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VRMMO バーチャルってなんだっけ?  作者: 肉うどん
10章 現実世界
111/114

97話




 「いやぁ〜怖かったね、葉名先生」

 「だな、これ以上ないくらい怒ってた」

 「ボクらは混ざってなくて正解だったかも」


 夕暮れ。自由行動が終わって僕らは初めに集合した場所に戻っていた。

 これから学校が予約したホテルへと移動するところなんだけど。


 「みぃは──」

 「つーん」

 「み、みぃ」

 「つん、つーん」


 さっきからこんな感じだ。自由行動が終わってからずっとご機嫌斜めなんだ、未だに何で怒ってるのかが分からない。

 自由行動時間は余りみぃの所へ行っていなかったから、みぃはずっとクラスやトリア達と遊んでいたし。


 「……トリア、佐鳥」

 「自業自得よ!」

 「あはは、今回は相馬くんが悪いね」


 トリアと佐鳥に助けを求めたけど、逆に責められた。二人ともどうしてみぃが怒ってるのか分かってるみたいだ、だというのに教えてくれる素振りはまったくない。


 「根元……は、分かんないよな」

 「期待すらされないっ!?」


 ずっと砂浜に座っていたし、むしろ根元が知ってたら驚きだ。

 多分知っていたらずっと前に教えてくれていたはず、それか助言というかそういったものを言ってきたはずだからな。うん。


 「もうっ……ボクずっと言ってたからね」


 しかし本当に何か原因なんだ……。

 ツンツンしてるみぃも可愛いけど、出来たらデレデ……いつもみたいな姿を見せてほしい。


 「……べーっ」


 どうしてこうなった!?

 舌を出して怒るみぃはそっぽ向いてトリアと佐鳥の間に入っていった。

 くぅっ! 本当ならみぃと海のことで語り合うはずだったのに!


 「奏、崩れ落ちそうな勢いよ」

 「……しらにゃい」


 みぃの猫耳がピクピク動いて不機嫌さが僕に伝わってくる。ぷいっと顔を逸らすみぃは尻尾を揺らしながら僕から離れていく。

 あぁ、みぃが皆に囲まれて楽しく笑ってる。幸せそうだ。


 「あああああ」

 「崩れ落ちてないでさっさと行くよ」

 「血も涙もない」


 根元は呆れた目で見てくるが、僕にとってはそれどころじゃない。確かにみぃが皆と仲良くなって笑っていられたら凄く嬉しいんだけど……そこに僕がいないと辛い、辛いんだよぉおお!!


 「はいはい分かったから」

 「……はぁ。行くか」



 それから歩いて10分前後、これから泊まるホテルは学校が予約したものとは思えないほど立派なホテルだった。

 しっかりとした門構えに広い土地。ここからでも見える湯気は露天風呂から出ているのだろう、もしかしたら修学旅行よりも豪華かもしれない。見上げる先にあるのは特別ルームだろうか、大きなガラスが張ってある。


 「おっきい」

 「……さすがイコジン直営のホテル」

 「ん」


 遠目からでも見えてはいたけど、近くにつれてその大きさが分かるな。ボランティア活動にどれだけお金使ってるんだよ、その金で海の掃除したほうが絶対良いよ。

 でもこんな所に泊まれるのは嬉しいな、隣にみぃが居てくれたらもっといい。


 「みぃ」

 「……ぷい」


 僕のハートがマッハで削れていく。

 固まる僕に根元が満面の笑みで肩を叩いてくる……悪意を感じる。


 「根元は乙成先輩の相手でもしてなよ。さっきからずっと構ってほしそうにしてるぞ」

 「言わないで、気にしないようにしてるから」

 「酷いじゃないか、こんなにも瑞輝を想っているというのに」

 「ほらあ! 相馬くんが言うからぁ!」


 もう受け入れちまえばいいのに。

 猛アピールしてる乙成先輩、結構本気だと思うぞ。


 「で、何しに来たんですか? 葉名先生まだフロントにいますけど」

 「もちろん瑞輝と会話をしにきたんだ。さぁ! 俺と語らおうじゃないか!」

 「……相馬くん。今なら先生も高坂さんもいないよね」

 「やめとけよ」


 もう止める元気もない。もうみぃと目が合わないや。あはは。


 「なんだかなと。元気がないじゃないか」

 「……あぁ。まあ」

 「高江さんを怒らせて相手してくれないから自暴自棄になってるんですよ」


 だってみぃが相手してくれないから……嫌われた、これ絶対嫌われた。

 しかも何がいけなかったのか分からないからもう駄目なんだ。


 「これで案外メンタル弱いんです」

 「ふむ……では奏。いことを教えてやろう。この俺も最近学んだことなんだがな」

 「……乙成先輩が?」


 結構失礼だけど、乙成先輩根元に相手されてないじゃん。

 自信満々で言ったって信用性があまりない。でも僕にはもう為すすべが無い。藁にも縋る思いで僕は乙成先輩と目を合わせた。


 「簡単なことさ……当たって砕けろ!」

 「砕けちゃだめじゃん」


 全身を衝撃が走った。

 根元が隣で何か言っていたが、それは僕の耳を通り過ぎていった。そうだ、とりあえずなにか行動しないと状況は変わらない! 時間が解決してくれるとは限らないのだ!


 「ちょっと当たって砕けてくる!」


 とりあえずみぃに謝りに行こう! 何が悪かったのか分からないけど。多分僕が悪い。

 そうと決まればトリアと佐鳥を囲んで話してるみぃに直撃だ。


 『ほらぁ、行っちゃったよ』

 『ふむ、では瑞輝。俺と』

 『……はぁ、むり』


 「みぃ!」

 「……ん?」


 僕が呼ぶとみぃが不機嫌そうに振り向く。頬を若干膨らませて怒りを顕にしているみぃに思わず僕は言葉が詰まった。

 でもここで止まってちゃ駄目だ。乙成先輩の言うとおり当たって砕ける勢いで行かないと!


 「その……えーと」

 「なに?」

 「ご、ごめんっ!」

 「……なに、が?」

 「えぇ、えーと」


 あぁ、駄目だ。

 冗談抜きで怒ってるかもしれない。今までは凹みながらも淡い期待を抱いていたんだけど、駄目だ……ぷんぷんしてる。両頬を膨らませていかにも機嫌が悪そうだ。


 『相馬くんってこういう時ほんと察しが悪いよね』

 『女心というものが分からないのよ』


 くっ。佐鳥とトリアの言うとおりだから何も言い返せない。

 闇雲に謝っても駄目だったか。余計みぃを怒らせる結果になってしまった。みぃの頬は膨らむに膨らんで今にも破裂しそうだ。つつきたいけど今それをしてはいけないことくらい分かる。


 「いえな、い?」

 「はい皆集まってください! 確認が済んだのでルームキーを各部屋ごとに一つずつ渡します。くれぐれも失くさないように」


 救世主現る。

 ホテルの自動ドアが開いて葉名先生が皆の注目を集めた。僕達も例外じゃなく話を途中でやめて先生の方を向く。というよりみぃが始めに向いてくれたから僕もそれに倣えた。


 ルームキーは全部で五つあり、うち一つは葉名先生含むみぃ達四人で泊まる手筈になっていた。他の部屋もみんな四人部屋で、もちろん男女別である。ちなみに根元は男枠。


 「いこ?」

 「えぇ、そうね」

 「う、うん」


 葉名先生が話し終えると、みぃがトリアと佐鳥を連れてホテルの中へ入っていった。あぁ、泣きそう。本当に当たって砕け散ってしまった。

 ……いや、挫けちゃいけないな。チラッと横目で根元の方を見れば全力でアタックしている乙成先輩がいた、全力で拒否られているけど僕も見習わないと。


 「とりあえず僕らも部屋に行くか」


 ここで落ち込んでいても仕方ないしな。

 大丈夫。みぃはあまり怒りは持続しない方だし……本当っに怒ってる時以外は。大丈夫……だよな。


 「だね。一旦休もう? 流石に疲れたよ」


 朝から海のゴミ拾いに精を出して、その後は海で自由行動。僕と根元、特に根元は自由行動中あまり動くことはなかったけど、それでも案外体力が消耗するもので、根元は疲れを隠そうとしない。隣にいる乙成先輩のせいかもしれないけど。


 「ちょっとまて。瑞輝は奏と同室なのか? そのようなやり取りだったが」

 「うん。そうですよ」

 「……奏、一体どういうことだ」

 「どうもこうも普通に」


 乙成先輩は学年が違うし他の三年生とで一班だからそっちの部屋だろう。僕と根元は同じ班だから当然同じ部屋になる。何も不思議なとはないよな。


 「間違いが起きたらどうするんだ」

 「間違い? 間違いかぁ……起こしてみる? か・な・とっ」

 「馬鹿言ってないで行くよ」

 「はーい」


 僕と根元で何か起こるはずがない。そもそも四人部屋だから僕達の他にクラスの男子が二人いる状態だ、まずありえないだろう…………根元からクラスの男子に何か誘ってそうな気もするのは置いておこう。


 「では乙成先輩、また今度」

 「さよなら。先輩」


 根元の言い方に悪意を感じる。

 僕達は同じ部屋の中田なかた田中たなかに合流すると、三年生に呼ばれる乙成先輩を横目にホテルへと入っていった。


 部屋は3-7室で4階のみぃ達とちょうど斜め下となる。広さは結構あるけど、四人で泊まるには少し狭いくらいだろうか。でも2つあるベットは少し大きめで、これなら二人寝れそうだ。僕は部屋に入るやそのままベットに倒れ込む。あぁ……ちょっと固い。


 しかしさすがイコジン直営。テレビやポットに冷蔵庫ならまだ分かるけど、謎カプセルまで置いてある。流石に一台しかないけどいつでもVRに潜れるのは凄くいい。思えばコネッキングを通して空間が少し青いような……透明掛かった魚も泳いでる。

 窓近くには小さめの机と椅子が置いてあって、今いる場所との間には小さな仕切りがあった。ここからじゃ見えないけどきっと海を一望できるんだろう。


 「相馬くんも早く荷物整理しなよ」

 「わーってるよ」


 皆が荷物を整理する中で一人倒れていた僕は、根元の言葉でようやく身体を起こした。

 そして仕方なしに荷物を整理しようとして気付いた。


 「どうしたの?」

 「荷物……みぃが全部持ってる」


 そうだった。荷物はみぃが全部カードにしまってくれていたんだ。みぃに怒られてカードから出してもらうのを忘れていた。

 このままじゃ寝巻もないし明日の服もないままだ。他にも色々と入っているし何より行動に制限がかかる。


 「みぃが僕の荷物を持ってる事自体は全く問題無いんだけど」

 「いつもなら高江さんの所へ行くいい口実だと喜んでいるのにねー」

 「……はぁ。行ってくる」


 こんなに自分落ち込みやすかったっけ?

 これ以上みぃに嫌われたらと思うと足取りが重く感じる。前まではそんなこと思ってもみなかったのに。海でみぃの笑顔をずっと見ていたからだろうか、僕がいないほうがみぃは楽しめてるような……そんな気さえ。


 「いや、弱気はダメだな。強気でいこう。当たって砕けろの精神だ。早く仲直りしたいもんな」


 よし。

 みぃの部屋は一階上の4-9号室だ。上にあがるにはエレベーターと階段と、転送ポータルの3つがある。

 ……転送ポータル!? えっ、いやでもこの菱形ひしがたに浮く石ころは紛れもなくWORLD FANTASYの転移装置だ。こんなもの現実世界に持ち運べるのか……。


 リアルも随分ファンタジーになったな、FANTASYの時と同じように触ってみるとゲームと同様転移する場所が表示された。お金は……掛からないみたいだ。どうせなら使ってみようか、僕は表示されている画面から4階のボタンを押した。


 その瞬間、視界が変わるような感覚と共に僕は4階に立っていた。階を示す数字が3から4になっているのがいい証拠だ……本当に転移した。冗談半分のつもりだったけどまさか本当に転移するとは……。


 こんな物があったら謎カプセル以上に……いや、今はそれどころじゃないな。みぃの所へ行かないと。荷物を取り出してもらうんだった。

 4階は3階と同じでガラス張りにされたリラクゼーションスペースにポツンっと置かれた自動販売機、廊下には一定の間隔で観葉植物の自立型モジュールが薄く光っていた。


 廊下を進んで4-9号室、ここにみぃ達がいる。深く息を吸って覚悟を決めると、僕は玄関の扉を軽くノックする。


 「みぃ?」


 返事がない。聞こえなかったかな?

 そう思ってインターフォンを押すもやっぱり返事は無かった。部屋から音も聞こえないし、中にいる気配もない……まだ部屋に入っていないんだろうか。それとも僕が来たからワザと息を潜めて……いやいやみぃに限ってそんな事ないよな、うん。


 部屋の前で待ってあるのもなんだし、一旦部屋に戻るか。

 僕は肩を落としながら踵を返す、確かこのホテルは専用の部屋着があったよな。それを使おう。

 来たときと同じく転送装置を使って3階へ、ガラス越しに夕日が海を染めていくのを見て僕は少し物寂しさを感じた。


 ……僕もみぃと海で遊び尽くしたかったな。


 「あれ? 相馬くん。荷物はどうしたの?」


 3階に戻ってすぐ、後ろから根元の声がして振り返る。

 廊下を歩いてくる根元は、いつの間にか男の姿に戻ってホテルの部屋着に着替えていた。根元だけじゃないな、中田と田中も一緒だ。


 「あぁ、部屋に居なくてな。根元こそ揃って出てきてどうした?」

 「今からお風呂に行くんだよ。ここの効能は良いらしいからね」

 「だから男に戻ってたんだな」

 「流石に女湯には行けないからね」


 僕も着替えたら大浴場に行こうかな。せっかくここまで来たし目玉の温泉に浸からないと意味ないよな。

 今日一日の疲れも癒やして明日に備えないとだし。というか僕も大浴場いきたい。


 「相馬くんも早く来なよ?」

 「ああ、すぐ行くよ」


 根元達とすれ違いざまルームキーを貰うと、部屋に戻って早速着替え始める。荷物がないからな、服を脱いで着るだけだ。使うベットも僕のいない間に決まっていたらしく僕と根元、田中と中田で分かれたみたいだ。各々荷物をベットに置いてある。

 これで乙成先輩のいう間違いはまず起きないだろうな、いや寝てる間に隣のベットに行ってるなんて事……根元ならやりかねん。


 温泉は一階の奥側に出て先にある。僕は着替え終わるとすぐに部屋を後にした。

 転送装置を使って一階に行くと、コネッキングを通して表示される標識に従って進む。このホテルの一階は入り口から小さめのラウンジにフロントがあり、それを囲むようにエレベーターや転送装置がある。フロントから遠く東玄関に近い右側のエレベーターからホテル奥へと続く一本道を通れば、大浴場の入り口だ。


 すぐ近くの非常階段を素通りすれば正面に男湯と女湯の暖簾のれんが掛かり、左の開けた所ではマッサージやティーラウンジ、他にも小さなゲームセンターやお決まりの卓球台まであった。


 そして僕が男湯の暖簾をくぐろうとしたとき、女湯から出てきた人に目が止まって、暖簾に手を掛けた体制そのままについ声をかけた。


 「美蓮みれんさん?」

 「あら? あらあら、かなとくんじゃない。偶然ね~」


 出てきた人は高江美蓮さん。みぃのお母さんだ。

 美蓮さんは僕に気づくと頬に手を当ててにこやかに笑った。僕もそれに笑い返すと暖簾から手を離して体ごと美蓮さんに向く。


 「どうしてここに」

 「あら? たまたま今日このホテルに泊まっていのよ~」


 そうだったのか。


 「久しぶりの温泉だから随分と浸かっちゃったわ」

 「そうだったんですね。美蓮さんの事だからみぃが心配で来たのかと」

 「うふふっ、トリアもいるのよ? それに奏くんが美唯菜みいなを守ってくれるのよね?」

 「それは、勿論です」


 朗らかに笑う美蓮さんに僕は力強く頷く。言われるまでもない、例えみぃが僕に怒っていてもそれは変わらない。

 僕の返答に美蓮さんは頬に手を置いて「あらあら」と微笑ましそうな眼差しを送ってくる。そう見られると流石に少し照れるというか。


 「それじゃあ私は部屋に戻るわね。ここの露天風呂は格別よ? 奏くんも楽しんでいってね」

 「はい。ありがとうございます」


 美蓮さんはそう言うと上機嫌で歩いていく。

 改めて僕も風呂に行こうかと暖簾に手を掛けると、美蓮さんは思い出したように振り返って僕を呼んだ。


 「そうだったわ、奏くん。」

 「はい」

 「美唯菜に構ってやってあげてね。あの子、独占欲が強いからすぐ拗ねちゃうのよ」


 美蓮さんはそう微笑むと今度こそ部屋に戻っていく。

 構うといっても逆にみぃが構ってくれないんだよな。僕は若干落ち込みつつ、更衣室へと足を踏み入れたのだった。










                ★













 「おふろ……いこ?」


 部屋につくと私はすぐに皆を温泉に誘った。やっぱりここに来たら温泉だよね、有名らしいし行くっきゃない。

 荷物は帰ってからでもいいよね。私とトリア、真紀ちゃんはほとんどの荷物をカードに仕舞ってるし、そもそも整理しなくても大丈夫だから。


 「そうね、温泉というものには興味があったのよ。是非行ってみたいわ!」

 「うん。私も美唯菜ちゃんに付いていくよ」


 よし、満場一致で決まりだね。葉名先生は何か用事があるとかで今はいないからメッセージ送っておこ。

 トリアに教えてもらった瞬間移動する石で一階まで行くと、大浴場まで一直線だ。


 「あっ、あっちに卓球ができる所あるよ」

 「あとで……やる?」

 「あはは、私結構強いよー?」

 「のぞむ、ところ」


 お風呂までの一本道を抜けたところで、真紀ちゃんが温泉の入り口よりも先にあるゲームコーナーを指差した。

 そこには一世代も二世代も前のゲーム機が置いてあったり、真紀ちゃんが言った卓球台だったり色々置いてあった。その近くではゆっくりくつろげるスペースとかマッサージコーナーとか……色々あるなぁ。ママだったらマッサージコーナーに喜んでいそう。奏は……こほんっ、私怒ってるんだから。


 「二人とも早く行くわよ!」


 真紀ちゃんと盛り上がっている間にトリアはそそくさと温泉の入り口へ行ってた。暖簾を捲って私達を急かすトリアはワクワクが抑えきれないみたいで少し頬が緩んでいる。可愛い。

 私達は笑顔で返事したあと駆け足でトリアの元へ向かった。



 「んっ~!! これ良いわね~! 家のお風呂と同じだと少し思っていたけど、実際入ってみるとこんなにも違うものなのね!」

 「んっ」


 沢山の湯槽ゆぶねに立ち込める湯けむり、ガラス越しに見える露天風呂からは桶風呂や檜風呂に泡風呂、それに大きな浴槽が見える。

 海の前にあるホテルなのに、ここだけ海から切り離されたみたい。外に出ればきっと潮風が海を思い出させてくれるのかな。


 「気持ちいいね、美唯菜ちゃん」

 「ん。あつい」


 顔まで湯に浸かってブクブクと泡を作る。夏に入るお風呂はすぐのぼせちゃうんだけど、これはこれで風情があるよね。あるよね?


 「私、あっちの風呂へ行ってみるわ! 行くわよ、ミーナ!」

 「あ、うん」

 「わ、わたしもっ」


 子供のようにはしゃぐトリアに巻き込まれる形で次々と湯に出たり入ったりを繰り返す。うん、いい感じで湯冷めしないね!

 私的には電気風呂が一番良かったなぁ。入ってしばらくするとトリアが体をくねらせて……可愛かったなぁ。


 「ミーナ。何か変なこと考えたでしょう」

 「ん。とりあ、かわいい、なって」

 「なっ、何を言ってるのよっ! ミーナこそとても愛らしいわ」


 もう照れちゃって。顔真っ赤だぞ。

 それにしてもここは色んな種類のお風呂があるんだね、思ってたよりも楽しいかも。真紀ちゃんにいたってはジェットバスで幸せそうな顔をしたまま動かなくなった。

 私は一糸纏わぬ姿のトリアに触れながら少し笑う。


 「ど、どうしたのよ」

 「ん? とりあ……ふとっ、た?」


 トリア食いしん坊だから沢山食べるもんね。

 だからかな? 前よりも少しお肉が付いてるような気がする。


 「そんなわけ無いじゃない、私がどれだけ食べても太ることは無いことは知ってるでしょ? …………うそっ」


 呆れたように言ったトリアだけど、何か確認した素振りを見せたあと目を大きくして固まっちゃった。

 ふふふっ、いつも誰がトリアを触りたくってると思ってるんだよ。私の感覚に間違いはないよ!


 「これは……母さんね」

 「ママ?」

 「なんでもないわ。それよりも露天風呂で脂肪を燃やすわよ!」

 「ん」


 実は私も行きたかったんだよね。もう内風呂は一通り入ったし外の空気を吸いながらお湯に浸かりたい。

 やっぱり私とトリアは息が合うね、本物の姉妹みたいだよ。あっでもトリアと私とじゃ容姿に差がありすぎるから見えないかな? トリアお姫様みたいだもん。


 『……はっ! 美唯菜ちゃんとトリアさんは?』


 今時珍しい手動のドアを開けて一歩踏み出すと、生ぬるい風が肌を撫でる。

 あっ、でもちょっと寒いかも。どこにいこっかな、丸い形の桶風呂も入ってみたいな。可愛い形だし。

 外に出てみれば案外緑があって、一番大きいお風呂が小さな段差の上にあった。奥にある寝れるお風呂は周りが木に囲まれていて森林浴みたい……ってあれ? あれって。


 「美唯菜ちゃん、トリアさん。お、置いていかないでよ~」

 「……まま?」


 長い黒髪に年齢を感じさせない肌、出る所は出て、引き締まる所は引き締まってる……まさにボンキュッボン。巨乳というほど大きいわけではないけど、乳評論家の私からしたら理想と言わざるを得ない。私も将来……。


 「あら? 本当ね。母さんじゃない」

 「えっ? 母さん? トリアさんのお母さんがいるの?」

 「あそこで寝てるわ」


 慌てたようにやって来て私達のママを探す真紀ちゃんはトリアの指差す先を辿っていく、トリアはママ似だからすぐ分かるよ。わ、私もママ似だから! 絶対!


 「わたし、の、まま……でも、あるよ?」

 「ほぇ? そうなの?」

 「ん」


 そうだよ。血が繋がらなくたって私達はもう家族だもんね、トリアは私の親友兼家族なのだ。

 ふふ~ん! 羨ましいでしょ、最近トリアがママに取られがちでショックなんだよ。


 「あらあら、そんな所で立っていると風邪引くわよ。ひとまずあそこのお風呂に入りましょう?」

 「そうね、ほら行くわよ」

 「う、うん! うん?」


 いつの間にか寝風呂で寝ていたはずのママが前に来てて、外風呂の中で一番大きい浴槽へ促した。

 トリアは気がついていたみたいで私達を急かして、真紀ちゃんが返事するも混乱が隠しきれてない。ママの神出鬼没さには慣れるしかないのだ、私もちょっと驚いたけどもう平気。どうしてこのホテルに居るのかも考えるだけ無駄だね。


 「んっ、ふぅ」


 白いにごり湯に浸かると冷えた身体が鳥肌と一緒に温まってくる。ジンジンと足先から首元まで体中を電気が走る感覚につい吐息が漏れた。

 やっぱり露天風呂は最高だぁ。こうして夕焼け空を見ながらお風呂に入るのは新鮮な気分。


 「あ、あの! 私っ」

 「あらあら、あなたが佐鳥さんね。美唯菜からよく話を聞いてるわ」

 「もー、まま」


 そんな事言ったら恥ずかしいよ。私がずっと真紀ちゃんの話をママにしてるみたいじゃん。

 ちゃんと奏の話だってしてっ……して、ないもん!


 「あらあら? 美唯菜今日はご機嫌斜めね」

 「奏と喧嘩したのよ、ミーナを怒らせるなんてどうかしてるわ」

 「あら、そうなの?」


 首を傾げるママの額から一雫の汗が流れ落ちる。驚いたようなその表情は私でもあまり見たことがなかった。そんなママにトリアが今日のことを事細かく説明していく、まるで自分のことみたいに話すトリアはもしかしたら私よりも怒ってくれてるのかもしれない。


 「それでミーナが海を歩いてるみたいでね」

 「あらあら」


 ……たまに話が脱線してる。けどトリアは楽しそう、ママも同じくらい楽しそうだし、まあいっか。

 私はママとトリアから目を離して上を向けば、ふちに置いた頭から生温い湯と、それからとめどなく零れ落ちていく音がやけに鮮明に聞こえた。


 「美唯菜ちゃん?」


 ……正直なところ私は奏に言うほど怒ってるわけじゃないんだ。ただ……奏が私のいないところで、私の知らないような顔をするから──。


 「それじゃあ私はそろそろ行くわね」

 「ええ」


 ママが腰を上げて近くに置いてあったタオルを掴む。

 静かに波が立つと浴槽の縁からお湯が溢れだした。お湯すれすれにまで顔を下げる真紀ちゃんにママが一瞥すると笑顔を作って喋りかける。


 「佐鳥さん。美唯菜をよろしくね」

 「は、はいっ!」


 タオルを体に巻き付けてニッコリ微笑むママは、私の目線になるようにしゃがむと、手を振る私を優しく撫でた。

 無抵抗な私にママは若干眉を下げて笑えば、そのまま何も言わずに立ち上がる。


 「みいな」

 「ん?」

 「いつまでも拗ねてると、奏くん……愛想尽かしちゃうかもしれないわよ」

 「それ…ぁ……」


 ママはそう言って眉を八の字にしたまま小さく息を吐くと、内風呂の方へ歩いていく。

 その後ろ姿からはママの感情が読み取ることが出来なくて、私はただ呆然と眺める事しかできなかった。

 …………わかってるよ、ママ。でも私はやっぱり──。

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