたけど、今は尻尾が無かったのだ。
尻尾があるとスカートがめくれて大変な気がするけど。
するとみぃは徐にスカートの後ろををめくり出す。ってちょっと! ここ歩道! 周りに人はいないけど!
「スパッツ、かくし、てる」
スパッツの中には尻尾であろう膨らみがあった。
あぁ、スパッツか。ってならないから!
すぐにみぃの手を掴んでスカートを戻させる。
「スカートの中を安易に見せてはいけません」
「かなとになら、いい」
平気でそんなこと言うのだ。
嬉しっ、いや外でそんな事するのはダメだから。
「それでも他の人が見ていたら嫌だろ?」
「いないの、かくにん、した……よ?」
「確認してもダメ!」
その理論だと夜中に全裸で外に出てもバレなければいい、みたいな事だからな。
そんなこと僕は許しません。
「だめ?」
「ダメ」
「……しゅん」
そんな仕草をしても駄目なものはダメなのだ。
他の人に見られるかもしれないのは僕が嫌なんだよ。
みぃの頭に手を置いて優しく撫でると、みぃは目を細め近寄ってくる。
猫耳も動いて本当に猫みたいだ。
「かなとこ、そ。せなかの」
「あぁこれか」
みぃが僕の背中辺りを触ってくる。その場所は小さくなって見えない翼がある所だ。
僕は背中が分かるようにブレザーとシャツをめくり、魔力付与されている翼を広げる。
「大きさが自由自在なんだ」
「……んっ」
みぃは無言で僕の手をとる。
「かなと、ダメ」
みぃはそのまま服を戻すと辺りを見回す。
「そとで、服、ぬがない」
「周りに誰もいないのに?」
「いなくても」
「上半身ていうか、背中だけでも?」
そう言うとみぃは少し黙ってから。
「ほかの人……見られたく、ない」
「……ごめん」
「ゆるす」
さっきの仕返しみたいなものだったが、これは僕が悪い。
素直なみぃの言葉が、同じことを思っていた僕に突き刺さった。
同じこと思っていて少し嬉しいなんてことは……あるけども。
「みち、いないね」
「そうだな」
VRで移動するだけで学校に着けたりするのだ、ゲーム内ではさぞ混雑しているだろう。
おかげで現実世界で登校すると移動が楽だ。
こうして誰もいない道を二人で歩くのは案外楽しい。
世界に僕等二人だけだと錯覚さえ覚えるようだ。
隣を歩くみぃは耳をピコピコ動かしてご機嫌の様子。
無言で歩く僕らだけど、そこに気まずさなどはあるはずもなかった。