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ふたりの戦闘士(2/2)

 わんこそばとは、そばの食べ放題メニューのひとつである。。

 客は椀を持ち、構える。店員は、茹でたそばを(つゆ)にくぐらせ客の椀に落とし込む。客がそばを食べるか食べないかの内に、店員は次のそばを客の椀に入れる。

 お腹がいっぱいになり、食べるのを止めたくなったら、客は椀にふたをする。

 ところが、客は左手に椀、右手に(はし)を持っているため、ふたをするには箸を置いてふたをするにも時間がかかる。客がふたを取ろうとしている間に、店員はこともあろうか椀に新たなそばを入れ込む。椀にそばがある内は、食べ続けなければならないため、客は食べることを止めるのが難しい。

 わんこそばの1杯の量はひと口サイズであり、15杯ほどでようやくかけそば1杯分である。食べる回数が多い分、量の割りに食べた感がある。

 いつまでも食べ続けることができるので、お腹の空いた人には夢のようなメニューなのである。一説によると、人族で645杯も食べたのが居るとか居ないとか。


「ちょっとこことここに座ってくださいね。」

 女性店員は、テーブルの端の席に大男2人を向かい合わせに座らせた。

「おふたりとも、この器を左手で持ってください。」

「お、おお。」

 大男達も突然始まった何かに戸惑い気味である。

「右手はフォークです、はい。」

「お、おう。」

 大男達は、あれよあれよと言う間に、臨戦態勢を整えさせられてしまう。

「ルールは簡単です。器の中にそばを入れるので、ちゃんと食べてください。残しちゃだめですよ。」

「うむ、わかった。」

「残したりはしないぞ。」

「お腹がいっぱいになり、もう要らないときは、テーブルの上に置いてあるふたを被せてください。そばが残っているときは、ふたをしちゃだめですよ。」

「当たり前だ、残したりするものか。」

 2人とも手に器とフォークを持ったことを確認すると、女性店員は店主を呼んだ。

「おやっさん、準備できましたよ。」

 店主はワゴンに鍋と大きな寸胴(ずんどう)を乗せて持ってきた。

 鍋には汁が入っており、寸胴には茹で上げられたそばが入っている。

「用意は良いか。」

 店主が2人に聞く。

 最初は戸惑っていた2人だが、真向かいに座っていることで闘争本能が刺激されたか、にらみ合っている。準備は整っているようだ。

「では行くぞ。」

 店主は、慣れた手つきで寸胴のそばを菜箸でつまむと、鍋の汁に(くぐ)らせて、客の椀に放り込む。器用なことに、汁一滴こぼれずに、そばだけが椀の中に入り込む。

 大男達は反射的にそばをフォークで掬うとひと飲みで食べる。

 直後に店主がそばを椀に放り込む。

 大男達がそばを飲み込む。

 店主が入れる。

 客が食う。

 ひたすらそばを食べる音だけが続く。

 まだまだ食べる速度は落ちないようだ。

 リズム良く食べ続ける2人に向かって、女性店員がまたとぼけたことを言う。

「おふたりとも良く食べますね。あ、お代わり持ってきますね。」

 女性店員は、厨房の方に行くと、よいしょ、よいしょと新しい寸胴を抱えて持ってきた。

 最初の寸胴の中のそばは底の方にわずかばかりあるだけである。

 店主は、女性店員が持ってきた寸胴を受け取ると、淡々と客にそばを食べさせ続ける。


 そばは消化に良く、腹持ちはむしろ悪い方である。

 かといって、無限に食べられるということはなく、人間の胃袋には限界がある。

 さすがの大男達も、ふたつ目の寸胴が半分になる頃には、食べるペースが落ちてきた。

「なんだ、もうギブアップか。」

 片方の大男がもう片方を挑発する。

「んなわけあるか、まだまだいけるわい。」

 最初は無口で食べていたものが、腹が膨れるに従って口数が増えてきたようだ。

 それでも何とかそばを食べ続けるふたり。

 よくよく見ると、額に汗が浮かんでいる。

 寸胴の残りが4分の1になる頃には、苦しそうに食べている。

「そろそろ限界なんじゃないのか。」

「それはお前の方だろ、俺は平気だ。」

 既に2人とも、食べると言うより、椀を空にするために口の中に溜め込むようになっている。

 それでも店主は容赦なくそばを足す。

「まだか。」

「まだだ。」

 大男達は見るからに限界だが、お互いの意地があるため、フォークを置こうとしない。

 と言うか、フォークを置いてもふたをしないと()められないのだが。

 ぎりぎりの戦いをする2人。

 そこに、女性店員がのん気に言った。

「おやじさん、そろそろお代わり持ってきましょうか。」

 女性店員のお代わりは寸胴のことを言っている。

 それを聞いた大男達はぎょっとした。

 お互いに目を合わせて目だけで会話する。

「ま、まて、これで決着をつけるから、まて。」

 大男達は急いで今の椀を空にすると、フォークを置いてふたを手にした。

 しかし、無情にも店主は空の椀にそばを放り込む。

 大男達は目を見開き、椀と店主を交互に見やる。

 現実(ルール)とは非情なものである。

 食べ終えたければ、ふたをするしかないのである。

 絶望的な表情で大男達がそばを食べ終えると、すぐさま店主がそばを放り込む。

 2人の脳裏からは、お互い張り合っていたことなど消えて失せている。

 あるのは、いかにこの状況を脱するか、それだけである。

 

 普通のわんこそばでは、客が苦しそうにしているのを見て、適当なところでふたを閉められるように店員は手加減をするものである。

 店主には慈悲の心はないようであった。

 恐らく、客がどうこうと言うより、寸胴を空にしたいのだろう。

 寸胴に残りがある限り、大男達はそばを食べ続けなければならないようだ。

 そんな危機を察したのか、大男達は暴挙に出た。

 フォークを持つ手も持ち上がらないと言った風情の2人は、目を合わせて頷き合うと、突然消えて失せた。

 椀とフォークがテーブルの上に音を立てて落ちる。

「あら、まあ。お客様は、モンスター・カードだったのですね。」

 女性店員が声を上げると、椅子の上にある剣闘士(グラディエーター)のカードを拾い上げた。

「ふん、根性なしが。」

 店主は一言つぶやくと、ワゴンを持って厨房に行ってしまった。


 女性店員は2枚のモンスター・カードを持って、貧相な男へと話しかけた。

「これ、どうしましょう。」

「すみません、御代は私がまとめて払いますから。」

 貧相な男は、すまなそうに謝った。

 今までほとんどしゃべらなかった常連客は、好奇心にかられて貧相な男に聞いてみた。

「なあ、あんた。あの2人は、どういったことだったんだい。」

 貧相な男はお茶で

「2人ともつい最近まで戦闘士だったんですよ。」

「すると、闘技場に出ていたのか。」

「はい。」

「それが何でカードになってるんだ。」

「賭けに負けたんだそうです。」


 モンスターをカードにすることで、ハンターや戦闘師(ファイター)は呼び出して使役することができる。

 実は、カードにできるのはモンスターだけでなく、人も動物もできる。あまりする者がいないだけだ。

 動物をカードにすると餌代はかからなくて良くなるのだが、屠殺(とさつ)して食料にすることができなくなる。荷馬車を牽かせるにしても、動物よりも魔獣の方が向いているため、普通にモンスター・カードを手に入れた方が役に立つ。

 人をカードにすると、長時間カードのままにしておくことが難しい。人がカードで居ることに精神的にもたないようなのだ。かといって、常時、カードから人を召喚し続けると、戦闘師(ファイター)の魔力が保てなくなる。剣闘士(グラディエーター)のカードは人気のないモンスター・カードなのである。


 貧相な男は語った。

「あの2人は、北西の第3中闘技場では有名なライバルだったんです。戦闘スタイルは、あの体でしょ、モンスターで相手のモンスターを押さえ込みながら相手の戦闘師(ファイター)を直接叩く戦法を得意としていたところも同じでした。」

 常連客と女性店員は、なるほどと頷いた。

「先日、2ヶ月に1度の大会で、2人は賭けをしたのです。大会で優勝できなかったら、カードになると言う賭けです。」

「それで、どうして2人ともカードになっちまったんだ。」

 貧相な男はため息を()いた。

「その大会で、私が優勝してしまったんです。」

「まあ。」

「なんと。」

「それで、2人とも約束を果たすために、()()にカードになってしまったのです。」

 とても迷惑な話である。

「私は2人のマスターとして面倒を見なければならなくなってしまったのですが、呼び出すたびにお互いに張り合って問題を起こすんです。」

 常連客は、そんなカードは売ってしまえと言おうと思ったが、売れるわけはないなと思いなおした。

「かと言って、カードのまましまっておけば、どうやってか()()に出てくるんです。今日なんかも、そばと言うものが食ってみたいとか言い出して・・・。」

 貧相な男は不幸な男でもあった。

「すみません、愚痴ってもしょうがないですよね。お勘定をお願いします。」

「はい、ありがとうございました。」

 貧相な男は銀貨で支払いを済ますと店を出て行った。


 客が常連客だけになったところで、女性店員が言った。

「食事代はかかっても、宿代は安くて済みますね。」

 常連客は、そう言う問題じゃないじゃないだろうと思ったが口には出さなかった。

「俺も帰るわ。」

「あら、締めのそばは良いのですか。」

「ああ、あれだけ食う姿を見せられると、今晩はお腹いっぱいだ。」

 常連客は、わんこそば対決を見ただけでお腹が膨れたらしい。

 銀貨をテーブルに置くと、のれんを潜って外に出て行った。

「はい、またのお越しを。」

 女性店員の声が常連客を追っかけていった。

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