小咄 もしも。
昔した、『IF』の話。
「もしも…」
ああ、そんな話もした。
他愛もなく、他意もなく、本気ではない願いを話し合った。
あやはふと友人たちとの会話を思い出す。
「もし選ぶならどの陣営?」
目の前のパソコンを必死に打っている途中で耳に飛び込んできた話題に興味は湧かなかった。
大体その端的な質問の意味がわからない。
しかし話しに加わっている者達には当然のこと伝わっていて、会話は途切れずに続く。
「やっぱり蜀だろう」
「ええ~、呉の方が楽しそうじゃない?」
「能力さえあれば魏もいいんじゃないか?」
聞き覚えのある単語だ。
最近教科書で見たから間違いはない。
「…何でいきなり中国史の話題が出てるのよ。勉強嫌いが揃いも揃ってるのに。」
「ブームだから」
「勉強は嫌いだがゲームは好きだ」
颯太を除けば、教科書の文字は全て記号だと思い込んでいるような連中だ。
まさか中国史に興味を持ったとか、復習をしているとか、ありえないだろうとあやは彼らの話題に口を挟んでみる。
顔を上げて、手を止めて、聞いてみたが結果は惨敗。
よくわからない。
唯一まともに答えてくれそうな颯太に目を向ける。
颯太は肩を竦めて答えてくれた。
「三国志を舞台にしたゲームにみんなでハマってるだけだよ」
「で、このクソ忙しい時期に皆してそのゲームで遊んでるわけだ?」
パソコン画面を見続けたせいで渇いた目をぎろりと向ける。
「忙しいのはお前だけだろう」
颯太の冷静な指摘が気に障った。
実際はその通りだから何も言えない。
「後でせいぜい苦労しなさいよ」
今後忙しくなる予定の彼らにはせいぜい言えてその程度。
案の定、彼らは能天気に笑い飛ばす。
どうせいつも通り後々泣き言をいいながら仕事に追われる羽目になるのは目に見えているのに、毎回毎回よくやるとあやは呆れる。
「で、あやは?」
明日香があやの台詞のほとんどを無視して話題を戻す。
どうやら明日香もはまっているらしい。
見た目はすこぶるクールな美少女なのに、趣味はわりとオタク寄りの友人。
この勢いからすると一番のっているのは彼女かもしれない。
「三国って魏呉蜀よね。教科書でしか知らないんだから違いなんてわかんないわよ」
「えー、つまんない。ならゲーム一緒にやろうよ」
「い・や!」
「呉について語れる友達が欲しいのよ~!」
「原陽たちがいるじゃない。」
「男とじゃ、見る視点が違うもん。」
「…この腐女子」
「偏見はんたーい!あやも一度やってみてよ。特に呉は萌えるんだから!かわいい女の子はあやも好きでしょう?呉は女の子も多い!」
「却下!」
きっぱり断言すると、明日香が不満そうに口を尖らせる。
何をしても、どんな顔をしても美人は美人だが、そんなことでよろめいていては彼女の友達はやっていられない。
「んもう頭固いんだから。いいわよ、あたしが決めてあげる」
何を?
一瞬考えたが直ぐに思い当たる。
もし所属するならどの陣営かという話題だったのだ、最初は。
「あやなら多分蜀よね。」
「だろうな~。呉も悪くはないけど」
「ま、魏はナシだな。」
「同感、曹操とは絶対に合わない。」
歴史上の偉大な人物も、未来で自分たちの性格やらなんやらを勝手に創作されているとは夢にも思うまい。
憐れめばいいのか、それともこんな未来でもなお語り継がれる彼らの偉業を褒めたたえればいいのか。
「だからさ、一体曹操ってどんなヤツよ…」
進められていく会話に脱力しながらあやは諦め半分呟いた。
「颯太はポジション的に軍師だよね」
明日香が新しい話題を提供している。
「だな。」
いつもはクールな颯太も今回は話に乗る。
どうやら彼らの中では相当なブームらしい。
「諸葛亮とかか?」
「…さすがの俺でもそこまで驕っちゃいないさ」
自分を希代の天才とされる諸葛亮孔明に当てはめるようとはさすがに思わないらしい。
「じゃあ、司馬懿」
「いや、ないわ。そのセンス。絶対にイメージじゃない」
「なら周喩が妥当?」
「俺としては陸遜あたりを主張したい」
「ええ~、周喩のが合ってると思うけど。」
わいわいと盛り上がっている彼らの話を半分聞き流して、あやは再びパソコンに向き直る。
「あたしは…できたら貂蝉とかがいいな~」
「お前なら甄姫だろう」
「…ま、そう言われると思ったわ」
今なら、明日香は尚香だと即答するところだけど、残念ながら当時のあやはその名すら知らなかった。
最早判別のできない人物評に黙ってパソコンを叩くのみ。
「原陽は?」
「戦の天才、カリスマ孫策だろう」
「やだよ、俺は呂布がいい。」
「似っ合わね~!」
大笑いしている友人に原陽が憮然としているのが見えた。
「利人はあれだ。やっぱ貴公子的なポジションがいいよ」
「曹丕とか趙雲とかって事か?」
「いや、ここは北のプリンス一択!」
「「「あ~、馬超!!」」」
原陽と明日香と颯太の声が見事にユニゾンして、利人が満更でもなく納得している。
「あやは~」
会話に参加していないのに、やはりお鉢が回ってきた。
明日香の言葉に皆の目線が集まる。
あやは一つため息をついて顔を上げた。
気分としてはどうにでもしてくれと言ったところ。
名前を言われたところでどうせ誰だかもわからない。
「…甄姫はない。貂蝉もない。」
「同じく二喬もなし。」
「尚香とか?」
「イメージじゃないな」
どうでもいいからさっさと結論を出してほしい。
付き合ってやらないと仕事の邪魔をされることがわかりきっていたので、あやは大人しく眺められるまま待つ。
「何か紛争から遠そう」
「じゃああれだ、祝融!」
「あははは!ありだ、有り!」
何がおかしいのか、利人の言葉に原陽が大爆笑している。
どうやらくだらない話は終わったらしいと、あやは大した反応も見せずにパソコン画面に向き直る。
「んじゃあさ、一度だけ歴史を変えられるとしたらどうする?」
陣営の次は人物。
同じ題材でよくぞ話題が尽きないものだ。
ついにはSFもいいところな話題に移行。
あやは呆れながらも彼らの話を聞いていた。
「やっぱり孫策を助けるでしょ!」
彼が生きていれば天才軍師周喩があの若さで死ぬこともなかった気がする。
そう明日香が、案外真剣に答えた。
「その考えが通じるなら、俺は関羽かな」
そうすれば蜀を襲う数々の悲劇の多くは防げたかもしれない。
少なくとも張飛と劉備は生きただろう。
お前は馬超だと断言された利人はどうやら蜀派らしい
「俺は…龐統とか。」
彼がいれば諸葛亮が病に倒れることもなかったかもしれない。
蜀を支え、滅亡を回避できたはずだ。
軍師贔屓の颯太はそんな未来も見てみたかったと呟く。
「呂布ってのはどうだ?」
生きていたら歴史に風穴を開けてくれたかもしれない。
無茶苦茶な生き方で、それでも圧倒的な強さを誇った男。
生きて、その先どうなったかわからないが、誰にも真似のできない世界をつくってくれた事は確かだ。
原陽が一か八かのそんな賭けも面白いかもしれないと原陽が屈託なく笑う。
「あやは?」
「あたし三国志にそんなに詳しくないもの。答えられないわよ。」
「幾人かは知ってるんでしょう?」
「教科書に出て来るひとくらいはね」
「そん中からでいいよ」
「え~、強いてあげるなら……曹操にあと二十年の寿命?」
深く考えずに答える。
「意外」
明日香に言われてあやは首を傾げた。
「何で?」
「あやって魏に合わないから」
「…だからどの国がどんなところだとか、知らないし。」
魏贔屓な回答をしたのが良くなかったらしい。
そんなつもりはなかったし、彼らのゲームから作り上げられたイメージと擦りあわされても困る。
ただ、あやが知っているのは彼が一番天下に近い男だったと言うこと。
もし、彼がもう少し長く生きていたならば、天下を統一して、早々に戦が終わったかもしれない。
そう思っただけ。
他愛もない話だった。
そして他意のない願いだった。
「あや、どうしたんだい?」
「な~んでもなーい!」
あやはかつて自分が例えられた女を見上げる。
「まあいい。はやくおいで、食事の仕度が出来てるよ。」
気っ風のいい彼女があやは好きだ。
「祝融がつくったの?」
「当たり前さ!久々に顔を見せてくれた友達だ。夫がここ一番の獲物を取ってきてくれたから腕をふるわせてもらったよ!」
「楽しみ!」
先を歩く彼女の背は夕陽を背負う。
あやはふふと笑った。
あの時の彼らの望みを叶えられる場所にいる。
呂布を生かして、孫策を生かして。
あの時の会話では一度だけだった歴史の変革は、あやの行動次第で何度でも変えられた。
まだ叶っていない望みがある。
その全てを、実現するつもりだった。
原陽、明日香、利人、颯太。
今、あたしは他愛のない気まぐれではなく、他意のない行動の結果ではなく、真実、本気で、譲れない願いとして、あなたたちの語った夢を叶えたいと思うのよ。
あなたたちと同じくらい、彼らが好きなの。
あやは赤い空を見上げた。
もし、夢が叶ったら今度こそ探そうと思う。
もう一度会える方法。
それはあやが密かに決心している事だった。
だからあやは心の中で彼らに話しかける。
全てが終わったら、また会いましょう。
その時、きっと傍には彼らが生かしたいと願った人たちがいるはず。
驚く顔が、目に浮かんだ。
貂蝉と祝融は実在人物ではなく「演義」の登場人物なんだそうです。知らんかった。




