ふたりの戦闘士(1/2)
戦闘都市バロワは、ストアー大陸の南西部にある巨大な町である。
ストアー大陸は自然の隔壁によって4つの地域に分断されている。
南北に伸びる8,000m級の山々が連なるレストア山脈と、赤道に沿って川と木々が複雑に絡み合う大密林によってである。
大陸における人の行き来はと言うと、転移ポータルのおかげで北西部分と南西部分はやり取りができている。ただし、転移ポータルの特性上、移動距離が長く、運搬する重量が重くなるほど膨大な魔力が必要になるため、大密林を跨ぐことができるのはせいぜい人と手荷物くらいである。あくまでも人が行き来できると言うレベルのやり取りが可能なのであって、行き来する人の数は少なく、交易が行われていると言うほどではない。。
一方、大陸の東西でやり取りはない。転移ポータルがないからだ。正確には、どこかにあると言われているが、未だに発見されていない。転移ポータルがなければレストア山脈は越えられない。
結果として、人の生活圏はストアー大陸の西側に寄っており、南北(北西と南西)では文明や文化が大きく異なっている。
そんなストアー大陸の南西部、密林と海がぶつかる大陸の端に位置し、辿り着くには迷宮都市ラビスを越え活火山の脇を通り抜けなければならないと言う辺境の地にバロワはある。
辺境も辺境なのに大きく発展しているのは何故かと言うと、逆説的であるが人が生きていくのには厳しい環境ゆえにだろう。
バロワは北に大密林、西に海を臨みつつ、南には険しい山があり、平原を越えた最も近い町が迷宮都市ラビスなのである。町を囲む環境が方向によって極端に異なり、出現するモンスターの種類が尋常ではなく多いのだ。
特性の異なるモンスターが居るとなれば、モンスター・ハンターが集まってくる。モンスターをカード化することで、ハンターは自身が強くなると言う以上に、金銭を稼ぐことができるのである。
ハンターが入手したモンスター・カードはショップで売られるか、希少性が高ければオークションにかけられる。集まってきたモンスター・カードを交易する商店やオークションハウスが数多く存在し、商人や見物客も押し寄せてくる。当然、都市の由来となっている闘技場も。
初期の頃は、入手したモンスターのデモンストレーションとしてモンスター同士を戦わせていたらしい。今では、モンスター同士の戦闘、正確には戦闘師と呼ばれるカードを駆使する者同士が闘う姿を見世物として扱うようになったのが闘技場である。
バロワでは大闘技場が3つに、中闘技場が20、小規模の闘技場は100を超えるほどに戦闘が盛んに行われている。見物客も賭けをする客も、客を相手にする商売人まで数多な人間が集まってくる都市となったわけだ。
バロワは人口も人口密度も帝都を除けば帝国一の規模までに膨れ上がっている。
戦闘都市バロワはモンスターと言う資源に恵まれたとても豊かな街なのである。
戦闘都市バロワは生粋のバロワっ子から別名で呼ばれていたりする。闇鍋都市と言う。中から何が出てきても可笑しくないと言うわけだ。
バロワの外形は歪であるが、大通りは単純な構造をとっている。
地面に大きくバッテンを描く。その中央に縦線を描き入れるとバロワの概略図のできあがりである。
北西、北、北東に延びる道の先には町の名の通り闘技場がある。フィールド特性が様々に付与された戦闘室で、日々、個人戦が行われており、2ヶ月に1度は何らかの大会が開かれている。
南東の道は町の外へと続いており、迷宮都市への街道がある。街道としては、人の住む場所に繋がる唯一の道であり、町の出入り口と言える。心持ち、他の道よりも一般人を相手にした店が多い通りだ。
残りの道も外へと向かっているのだが、他の町に行くためではなく、狩り場へと向かっている。南は山岳フィールドであるボルカ山、南西は海である。大森林へは、北の道を闘技場を超えてさらに先に行く必要があるのだが、なぜか南の入口の傍らに転移ポータルが設置されており、北の出入り口を使うものは少ない。
そば屋どらごに庵は、南の通りから西へ3本ほど奥の通りに入り、中央広場と町の外壁との中ほどにあった。
店の佇まいは古くからやっている定食屋といった風情だ。
木と漆喰でできた3階建ての建物の1階に店があり、広さは6人掛けのテーブルが2つと厨房と店内を隔てるカウンターがあるだけ。
昼時の客は相席で詰め込められており、いつだって満席だ。行列と言うほどではないが、2、3人は並んでいることが多く、席が空くとすぐに次の客が案内される。
客によっては、席に着くのを待ちきれずに注文を叫んだりする。
「シュリンプ揚げそばを3杯くれ。」
今も、少し汚れた灰色のローブ姿の屈強な女が店に入るなり叫ぶように注文をした。
「はいよ。おやじさん、シュリンプ・フライそば3つ。」
他の客へと丼を2つ渡しながら、小柄な人間らしき女性店員が奥の厨房へと注文を伝える。
おやじさんと呼ばれたのは龍人で、竹製の振りざるでちゃっちゃと湯きりをしたそばを丼に放り、ぽんっと赤い小エビの掻き揚げを載せると、どばっと濃い色のつゆをぶっかける。
龍人は同じ動作を繰り返して素早く3つの丼を作ると、カウンターの上に3つ並べる。
それを女性店員が同時に手に持つと、いつの間にか席に座っていた屈強な女性の元へと運ぶ。
「はい、お待ちどおさん。」
屈強な女性は、待ってましたとばかりに1つ目のかき揚げを丸かじりし、口の中に全て放り込むとつゆでがっと流した。かき揚げを食べ終えると、そばをずっずとフォークで啜り、最後はやっぱりつゆで流す。
これを規則正しいペースで3杯分こなすと、ぱんっと両手を打ち鳴らして頭を下げる。
「ごちそうさま。」
屈強な女性は銀貨を9枚テーブルの上に置くと、またなとばかりに店を出て行った。
店に来てから帰るまで5分とかかっていない。
そんな客ばかり、昼の間、途切れずにやってくるのだから、そば屋は繁盛していると言えよう。
店主が龍人で、中世ヨーロッパ風ファンタジー世界とも言うべきこの世界でそば屋が流行っていると言うのだから、バロワの懐の深さが窺い知れよう。
バロワの外からやってきた人々にとって、まさに、町に入ってみたら良く分からないものに出会った気がするであろう。
闇鍋都市の面目躍如である。
どらごに庵の11時から14時までのランチ営業では、温かいそばか米の飯に何かを載せたものを提供している。厨房が一人なため、そうでないと人手が足りないのだ。
シュリンプ・フライと名づけた「えび天」、ヒクイドリのハードボイルドエッグ(固ゆで卵)のスライス、ロングホーンブルの筋肉を使った「牛スジ」が定番メニューだ。ピラニアフィッシュの素揚げやワラビの掻き揚げは材料が入荷すれば出している。ちなみにバロワでは野菜は人気がない。
かけそば自体の値段は安く設定しているのだが、戦闘士やモンスター・ハンターが多いため、客は必ずと言って良いほど何かを載せたメニューを選ぶ。それも数杯。1杯じゃカロシーが足りないらしい。
それでも、物価の高いバロワでは、他の食事と比べてそばは格安なため、そして近隣の町を含めてもそば屋と言うものは存在しないため、そこそこ繁盛しているのである。
どらごに庵は、昼下がりの休憩時間の後、17時から様々なメニューを出すようになる。
そばも作り置きのものでなく、そば切りの冷製の代表格である盛りそばになる。ざるもできるのだが、海苔が食べ慣れないからか、まったく売れない。
そば切り以外にも、そば粉を使った料理ならば何でも作る。
そば掻きにガレットにそば饅頭、果ては自家製のそば焼酎までメニューに載せている。
昼と夜では全く違う店かのようだ。
ある日のことである。
店は夕方からの営業が始まってすぐのため、常連客が一人、そば焼酎のそば湯割をちびりちびりと飲んでいるばかりだった。
のれんを掻き分けて2人の大男が肩を怒らせながら入ってきた。
「いらっしゃい。」
女性店員が2人に声をかけるかかけないかの内に、2人は同時に言った。
「酒をくれ。」
かなりの怒鳴り声であったが、そこは戦闘都市、女性店員も常連客も何ひとつ気にする風もない。荒くれ共の大声など慣れっこなのだ。
「ビールで良いですか。」
「ああ、ジョッキでな。」
2人を常連客とは別のテーブルに案内すると、ふと、2人の後ろから貧相な男が居るのに気がついた。
「お連れ様ですか。」
「ええ、でも、私はそっちに座っても良いですか。」
貧相な男は常連客の居るテーブルを見やった。
「どうぞ、構いませんよ。」
常連客が貧相な男を目の前に誘う。
「ありがとうございます、では、私もビールを、グラスでください。」
「かしこまりました。」
貧相な男はさておき、2人の大男はジョッキが置かれるや否やビールを一気に飲み干した。
「お代わりだ。」
2人同時である。
2人は今にも喧嘩を始めそうな雰囲気で、競うようにビールを飲む。
ジョッキが届いては飲み干し、お代わりを頼む。
のどの渇きが癒されたのか、それとも埒が明かないことを分かっているのか、3杯ほどビールを飲み終えると、ビールのお代わりは止めて料理を注文した。
「ここは、そばと言う料理を出すと聞いている。大盛りはできるか。」
「はい、温かいのと冷たいのがありますが、どちらがお好みでしょうか。」
「冷たいので頼む。」
片方がざるそばを頼むと、もう片方はこんなことを言い出した。
「俺も冷たいそばをくれ。そっちよりも大盛りでな。」
そうなると最初に注文を入れた方が黙ってはいない。
「では、俺の方は山盛りで頼む。」
「では、俺はそれ以上だ。」
「では、俺のは山盛りを2つだ。」
「では、俺は3つだ。」
どんどんと量と数が増えていく。
女性店員は、そんな2人を相手に、どこかずれたことを言い出した。
「おふたりとも、ずいぶんとお腹が空いているんですね。」
「ああ、腹ペコだ。」
「ああ、今ならレッドボアの丸焼きでも食べきれそうだ。」
「俺なんか、ジャイアントファングボアの丸焼きだって食べられるな。」
「なんだと、なら俺はジャイアントバッファローだ。」
もはや何を言い争っているのか分からない状態だ。
そんな中、女性店員は良いことを思いついたとばかりに提案をした。
「おふたりがそんなにお腹が空いているのでしたら、食べ放題メニューなんていかがでしょうか。」
「食べ放題だと。」
「ええ、食べ放題と言うか、まいったと言っても食べ続けさせられると言うか。何よりも、お腹いっぱいに食べられるメニューです。」
「そんなのがあるなら、それをくれ。」
「俺もだ。」
注文を受けた女性店員は、カウンターの店主に向かって注文を復唱した。
「おやじさん、わんこそばふたつ。」