94話 美唯菜とゴミ拾い。そして
私達が住む地域からバスで一二時間。そこから降りた先にある砂浜で私達はボランティアでゴミ拾いをしていた。
むせ返るような暑さ、それに奪われる体力と戦いながらゴミ拾い用のトングを掴むのだ。
「……ふぅ。けっこ、ひろたね」
「だねー」
袋いっぱいの可燃ごみを置いて、真紀ちゃんが持ってきてくれた水をゆっくり飲む。
暑さで火照った身体を冷たい水が和らげて、疲れもため息と一緒に吐き出した。
「ミーナもマキも多めに水分を取るのよ」
「とりあ、は?」
「……水ってあまり味がしないのよね」
うんうん、確かに……って!
「めっ。のまない、と」
初めは全然平気でもすぐに体調が悪くなるときだってあるんだから!
トリアが熱中症や脱水症状でダウンするのは想像がつかないけど、それとこれとは別だよ。
「私に水分は必要ないのだけど……そうね、ミーナが言うなら飲んでおこうかしら」
「ん」
油断は禁物っ! だからね。
それにせっかく真紀ちゃんが持ってきてくれたんだし。
「どう? 順調そう?」
トリアも水を飲んで一息入れた所に、葉名先生が軽く手を降って声を掛けてくれた。
頬に汗を垂らしながら片手にいっぱいのゴミ袋を持っていて、御影さんの所に持っていくところかな?
「せんせ」
「私がいるのよ? 問題なんてあるわけないわね」
「ふふっ、それなら良かったわ」
私が答える前にトリアが胸を張って返事をする。先生はそれに頬を緩ませると満足そうに頷いた。
「先生はゴミを渡しに?」
「ついでに見回りも兼ねてね。あっちみたいにゴミ袋放ったらかして騒いでる三年生もいるから」
そう言う先生の指差した先には金髪の天族が奏達の近くで騒いでた。
奏が涼し気な顔でいるのに、根元は何だか全身から黒いオーラが湧き出ている。
『相馬くん。ゴミはゴミ袋に捨てないといけないと思うんだ』
『待て根元。それはゴミじゃない──』
なんだか楽しそう。
冷静に根元を止めてるけど、少し焦ってる気がする? あっ根元が何か取り出した。
『エクスプロー──』
『やめなさい! そこで何してるんですか!!』
根元からなにやら危険な言葉が聞こえてきたけど、途中で一般ボランティアの高坂さんが割り込んだ。
般若の形相で怒る高坂さんに静まり返る奏達三名。奏は上を向いて目を手で覆い隠してる。
「はぁ。問題を起こさないってあれほど……それじゃあまたね。適度に休むのよ」
葉名先生はため息を吐いて肩を落とすと、そう言って奏達のいるところへ走っていった。
先生も大変なんだなぁ。
「美唯菜ちゃんは相馬くんの所に行かなくてもいいの?」
「へ?」
「ほら、いつも何かあったら行ってたから……今回はいいのかなー? って」
「うん。へーき」
確かに奏の所に行きたい気持ちはあるけど、今はトリアと真紀ちゃんと一緒って決めてるからね。
そばにいなくても近くにいるから似たようなものだよ。あっ、奏が手を振ってくれた。私も。
「なるほど距離は関係ないというわけだね」
「少し妬けるわ」
「とりあ、あつい、の?」
「いいえ、さっ休憩もそろそろ終わりにするわよ」
「うん」
それにしても日差しが強いね。水も飲んで少しはマシだけど、やっぱり気力が削がれるよ。
ゴミ拾いも結構したし始めよりは少なくなってると思うし……ってダメだよね、頑張ろう。
「あ〜。熱いー! 海で泳ぎたいー」
「わかる」
あっ、つい頷いちゃった。でも真紀ちゃんの言うとおりすぐそばに海があるのに泳ぎに行けないなんて。というか海からゴミが流れてくるからこんなに時間がかかってるんだよー! 今だってほらー!
「ミーナもマキもどんどん荒んでいってるわね」
「『そよ風』」
だめだぁー! 風を起こしても涼しくないー!
ていうか熱風になってるよー!
ん? どうしたの真紀ちゃん?
「……そっか、私達にはカードがあるんだ」
「まき、ちゃん?」
「美唯菜ちゃん。『耐熱』」
「ほぇ?」
真紀ちゃんは何かに納得すると、私に手を伸ばしてカードを発動させた。
真紀ちゃんのカードから流れる光の緩流は私をあっという間に包み込んだ。
「……あつく、ない」
そう。熱くない。
光のベールが私を覆ってからさっきまでの熱気が嘘みたいに感じなくなった。
えっ、どういうこと? 何が起こったの?
「ちょっと前までの常識に囚われていたよ。熱かったら涼しくする為の力が私達にはあるんだ」
「マキ、よく気付いたわね」
「うん。さっきの瑞輝ちゃんみたいに他人に危害を加える類じゃなかったらいいんだよね。『イミテーション』」
「私には要らないわ。あなたが使いなさい」
……私を置いて話が進んでる。
トリアが真紀ちゃんを褒めるように言うと、真紀ちゃんがトリアにも光を贈った。だけどトリアはそれを断って指を振ったら、光が真紀ちゃんに戻って真紀ちゃんを包みこむ。
さっきの『耐熱』と『イミテーション』は確か真紀ちゃんの持ってるカードで、私がさっき使った『そよ風』と同じアクティブカードだ。……ということは。
「ミーナも気付いたわね」
「うん。『ねこ』」
前まで緊急時とか専用の遊具でしか呼んでないけど、こういう時にも呼べばいいんだ。助けて猫ちゃん。
私の前に現れる一匹の猫ちゃん、あら可愛い。
――にゃぁ
「こっちでもカードが使えるのは知ってるし、使ったこともあるけど中々日常的に使ったりしなかったよ」
「ミーナはそれなりに使っていたんじゃない?」
「わすれてた」
トリアを呼ぶのは恒例なんだけど、なんだかまだ猫ちゃん達はゲームの中で呼ぶイメージがあるなぁ。呼ぶなら皆呼びたいから機会が無かったりするのもあるんだけど。
「私も呼ぼっと! 『バンパイニャ』」
――うにゃー
小さな二頭身の吸血鬼が召喚されて雄叫びを上げる。太陽の下だけど大丈夫かな?
大丈夫みたい。うちの猫ちゃんと戯れてる、可愛い。
「ほら、ゴミ拾いするわよ。そこで止まっていたら意味ないわ」
「あっ、そうだね! 可愛くてつい」
「ね」
それじゃあゴミ拾い再開としよー!
私達はカードからクリーチャーを呼べるだけ呼んでゴミ拾いの手伝いをお願いする。
真紀ちゃんのバンパイニャが空から見てくれて、猫ちゃん達が落ちてるゴミを咥えて持ってきてくれる。私達はその健気な姿に癒やされながらも炎天下の砂浜でゴミ拾いを続けたのだった。
★★★
「ふぅ。着いたわね〜」
右から来る潮風に髪を靡かせて彼女はそう呟いた。
転がせていたキャリーケースを背に彼女は学生の集う砂浜へ目を向ける。太陽の光を真っ白の帽子で防ぎつつ、目的の女の子へと目を泳がせた。
「あらあら、頑張ってるわねぇ」
その姿を一目見ると頬を片手に微笑んで眺める。少しのあいだ二人の娘を観察したあと、彼女は気を取り直して再びキャリーケース片手に歩き出す。
暫く歩き続けると彼女はふとその場に止まり、また海を眺めた。
「そうねぇ、あまり変わらないかもしれないわね。でも、そこから見える海は……今までのどの海よりも綺麗に見えないかしら?」
──なんて母親らしいことを今更言っても仕方ないわね。
彼女はそう肩をすくめると少し苦笑いして海から目を逸らした。
真っ直ぐ海沿いを進み、暫くしてすぐ左に少し大きなホテルがある。
そこは砂浜でボランティア活動に勤しむ学生たちが泊まることになるホテルであり、こっそり付いてきた彼女がチェックインするホテルでもあった。
「お待ちしておりました。高江 美蓮様」
「……あらあら、まあまあ」
ホテル入り口の自動ドアが開き美蓮が一歩中に入ると、多数のスタッフが一列に並び美蓮を出迎えた。
一瞬の驚きと共に多少困った顔を浮かべる美蓮をよそに、流れるような足取りで一人の女性スタッフがエスコートをする。チェックインを済ませ、スタッフの案内の元たどり着いた部屋は最上階の展望テラス付き……いわゆるVIPルームというやつであった。
豪華な装飾の施された一室にポツンっと一人残された美蓮は、暫く思考を止めて大きなベットに倒れ込むと夫から来ていたメッセージを開いた。
『やぁ、みーちゃん。そろそろ着いた頃かい? 僕からのプレゼントは受取ってくれたかな? 喜んでくれてるといいんだけど』
「喜ぶもなにも驚いて声も出なかったわ」
決して子供達には見せれないような緩んだ体制でベットに寝転ぶ美蓮は夫──唯人からのメッセージに一人愚痴る。
せっかく一人で小旅行気分だったのに、まさか泊まるホテルに根回しされていたとは思わなかった。
「『素敵なプレゼントをありがとう。ところでプライベートという言葉を知っているかしら?』っと」
『もちろん知ってるさ。美唯菜やトリアに続いて蓮まで帰ってこないこの日は二人だけでディナーに行く予定があったからね』
返事はすぐに帰ってきた、今は休憩中なのだろうか。
しかしこれは……拗ねてる。
これには美蓮も堪えきれず、「ふふっ」と笑いを室内に漏らしたのだった。
『それならたーくんも来れば良かったじゃない? この部屋一人じゃ広すぎるわ』
『本当は僕もそうしたかったんだけどね。たまにはみーちゃん一人で羽目を外したいかなって思ったんだ。いつもママ業を頑張ってくれているからね』
全くどこまでも気が利く旦那である。
なんだかまだ言い足らないはずなのに、うまく丸め込まれてしまった気もする美蓮であった。
まあ、用意してくれているのには感謝しているし。唯人には少し悪いことをしたな、と心の中ではちょっとだけ思ったのだった。ちょっとだけ。
『それじゃまた今度二人でどこか行きましょう?』
『……それはデートのお誘いと受け取ってもいいのかな?』
『言わせるつもりかしら?』
もし言えというならそれも吝かではない。
年甲斐にもなく脚をばたつかせながら返信を待つ美蓮。少し間をおいて唯人からのメッセージが届いた。
『良ければ美蓮さんのプライベートを僕にくれませんか』
「ふふっ……それじゃあまるでプロポーズよ、たーくん」
しかしまあ考えたのだろう。といっても格好つけた唯人のメッセージが可笑しくて笑ってしまったが。
まるで付き合った当初のような感覚が少し楽しくもあって、あとで見返せば悶えるようなメッセージのやり取りを気のすむまで続けたのだった。
『そろそろ僕は仕事に戻るよ。小旅行思い存分楽しんでってね』
『ありがとう。有難く満喫させてもらうね。たーくんも仕事がんばって!』
結局夫の休憩時間一杯までメッセージを続けてしまい、終わったあとから我にかえって悶える美蓮であった。ベットのシーツを乱すように掛け布団に包まると片手で枕を叩いて恥ずかしさを紛らわす。
暫くして落ち着いたらベットから這い出ることに成功する。荷物の整理をしたあと、ホテル専用の浴衣に着替えてバスタオルを手に持った。
「ここの温泉は効能が良いらしいのよねぇ」
さっきまでの羞恥心はどこへ行ったのか。
うきうき気分で温泉に行く準備を進め、テラス前で大きく背を伸ばす。
「二人とも元気でやってるかしら」
テラスから遠目で見える砂浜に美唯菜とトリアを感じて思いを馳せながら、心の中で応援する。
一足先に温泉に行くけれど、どうか恨まないでほしい。美唯菜やトリアが気掛かりで付いてきた小旅行だが、ここまで旦那にされては楽しまないわけにはいかない。そう美蓮は心の中で強引に納得すると、そそくさと部屋を後にしたのだった。
★エクスプロージョン
効果
大爆発を引き起こす。威力は大。
紹介文
近所迷惑になるから外ではなるべくしないでね。